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第5話 トラジディーでの推理

 富士見坂を下り、大学まで続く道の途中に古い商店街がある。最近、荒川を超えた先に大手のカルパモールが進出してきたけど、昔ながらの商店街は廃れず続いている。何でもベンチャー企業とうちの大学のインターンが連携して町おこしをしているのが功を奏しているのだとか。

 商店街の中に昔から続くお店が残りつつ、空き店舗はお洒落な雑貨屋、眼鏡屋、洋裁屋などに入れ替わり、生活に必要なお店と生活を彩るお店が並ぶ通りになっている。食料の買い出しついでに雑貨屋に寄ったりできるので買い物が楽しくなり、ついつい財布の紐が緩んでしまう。


 商店街の中心の四辻よつつじを西側に曲がったところに、カフェ・トラジディーはある。

 平たい円筒の様な胡桃色の建物で、敷地に入ると入り口まで小道が続く。足元を見ると植え込みにアネモネの花が咲いていて、植え込みの陰には笛を吹いた妖精のオーナメントが見えている。カフェというより遊園地のアトラクションに出てきそうな風貌だ。

 扉を開けると店の真ん中に少し大きめでアッシュグレイの円卓があり、外周に仕切られた個別席がある。円卓の横には古いピアノが置いてあり、生演奏を聴きながら喫茶を楽しめるのが売りだ。店の奥にはカウンターがあり、マスターがサイフォンでコーヒーを沸かしている。

 「トラジディー」は悲劇を意味する。エラリークィーンの『Xの悲劇』は英語で『Tragedy of X』である。ミステリ好きのマスターはエラリークィーンがお好きで、カフェの名前を付けたようだ。ちなみにカフェで本物の悲劇は起きていないが、カフェで毎月主催されるマーダーミステリ大会では架空の悲劇が繰り返されているそうだ。


 年が明けてから私の発案でトラジディーの新作ケーキの試食がしたいと云い、四人集まった。マスターにお願いして借りた円卓の席に着く。

 本日はピアノ演奏が聴ける日。アルバイトの音大生 大覚だいがく けいさんがピアノの前に立ち一礼し、長い髪をかき上げた。覗かせた中性的な顔立ちにドキリとする。曲名は『softly as in a morning sunrise』らしい。優しい雰囲気の曲が始まる。


 「みんな揃ったね。さて」

 私はゆっくり切り出す。


 三人は微笑を崩さず、私の言葉に聞き入る。


 「改まった口調で何の話かな?」

 事件を知っているか、知らないか。二海ふたみが尋ねる。

 「昨年のクリスマス会の翌朝、私の部屋に突然、ブサイクな招き猫が発生する事件が起きました。一葉かずはと私が一緒に寝る前は、炬燵の上にブサイクな招き猫は無かった」

 「じゃあ、寝てる間に入口からサンタがれいの部屋に招き猫を持ち込んだんじゃない?」

 「みんなの部屋と同じように、私の部屋は生体認証で私しかロックできず、外部から侵入できません」

 「じゃあ出入口以外から侵入して置いたとか」

 「もう一つ、出入り可能な場所として窓がありますが、私の部屋は4階であり、かつ開けた場合は風が吹き込むため、部屋内にいた人間が気づかないわけがないです。当日の夜は扉は施錠され、窓が開いたこともない密室だったと言えます。

 つまり不可解かつ不可能な状況です」


 ミツの表情に陰り。


 コーヒーとケーキが運ばれてくる。新作ケーキはイチゴのスライスを重ねたミルフィーユだった。表面の雪化粧からイチゴの赤色が薄っすらと覗いていて食べるのが勿体ない感じだ。コーヒーはスマトラマンデリン。すっきりした苦みがケーキの甘みを引き立てる。


 ケーキを味わいつつ、私は続ける。

 「それでは犯人は誰か?

  犯人は一葉です。いやあり得ない。一葉はずっと一緒にいて、かつ招き猫を持っていなかったから置くことはできない」

 「そりゃ、そうだ。確かに私はあの朝、一緒にいたけど、招き猫を運び入れることはできなかったのだから、犯人にはなれない」

 当たり前という表情で一葉が返す。


 「犯人は二海です。いやこれもあり得ない。二海が帰った時にはまだ招き猫は無かった」

 「そりゃそうだ」

 二海はコーヒーの香りを楽しんでいる。


 「犯人はミツです。これも二海と同じ理由であり得ない。

 ではブサイクな招き猫は何処から来て、何時置かれたのか?」


 ミツの憮然とした表情。


 ピアノの旋律が表情を変える。リズミカルな繰り返しに入ると柔らかな雰囲気が軽快に変わる。ケーキもコーヒーも美味しいが、このシチュエーションの美味しさには叶わない。


 「ここで前提を変えて推理します。

 この事件は単独犯では成り立たない、つまり複数犯による犯行だった、と」


 私は空をゆび指したまま手のひらを返してポーズを取り、推理を披露した。

 「鍵の掛かった密室のテーブルに招き猫を置けたのは一葉しかいない。

  招き猫は何処から来たのか?

  それは二海が大きな袋に入れて持って来て花摘みの時にトイレの棚に隠したのでしょう。棚を調べると埃が擦れた跡が残っていました。

  最後にブサイクな招き猫の正体は丸〆猫。招き猫だと思って見るとブサイクだけど、丸〆猫ならハンサムなのかな?手が器用で、江戸文化専攻のミツ作といったところかしら?」


 「ブサイクじゃない」

 ミツの呟き。怒りでほっぺたが膨らんでいた。


 気づくと演奏は終わっていて慧さんが一礼をしていた。

 ミツの呟きで一葉と二海と私は吹き出してしまっていた。


 居心地悪い実家への帰省で塞いでいた私への応援。丸じめ猫の腹のバッテンは腹を割って話しなよ、ということ。

 そして探偵ごっこの演出は素敵なクリスマスプレゼントだった。

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