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第4話 激辛好きの天使さん


 実はこれ、ちょっと実話が混じってます。


 放課後となり、俺は亜梨紗いきつけのラーメン店に向かって歩いていた。放課後となったことで、同じ学校の生徒だけでなく、他校の生徒とすれ違うこともちょくちょくあり、その度に通行人たちが亜梨紗をチラ見している。

そして、その隣を歩く俺の存在は、例えるならば完成された芸術品の隣に並ぶ子供の落書き。亜梨紗とはまた違った意味でチラ見をされていた。正直に言って、とても居心地が悪い。

「俺、やっぱお前のこと嫌いだ」

「私は貴方のこと大好きよ」

 ツラの良い女に大好きと言われれば多少はドキッとするものなのだろうが、全然ときめかない。不思議なことがあるもんだ。

「そういえばお前、明人に告られたのかよ」

「えぇ。まぁ、結果は知っての通りよ」

 あくまでも淡々とした様子で告げる亜梨紗。

「なんで断ったんだよ。あいつ、アレだけど良い奴だぜ」

「なら、雄介が付き合ってあげれば良いじゃん」

「俺もアイツも男って知ってた?」

 あの後、俺は亜梨紗に助けられる形で明人の締め技から逃れていた。

「ごめんなさい、明人くん。実はこの後、雄介くんにお茶に誘われてて……」

「はっ!? そ、そうなんすか!」

 亜梨紗に振られたとはいえ、話しかけられたことが嬉しかったのか、明人は俺の首を放し、何故か姿勢を真っすぐに正していた。

「えぇ、なんでも雄介君が奢ってくれるそうで……断るのも忍びないし、お言葉に甘えようかなって思って」

「はぁ!? そんな話聞いて」

「なるほど! じゃあ、この雄介を存分に使い潰してください! そりゃもう、下僕みたいに!」

「はぁ!? ちょっ、なんで俺が使い潰される前提なんだよ!」

「うふふ、冗談が上手ね、東條君。それじゃあ、雄介君を少し借りるね?」

「はい、存分に楽しんでください!」

 これが、屋上で起こったことの結末だった。なぜか俺は亜梨紗に奢ることとなり、明人含めた多くの生徒の嫉妬を背に受けながらラーメン店へと向かっているのだが……

「ん? おい、この進行方向にラーメン屋はないはずだぞ。どこへ行くつもりだ?」

 ふと、思考を放棄気味に歩いていたが、亜梨紗の進む道が俺の知っている道とは異なっていることに気が付き、声をかける。

「着替え。今から公園に行って着替えるのよ」

「はぁ?」

 声をかけられた亜梨紗は、まるで俺の疑問に答えるように簡潔に答えると同時に、持っていた通学鞄から、黒いパーカーらしきものをチラリと見せる。

「私みたいな清楚でお淑やかな女の子が、ラーメン店に行ったら目立つでしょう?」

「…………ふっ」

 短く笑った瞬間、顔面に通学鞄を投げられた。これ以上何かを言うと痛い目に遭いそうなので、手を前に出すジェスチャーで話を続けるように促した。

「実を言うと、初めてラーメン店に行った時なんだけど……やたらと声をかけられて大変だったのよ」

 詳しく話を聞くと、こういう事らしい。休日に一人でラーメンを食べに行った際に、店内の客に声を掛けられ、あしらってもあしらっても声を掛けられ続け、結果としてお目当てのラーメンが伸びてしまい、まともに食べられなかったそうな。

