00410.わちゃわちゃ
数分後。リビングルームに入ってきたのは、ディアだった。
「…………っ!!」
ソファーでマリアに膝枕している姿を見られて、僕は動揺する。
見られてはいけないものを見られてしまった気がした。ディアも見てはいけないものを見てしまったという表情で、僕と同じくらいに赤面して語尾を震わせる。
「な、なにしてんだ。マリア、カナミ……?」
ただ、その親友の登場に、膝上のマリアは顔を明るくした。
ぴょんっと器用に飛び上がってから、この状況の説明をしていく。
「ディア、カナミさんが甘やかしてくれるそうですよ。つまり、なでなでタイムです……!」
早足でディアに駆け寄って、その魔法の義手を握った。
困惑する彼女を面白がりながら、そのまま引っ張る。
なぜだか、妙にテンション高めで――
「えぇえ……、なでなでタイム? それはどういう――」
「では、ディア! カナミさんを膝枕しますか!? それとも、して貰いますか!?」
「えっ、えぇ? そ、そういう二択なのか?」
「いまならば、オマケでマッサージもついてきますよ! 全身くまなく触られます! もちろん、こちらも逆パターンありです!」
「いやっ、いやいや、そこまでは不味いだろ!? ラスティアラに何て言う気だ、バカ!」
「そこは、もう確認済みですから安心を! カナミさん、いま『終譚祭』の反省中で、なんでもするって言いましたから! 何でもって!」
ディアが引っ張りに抵抗するのに合わせて、ハイテンションマリアはメニューのようにやれることを並べていく。
ここでディアも状況を呑み込めたようで、僕に目を向けて恥ずかしがりながら要望を出す。
「そ、それなら……、まあ、普通に撫でて欲しいかな?」
「ふむふむ。どのあたりを?」
「頭以外ないだろ! バカか、おまえ!」
本当にマリアはディアが好きなのだろう。
ただ、余裕のない時期とはコミュニケーション方法が少し変わって、ディアを弄って可愛い姿を見るのが楽しみになっているようだ。……本人も憧れているとずっと言っていたが、ちょっとラスティアラの影響を感じる。
だから、二人は密着して、わちゃわちゃと。
かつてのラスティアラとマリアを思い出すようなスキンシップを取っていき、果てにディアは叫ぶ。
「いやいやいやっ、それよりも! 甘やかしてくれるなら、もっと有意義なことをして貰うべきだろ! あのカナミだぞ!? 伝説の『始祖』で、全ての魔法とスキルに精通した探索者! ただ、撫でて貰うだけとかもったいない! いまの俺なら……、剣を教えて貰うのがベストだ!」
無理に攻めすぎたせいで、ディアの要望が大きく変わってしまった。
その反応に、マリアは口を尖らせる。
「ディアは恥ずかしがり屋ですね。真面目な振りをして、逃げるつもりですか」
「真面目な振りも何も、俺は当然のことを言っているだけだ。剣以外にも、魔法神経とか異世界技術とか、教えて貰いたいことはまだまだあるからな」
「……へー。でも、そういう有意義な相談ならば、膝枕をしながらでも出来ますね。まあ、とにかく、どうぞどうぞ」
もう説得は面倒臭いと言うように、マリアは無理矢理ソファーまで連れて行こうとする。
両腕を掴まれたディアは振り解こうとするが――
「いやっ、だからいいって……ち、力強ぇっ!? こっちは魔法の義手なんだぞ!?」
「『魔力四肢化』は、反則気味なので燃やしますね」
「うぉっ。的確に、内部だけを溶かしやがって……!」
「ふふっ、まだまだディアは身体と魔法の同時運用が甘いです。どちらか片方だけに集中するのは上手くなりましたけどね」
「地味に勉強になる技、披露しやがってぇ……」
お遊びのわちゃわちゃが、急に超高等魔法技術の応酬となっていた。
さらに二人の膨大な魔力の衝突によって、軽く家が揺れる。余波の衝撃だけで、窓硝子が震えて、張っている『魔石線』が軋む。
このままだと少し不味い。
『感応』を通して、建物が助けを求めている気がした。
なにより、どちらかがちょっと怪我するかもしれないと危ぶんで、僕も動き出す。
気配を消してソファーを立ち上がり、ディアに後ろから近づいて抱きかかえた。
「危ないから、一旦ストップしよう」
「わ、わっ……!」
僕とマリアの挟み撃ちによって、あっさりとディアは捕縛された。
しかも、喧嘩を止めるという名目で、お姫様抱っこの形で。
流石に二人相手には勝てないと観念したのだろう。その状況にディアは顔を赤らめて、抵抗を止めてしまう。大人しくなった彼女を見て、マリアはうんうんと頷いていた。
なので、そのまま僕はソファーまで連れて行き、座って聞く。
「それで、ディアはどんなスキルを磨きたいの? いまの僕なら、上手く教えられると思うから、何でも言って」
強制的にソファーで休ませる。
ただ、流石にディアが望んでいない以上、膝枕はしない――のだが、それはそれでお姫様抱っこのままである。
