隠居戦士、万感交到る
荷車に身を預け、木々の木漏れ日がのぞく山道をゆっくりと進む。この分なら多少暗くはなるだろうが今日中には麓の村までは辿り着けるだろう。
「いやぁ、上官達を歩かせて自分はこれって何と言うか申し訳ないっすねぇ。」
そう言ってはにかみながら後頭部を掻くキーナンは、自分たちが怪馬を処理している間に目を覚ましたらしい。と言っても未だ脚は動かせず、自分と同じように荷車に揺られながら話の顛末をユランから聞かされていた。
ちなみに他の三人は徒歩だ。流石に輓馬のような体格をしたスヴァジと言えど老いた身の一頭では5人も、ましてやジェダンのような巨漢を乗せたら怒り出すことだろう。ましてや気の乗らない旅である以上進みがゆっくりである事に自分は一切の文句も無いのだ。
「しかし立派な馬ですなぁ、私などが乗るとなるとやはりこのくらいしっかりした馬が欲しかったものです。戦地では大抵、乗っても帰る頃には潰れてしまいましたからな。」
「そうさな、俺もだいぶ頼み込んだもんだ。昔馴染みには鈍足と馬鹿にされたがね。」
ジェダンほどでは無いが自分とて大柄なのは自覚していたもので、当時は早さよりもとにかく頑丈なものをと所望したのだったか。いくら体が頑丈とはいえ自分のようなものを乗せ戦い続け、今再び旅に連れ立つとは自分もよくよく酷い主人だと自嘲した。願わくば彼の連れ合いくらいは探してやりたいものだ、この齢で今更彼が励めるのかは謎だが。
「ところで猟師殿これから向かう村ですが、我々が行きに通りがかった時は何とも嫌な視線を受けたのですが纏めた荷物はあそこで売り払うので?安く買い叩かれるのでは?」
ユランが不安そうな顔をしながら聞いてくる。
「あぁ、そりゃアンタら見るからに国軍ってナリをしてるからな。あそこの大部分は王都近辺でやらかして追いやられたもんの集まりよ、でなきゃこんな辺境に村なんぞできんさ。」
これから向かうのは辺境で防衛のために構える砦よりも少し外側に位置する村であり、だからこそ危険でワケ有りの者たちが集まるわけだ。商隊が来るのは年に一度でもあれば良いほうだろう、殆ど物々交換で成り立っているような村だ。だからこそ隠居し身分を隠した自分でもお互いに比較的関わりの持ちやすい存在として自分は皮や肉、薬草を使った薬などを卸し、村は穀物などを売ってくれる。自分としてもそんな便利な窓口である村を見捨てることはできず、村の腕利きでも対処できないような魔物が襲撃してきた際は救援に向かったりもしている。それを聞いてユランが眉を潜めて口を開く。
「道理であんな目で見られたわけね、ましてや帰りはそんなアンタを連れて行こうとする大っ嫌いな国軍の四人ときた、絶対一悶着あるじゃない。」
確かにそれくらいはあるだろうなと思いつつ、それに対し楽観したジェダンが口を開く。
「まぁ、良いではないか。話を通すしかあるまいよ。その折には御仁からもどうかひとつお力添えを願えませんかな?」
それに対し自分は悪戯っぽく笑って応えてやった。
「どうかな、俺は不承不承来てる身だ。酒の一つでも奢って貰わねば助けを請うてしまうかもしれんな。」
「酒があるんすか!それは良い、行きは任務前だと意気込んで飲まずに山に入りましたが今度は良いでしょう指導官!」
キーナンが横にしていた体の上半身を起こしてまで反応していた。それを見聞きしたジェダンが笑いながらキーナンの頭に拳骨を降らせる。
「馬鹿モン、ケガをしてる身での飲酒は治りが遅れると以前にも言ったであろう。今宵は貴様抜きでのものとなろうよ、飯だけは部屋に送ってやるからな。」
ばたりとキーナンの落胆の音がした後、そんなのって……と言う小言が横から聞こえた。
休憩を挟みつつ2刻程進んだだろうか、道中見かけたウサギをユランが二羽射って今は自分が陽が傾く前にと急ぎそれを解体しながら進んでいる。この地のウサギは故郷で見たよりも一回り大きく、その分食いでと皮が有難い存在だ。
「そろそろ森を抜けるでしょうか、来た時は迷いながら進んだのもあって不安でしたが猟師殿が居てくれるお陰ですんなりでしたね。流石に暗くなった森を進みたくは無いですし……。」
