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隠居戦士、二度目の旅

 肌寒くも窓から差し込む暖かい光が半身を包む。湯気を上げた鍋に細く均等に切った根菜の類と豆を入れ、灰汁を取ったら塩と砕いた香辛料の類で味をととのえる。米と大豆は手に入るが素人では味噌と醤油の再現には至らず、麹菌が存在するのかどうかも確認の仕様がなかった。

「フン……フフンフ……ン……。」

季節を考えるなら故郷では祭りの頃か。この季節に祖父母の家に行くと小さく素朴ながらも収穫を祝って近所の人々が集まった事を思い出す。聴いたのはもう十数年も前だというのに祖父の歌っていた民謡が鼻歌として出てしまった。

「おはようございます。聞きなれない歌ですが何処のものですか?」

「遠い国の民謡でな、この季節は祭りがあるのさ。今炊いてるもんが無事収穫できた事を祝う歌さ。」

簡易で用意した寝床から起きてきたユランの耳に入ったらしい。なんとなく気恥ずかしくなってしまった。

「早かったな、昨日は疲れただろう。朝飯にはあと少しかかる、動くのはキツイだろうが顔を洗って来ると良い。」

気恥ずかしさを隠すようにユランを裏手の井戸に追いやり、少し経つと痰が絡んだような咳が聞こえてきた。昨日の轟音とは比べるまでも無く小さいが、慌てた様子を感じさせるドタドタとした足音をさせながら奴は顔を出した。

「御仁、昨日はどうなったのでありましょう!?私はなぜ生きて、あと一体ここは…!!」

混乱しているのだろうジェダンの大声を朝一で聞くのは堪えるものがある。それと同時に土鍋で炊いた米の蒸らしがそろそろいい具合だろうと席を立つ。洗顔から戻ったユランに奴の相手を任せ、自分は盛り付けを始める。

「隊長、おはようございます。お加減は宜しいので?昨日の事ですが……。」


 話は巻き戻り、ジェダンが吹き飛んだ後の事。ジェダンが吹き飛ぶこと自体は想定内だった自分は、奴がその身をもって稼いでくれた怪馬の減速と受け流すように指示した事により生まれた怪馬の突撃角度に合わせて横なぎに斧を振った。

斧は相手の速度も相まって右前足の付け根から横腹を通り大腿まで、装着された馬鎧ごと切り裂いた。それでも速度は死なず、怪馬はその身を崩しながらユランの居た隣の木をなぎ倒すまで滑り続けた。久々の大物との戦闘に四肢が強張り、両腕は懐かしい疲労を感じていたが足早に相手の元へと向かわねばならない。

怪馬はと言うと半身の骨肉が裂かれたのだ、魔獣とはいえ立ち上がる事は出来ないだろう。しかしそれよりも気になる事が出来てしまった。

「猟師殿!!ご無事ですか!!」

ユランの叫び声が聞こえるが相手にしている暇は無い。自分は注意しつつも怪馬に駆け寄り、魔法鞄から長槍を取り出す。未だ痙攣しつつも必死に立ち上がろうとする怪馬の心臓を狙ってその穂先をぐっと突き刺し、馬体が一際跳ねると同時に引き抜くと勢いよく魔獣独特の黒い血液が勢いよく噴出した。

その馬体は既にない首からは不思議と一滴の血も流れ出ていないにも拘らず、ここに来るまでに轢き殺したのであろう者達の血が赤黒く固着していた。一度深呼吸をする。

自分は未だ細かく痙攣をするその巨躯の鎧を無理やり剥がし、水魔法を浴びせ固着した色を洗い流した。

「お前は……。そうか、お前が。だが、何故こんな……。」

首が無くとも分かる、葦毛の馬体に特徴的な傷跡。魔獣となり記憶に比べ倍は巨大になったであろうこの姿でもコイツの他に居ないと確信できる。

「何かあったのですか?こ奴に見覚えでも?」

自分の真っ青になった顔を樹上から降りてきたユランが怪訝そうに覗いてきた。

「いや、なんでもない。ゆっくりでいいからキーナンを下ろして来てくれ。時間はかかるが日が暮れる前にコイツの皮だけでも剥いで、二人を運ぶソリを作るぞ。」

動揺は隠せただろうか、自信はない。ともかく息を整え解体用のナイフを取り出し、ようやく痙攣も収まった巨躯の腹にナイフを刺し入れていく。


 切り裂いた横腹の部分を除き順調に皮を剥ぎ取り、次にキーナンはともかくジェダンの巨体を運ぶためのソリを作る。都合良く怪馬がなぎ倒した木の幹を程よい長さで切断し斧で縦に裂いたら、その二本を並べた上に枝を縄梯子状にしたものを乗せ固定する。割った幹の端にとっかかりを作り縄を付ければ完成だ。