目と鼻の先で顔を突き合わせた状態で、要望は出し直される。
「……俺はローウェン・アレイスの剣を学びたい」
本当に大人気だ。
やはり、『舞闘大会』という場所で、しっかりと技を魅せたからだろう。
他のみんなも舞台さえ整っていれば……と思うが、それはまた別の機会に考えたい。
「分かった、教えるよ。ただ、もうその通りには動けないから、お手本は見せられないんだけどね。僕が知っている範囲の型とかを、口頭で教える形になると思う」
「ああ、それでいいんだ! 型の反復練習とか、すごく頑張るから指導してくれ! 新たな師匠として!」
トラウマワードの「師匠」が出てきたが、最近だと二度目なので表情には出さず、少し気になったことを聞く。
「でも、ディアにはちゃんとしたお師匠さんがいるよね? フェンリルさんには――」
「あの爺さんは駄目だ! なんか耄碌し始めた!」
「えぇ……」
突然の暴言に、僕は狼狽えた。
まだ『終譚祭』が終わって、数日くらいだ。
その短い期間で、なぜか師弟関係が崩壊していた。
「俺を『剣聖』にしようと、贔屓ばっかりする悪い爺さんになったからな。この前会ったとき、はっきりと剣の弟子は止めさせて貰った」
「あの人、滅茶苦茶ディアに甘いのは確かだけど……。『剣聖』の後継者に選ばれたのは、ディアが向いてるからだと思うけど……」
「だとしても、孫のカラミアを放置して、俺に構ってばっかなんだ、あの爺さん。……そういうの、俺は嫌いだ」
ディアらしい判断の早さと理由だった。
もちろん、致命的な仲違いをしているというより、思春期による親子喧嘩のように感じる。とはいえ、取り扱いは慎重にした方がよさそうだ。
「…………。そういえば、お孫さんがいるって前も言っていたよね。カラミア・アレイスさん」
「ああ、カラミアだな。絶対あいつのほうが向いてるし、格好いいし、『剣聖』っぽいぞ」
「へえ……。前は仲が悪そうだったけど、今回はちょっと違うね」
「会って話したら、滅茶苦茶いいやつだったからな! 色々俺を助けてくれて、相談にも乗ってくれて、お菓子も一杯くれて……。この前、一緒にお出かけしたら、たくさんの人に「会長」って尊敬されてて驚いた。確か、エルトラリュー学院で主席だったらしいぞ。つまり、あのフランやスノウよりも、成績は上だったってことだ」
ディアは自慢するように胸を張って、新たな友人となったカラミア・アレイスを紹介していく。
いつの間に、ここまで仲良く……と驚いたが、最近の落ち着いたディアならば、友達は作りやすいだろう。
こうやって、どんどんみんなの輪が広がっていくのを嬉しく思っていると、その範囲は僕まで含まれる。
「そういや、カラミアのやつが、カナミに会いたがってたな。紹介してくれって頼まれてる」
「僕に? ああ、アレイス家の末裔として、ローウェンの剣を教えて欲しいってこと?」
「いや、剣よりも……、昔の魔法を色々教えて欲しいってさ。あいつ、魔法のほうが得意だからな」
「昔の魔法ってことは……、『呪術』関連?」
「だと思うぞ。あいつ、学院の本全て暗記してるから、次は大聖堂の隠し書庫にある本を読みたいって言ってたな」
「凄い人だね。でも、あの部屋は駄目かな。魔法なら教えられるけど、『呪術』はちょっとね」
「……そっか。残念がるだろうが、仕方ないな」
『代償』の多い技術を現代の若者に教えるのは憚れるので、拒否した。
その意味と危険性をディアも理解しているようで、あっさりと引き下がってくれる。
ただ、少しだけ違和感が残る。
カラミア・アレイスというお孫さんに、ローウェン・アレイスから受け継いだ『感応』が僅かに反応しているのだ。
「ということは、カナミのアレイス流『剣術』の授業は俺だけか」
そこでディアもマリアのように器用に飛び跳ねて、僕の抱きかかえから脱出した。
そして、綺麗に着地してから、剣に変形させた義手を軽く、ぶんっと振るう。
やる気満々である。
ただ、その姿を見て、僕には思うところがあった。
「ディアの『魔力四肢化』、すごいよね。だからこそ、前から思ってたんだけど、ディアにはカイクヲラの『剣術』が向いてると思うんだけど……」
僕は別の流派を提案した。
その名前が出て、ディアは少しだけ困惑したが、意味は理解してくれる。
「カイクヲラ……って、あのラグネのか? 確か、『魔力物質化』が得意だった……」
「うん。だから、『魔力四肢化』のできるディアに合うんだ。あいつの剣も、僕なら完璧に教えられるよ。いや、むしろあいつの剣のほうが教えやすい」
大嫌いなやつの剣だが、ディアが強くなるための選択肢から除外までするつもりはない。
強さだけなら、一時期は名実共に『一番』だったやつだ。
「あの馬鹿の剣の道も、ちゃんと『感応』に繋がってたし。一応、オススメだよ」
