第5話 たい焼き授業
たい焼き食べてきました。美味しかったです。
「いやぁ、雄介が頑張って完食してくれたおかげでスタンプが6個! うんうん、やっぱり雄介がいてくれて良かった!」
「……………………」
「いやぁ、それにしてもあんな安い挑発に乗ってくれるなんて、意外と可愛いトコあるじゃん雄介」
「…………」
「また来ようね、雄介!」
「二度と行くか!」
笑顔で語り掛ける亜梨紗に、俺は全力の叫びを以て答える。
「舌痛いんだけど!? なんなら、食べてる途中で死んだじいちゃんが見えたぞ!」
「あら、感動の再開ね」
「~~~~~~~っ!!」
何を言ってものらりくらりと躱されてしまい、俺は声には出来ない悲鳴を上げた。
あの超激辛ラーメンもといデーモンラーメンを食べきった後。俺と亜梨紗は、店を出て駅に向かって歩いていた。
一応、ラーメン屋の店長が気を利かせて棒の付いた飴玉をくれた。俺も亜梨紗も、お互にそれを舐めながら帰宅中である。
「あ、もう無くなっちゃった……」
「あんな音を立ててガリガリ噛むからよ」
「飴は噛んで食べる癖があるんだよ」
癖というものは意識して治せるものではなかった。貰った飴を舐め始めて数分もすれば、口の中で噛み砕いてしまい、今になって後悔していた。
「あ、そうだ! 雄介、良かったらあのたい焼き屋さんに寄って行かない?」
唐突に亜梨紗が足を止め、その指先を向けていたのは……横断歩道の向かい側にあるたい焼き屋だった。
「…………激辛たい焼きを食おうとか、そう言う訳じゃないよな?」
「私をなんだと思ってるのよ……ま、まぁ、あるって言うならちょっと食べてみたいけど……」
少しだけ頬を紅潮させて、あるかどうか分からないたい焼きに思いを馳せる亜梨紗。あの激辛ラーメンを食べてなお飽き足らない……そんな亜梨紗が俺は今、とても怖かった。
「まぁ、スタンプのお礼に、一個くらいなら甘いやつご馳走しても良いよ」
「助かる……マジで頼む。まだ舌が痛い」
俺たちは、横断歩道を使って向かいのたい焼き屋に向かった。
「すみませーん、餡とカスタード、それぞれ一つお願いします」
「あいよ!」
俺が何かを言う前に、亜梨紗は店員に注文をした。しばらくすると、亜梨紗がたい焼きを二つ、両手で持ちながら寄ってきた。
「雄介、どっち食べたい?」
「カスタード」
亜梨紗に聞かれ、反射的に答えた。これは持論だが、たい焼きはカスタードが最も甘く美味い。異論は認める。
「はいこれ」
「あんがとよ」
俺はそのまま亜梨紗からたい焼きを受け取り、頭からかぶり付いた。
亜梨紗の方も、咥えて舐めていた棒付きの飴を左手で持ち、右手でたい焼きを食べていた。
「あ、雄介って私と同じで頭から食べるタイプなんだ~」
「別にどこから食べても変わらないだろ」
俺も、亜梨紗も二人揃って頭からたい焼きを食べていた。
「確か……たい焼きを頭から食べる人って、恋愛占い的に見ると一途で純粋なんだって」
「へぇ。じゃあ尻尾は?」
「一途でロマンチストだってさ」
突然始まった天使 亜梨紗先生のたい焼き占い講座に耳を傾ける。
「でもね、頭でも尻尾でもない……お腹から食べる人は浮気性なんだってさ」
「詳しいな」
「まぁね~、占いは乙女の嗜みですから」
亜梨紗の言葉に耳を傾けながら、手元の食べかけたい焼きに視線を向けていた。
(頭は純粋、尻尾はロマンチスト、腹は浮気性……)
そんな事を考えながら、俺は中身であるカスタードが溢れそうになったたい焼きを眺めていたのだが……
「ねぇ雄介、食べないの?」
「え?」
「食べないなら私が貰うね♪」
次の瞬間、亜梨紗はたい焼きを持つ俺の手を片手で掴むと、自分の口元にまで運び……半分ほど減った俺のたい焼きにかじり付いた。
「はぁっ!? ちょっ、お前何して……っ!?」
「ん~、おいひい~♪」
一度かじり付いて離れる……というワケではなく、亜梨紗はたい焼きを持つ手を片手でがっちり掴んだまま、二度、三度とかじりつ付いた。
「はぁ、なんかもういいや……」
あの悪夢のような激辛ラーメンを食べた事で体力的な疲労が溜まっていたせいか、抵抗しようと思う気が起きなかった。俺は、亜梨紗にされるがままになっていた。
(あぁ、コイツのせいで手にカスタードが付いて……)
「………………ぺろっ♪」
「っ!?」
突然、カスタードの付いた手の部分に、ぬめりとした感触がした。
「ち、ちょっと、お前ホントに何して……っ!?」
「え? カスタードが付いてたから舐めただけだよ?」
ペロッと舌を出しておどける亜梨紗。ウィンクをすることで、余計あざとく見えるが、不思議なことだ。とても可愛らしく見える。だが、それ以上に困惑が大きかった。
「な……っ!?」
困惑する俺を見て嗜虐心でも刺激されたのか、亜梨紗は楽しそうに口元を吊り上げると、放心気味となった俺の手を自分の口元にまで持ち運び……
「ごちそうさまでした♪」
俺の指を咥えた。
「な、な、な……っ!?」
「あれ、どうしたの、顔真っ赤だよ~?」
「ぐっ、なっ、お前……」
ニヤニヤと、本当に意地の悪い笑みを浮かべながら亜梨紗は声を掛ける。何とか反論しようと言葉を探すが上手く見つからない。俺は、誤魔化すように亜梨紗に甘噛みされた手を引っ張り、彼女から離れた。
(お、落ち着け俺……このまま照れたりする反応が一番やってはいけないこと……コイツの思い通りにだけは、絶対にならない……)
呼吸を落ち着かせ、心をカラにする。そうすることで、精神の安定をもたらし、目に見えて動揺を沈めることが出来るのだ。
「あ、雄介のたい焼き食べちゃったから、代わりに私の飴あげるね」
「んぐっ」
次の瞬間、亜梨紗は俺の口の中に片手で持ってた飴を捻じ込んできた。
(え……待って、この飴って……亜梨紗の舐めてたやつ……え?)
「あ~美味しかった~。あ、私こっちだから帰るね~」
まくしたてるように亜梨紗は言葉を紡ぐと、この場所から離れるべく歩き出した。しかし、その途中で足を止め、俺の方に振り返り……
「また明日、ね」
少し離れた場所でそれだけを告げると、彼女は自身の帰路をゆくのであった。
「あ、あの悪魔…………ホント意味わかんねぇ……」
心臓の音がやけにうるさい。俺は、口に入れられた飴の味を意識しないように……あるいは、誤魔化すように飴をかみ砕くのだった。