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第7話 敵よりも敵っぽい天使さん


 敵、登場!




「やぁ天使さん。そろそろお返事を頂いても良いかな?」

「……以前の告白は断ったでしょう? 私は誰かと付き合うつもりはないんです」

 気さくに話しかける原田に対して、どこか冷えた様子で返事をする亜梨紗。山田や佐伯、東先輩のように相手を気遣う様子は、今の彼女にはなかった。

「チッ、あのド腐れイカレ野郎が」

 そして、俺の横にも汚い言葉で原田を睨みつける男が1人。

「……お前、アイツになにか恨みでもあるの?」

「原田の野郎……アイツは優等生の皮を被った、クソ野郎だ!」

 よほど恨みがあるのだろう。血走った目で、明人は原田を睨んでいた。同士が出来たのに嬉しそうじゃないなぁ。

「あ、そういやお前確か原田と同じ中学って言ってたな」

「あぁ、ガラの良い優等生で通っているが、その本性はまさに悪魔! やつの異名はデモンズ原田! この忌名を知っているのは、奴の被害に遭った生徒のみ……」

「なんかもう、一周回って芸名みたいだな……にしても本性が悪魔、か……」

 なんとなく腑に落ちた。昨日のラーメンで原田を誘わなくて良いのかと聞いた時の亜梨紗の表情。明人の説明を聞いた事でようやく理解した。

 恐らく、亜梨紗は原田の事が嫌いなのだろう。多分、同族嫌悪的な意味も含めて。そういう意味では、確かに俺も原田に近寄りたくはないな。

「俺ぁよぉ、俺ぁよぉ! アイツに初恋の女の子を寝取られたんだぞ!?」

「そうか、辛かったな、あと明人。声量を落とせ」

「今度はクラス……学園のマドンナを堕とそうだって? ざっけんな天が許してもこの東條明人が許さん!」

 喋っているうちに、ジワジワと怒りが込み上げでもしたのか、声量が少しずつ上がる明人。

「ちょっ、声がデカいって! 落ち着け!」

 ついには激昂して暴れそうになる明人に後ろから抱き着き、動きを抑え、口を手で塞ぐ。

「……」

 一瞬、亜梨紗の瞳が俺たちの方を向いた気がしたが、ギリギリで明人の首を締めて大人しくさせたことでバレてはいないハズだ……

「おや、どうしたんだい?」

「……いえ、なんでもないです」

「それじゃあ、そろそろ良い返事を……」

「何度でも言います。私、貴方と付き合うつもりはありません。諦めてください」

 キッパリと断った亜梨紗。しかし、原田はニヤリと笑みを深めるだけで、引いた様子はなかった。

「これも、いい加減迷惑です」

 亜梨紗は、片手に持っていた白いラブレターを原田の前に突き付けた。なるほど、あの白いラブレターは原田のか。

「あぁ、それ取っておいてくれたんだ。捨てないでくれて嬉しいねぇ」

「……流石に、渡されたものを捨てるほど性格は悪くないので」

「いやぁ、さすが天使さん。うん、それでこそみんなの天使(てんし)だ」

 亜梨紗の拒絶を、のらりくらりと躱す原田。どうやらかなりストレスが溜まっているようだった。

「そもそも、貴方お付き合いしている人がいるでしょう? その子はどうしたの?」

「あぁ、もう別れたよ。彼女よりも君の方が欲しいからね」

 澄ました笑顔で今の彼女を切り捨てたと告げる原田。なるほど、確かに亜梨紗が嫌うのも頷ずける。

「な? な? 言っただろ? あいつは女をもの扱いするクソ野郎だ! 俺に制裁をさせろ! 具体的に言うと原田の原田を罪の数だけ蹴ってやる!」

「それは後で勝手にやれ」

 何故か俺に制裁の許可を求めてくる明人。これ、俺がゴーサインを出したら明人は原田に突撃するんじゃないだろうか?

「どうして僕の返事に頷いてくれないんだい? ……ひょっとして、気になる相手がいるとか?」

「残念ながら、今の所気になるお相手はいません」

「そっか。僕はてっきり、あの池見 雄介の事を想っているのかと思ったよ」

(お、俺……?)

