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第9話 天使姉妹


 また遅れた! バイトちょうど終わった!



「あ、お邪魔してます、天使さん」

「あっはっは、友梨奈で良いよ。その呼ばれ方はあまり好きじゃないからさ」

 俺に話しかけてきた人物……天使 友梨奈さんは、先程まで店長さんが座っていた席……俺の隣に座った。

 短い黒髪に、亜梨紗よりも高い身長。先ほどの店長と同じようなスポーツウェアを身に纏い……さすが大人の女性というべきなのか、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるのだ。控えめな亜梨紗とは大違いだ。

「死ねぇ!」

「ち、ちょっ、亜梨紗の嬢ちゃん、少し待っ——うがっ!?」

 気のせいだろうか。先ほどから鳥肌が止まらない。チラリとリングを見ると、亜梨紗からは冷たい瞳を向けられていた。

「えーと……名前、なんだっけ?」

「あ、雄介です。池見雄介」

 そう言えばまだ自己紹介をしていなかった。友梨奈さんに言われ、俺は少し慌てて名前を名乗った。別に、亜梨紗の視線が怖かったとか、そういうことではない

「へぇ……君が亜梨紗の言ってた雄介くんかぁ……へぇ」

 ……あの女、一体俺のことをどんな風に友梨奈さんに伝えたのだろう。隣で友梨奈さんが俺をニヤニヤしながら見ている。間違いない、絶対に碌なこといってない。

「えっと……なにか御用でしょうか」

 友梨奈さんの視線に居心地を悪く感じ俺は、どうにかして話題を作ろうと、友梨奈さんに話しかけてみる。

「いやね、亜梨紗が友達を連れてくるなんて珍しいなぁって思って。もしかしてキミ、亜梨紗の彼氏?」

「はっはっはっ、御冗談を」

「あ、そう……」

 俺の反応から聞き出さない方が良いと判断したのか、聞くことを諦めた様子の友梨奈さん。

「ぶっちゃけ聞くけどキミ、亜梨紗を狙ってたりするの?」

「まさか。俺は恋愛するつもは欠片もないですよ」

「お? 独身貴族にでもなるつもり?」

「それ、叔父にも言われましたよ」

「あれ、雄介くんご両親は?」

 俺の言い方に違和感にでも感じたのか、友梨奈さんが俺の両親について聞いてくる。……まぁ、話す分には問題ないか。

「あー……俺の両親、ずっと昔に離婚してて……母さんは入院してるから、叔父の家に転がり込んだんです。まぁ、居候ってやつですよ。だから、母さんと過ごす時間よりも叔父の家族といることが多くて……」

「そっか……なんかごめんね?」

「いえ、大丈夫です」

 ちょっとこの話題は不味かったな……空気が重くなった。

「んー……私は、亜梨紗ちゃんの姉だけど……両親から破門にされててさ」

「破門に?」

 その言葉に少しだけ驚いた。なんというか……この人の外見が亜梨紗に似ているせいだろう。失敗して破門になるイメージが浮かばなのだ。

「うん。 あたし達の両親、すっごく厳しくてさ。期待に応えられなかった私は要らないんだって」

「…………なんか、すみません」

「いいよ。これであいこだから」

 イタズラっぽく笑い掛ける友梨奈さん。こういう所は、亜梨紗に似ているのだなぁと思い知る。

「でも、両親との縁は切ったけど、亜梨紗ちゃんとの縁は切ってないんだ。だって私、亜梨紗ちゃんのこと大好きだから。あ、でもこれ亜梨紗ちゃんに言わないでね? ちょっとこっぱずかしいからさ」