 以降、好きなもの……特にラーメンを食べる際には変装もとい着替えをして行くことにしているらしい。

「そっか……それなら、さっさと着替えて来い」

「言われなくてもそうするわよ」

 俺に投げつけた通学鞄を回収すると、公園に向けて歩き出す。適当な場所で着替えても良いのではないかと思ったが、周囲の目を警戒しているらしい。凄まじい徹底ぶりだ。

 それから数分が経過し、公園につくなり女子トイレへ一直線に向かう亜梨紗。

「それじゃあ、行きましょうか」

 やがて、公園のトイレから出てきた亜梨紗だが……

「………………お前、やっぱすげぇな」

「なによ、文句ある?」

 出てきたその姿を見て、俺は感心半分、呆れ半分の気持ちになってしまう。

「ちょっと、何か言いなさいよ! 変なとこでもあるの?」

「なさ過ぎて驚いてんだよ」

 服装を見た俺の反応が煮え切らなかったせいか、少し焦ったような様子の亜梨紗。さて、着替えて出てきた亜梨紗の服装に関してだが……

「あ、あの……本当に何か言って欲しいんだけど……」

 学校指定のブレザーを脱ぎ、シャツの上から真っ黒でシンプルな半袖パーカーを着て、前部分のチャックを途中まで上げている。その結果、制服のリボンが程よく顔を覗かせており、地味な服装の筈がオシャレな雰囲気を作り出していた。さらには、長い黒髪をシンプルなポニーテルに纏めており、そこから顔を隠すようにあの時のキャップ帽子を被り、セレブが使いそうな黒いサングラスをかけている。そう、あの日窃盗犯をボコボコにした戦闘フォームのアレンジバージョンである。

「ここまで完璧に失敗した変装、俺初めて見たよ」

「な、なによ……私の変装失敗してたってワケ!?」

「いや……ある意味成功と言うかなんというか……」

 今の亜梨紗の服装は、どう見てもお忍びの芸能人やセレブのそれであった。元々の美貌も影響しているのだろうが、地味な服装で変装しても、目立つことに変わりはなかった。まぁ、天使 亜梨紗であることがバレないという点では、変装成功であろう。

「そんじゃ、行くか」

「ちょっと、もう少しまともなコメントを寄こしなさいよ!? ねぇ、ねぇってば!」

 慌てる亜梨紗を見て多少の溜飲が下がった。そんな些細な事で満足しながら、俺たちはラーメン店へと向かうのだった。




「さ、着いたわよ」

 亜梨紗の案内に従い、ラーメン屋に辿り着いた。そう、俺は確かに辿り着いたのだが……

「行きつけのラーメン屋……ここが?」

「ここ以外どこがあるのよ」

 俺たちの目の前には、確かにラーメン屋があった。

「…………帰るわ」

「させないわよ」

 帰ろうとしたが、亜梨紗に襟首を掴まれた。逃げようとするが、びくともしない。

「さ、入るわよ」

「い、嫌だ! こんな麺と汁が血みたいな色をしたオブジェを堂々と飾るラーメン店に入るなんて、絶対に嫌だ!」

 そう……俺の目の前にはラーメン店がある。ただし、全体的に赤や黒を基調とした外装をしており、その中央には血のような色をしたスープや麺が描かれたオブジェクトを堂々と飾っているのだが。

「ビビってるの?」

 ニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべる亜梨紗。だが、俺はそんな安い挑発に乗って命を捨てるほどプライドは高くないし、愚かでもない。

「あぁビビってる! 大いにビビってる! この上なくビビってる! どのくらいビビってるか教えてやろうか? 超ビビってんだよ!」

「そ、そうなのね……」

 有無を言わせぬ圧を込めた訴えに気圧されたのか、少し引いた様子の亜梨紗。よし順調だ。このまま相手に反撃の隙を与えずに逃げ切れば……。そう思っていたその瞬間だった。突然、店の入り口の扉がカラカラと音を立てて開いた。音の方向にゆっくりと視線を向けると……

「うちの店の前で何やってんだ、うるせぇぞ」

「…………ひえっ」

 目の前には、鬼がいた。否、そう錯覚してしまう程の強面の男が、立っていたのだ。二メールに近い身長に加え、丸太のように太い筋肉質な二の腕。そして、その二の腕ごと身体を封印するかのように着られた明らかにサイズの合っていない黒いシャツ。極めつけは、スキンヘッドの頭に白いハチマキのようなものを巻き、右目から頬に掛けて大きく入った威厳のある切り傷。見ただけでわかる……この人、絶対に堅気の人間じゃねぇ!