ユランがほっとした表情で溢す。確かに後四半刻もすれば開かれた道に出るだろう、陽が暮れるまでにそこまで行ければ村も見えるだろうし魔獣などに襲われる事もそうそうあるまい。それを聞いたジェダンもふと溢す。
「確かに早く村まで行きたいものだな、なにせ山に入ってから清拭すらままならぬせいで流石に鎧の中が酷いことになっておるようだ。」
戦場ではこんな事当たり前だったがと続けたジェダンだが、聞けば彼らが山に入ってから3日経つのだという。故郷の感覚で言えば不潔極まりないがこの地の文明レベルで風呂は貴族の特権くらいの感覚で平民はもっぱら井戸があれば水浴び、無くば清拭だ。
「そうだったか、じゃあ出る前に風呂でも入れてやるべきだったな。ユランは昨日入らせたが。」
我が家には自分のこだわりで粗末ながら風呂を作っていた。と言っても五右衛門風呂レベルのものだがそれもまた浪漫だと思っている。すぐさまユランの顔が青くなり、ケイヤが声を上げた。
「なに!あんた風呂なんか入ったの?!ずるい!!私なんか首元拭くくらいでやりくりするしかなかったのに!!」
「猟師殿なんで言っちゃうんですかぁ!」
あわあわとしながらケイヤとキーナンの文句を浴びせられるユランだったが、そんな話をするうちに木々がまばらになり道が開けてきた。
「ようやく村が見えましたな。日は落ちましたが何とか安全圏と言ったところでしょうか。」
三人の喧騒を微笑ましく聞いていたジェダンが気付き、それを機に喧騒が止んだ。最初こそ歓喜していた四人だが、村が近づくにつれ段々と寡黙になり三人は歩く速度が速くなっていった。辺境の過酷な状況から自分の拠点を経由したとても、ようやく文明のある集落が見えたのだ。いち早く安心したい気持ちは分からなくもない。そうして村の前へと着いたのは先ほどの喧騒からニ十分程度だろうか。
尖らせた丸太を並べた壁に囲まれた村の入り口には門があり、その左右には櫓が建っている。物見の顔が見えた辺りでジェダンが息を大きく吸うのが見えたためすぐさま耳を塞いだ。
「我々は先日ここを通ったハンズ砦の者である!!至急開門されたし!!」
耳をふさいでも十二分に聞こえたジェダンの大声を聞いた物見が声を返す。
「あんたらその馬は山に住んでる猟師のもんだろう!あんたらおやっさんと一緒か?」
辺りはすっかり暗く自分の姿が見えなかったらしい物見の声が聞こえたのだろう、壁の中からざわざわと音が聞こえてくる。どうやら不信感を与えてしまったらしいが、奴らは相手が王国兵だという事を忘れていないだろうか。ジェダンが此方に助けを求めている、大きく息を吸い込んだ。
「その声はエバンスか?俺はここだ!門を開けてくれ!あと宿と飯も頼む!酒も忘れるなよ!」
自分の声に気づいた物見のエバンスが壁の中で騒めいている者たちを静め、こちらに返答した。
「あいよー!今村長が走ってったからその辺は期待してくれ!ちょいと待っててくれな!」
エバンスの返答が終わると閂が外される音がして、その後ゆっくりと門が開いた。村の規模にしては重厚な門で片側二人ずつの四人がかりで開かれる、この辺境では山の中ほど危険ではないがスタンピードが起きる事を考慮して自分が指示しこの様な形になった。
「よぉ、おやっさん!今日はこんな時間にどうしたんで?」「すまねぇおやっさん、薬持ってねぇか。うちのガキが腹ァ下して寝込んじまってんだ。」「おっちゃん、こないだこの辺じゃ見かけねぇ鳥捕まえたんだがちょいと見てくんねぇか?」
門が開き我々が中に入ると四人そっちのけで十数人に囲まれ、その内容はその数だけバラバラで自分からすればいつもの光景だが四人は目を丸くしていた。彼らが以前見た光景とはまるで違い彼らは確かに多少排他的ではあるものの、その分身内との繋がりは何よりも大事にするのだ。勿論対外的には余り良いものとは言い難いが、彼らの身の上を考えれば仕方のない事ではある。
渡せるものは渡し、すぐ返答できるものにはそのようにし、後は我々の宿を準備しているであろう村長の家へとスヴァジを向かわせ皆にも一度集まるように伝えた。
「御仁、一体これは……。いや、きっとこれが本来の彼らなのでしょうな……。」
村民の対応の違いに驚いていたジェダンだったが察したようだ。
