00340.恋愛マスターカナミ
結局、アル・エミリーとの即興四人パーティー迷宮探索は、丸一日続いた。
成果としては、一層の各エリアを回って、ボス戦を五回クリア。
二人から低階層のノウハウを受け継ぎながら、慎重と安全を期したおかげで大きな怪我を負うこともなかった。
迷宮探索の後は、夜にちょっとした打ち上げをしたりして、本当に楽しい一日を過ごせたと思う。
正直、当初のデートとは、完全に予定が違う結果だ。
しかし、それに匹敵する嬉しさと楽しさで満足できて――そして、次の日の昼。
なぜか僕はエミリーに呼び出されて、ヴァルトの酒場の隅っこにある席にて、逢い引きするかのように一対一で向かい合っていた。
飲み物が置かれたテーブルを間に挟み、僕たちは談笑を始める。
「――あぁ、良かったです。あの仮面、流石に地上では付けないんですね」
「流石にね。だから、色んなオシャレな帽子を深めに被って、楽しんでるんだ。これ、どう?」
「それがオシャレですか……。すみません。どうと言われても、よく分からないです。けど、いいですね。帽子ですかぁ……」
ずっとフードばかりでは味気ないので、いま連合国で流行っているらしい特殊な狩猟用帽を被っている。その印象を聞いてみたが、同意でも否定でもない反応が返ってくる。
いままで余裕のない人生が続いていたせいだろう。エミリーはオシャレという概念を、まだよく理解出来ていない――しかし、いま興味を少し持ち始めているのは、『病気』が治り、人生に余裕が出てきたから――という全く僕と同じ経緯を辿っているので、その心の内を理解することがよく出来る。
僕は帽子で目元を隠して(本来ならマナー違反だが、こちらの世界の迷宮前酒場ならばそうでもない)、飲み物に口を付けながら本題に入っていく。
「それで、二人だけで話がしたいって何? ラスティアラじゃ駄目だったの? あれだけ相談して欲しいアピールしていたのに、あいつ」
「あいつは駄目に決まってます。あんなものに相談して、よくなる未来が全く思い浮かびません。……かと言って、前みたいにフェーデルト様のような方に相談して失敗するくらいならば、カナミ様が一番いいと判断しました」
本当にラスティアラは嫌われているらしい。ついでにフェーデルトさんも。
そして、相談という話を、エミリーは否定しなかった。
つまり、これは――
「ラスティアラ様のせいで、もうバレていますので白状させて貰いますね……。私はアル君を、とても好いています。そして、もっともっと関係を進展させたいと願ってもいます。できれば、いまのお二人のような……、その、愛し合うカップルのようになりたいのです」
「……なるほどね。そういうことなら、ちょっと気を引き締め直すよ」
「ありがとうございます。……よかったです。あなた様のそういう生真面目なところを、私は信頼しています」
まさかの恋愛相談。
長い人生――千年前を含めれば、本当に僕は長く生きてきたのだが、初めての経験だった。
その初体験を僕は内心で小躍りしながらも、しっかりと表情には出さない『演技』でクールにコーヒーもどきを啜って(年下の可愛い女の子の前なので、ちょっと格好付けた。まだ苦いのは苦手だけど、いつか克服したい)、したり顔を意識して答えてみた。
「大聖堂の『魔石人間』たちから、あなた様の逸話は色々と聞いていますよ。千年前の『始祖』でありながら、現代の『英雄』として現れ、『舞闘大会』で優勝したあとは、連合国の美女たちを侍らして、颯爽と『本土』に去って行ったと……」
「え? あ、うん……。ん、んー。概ねそうかもね」
「そして、現在はその美女たちと同じ屋根の下に住んでいるらしいですね。ちゃんとラスティアラ様という伴侶を得ながら……、恐ろしい女誑し具合です」
「……そうだね。否定はしないよ」
本当は否定したい。
正直、僕は仲間たちには悪いと思いつつも、『たった一人の運命の人』であるラスティアラと二人だけの生活を望んでいるのだ。
しかし、その『たった一人の運命の人』自身が、その美女を侍らす状況を望んでいて――さらに、いまの僕は発言権が皆無で、絶対に逆らえない――と、男側一人で主張しても、信じて貰える訳がないと分かっている。
なので諦めて、周囲には「否定しない」と言うしかないのだ。
幸い、異世界での価値観だと、大金持ちゆえの一夫多妻は常識の範囲内なので、そこまで白い目では見られていないはずだ。……見られていないって信じたい。
「聞けば、アイカワカナミは女の子を籠絡するプロフェッショナル。その技術は、もはや性別を超えて、『人誑し』というスキルに至っているとのこと。……コミュニケーション能力抜群で、恋愛においては百戦錬磨。そんなカナミ様から、どうかご助言を頂きたいのです」
「そ、それさ……。誰が言ってたの?」
「…………? 大聖堂の使徒様たち二人ですよ。あと、その二人とお話をしていた四大貴族の人も。廊下のど真ん中で大声で盛り上がってましたので、聞き耳立てるまでもなく知れました」
最悪な風評被害が発生している。
シスとディプラクラは、まだまだ人の機微に長けていないので仕方ない。だが四大貴族のほうは、フェンリルさんかスノウのお義母さんか。なんとなく、エルあたりが陰口のつもりで吹聴していそうな気がした。
「とにかく、各所では「英雄、色を好む」の代名詞とされ、男女区別なくオトしまくっているカナミ様に、異性の口説き方を伝授して欲しいわけです」
「いや、代名詞なんて初めて聞いたよ? そこまで変な噂は、たってない……、といいな……」
「普通に噂になってます。よくよくご自分の行動を考えてください」
よくよく考えてみる。
せっかくなので最初の最初、『元の世界』での思い出から。
あのとき、親しい異性は幼馴染み一人だけだった。ただ、それは陽滝が僕の『呪い』を発動させないように奔走してくれたからなので、いま思えば――
あの一度だけ貰った告白の手紙は、本物だったんじゃないのか?