「あ、店長さん。久しぶり~」

「ん? おぉ、天使の嬢ちゃんか! 久しぶりだなぁ!」

 目の前に現れた鬼……ではなく、大男に気さくに話しかける天使さん。というか、この人店長だったのか……

「今日はスタンプが三倍になる日だって姉から聞いたので、行くなら今日しかないって思って、来ちゃいました」

「そうかそうか、ありがとな。丁度カウンターが空いてるが……」

 突然、なんの前振りもなく、店長が俺の方に視線を向けた。

「ひっ!?」

「そっちの男はどうするんだ? 見たところ、連れなんだろ?」

「あ、えっと、その……」

 突然話を振られ、口ごもってしまう。別に自分がコミュ障という訳ではないのだが……相手が怖すぎて、何を言っても殺されるようなイメージしか湧かないせいか、言葉が出なかった。

「あ、この子は雄介。私の友達で、今日は奢ってくれるんだって!」

「は、はい! せ、僭越ながら!」

「……………………」

 何故か、何も言わずに俺を無言で見つめる店長さん。

「そうか、女に奢るたぁ漢気あるじゃねぇか!」

「は、はぁ……ど、どうも?」

 バシバシと肩を叩き、満足した様子の店長さんに、思わず困惑を隠しきれない口調で返事をしてしまう。

「さぁ入ってくれ! カウンター席が空いてるから、好きな方に座って良いぞ!」

 強面の店長に案内され、店内に入る俺と亜梨紗。

「はい雄介、これがメニューね。私はもう頼むもの決まってるから、早く選んでね」

 そう言って亜梨紗に渡されたのは、一枚のメニュー表だった。この店で扱っているラーメンの写真が沢山あるのだが……

「ほ、殆どのメニューが……真っ赤だ……」

 そう……貼られていたラーメンの写真は、殆どが血のような色をしたラーメンだった。

「おい、ボウズ」

「……え? あ、俺ですか?」

 どれを選んでも死ぬ未来しか見えないと思い、半泣きになっていた俺だが、ふと店長さんが悩める俺に声を掛けてきた。

「一応、この店は普通のラーメンも扱っているぞ」

「ほ、本当ですか!」

「あぁ、本当だ」

「て、店長……っ!」

 それはまさに、天国から地獄に向けて垂らされた一筋の希望の糸であった。この店長は、顔は怖いが、とても優しい、素晴らしい人間のようだ。どっかの天使の皮を被った悪魔とは大違いだ。

「味噌、醤油、塩。どれが良い?」

「し、醤油でお願いします!」

「………………」

 店長の救いの手に、俺は遠慮なく縋った。何故か、亜梨紗が不満そうに俺の方をジッと見ていた。

「なんだ、店長と話してる俺を見て嫉妬か?」

「………………ハッ」

 なんか、鼻で笑われた。

「はぁ……なんか安心したら疲れたな……俺、ちょっとお手洗いに行ってくる」

「いってらっしゃーい」

 緊張した際は、人間水を飲む量が増えるという。ここに来る道中、水を飲んでいた影響もあって、俺は一度席を外した。

 そして俺は、この時席を外したことを後悔することになるのだった。

「あ~あ、折角激辛ラーメンを食べさせようと思ったのに……あ、そうだ!」

「ん?」

「店長さん、さっき雄介が言ってた注文を取り消して、私と同じやつをお願いね?」




 お手洗いに行ってから数分経ち、俺はカウンター席に戻った。

「おかえり~」

「おう……あれ、なにこれ?」

 カウンター席に戻ると、なぜかテーブルに見覚えのない飴が置いてあった。数ある飴の中でも特に甘いと言われる飴だ。なぜ、それが俺の机に?