 突然出された俺の名前に、困惑する。明人も目を丸くして俺の方に顔を向けている。

「なんでも、窃盗犯に襲われた所を助けて貰ったらしいね?」

「……えぇ、彼には感謝してます」

「いやぁ、凄いよ。まさに彼はヒーローだ」

「…………何が言いたいの?」

 うんざりした様子で亜梨紗は質問の意図を問う。

「うん、キミが惚れても仕方がないなぁって、思っただけさ。それこそ、昨日二人で遊びに行くくらいには、ね?」

「っ!」

 原田の言葉に、保っていた亜梨紗のポーカーフェイスが一瞬だけ崩れる。

(あぁ、なるほど……あいつが……)

 どうやってか知らないが、原田は昨日の俺たちを監視していたのだろう。その事は亜梨紗も分かっているのか、どこか悔しそうだった

「…………明人、行け。ただし、良識の範囲内だ」

 俺は、地面に拘束していた明人を抑える手を緩めた。

「うおうおうおう! そこで何やっとるんじゃいワレェ!」

 拘束を緩めた瞬間、明人は勢いよく立ち上がり……まるで戦国武将が名乗りを上げるかのように自身の存在をアピールした。

「…………あぁキミか、東條」

「天が許そうがこの東條 明人が貴様の蛮行を見せる訳には行かない! とうっ!」

 それだけ言うと、明人はまるでヒーローのように給水タンクの場所から飛び降り……

「いでぇっ!?」

 着地に失敗した。

「「…………」」

「いでぇ……いでぇよぉ」

 足を抑えて泣いている明人。亜梨紗も原田も、その一連の行動を見て引いている。

「うん……まぁこうなるとは思ってたよ……」

 明人のように飛び降りて足を痛めたくない。俺は大人しくハシゴを使って降りた。

「明人、大丈夫か?」

「ゆ、雄介ぇ、足痛いよぉ……」

「……キミもいたのか、池見」

「まぁねー」

 足を抑えて泣く明人。そして、何故か俺に対して睨むような視線を送ってくる原田。泣いてはいるが、明人の方は意外と余裕がありそうだ。

「え、えっと……あ、明人くん大丈夫?」

「………………はぁ、なんかシラけた」

 普通に明人の身を案じる亜梨紗と、無表情でため息を吐く原田。

「それじゃあ、僕は教室に戻るね。キミたちも早く教室に戻りなよ?」

 どうでも良くなったせいか、原田はそそくさとこの場所から立ち去ろうとしている。

「待て」

 俺は、立ち去ろうとした原田を呼び止めた。

「……何だい?」

「こいつ邪魔だから保健室に連れてって」

 床で倒れる明人を連れて保健室に行くように原田に頼んでみる。

「痛いよぉ……いたい……え? 雄介お前今なんて言った?」

「邪魔」

「いやいやいや、そっちじゃない。誰に、なんて言った?」

「原田にお前を連れて行くように頼んだ。てなわけでヨロシク」

「はぁっ!? なんで俺がこんなド腐れ野郎に連れていかれなきゃいけないんだよ!」

「明人、ちょっと黙ってて」

 足を抑えながら怒りの声を上げる明人。

「……どうして僕が? キミが運べばいいんじゃないか?」

「悪い、俺は亜梨紗に話したいことがあるから」

 ふと、原田の眉がぴくっと動いた。

「へぇ、名前呼び………………もう勝ったつもり?」

「………………」

 低く、それでいて恐怖心を煽るかのように耳元で言葉を紡ぐ原田。

「まいいや。ほら、行くよ」

 床で騒いでいる明人の首根っこを掴んだ原田は、そのまま明人を引っぱって屋上を出て行った。

「く、屈辱だ……い、いっそ腹を斬って自決するしか……」

「はいはい、勝手に腹切って良いから少しは自分で歩いてもらうよ」

 屋上と屋内を繋ぐ扉に二人が入り、ゆっくりと階段を降りていった事を確認した。

「………………もう大丈夫だな」

 俺は改めて、亜梨紗の方に顔を向ける。

「はぁぁ…………」

 俺の態度を見て、周囲に俺と亜梨紗以外がいないことを理解したのだろう。彼女は大きなため息を吐いた。

「お疲れさま。いやぁ、すげぇモテモテだな」

「原田みたいなのにモテて嬉しいわけないでしょ」

 相当機嫌が悪いのか、キッと俺を睨みつける亜梨紗。

「誰かいるだろうなぁとは思ってたけど、アンタだったのね」

 どうりで明人が騒ぎ始めた辺りで一度こちら側に視線を向けたわけだ。

「いつから気が付いてた?」

「山田くんの時からなんとなく。確信したのは原田の時だけど」

「ほぼ最初じゃん」

「気配でバレバレよ」

「気配って……」

 こいつは武人か何かなのだろうか……? 亜梨紗の回答に思わず引き攣ってしまう。

「言っておくけど私、気配斬りやらせたら最強よ? 強いのよ? だから褒めて。私強いから褒めて」

「おう、凄いな」

 相当ストレスが溜まっていたのだろう。不機嫌さを隠そうともせずに褒めるように強要してくる亜梨紗。

「心籠ってない」

「まぁ、込めてないですし」