 なんというか……この人、綺麗な亜梨紗みたいだ。優しい、それでいて性格を隠すこともなく、それでいて美人。ふと、映画版亜梨紗という言葉が脳裏に浮かぶ。

「チェストぉ!」

「ぎゃああああ!!」

 なんか、店長さんの悲鳴が聞こえる。

「雄介ぇ! あんまりお姉ちゃんに色目使わないでよね! 私の方が美人で可愛くて優しいんだからね!」

「…………」

「あっはっは、随分と好かれてるね、雄介くん」

「友梨奈さんには申し訳ないですけど……俺、アイツ怖いです……」

「亜梨紗ちゃ~ん! 雄介くん、きっと押せば堕とせるタイプよ!」

「なんの報告ですか……」

 リングにいる亜梨紗に声を掛ける友梨奈さん。というかよく見ると、店長さんがリングの隅で生まれたての小鹿のように足をプルプルさせている。

「ほら店長さん! もうワンセット行くよ!」

「ぼ、坊主、助け——」

 俺は、店長さんから視線を逸らした。

「あっそうだ。学校での亜梨紗の様子を聞いても良い?」

「学校での亜梨紗ですか?」

「うん! 学校での亜梨紗ちゃんはどんな感じなの?」

 目をキラキラさせて質問をしてくる友梨奈さん。

「そうですね……一言で言うのなら、猫……じゃなくてトラを被ってます」

「と、トラ?」

「苗字や立ち振る舞いが天使だからって学校のみんなにチヤホヤされてますね」

「でも、トラってことは……?」

「俺の前限定でめっちゃワガママ、イタズラ女、まさに悪魔。気に食わない事があるとすぐ殴られます」

「うんうん、いつもの亜梨紗ちゃんだ♪」

「あぁ……やっぱりいつもあんな感じなんですね……」

 満足そうに笑顔を浮かべる友梨奈さん。

「でも、両親はすっごく厳しいから、あの本当の亜梨紗を見せるのは私と……雄介くんだけだね」

「そうなんですか……」

 昔から両親には、複雑な気持ちを抱いていた。父は蒸発、母は入院。母は病気だから仕方がないとしても、父親の方には憎悪の感情すらある。どうして俺や母を捨てて消えたのか……そんなことを、昔は良く考えたものだ。

 だが、両親がいれば良いという事でもないらしい。表の性格を四六時中続けていると思うと、かなり苦労しているのだろう。

「亜梨紗ちゃんには潰れて欲しくないから、こうしてウチに来てもらってるんだ」

 ふと、亜梨紗の方に視線を向ける。

「どりゃあっ!」

「ああああああああ!!」

 なるほど、ああやってストレスを解消しているのか。

「雄介くんの事は、私も亜梨紗ちゃんから聞いてるんだ~」

「……えっと、どんな風に?」

 すこし怖いが、聞かなければならない。

「えっとね、いつもクラスの端っこで傍観者ぶってて、それで通り魔にボコボコにされて、あと揶揄った時の反応が可愛くて、クソ生意気なお人好しで、良い奴だって聞いてるよ」