「店長さん、この飴は?」

「…………すまない」

「え?」

 何故か、俺に対して小さく謝罪をする店長さん。しかも、俺と顔を合わせようとしない。何故だろう。すごく嫌な予感がする。隣の席でニヤニヤしている亜梨紗の様子が、俺の嫌な予感に拍車をかけていた。

 やがて、その予感は現実のものとなった……

「お待たせしました、デーモンラーメン二杯!」

 俺と亜梨紗の目の前には、黒い器に入ったラーメンが出された。ただし、そのスープは醤油などではなく、血を煮詰めたかのような真っ赤なスープ、まるで人の肉を混ぜ込んだと錯覚してしまう程明るい赤色の麺……そう、悪魔のようなラーメンが目の前にあったのだ。

「わぁ♪」

 目の前に出されたラーメンを見て、まるで恋する乙女のように瞳を輝かせる亜梨紗。

「……ねぇ店長」

「すまないボウズ、俺ぁ亜梨紗の嬢ちゃん……というより、天使家に逆らえないんだ」

「やっぱりお前の仕業かこの悪魔!」

 なんということだろう……天国から地獄に向けて垂らされた一筋の希望の糸は、悪魔の手によって切られてしまったらしい。

「いきなり怒ってどうしたのよ雄介。ほら、早く食べないと、麺伸びるよ」

 何食わぬ顔で麺を啜る亜梨紗。幸せそうに麺を口に含んで味わっている。

「ん~~美味しい♪」

(…………これって相当辛いよな? 見た目だけか……?)

 辛さなど微塵も感じさせずに食べる亜梨紗。店長には申し訳ないが、この人が食べていいのかすら分からないような悪魔のラーメン……俺は、食べれると信じ、割り箸をとった

「い、いただきます!」

 真っ赤なスープから麺をすくい、俺はラーメンを口に含んだ。

「あ、あれ? 意外と辛くな……い……ぐがぁっ!?」

 一瞬、そこまで凶悪な辛さではない。そう思った俺が愚かだった。普通に麺はモチモチで、食べ応えもあるかと思ったが、その数秒後……地獄のような辛さが口の中に広がった。

「ぐっ、がぁっ、ぐ、うがぁっ!?」

 声にならない悲鳴を口から出しながら、無言で店長に差し出されたコップに入った水を口に流し込んだ。しかし、それでも痛みが和らぐことはない。

「あははは、雄介すっごい面白い顔になってる!」

「て、てめぇっ、笑いごとじゃな……うがああ!?」

「…………すまない、坊主」

 申し訳なさそうに店長さんが謝罪を述べてくるが、上手く聞き取れなかった。それほどまでに、この辛さは地獄なのだ。むしろ、地獄以上の表現が見つからない。

「う~ん……そんなに辛いかなぁ?」

 辛さに苦しむ俺の様子を、怪しげな瞳で見る亜梨紗。自身のラーメンを食べ進める手を止めると、俺の一口食べただけのラーメンに箸を伸ばし、麺を一口食べた。

「美味しいじゃん」

 顔色一つ変えることなく、彼女はそう言った。

「大丈夫か?」

「だ、大丈夫でしゅ……」

「ぷっ、〝でしゅ〟だって……ぷっ」

 舌が痛くて呂律が上手く回らず、舌足らずの口調になってしまう。そこを亜梨紗に笑われてしまい、悔しさが込み上げる。

「だいたい、お前が俺の注文勝手に変えたせいでこうなってるんだろ!」

「甘いなぁ、このラーメンを笑顔で食べられてこ大人なんだよ? キミを大人にしてあげようって私の気遣いが、伝わらないかな~」

「……本音は?」

「面白そうだったから変えた。あと、スタンプの対象がこのラーメンだったから」

「最悪だ……」

 俺は、頭を抱えて嘆いた。

「あれ、雄介ってばラーメン食べられないの?」

「………………」

 安い挑発。乗る価値もない挑発。しかし……

「…………いただきます」

「おいボウズ、無理して食べきる必要はないからな?」

「店長……俺は、この女にだけは……天使亜梨紗だけには負けたくないんです!」

 今この瞬間、天使亜梨紗にだけは、例えこの無限とさえ思える苦しみを味わおうとも負けたくない。俺は、その思いだけを胸に、再び箸を取るのだった。




 僕は辛いラーメンならコンビニのやつが限界ですね

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