「え、まじか。あいつも……? 俺と同じくらいの体格で、ローウェン・アレイスの奥義まで至ってたのか。すごいな」
「奥義のほうは体格関係ないからね。ただ、あいつ鈍感だったから、上手く使いこなせてなかったけど」
「…………」
「もしかしたら、最後の最後まで、自分が『感応』に辿り着いていたことに気づいていなかったかもね。自分のことを信じられない駄目なやつだったから」
思い返せば、ラグネも僕と同じく、卑屈なところがあった。
その上で、ローウェン・アレイスに心から憧れていたからこそ、自分のような愚か者が彼と同じ領域である『感応』に届くことは絶対にないと、強く思い込んでいた可能性が高い。
と、フーズヤーズ城『頂上』での殺し合いをしみじみと思い出していると、ディアが質問を投げかけてくる。
「なんかカナミって、ラグネのやつに容赦ないっていうか……、凄く好きだよな?」
ラグネが好きというのは心外だった。
なので僕は否定しつつ、あいつの技だけ褒め続けていく。
「好き? いやいや、それはないよ。文字通り、死ぬほど嫌いだったよ? でも、あいつの『魔力物質化』の使い方は、すごく上手かったなって思ってね……。本当に最低最悪な殺人鬼だったけど、だからこそ、あいつの技術は世のため人のために有効利用してやったほうがいいと思う。有効利用が、ディアだったら絶対にできるよ。あのモラルゼロの騎士と違って、良識があるからね」
その早口にディアは驚き、困惑して――ここまで静かだったマリアが近くのテーブルで紙束を眺めながら、口を出す。
「カナミさんは拗らせてるだけで……、ディアと同じく友達自慢ですよ、それ。いや、もしかしたら家族自慢ですかね」
いつも通り、しっかりと『炯眼』で本質を突かれてしまった。
そのマリアの助言に、ディアは困惑から安心の表情に変わっていく。
「あ、やっぱ自慢されてたのか。カナミ、ラグネの話するとき、明らかに嬉しそうだもんな」
「ええ、カナミさんの嫌いは好きと同じですから」
「だよな? パリンクロンの時から、なんかおかしいと思ってたんだ」
「ラスティアラさんと似て、カナミさんにもそういうところあります」
「二人とも、好きと嫌いの境界がぐちゃぐちゃなんだよなあ……」
呆れられ、遠回しに「死ぬほど面倒臭い男」と評されてしまい、僕は「ぐっ……」と唸る。しかし、マリアのいるところで反論しても、言い負かされるのは目に見えている。
仕方なく僕は話題を変えようと、テーブルで紙束を見ているマリアに聞く。
「…………。と、ところで、その書類は――」
「ああ、アル・クインタスから預かったレポートですよ」
「え、アル君から?」
「デート、上手くいかなかったみたいですね。あのお二人と出会って、パーティーを組んで貰って……というより、お金で雇った感じですか。それで、そのアル・クインタスが言ってきたんです。お金を頂きすぎたので、勝手ながら、あとで反省と復習ができるように報告書を作らせて貰った、と」
「アル君、ラスティアラが自伝書いてるの知ったから、協力してくれたのかな? その報告書は嬉しいけど……。なんで、それがマリアの手に?」
「彼が言うには、本人たちに渡すよりも、まず私に見て貰うのが一番良さそうとのことでした」
「へ、へー……」
ア、アル君め……。なんと真面目で、余計なことを……。
しかも、そこで渡す相手にマリアを選ぶのは、仕事が出来すぎだぞ……。
変えた話題の先も、まさかの地雷で僕は震える。
間もなく、あの情けなくも恥ずかしい探索内容が、マリアの知るところとなるだろう。
ゆえに、その前に僕は――
「よおしっ、ディア! 外に出るかぁ! 剣を振ろう!」
「ああ! 型から鍛え直してくれ、カナミ!」
もう全てを諦めて、とりあえず怒られるのを先延ばしにしようと、ディアを誘った。
『剣術』の鍛錬で気持ちのいい汗を掻いて、一旦全部忘れよう。
とはいえ、弟子強奪は問題なので、鍛錬は軽くだ。あとでフェンリルさんと、ディアについて色々と話をする必要があるだろう。
そのとき、カラミア・アレイスとも会うことになるかもしれないが……。
問題児の知人が増えるとしても、いつものことだし、それもまた縁だ。
むしろ、『感応』の反応通りの厄介な人物であることを楽しみにして、僕は家の庭に向かって行った。
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8/25に『異世界迷宮の最深部を目指そう』16巻発売です!
コミカライズ4巻も同時発売!
表紙はノスフィー! よろしくお願いします!
活動報告にて、イラスト感想や特典のご紹介などもしています。
カラミアは書籍特典で学院編ヒロインをしていましたが、あちらとは状況が違いすぎるので後日談では中ボスくらいになれそうです。
そして、次は今回の話のメインであるマリアレベリング編へ。