「褒めるのか貶すかどっちかにしろよ……」

「でも、あの子に気に入られてる証拠だよ? 気に入った人じゃないと、踏み込まないからさ」

「そんなもんなんですかねぇ……」

 果たして、気に入られているのかどうか……俺には、イマイチ分からなかった。

「私たちの親って、本当に厳しくてさ。頑張ることは当然、人より優れていることは当然、結果を残す事は当然、なんでも一人でできるのは当然って考えなの」

「そりゃまた……ウチの親とは対称的ですね」

 俺の父親は放任主義を超えて俺と母さんを見捨てているからな。

「いつからなのかな……亜梨紗ちゃん、両親の前でも理想の女の子を演じるようになっちゃったの」

「…………」

「学校でも家でも誰かの理想であり続ける。これって、すっごくつまらないと思わない?」

「そう……ですね。結構、息苦しい生き方だと思います」

 普通に考えて地獄だ。

「だからね、亜梨紗ちゃんにとって気軽に話せる同年代の子っていうのは、とっても貴重なんだ。あの子、何かキッカケがないと、変わろうとしないし」

「俺が亜梨紗に助けられたのは、良いキッカケになったんですかね……」

 未だに、ジムのリング内で楽しそうに店長さんに拳の連撃をする亜梨紗を見てふと、この出会いは良いキッカケになったのか……そんな事を思ってしまう。

「だから、雄介くん。亜梨紗ちゃんをよろしくね? ほら、あの子何やらせても大体上手にできるじゃん? 優良物件だよ~」

「いや、なんでそうなるんですか……」

「今なら亜梨紗ちゃんの恥ずかしい幼少期のお話もセットだよ?」

「おまかせください」

 それから俺は亜梨紗のお姉さん……友梨奈さんと、しばらく話を続けた。考えてみれば俺は亜梨紗に弱みを握られているのだ。だからこそ、俺は進んで話を聞いた。

「実は亜梨紗ちゃんはね、今も昔も男の子向けのヒーロー番組とかばっかり見てるんだよ?」

「あー、なんかすっごい目に浮かびますね」

「だから、昔は本当にヒーローや怪人がいるって信じててね? よく一人で冒険って言って、外に私を連れ出してたんだよ? それも親にバレないように夜中に!」

「うわっ、今の亜梨紗からは考えられないほど純粋」

「他にも、昔っから男勝りでね? 幼馴染みの女の子に、男の子って勘違いされてたんだって! その結果、告白までされて……結果、その女の子は百合の道に堕ちてしまって……」

「うわっ、なんですかその新時代のラノベ的展開!」

「あとね、実は——」

 友梨奈さんが新たな情報を口にしようとした瞬間だった……

「お姉ちゃん? 雄介?」

「「ひっ!?」」

 突然、悪魔の声が耳に届いた。

「あああああ亜梨紗ちゃん!? こ、こ、これは違うの! 雄介君が全ての元凶なの!」

「はぁっ!?」

 突然、友梨奈さんがとんでもない事を口にしてきた。

「雄介くんが亜梨紗の事が好きで好きでたまらないから、色々と聞いてきたの!?」

「言いがかりにも程がある!」

「へぇ……そうなんだ……雄介、そんなに私の事好きだったんだぁ」

「ひっ!?」

 何故だろう。亜梨紗の声がとても冷たい。言葉の文面だけ見れば照れてるようにしか感じないのに、まるで機械にでも喋らせてるかのような冷たさがあった。

「ぼ、坊主……逃げろぉ」

「はっ!? て、店長さん!?」

 ふと、呻きに近い声が聞こえ、そちらを見ると……店長さんが倒れていた。

「き、機嫌の悪い時の嬢ちゃんは危険だ……い、今直ぐこの場所から逃げろぉ!」

 店長の鬼気迫るその顔は、まるで迷宮で敵に囲まれて絶体絶命になった仲間を、我が身犠牲に助けようとする戦士のそれであった。

「に、逃げ……なっ!?」

 逃げようとした瞬間、背後から何者かに羽交い締めにされた。

「ご、ごめんね~、雄介くん。私、怒った亜梨紗ちゃんの相手だけはもう二度としたくないの~」

 申し訳なさそうに俺を拘束する友梨奈さん。どんなに暴れても抜け出せる気配はなく、背中には極上の感触が二つ。

「っ!?」

 何故だろう、亜梨紗からの視線が冷たくなった気がする。

「雄介、リングに上がって」

「嫌だ」

 命令されて動くような男ではない。俺はキッパリと拒絶の姿勢をとった。

「上がって?」

「嫌だ」

 可愛らしくお願いされても、嫌なものは嫌だ。自分の命が一番大切なんだ。

「上がれ」

「はい」

 首に手を当てられ、睨みつけられるように言われた時点で俺の心が折れた。あのまま断っていたら、多分首の骨を折られていたかもしれない。俺は、友梨奈さんにずるずると引きずられる形でリングに上がるのだった。

 そして、俺は一つの結論を導き出した。この姉妹は、2人とも天使とは名ばかりの悪魔なのだと。







 

「はぁ、はぁ……も、もう無理……疲れた……」

「なによ情けない。男でしょ?」

 リングで汗だくとなり、倒れている俺を見下す亜梨紗。ハッキリ言おう。俺は亜梨紗と戦って負けた。そりゃあもう、瞬殺だった。亜梨紗に蹴りを入れられ、怯んだ隙にボコボコにされた。