「サイテー」

 お互いに軽口を言いながら話す。多少素で喋ってストレス発散ができたおかげか、亜梨紗の機嫌は多少良くなっていた。多分、今なら聞ける。

「原田……あいつがストーカー?」

「えぇ、そうよ」

予想していた答えを、亜梨紗が肯定した。

「なんで訴えないんだよ」

 ストーカーの目星が付いているのなら、さっさと教員にでも言えばどうとでもなる。そう思っての質問だったが……

「あれ、知らないの? 原田はこの学校の理事長の甥っ子。まぁ、つまり教師に言ったところで誰も手を出せない存在なの」

「え、マジか」

「マジよ。おまけにみんなの前では猫を被ってるせいで、私が何か言おうものなら〝言いがかり〟の一言で全部済ませられる上に、私のイメージも下がりかねない……」

「なるほど……」

 だからストーカーとして訴えることができず、仮に何か問題になったとしてもうやむやにできる。

「想像以上に難敵だな」

「えぇ。しかも、その本性に気が付いた人間はいない。まぁ、東條くんは初恋寝取られて恨んでるだけだろうけど、原田を敵視できる人間は少ないの」

 明人のあの血走った目を思い出す。……あれはもう、敵視というレベルを超えていた気がしないでもないが……

「その点、雄介は交友関係が狭いし、原田とも特に関わりがないから今のうちに私色に染め上げて味方として使えるなぁ~って♪」

「俺をぼっちって言いたいのか?」

「だって雄介、休み時間はいつも東條くんとしか話してないじゃん」

「そりゃそうだ。休み時間になれば、男子みんなお前のところに行くんだからさ。話す暇なんてねぇよ」

 休み時間開始一分、クラスの男子は少しでも亜梨紗と話そうと躍起になるのだ。それはもはや、うちのクラスの名物と言っても過言ではない。

「そっかそっか、雄介は私のせいでぼっち学園ライフを送っていると……」

「なんでそうなる」

「じゃあ、私が責任取らなきゃだね! いやぁ、どうしたもんかなぁ~」

 ニヤニヤと笑いながら俺を見る亜梨紗。

「おい待て、いつから俺がぼっちになったんだよ」

「え~、だって明人くん以外の友達いるの~?」

「いるだろ」

 俺は、亜梨紗に向けて指を向けた。

「え?」

「友達」

 ただし、性格は悪魔だが。と内心付け加えておく。

「そ、そっか……友達か……友達、うん!」

 嬉しそうに頬を染めて頷く亜梨紗。今の言葉に喜ぶ要素などあっただろうか。

「とにかく、敵はあの猫かぶりキザ野郎! 私と仲の良い女の子だって、被害にあってるの! だからこの際、あいつは女の敵として徹底的に叩く!」

 元気よく宣言した亜梨紗は、俺の手を取り、目を見て訴える。

「だからお願い雄介……友達の私のため、そしてこれ以上被害者を出さないためにも、協力してくれるよね?」

 少し上目遣い気味に訴えかける亜梨紗。彼女の容姿の美しさも相まって、反射的に頷きそうになってしまうが……俺はどうも、心の内側で引っ掛かるものを覚えていた。

「いや、別に協力するのは良いんだけどよ……一つ確認するぞ?」

「え?」

 俺の言葉が予想外だったのか、亜梨紗は首を傾げた。

「原田に証拠はないけどストーキングされてるから、手を出された仲の良い女子がいるから、女の敵だから、被害者を増やしたくないから……そういった理由だろ?」

「うん、そうだけど……何が言いたいの?」

「いや……なんてい言うか……着飾ってる感があってめっちゃ気持ち悪い」

「はぁ!?」

 俺の言い分に、亜梨紗が怒った。

「だってさ、お前人のために我が身を犠牲にするタイプじゃないだろ?」

「……何が言いたいの?」

「着飾ってんなぁって……」

 そう、亜梨紗に自己犠牲なんて精神は備わっていない。だからこそ、それは理由としては余りにも胡散臭く、違和感しかなかった。

「……じゃあ、着飾らない理由ならいいの?」

 そう言うと亜梨紗は俺の制服の襟を掴み、少し怒ったような様子で指令を下す。

「私や今まで手を出した女の子に、泣きじゃくって自分から頭を下げて、許しを請うような状況を作って」

 やがて亜梨紗は天使のような笑顔をやめて、悪魔のように口角を吊り上げた。

「私に……あの男の顔面を思いっきり殴る機会を作りなさい」

 悪魔のような笑みを浮かべ手を差し出す。

「うん、やっぱりお前はそっちの方が似合ってるよ。敵よりも敵っぽいけど」

「お黙りなさい」

 俺はそんな事を口にしながら、彼女に対し、両手を上げて承諾の意を示すのだった。




 ちなみに、明人は結局足を捻挫したらしく、しばらくの間は運動を控えるよう通達されたらしい。

 放課後は、何か差し入れでも持って行った方が良さそうだ。

 

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