「頑健な隊長が倒れるような事があるとするなら自分のような者は既に死んでいるものかとばかり思っていました。しかもまさかこの様な形で運ぶことになるとは露とも……。」

「流石にコイツは背負えんだろうよ、もう一人いりゃ交代もできるだろうが諦めて運ぶしかないさ。」

そう、完成はした。だが実際そのソリに乗せて引っ張るとしてキーナンが70kg程、ジェダンは三桁はゆうに越えるだろう。そこに生木で作ったソリが軽く見積もっても60kg前後は加算されるのだ。他の魔獣とかち会う事も考慮せねばならないが、装備は外せるだけ魔法鞄に突っ込ませてもらった。

ジェダンがキーナンを背負って歩いた時は後数十分と考えていたが、怪馬と相まみえるために場所を変えた関係もあり現状では二人で引っ張っても所要時間など考えたくもない。勿論身体強化は使うが、拠点に着いたのは陽が沈むと同時だった。


 ユランがあらましを伝え終わった頃を見計らって朝餉をテーブルに運ぶ。ジェダンが改めて自分に感謝の意を伝えてくるが適当に返し二人に配膳を手伝わせる。準備が終わったら席に着き、食事前の彼らの黙祷と同じタイミングで手を合わせる。

若い頃は気付いたら余りしなくなっていた行為だが、この山に移って少し経った辺りでふとやり始めたまま続いている。郷愁と言うのだろうか、何か故郷に繋がる行為に縋り付いているような気もする。帰れなかった身で少しでもと思ってしまうのだろう、我ながら憐れな習慣だ。

朝餉は卵焼きに野菜のスープ、作り置きの漬物と米だ。メニューも汁物を除けばほぼ日本食で、特にこの歳になってからは朝から肉となると流石に胃腸が非難をあげるようになり自然とこうなった。

「麦飯なら食したことがありますがこれは初めて食べますな。南方の穀物とは一体こんな山奥でどうやって……。」

食事が始まるとジェダンの奴は食べ慣れないのだろう米を興味深く食し、ユランは自分が椀を手に持ち箸を使って食べるのを不思議そうに見ていた。

「ところで外の奴はいらないのか?アンタら何も言わないし、あちらさんも出てこないがお仲間なんだろう。」

朝餉を作っていたころから気になっていた疑問を二人に投げる。ジェダンが目を丸くし、すぐさまユランが窓から身を出さないように近づき外を確認すると声を上げた。

「隊長!魔法士のケイヤです!彼女は生きていました!!」

「何!てっきり奴にやられてしまったものかと思っていたが、よくぞ無事で…。」

ジェダンは口に含んでいた米を吹き出しながら歓喜していたが、自分が思うにどうやらそんな雰囲気を家外の存在からは感じ取れない。いつだって飯くらいは静かにとりたいものだ。

朝餉の途中だったが二人はそのまま戸口を開けて行ってしまい、自分も後を追いかける。その先に居たのは灰色のローブを身に纏い、通常の物より少し長い柄のメイスを持った女だった。彼女は先行した二人に質問攻めにあっているがどこ吹く風で、追いついた自分に向かって声を掛けてきた。

「あなたですね、王の探し人は。至急王都に来てもらいます。これは王命です。」

灰がかった金髪に色黒の少し目つきが悪いその魔法使いは、まるで箇条書きにされたカンニングペーパーでも読み上げたのかと言うくらい簡潔に自分へ要件を告げた。二人の顔が曇る。