「俺だって助けられる事も多いさ。この歳になるとこれから先もっとそんな事が増えるんだろうよ。お前さんも、まだ早いなんて考え無いで墓立てる場所くらいは決めとくんだな。」
「左様でありますか、なにぶん妻帯もせず死に損なった身ですからな……。許されるならばかつて轡を共にし戦った兵と共になどと考えた事はありますが、なまじ貴族郎党の身故恐らくは早ければ兄、遅ければその嫡子に任すこととなりましょうなぁ……。」
冗談半分だったがどうやら真面目に考えられてしまった。貴族か、察するには余りにかけ離れた世界だが華やかさとは違う一面の方が大きそうだ。
荷車が村で一番大きな村長の家の前に着き、ヒドゥジが嘶いた。それを聞いた村長がドアを開け自分に挨拶をしてくれた。
「おやっさん大丈夫かい、どうにも良くねぇ連れに囲まれてるようだが。ここでならまだ処理できるぞ?」
王国兵を前にしても全く言葉を濁さないこの村長は、言動はただのチンピラだが歳も他に比べ高く頭も悪くない為村長をやらせている。
「急で済まないな、ちょいと王都まで旅に出てくる。ちょいと面倒だが行く事にしちまったからこいつらは勘弁してやってくれ。」
「あぁ、分かった。さっさと皆にも伝えてやってくれ、飯は今大急ぎで作らせてっから。」
連れ立っていることを察して量を用意してくれているのだろう村長に謝意を述べ捌いていたウサギを渡す、ジェダン達にキーナンを運ぶように伝えてからついてきた村民たちに振り返る。この場に居るのは二十人程だろうか、自分が口を開くのを察したのか静かになった。
「騒がせてすまないな、ちょいと王都まで面白くも無いヒゲ面見に行ってくる。戻ってくるまでにポックリ逝かねぇように気を付けるが、薬は纏めて村長のとこに置いとくから大事に使ってくれ。」
できる限り端的に。だが少し茶化したような言い方にはなるがこのくらいの方がここの奴らには丁度いい。
村長の家は宿屋のないこの村で唯一客人を迎え入れられるように余裕のある造りになっている。使用人とまではいかないが有事の際はある程度のマナーを知っている村長と同じような境遇のモノが手を貸すように村の中で決まっており、村長一家だけで無く客人の対応ができるようになっている。と言ってももっぱらこの村にそんな人手が求められるような客人など来るはずも無いが、手順というものは決めておいて損はないのだ。現に今回は一人除いて身分こそ低いが珍しく頭数の居る集団が厄介になるのだから助かった。
「よっしゃあ!飲み比べすんぞおまえら!!」「うるせぇ引っ込んでろ俺のがつえぇ!!」「お前さん明日は朝一で物見当番だろうが!」
室内では料理が並び既に酒盛りが始まっていた。四人の事情と自分の判断を話し村民の理解を得ると一度各自の家に戻ったが夕餉に作ったものを持ち寄り始めたのだ。先に部屋に入れさせたキーナンを除き三人とは多少壁のあるものの酒が入ってしまえばお構いなしだ。隅で大人しくしているケイヤはともかくジェダンはたった今飲み比べの輪に入っていったし、ユランはご婦人方と談笑していた。
この村もいつかはこうやって、過去を忘れろとは言わずとももっと外界と交流を持つべきなのだ。位置としては辺境伯領の端にある砦よりも外にあるこの村は、実質どこの庇護にも入っていない。今でこそ自分や村の腕利きが居るからこそなんとかなっている所はあるが、このままでは今後どうなるかなど火を見るよりも明らかだ。明日、出立する前に村長とその事も話しておこうと心にとめた。
そんな中、酒の席では騒いだり気分良く談笑する者も居れば、そうでない者たちも必ずいる。
女性陣とも騒いでいる奴らとも離れた位置で、丁度隅に逃げたケイヤの居る辺りで村長の声が聞こえる。ケイヤに絡みに行ったようで、細君の視線が痛い。
「俺は今はこんなんだがこれでも元は騎士爵とはいえ一応貴族の四男坊だったんだ。親父一代限りの吹けば飛ぶような爵位でよ、兄弟は一端の歳になったら皆身の振り方を考えたもんだ。
俺はと言えば腕っぷしに自信はあったし、親父と縁のあった軍部の一人に拾われてなんだかんだそいつの副補佐まで務めたもんよ。ところがあの野郎がヘマやらかした時に全部俺に擦り付けてきやがった。