「もっと強くなりなさいよ、男として女の私に負けて恥ずかしくない?」

「でも、俺が強くなる意味なくない? 亜梨紗に勝てる未来なんて見えないし、別に俺は弱いままでもいいんだけど……」

「私、私よりも強い男が好きだなぁ」

「そっか。見つかると良いね——ごふっ!?」

 痛い。お腹を踏まれた。

「雄介くん、亜梨紗ちゃんはね、今のよわよわな雄介くんを自分好みの男の子に育てたいんだよ」

「え、何? 俺育成ゲームの育成キャラ扱い何ですか?」

「お姉ちゃん、後でサンドバックね」

「ひっ!?」

 妹に怯える姉とはこれいかに。

「あ、そうだ。良い事教えてあげる」

「は? 良い事?」

 友梨奈さんを睨みつけていた亜梨紗だったが、ふと何かを思い出したかのように倒れる俺を引っ張って起こしつつ、耳打ちをした。

「原田の奴、たしか空手部の一年生エースだったはずよ 」

「………………何が言いたい?」

「もしも、アイツが直接手を下そうと動きでもしたら……弱い雄介は死んじゃうかもだね」

「…………ねぇ見て、なんか手が震えるんだけど」

「暖房はちゃんと付いてるわよ」

 無慈悲に告げられたその言葉に、俺は少し泣きそうになってしまった。

「雄介くん、良かったらあたしが鍛えてあげよっか?」

「え、友梨奈さんがですか?」

「あぁ、それ良いじゃない。お姉ちゃんこう見えて私より強いし」

「え、マジ?」

 俺も、店長さんも……亜梨紗相手に手も足も出なかった。マット越しに打撃を受けただけで軽く意識を飛ばしかけたのだ。その亜梨紗よりも……友梨奈さんが強い?

「ぼ、坊主……俺が以前言ったことを覚えているか?」

「え?」

 ふと、リングの外から店長の言葉が聞こえた。

「俺ぁ……否、このジムに通う男はみんな、天使家に逆らえないって……」

「まさか……」

 ここ最近、俺の直感は働き過ぎている気がする。その中でも特に、危険を告げる直感がである。

「ここに来たジムの男は大体、天使姉妹にプライドも何もかもが一度へし折られているんだ……逆らわない方が身のためだ……」

「もうっ! あたし立ちをなんだと思ってるんですか!」

「そうだよ! 私たちは真面目にやってるんだよ!」

 可愛らしく頬を膨らませ、抗議をする天使姉妹。それを見た店長さんが、ジム内にいる男たちに、こちらに来るように指示を出した。

 店長さんの号令で集まった男は4人。

「お前ら、調子乗ってこのお二人に試合を申し込んだと時はどうなったか、言ってみろ」

「俺は右肩の関節を外されましたね。その後、無理やり治されましたが」

「俺ぁ、気絶するまでサンドバッグにされました。というか、試合を申し込んでからの記憶が朧気です」

「俺は泣いて倒れるまで殴られましたね。しかも謝ろうとするたびに攻撃の手を強められて、まともに喋れませんでした」

「俺は、死んだハズのじいちゃんが手を振ってる光景が見えるまで技を掛けられました」

「ここ本当にボクシングジムですか!?」

 俺のツッコミが室内に響く。天使姉妹、二人仲良く視線を逸らしている。

「雄介、選びなさい……安全が保障された上でボコられるか、いきなり実戦に投入されてボコられるか……」

「どれ選んでもボコられるじゃん」

「まぁまぁ、今なら安くしておくよ?」

 天使2人からの勧誘。ただし、勧誘しているのは宗教や信仰ではなく、ボクシングだが。なんなら、2人とも性格が悪魔だが。

「か、考える時間を……貰ってもいいでしょうか?」

 俺は、苦笑いを浮かべながら、答えを先送りにすることしか出来ないのであった。



 ちなみに、この後契約書を持ってきた友梨奈さんに押し負ける形で入会するのだが、それはまだ別のお話。




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