「さてな、あんたの分も飯はあるんだがな。とりあえず腹に入れないか、ずっと見張ってたんだろう?行く気はないし、少なくとも今は落ち着いて飯が食いたい。」

ほらきた、うんざりした顔で答える。ケイヤと二人が呼んでいたその魔法使いは眉間に皺を寄せた。

「王命といったでしょう!あなたに拒否する権利はありません。」

四十手前のナンパは失敗したらしく怒らせてしまったらしい。かと言って大人しく従う気は無いのでヤレヤレと言った風で一人家に戻ろうとした。

「止まりなさい!!!」

彼女は体内の魔力を練り始め、それをジェダンが慌てて咎める。

「待て!御仁は我々の恩人だぞ!!」

「知ってますよ最初から!!アナタが契約魔法までして、王命に反し隠そうとしている事も!!」

長ったるそうな詠唱が始まる。察するに上位の、どうやら拘束する類の魔法らしい。

「これからちゃんと話すつもりだったのだ!どちらにせよもっと穏便に済ます方法はあろう!!」

ジェダンの話にも興味はあるが、こちらも大人しく捕まる気はない。口元に指を立て、ケイヤに向けて告げる。

「黙れ。」

その瞬間、彼女の詠唱はプツリと途切れた。それに気づいた彼女は必死に口をパクパクとして慌てているようだ。二人は何が起きたのかと此方を見るが、鼻で笑ってやった。

「さて、飯の続きだ。そいつも連れて来い、あんたらも今度は行儀よく食べてくれよ。そしたらその話って奴を聞いてやろう。」

そういった自分が歩き出すと二人が再び彼女に目を向ける。メイスも手放す程に必死に声を出そうと顔を真っ赤にしながら口を動かしている彼女をジェダンが小脇に抱えユランがメイスを確保してそれに続いた。

室内に戻る頃にはケイヤは諦めたのだろう、自身を小脇に抱えたジェダンに身を預けていた。

「さっきも言ったがとりあえず飯を食いな。その様子じゃもうないだろうが、暴れるようならお前だけ地中深くにこのまま埋めるし、王命だか知らんが話しなんぞ聞いてやらん。」

用意していたケイヤの分の食事を出してやると、彼女は渋々といった風で食事に手を伸ばした。


 食事が済み、ケイヤに掛けた魔法は解かないまま一先ずジェダン達から話を聞いた。

「まったく面倒な奴らを助けたもんだ……。」

「いやはや全く、面目次第も無い……。然れどもどうか御一考頂きたい。あの時御仁はただの猟師とばかり……。確かに契約した内容には反しますが、気が済むなら私の首だけでこ奴らは勘弁願えないだろうか。」

朝から脂汗が止まらない様子のオッサンの首を集める趣味は無いし、それで王命とやらが隠せるわけでも無し。どうせケイヤは王都の息がかかっていて既に通達は行ってるだろうし、砦には自白魔法辺りが使える査問管が詰めているのだろうジェダン達の黙秘は無意味だ。それを聞くと口のきけぬ彼女はしてやったりといった顔で頷いて見せた、現実的な事を鑑みれば詰みのようだ。

「仕方ないか……。ただし、やらなきゃならない事があるからそれをやってからだな。」

「まことに忝い。キーナンこそあの状態ではありますがその分我々をこき使って頂ければと。」

今すぐだと言わんばかりのケイヤを再び脅し、食器を片付けたらここからは大忙しだ。貯めていた保存食や獣と魔獣の皮など、拠点にある金目の物を全て収納魔法に放り込む。今までは目を付けられないように人前では魔法鞄を使っていたが、こうなっては手遅れだから目一杯楽をしよう。

片付けが終わったら納屋から荷車を出し、厩舎から馬を引いてくる。こいつも俺と同じで幾分年老いたが、ジェダン程では無いにしろ自分の巨体を乗せたまま戦った相棒だ、荷車ぐらいは余裕で引いてくれるだろう。

「前よりは短いだろうが今回も旅になる、またよろしく頼むぞ。」

声を掛けた馬、スヴァジはもう23歳ぐらいだろうか。この地に来てからも大事にしてきたが、馬としてはそろそろ老い先短い身の上だ。スヴァジはヒヒンと力強く鳴き、自分の言葉に応えてくれたような気がした。

「よし、そろそろ行くか。まずは埋葬からだな。」

そう言い放つとケイヤに顔を向けてやった。先ほどの脅しを思い出したのか、彼女は未だ声も出ぬのに再び口をパクパクして抗議しているようだった。逆にジェダンは未だ荷車に載せていないキーナンの事かと勘違いし、ユランは察したのか慌てている二人を見てクスクスと笑っていた。