気付いたら話も理解しきる前に俺は王都から追い出されちまってた。後に聞いた話じゃ家のもんは兄弟こそなんとかなったが、親父はただでさえ隠居も近いって歳でそんな事がたたって心の臓をやっちまって……、ポックリ逝っちまった。そんな頃さ、おやっさんに会ったのは。」
あの山に定住する少し前、今の村長を偶然近くの町でヤケになって飲んだくれていたのを捕まえたのが始まりだった。その町の顔役に頼み込まれ自分の荷物持ちにして旅を続け半年、道中の村で村長と恋仲になった今じゃ鋭い眼光をこっちに向ける細君と一緒になり、かつてこの地に居たのであろう木こりの伐採小屋に住み着いて始まった村が似たような境遇の者が集まり数年でこの規模となった。
「できる事なら俺がまた一緒におやっさんと……、あのお方と旅に……。」
これ以上はいかんと彼を止めに向かう。だが自分が声を掛ける前に、以外にも話をちゃんと聞いていたらしいケイヤが口を開く。
「興味深い話をありがとう、でも今日はもうあなたは寝た方が良いみたいね。ほら、あれ奥さんでしょ?あのオッサンは私たちがちゃんと送るから、アナタはアナタのやるべき事をするのね。」
ケイヤはそう言って、村長の顔の前で指を振ってぼそりと呪文を唱える。その直後彼は手に持っていたジョッキを机に大きく音を立てて置き、その音を聞いて静まった観衆をものともせず細君の元へとよたよたと向かって行った。
「ナタリア……。大好きだナタリア……君がいてくれたから俺は……。」「アンタいきなり何言って、場所考えなさいよ!」「良いぞ、村長!」「こりゃ村はもっと大きくなるな!」「ほら馬鹿言ってないで、そろそろお開きだよ!潰れてない奴は片付けを手伝いな!」
お開きと言われてもジョッキを離す者はまばらで、それぞれご婦人方に怒られながら夜は更けていった。
いつもよりは寝すぎてしまっただろうか、だが何とか二日酔いは回避したようで助かった。顔を洗いに行くと頭を抱えしっかり二日酔いの様相をしたユランとその介抱をするケイヤの姿を見た。ケイヤはジェダン達とは違い王都の息がかかっているとはいえ、隊の中での関係は悪くなかったようでここに来る際も自分の拠点以降特にギクシャクしたような様子はなかった。
ユランに手持ちの鎮痛薬を渡して自分も洗顔をした後は、食堂に向かい昨晩顔を真っ赤にしていた細君の手料理を頂いた。村長とは気恥ずかしいようなどこか二人が出会った時と似た雰囲気で、食事をしながら村長に昨晩考えていたことを伝えた後にそれを指摘すると二人とも赤面していた。
「いやはやお恥ずかしい、面目次第も御座らん。」
遅れて起きてきたジェダンが、ユランとは違いあれだけ飲んでいたというのにスッキリした顔でキーナンに肩を貸して歩いてきた。いくら治療を施したと言ってもキーナンはもう歩けるのかと若さを羨んでしまった。
「さっさと食って準備だ、馬を一頭と馬車も用立てて貰ったからアンタらも乗ってさっさと砦に行くぞ。」
ジェダン達の準備を待つ間に手持ちの薬で渡せるものを村長に渡し、見送りに来てくれた者たちの相手をしながらスヴァジと用立てて貰った雌馬のセックをしっかりとした造りの幌馬車と繋いだ。このセックもまたスヴァジ程ではないが力強くしっかりとした体付きで村の農耕を支えていた内の一頭なのだろう。
皮製品の加工をしている家で手持ちの皮などをある程度卸し必需品の類を交換してもらい、準備を終えたジェダン達を荷車に乗せ最後に村長と今一度言葉を交わす。
「道中どうかご無事で。と言ってもおやっさんなら祈りは無用か、何なら相手の方が可哀そうなくらいだ。」
「馬鹿を言うな。まぁあっちが何言ってくるか分からんからいつ帰れるか分からんが、それまで達者で暮らせ。それじゃあな。」
この歳になって受けることになるとは思わなかった見送りを受けながら自分も馬車に乗り、一行は一路ハンズ砦へと出発した。
自分の拠点としていた山から村まではガタガタの下り道だったのに比べ、砦までの道のりは平坦なものだった。ましてや故郷で言うスプリングも無いとはいえ人が乗るものとして作られた幌馬車だ、自分が適当に作った荷車とは快適度がまるで違う。こういったものがあるという事は村長も外部との繋がりを持とうと思っていた事が窺えよう。
