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第10話 何なら猫まみれにだってしてくれます

 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ


 どこかで聞いたことがあるような音が聞こえている。それになんだか体も揺れているような……


(んーと、この音は……ひづめの音かな……ひづ……め?…………え?!)


 慌てて飛び起きる。

 う、頭が重い……昨日は確か……祥さんたちと同じ部屋で寝たよね……


 見上げると抜けるように青い空、そして周りにはカラカラの大地が広がっていた。

 体を見ると昨夜の服装のままだ。そして大きな麦わら帽子が体にかかっているんだけど、なんでだろう……


 えっと……ここは……もしかして荷台? 動いている?


 まだ、頭がぼんやりしていて、考えがまとまらない。


 ふと前を見ると、茶色い髪で肩に弓を担いだ年若い男性の後ろ姿があった。そしてその先には馬が一頭、規則正しく上下に揺れている。これって、荷馬車なの?


「なんで?」


「お、ようやく目が覚めたみたいだね。今、俺の家に向かっている所だよ」


 俺の家って……


「あなたは、誰ですか?」


「俺は兪星ゆせい蘭玲らんれいの旦那だよ」


「えっ!?」


 蘭玲って確か祥さんたちと決めた私の名前だ。……しかし、旦那って、それはさすがに意味が分からない。


「祥さんと信はどこですか?」


 きっと二人と兪星さんは知り合いで、みんなで私を驚かすつもりに違いない。


「それは誰だい? ……宿屋の親父があんたは一人だというから買ったのに違うの?」


 買った? ……もしかして私を!!


「詳しく話を聞かせてください!」


 私は身を乗り出し兪星さんの肩を掴んだ。






「知らない間に売られてた……」


 どうも私は宿屋の主人に騙されて、夕食に眠り薬を盛られたみたい。さっき頭が重かったのはたぶんそのせい。そして兪星さんのところに宿屋の主人から希望の娘が見つかったという早馬がきて、それから荷馬車で駆けつけお金を払って私をもらい受けたそうだ。


「宿屋の親父に高い金払ってきたから。蘭玲、これからは俺の嫁として尽くしてほしい」


 兪星さんは、御者台からこちらを向いて真顔で話しかけてくる。

 尽くしてほしいと言われても、はいわかりましたと言うわけにはいかない。


「とにかく、私は物ではありません。すぐに宿屋に戻ってください」


「そういうわけにはいかない。俺は一目見て蘭玲のことを気に入ったんだ。必ず嫁にする」


 う、目が本気だ。宿屋に連れて行ってくれないのなら、何とかして逃げ出さないと……


「逃げようとは思わない方がいいよ……」


 そう言うと兪星さんは肩に担いでいた弓を手に取り、矢をつがえ上空へと放った。


「何を……」


 ドンッ!


 私の足元に胸に矢が刺さった大きな渡り鳥が落ちてきた。


「キャ!」


「よし、今日の晩メシ確保。逃げられるくらいならこいつで……」


 兪星さんはにっこりと微笑んだ。






「あのー、思いとどまってくれませんか?」


 荷馬車は止まることなく田舎道を先へと進む。


「蘭玲も諦めが悪いな。いくら言っても無駄だっていうのに……」


 無駄だろうが何だろうが諦めるわけにはいかないよ。


「宿屋に戻って、お金を取り戻して私を解放してください。お願いします」


「だから無駄だって……ふう、夜まで待つつもりだったけど、仕方がない」


 兪星さんは荷馬車を止め、荷台に上がってきた。


「な、何を」


「女は一発やったら大人しくなるって聞いたことがある。夜を楽しみにしていたけど、もうここで俺のものにする」


 こちらににじり寄って来る兪星さんの前は膨らんでいるように見える。信は触っていくうちにだんだんと大きくなっていったけど、男の人って黙っていてもそうなるものなの?


「そ、それは……」


「蘭玲を見た時からずっとこんなだ」


 兪星さんの荒くなった息が顔にかかる。助けを呼ぼうとあたりを見まわしても、街道を外れたこんな場所では人影すら見えない。


 胸に手が……や、犯られる!


「わ、私は巫女です! 手を出してはなりません!」


 その瞬間、ギラついていた兪星さんの目が点になった。


「巫女だって? なんの?」


 私は兪星さんにこれまでの経緯いきさつを話した。


「お、面白い! 蘭玲が黄龍の巫女で守り手と一緒に国を救う。作り話にしてはよくできているね。君とずっといたら飽きることはなさそうだよ」


「作り話じゃありません。ほんとなんです! 早くしないとみんなが死んでしまうんです!」


 おばばさんは、私が朱雀廟にいかないとこの国に雨が降ることは無いって言っていた。雨が降らないと作物ができないし、それ以前に飲み水が無くなって生きていくことができない。


「それで、もし蘭玲が巫女だとすると、何ができるの?」


「そ、それは……朱雀廟に行ったらわかります!」


 今は分からないけど、行ったらたぶん……


「……ふむ、本当に巫女だとすると、今、手を出すわけにはいかないかな」


「は、はい、生娘でないといけないそうです」


 おっ! い、いけるか……


「でも、今を逃れるためについた嘘かも。話も上手なようだし……」


「う、噓じゃない。えっと、どうやったら……あっ! 信に会ってください。信に会えばわかります!」


「信? さっき言ってたけど、そいつがクマを手懐けたってほんとなの?」


「ほんとにほんと、何なら猫まみれにだってしてくれます」


「猫か……それはどうでもいいけど、わかった、いったん信じてみるよ。でも嘘だったらその時は黙って俺の嫁になること」


 よかった。とりあえず今を逃れることができたら、あと何とでも……


「蘭玲、返事は!」


「は、はい!?」


 あっ、思わず『はい』って言っちゃたよ。


「よし、ちゃんと聞いたよ。逃げたとしてもどこまでも追っていくからね」


 兪星さんはまた、にっこりと微笑んだ。

 あわわわわ、ど、どうしよう。何か方法考えないと……


「さてと、それじゃ嫁も見つかったし、信とやらに会いに行こうかな」


「よ、嫁になるつもりはありませんからね」


「照れなくても。さあ、君、もうひと働きしてくれよ」


 兪星さんは御者台に戻り、馬に鞭を打った。

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