いい加減ケイヤにかけた魔法を解き、改めて荷車にキーナンを載せすっかり昼を過ぎてしまったがそのまま出発した。


 「それで、早速馬車を停めて寄り道してる訳だけれど一体何をするの?」

最初の丁寧語はどこに行ったのか、二人をキーナンの護衛として残し消音魔法は解いてやったと言うのに未だ言葉にトゲの残るケイヤが自分の逃亡を考慮して付いてきた。共に向かうのは昨日の怪馬を倒した現場で、皮こそ取ったが時間の問題でそれ以外はそのままにしてしまったのだ。

そしてその残った身は魔獣となってしまったが故に変質した魔力に溢れ、他の獣は食べず虫などによる分解も行われない。

「あいつを処理しておかないと戻ってきた時に酷い目に合うんでな。今回はお前さんも居るし、二人でさっさと終わらせよう。」

「別に魔力散らすくらい放っておけば風がしてくれるじゃない。多少魔力だまりができても些末な事よ。」

溜息交じりにケイヤが文句を言う。

「見てたんだろうにあのレベルの魔獣の魔力だぞ?何年かかると思ってんだ。散り切る前にあの魔力から発生した次の魔獣に山の生態系ごと変えられちまうよ。エルフの血でも引いてて時間の間隔が狂ってないか?」

ハハハと冗談交じりに返すと、彼女は口を噤んだ。どうやら藪蛇だったようだ。

[エルフ]、不遜にも人種族間では俗に言う所の亜人種と呼ばれる。自分たちがこの地に来た頃は人種族とは敵対していたが今でこそ融和も進み一部の都市などでは交流も盛んになったが、厳命の敷かれてるはずの王都や人間至上主義の根強い所では未だ当然のように迫害が残っているという。

「本当だったか。だがまぁ、エルフと聞くとナルビスの奴が懐かしいな。今何してんだ、あのハナタレは偉くなったんだろう。」

はっとした顔でケイヤが答える。

「ハナタレって……、あの御方を馬鹿にするな。今はエルフ族の元老の一人で、奴隷にされたエルフ達の解放と希望する私のような者達の受け入れを担って下さってる……。

それよりあのお方を知ってるってことはアンタは本当に王の探し人なんだね?」

「アイツが元老ねぇ……。まぁ当初の願いも出来てるようだし元気ならいいさ、生きてりゃその内また会えるだろうしな。

探し人って言い方は納得が行かんが大方当たりだろうよ、内容はどうせ面倒事だ。聞く気は無いけどな。」

二人で話しながら斜面を下り、現場に着いた。昨日のままの姿でかの馬の亡骸は斜面に横たわっていた。魔獣は何かを殺すか魔力を摂取することによって力強く増大していく。昨日コシュタ・バワーなどと呼んでいたこの怪馬は魔獣と化してから轢き殺した者の数が夥しかったのだろう、感じ取れる限り本来この山にいる魔獣とは比べられない程の変質した魔力を貯めこみ、既にその魔力を元に体をなそうとドロドロの丸い物体が浮いていた。

「ほれみろ、さっさとコイツから処理しよう。終わったら今日は麓の村で一泊だ。」

ドロドロの物体は未だ動く事も出来ずその身に怪馬の魔力を貯めており、あと二日もすればその辺を徘徊するようになることだろう。そうなる前に斧で切り裂き、ケイヤに浄化を行わせる。

「こいつを浄化するのは分かるけど、馬はどうするのよ。一緒にしないの?」

「コイツに関してはちょっとな。」

ケイヤの疑問は最もながら、その馬体に刃を入れ後ろ脚を解体していく。暖かいこの季節、一晩はさんでの解体とは虫も食わない魔獣だからこそできる事だ。外した右大腿の枝肉を収納に収めたら改めて二人で浄化を行う。

「ねぇ、なんであなたは魔法が扱えるのに狩人なんてやっているの?あれだけ戦えるなら魔法じゃなくたって身を立てる事だってできたんでしょ?見る限り犯罪者って訳でも無さそうだし、よりによってなんでこんな所になんて……。」

「かもしれんなぁ、なにぶん興味が無かったもんでね。何よりあそこで働くのだけは嫌だったのさ。それにここが良かったわけじゃない、適当に決めてそのままってだけさ。」

彼女とて息のかかっている筈なのに何を言うのか、あそこはこの地で何よりも信用のできないと所と言っても過言ではない。

穴を掘って埋め手を合わせたら、色々と鬱憤も溜まっているのであろうケイヤの質問攻めをかわしつつ三人の元へと戻った。


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