馬の休憩などを挟みながら一日何事も無く砦が見えるところまでたどり着いた。あまりこちらの方に出向いた事は無かったが、山の方と比べこんなにも落ち着いた雰囲気でたどり着けるとは思わなかった。ジェダンにそれを聞くと、数年はスタンピードも起きておらず荒事というとそこまでは無いがここまで魔獣にも遭遇せず進めたのは運が良かったと言う。何はともあれ村の時とは違ってここからはジェダン達に任せることになるだろう。砦の目の前に着きジェダンが大声を上げて門衛に開門を促し、元よりケイヤが魔法を使って伝達をしていたというのもあるが比較的すんなりと検問を抜け門が開いた。門衛が堅苦しい口調で口を開く。
「指導官殿、ご無事で何よりであります。お疲れとは存じますが司令がお待ちですので装備を置かれましたら至急向かわれますよう願います。」
門衛の口から出た”無事”という言葉にジェダンの顔が歪んだように見えたが、彼はすぐさま表情を戻し了承の意を伝えていた。結果的にキーナンこそ無事に戻ってこれたが、自分に出会う前にケイヤこそ行方不明だったがその他に二名が命を落としていたとユランから聞いていた。確かにそれを踏まえればキーナンの治療に迷いがなかったことはジェダンの性格も踏まえれば合点がいった。
門をくぐり馬を預け四人の内キーナンを医務室に、他三人が装備を預けるのを待つ間に詰所の一室で待つことになった。室内は質素な造りでどうやら内部から入ってきた者への会合などを行う場所のようだが、周りの状況を考えてもその頻度は高くないだろうに掃除は行き届いている。短い間だろうがここ二日間で久しぶりの一人の時間に手持ちぶさたを感じながら奥の席に座ったまま窓の外を眺めていた。
少しすると不意に背後から人気を感じ、先手を取って声を掛ける。
「おい、初対面の客人の背後を取るってのはここの教えかい?ジェダンならもう少し堂々とした指導をすると思ったが。」
気取られた事に驚いたのか背後から声がする。
「これは失礼致しました。ですが、どうかこのままお話しする事をお許し頂きたい。」
何となく相手がどういう存在なのかを把握し答える。
「まぁ良いか、どうせケイヤのご同輩って所だろ?さっさと要件を伝えな。さもねぇとそろそろ暑苦しい奴がのっしのっし向かってくるぞ。」
悪戯っぽく返すと相手は短いため息を吐いた。
「では端的に言わせて頂きますと、王党派だけでなくあちらのお歴々はアナタがどちら側の人間なのかという事をとても気にしているんです。それはもう形振りを構わぬ程に。ちなみに私の上は中立派とでもいった所でしょうか、アナタを推し量る為に参った次第です。」
「こちとらまだ呼ばれた内容すら知らねぇんだ。全くどいつもこいつもハッキリ言わねぇで脅すようなこと言うんじゃねぇや。だいたいあのアホと童話バカはまだ王都で欲搔いてんだろ?その上でまた魔王でも出たからロートル集めて倒そうってのか?」
貴族特有の遠回しで含みのある伝え方はどうにも性に合わない、はっきり言ってイライラする。そんな自分の様子に相手は驚いた様子を見せた。それと同時に床を軋ませながら進む特徴的な足音が聞こえ始める。
「おや、ご存じないのですか?勇者殿は今や公爵、魔法使い殿なら随分前に行方知らずですよ。そして察しが良いですな、内容はそのまさかです。」
その言葉を聞いた瞬間、思わず振り返るも相手は既に姿を消していた。
思考が鈍る。まさか本当にこの顔も知れぬ者から内容が聞けるとも思えず、ましてや昔馴染みの現状がそんな事になっていようとは。この際新たな魔王なるものはどうでも良く、動揺で纏まらない思案が延々と脳内を走った。
「御仁、どうされました。御気分が優れませぬか?すぐに寝床を用意させましょう。」
気づけば不安そうな顔をしたジェダンが横に立ちこちらを伺っている。彼の声掛けも聞こえぬ程周りが見えていなかったようだ。
「いや、すまない。大丈夫だ、行こう。」
そう返答してジェダンを止めるのがやっとの事だった。立ち上がると彼は慌てて中に入ったのだろう扉が開いたままで、其処には怪訝そうにこちらを窺うユランとケイヤがいた。
砦内という事もあるが先程の自分の姿を見た一行は一言も言葉を交わさず執務室の前にたどり着いた。ジェダンが先頭に立ち入室の許可を得ると部屋に入った。