あのバレンタインで「渡す相手を間違えました」と回収されたチョコも。
あのクリスマスに「二人きりで話したいことがあるんだ」と校舎裏に呼び出されて、持ちぼうけになった日も。
本当は、全く別の意味があったのかもしれない。
さらに『異世界』では、頭の良い愛弟子ティアラが色々と奔走してくれたことも、もう分かっているので――
「あの十一番十字路の『告白』のティアラ様の話も、ちゃんと思い出してくださいね。千年前、あなた様は伝説のティアラ様を含めた各地の王族たちをオトして回りました。あの有名なクウネル様も含みます。確か、あのとき出た名前を数えれば、二桁に届いたという話」
「ら、らしいね。そんなこともあった。……思い出したくないけど」
「現代においては、使徒であるシス様を籠絡。それどころか、ディプラクラ様まで心酔状態です」
「あの二人はちょっと事情が特殊だから……。そこはどうなんだろう?」
「さらに少し前までは、『天上の七騎士』のセラ・レイディアントとデキているとされて……。現在は、家に三人の女の子を侍らし、私の前に連合国一の美女であるラスティアラ様を連れて現れました。ここまでモテモテ列伝を作っておいて、何が「どうなんだろう」ですか。嫌味ですか?」
「ぐぅう……、そうだね。い、嫌味じゃないよ」
とどめに、いま現在の状況を指摘されて、僕は降参する。
そして、いま出た情報を僕は吟味して、咀嚼し、飲み込んでいく。
確かに、色々と僕は女性と接する機会が多かった。
この状況で否定し続けても、謙虚を超えて嫌味なのは間違いない。なので、少しずつだが認めていき――
「そ、そうか……。僕は……、モテモテだった……?」
「ええ、モテモテです。しかも、ただのモテモテじゃありません。超モテモテです」
「超が付くほど……」
「さらに大聖堂の『魔石人間』たちに言わせると、伝説級の超モテモテです。歴史書とか経典とかに残っちゃうタイプの」
「残っちゃうタイプの……?」
なんだか変なスキルを用いられて、勢いで押し切られているような気がするが……。
確かに、エミリーちゃんの言っていることは正しい。
なにせ今日の朝は、まずディアに起こして貰えた。マリアにご飯作って貰って、スノウに抱きつかれたりして、それをラスティアラに見守って貰って……。それで、いまは可愛い女の子のエミリーちゃんと一緒。つまり――
「僕は、モテモテだったのか……」
「ですよね? というかファンクラブまである貴方様がモテモテじゃないなんて言ってると、世の男性に恨まれますよ? 自覚と自信を、しっかりと持ってください」
「そ、そう? そっか。ふ、ふふふ――」
遠回しだが褒められて、自分でも気持ち悪いと思う笑みが零れてしまう。
当たり前だけれど、嬉しかった。
なにせ、生涯一度もモテたことはないと、ずっと僕は思ってきたのだ。
生まれてから妹に負けてばかりで、若干の女性恐怖症も患っていたとも思う。
常に女性への苦手意識があって、下手をしたら死ぬまで独り身かもと高校生活では思っていたほどだ。
しかし、少し認識を改めよう。
僕に色恋沙汰の相談なんて出来るわけがないというのは、僕の悪い思い込みだったのかもしれない。
とネガティブは止めて、いままでの悪癖を抑えて、あえて調子に乗ることを一度選んでみる。
「で、そのモテモテのカナミ様に、私は恋愛相談したいわけです」
「――任せて。ふふっ。なんだか、すごく恋愛事に強い気がしてきた」
僕は自信をもって、胸を叩いてみる。
そのまま、僕が恋愛に強い理由も補足していく。
「これでも長く生きてるからね……。本当に、色んな恋をしてきたと思う。いや、恋じゃなくて……、愛かな? とにかく、教えられる恋愛経験は多いよ。長生きしてる分だけね」
論理的に考えて、年齢と恋愛経験は比例するはずだ。
そして、僕の実年齢は見た目相応ではない。「ほとんど反則的な経験では?」「何度か人生リセットされてるのでは?」などの問題点は無視して、エミリーちゃんの要求に応えていく。
「やはり……! カナミ様には、あの伝説に相応しい恋愛知識があるんですね……!」
「二人からは迷宮のノウハウを教えて貰ったからね。僕の恋愛のノウハウも、できる限りは教えるよ」
「助かります。この私にアル君攻略の知恵を、どうか……!」
願われて、僕は頭に思い浮かべる。
いつもエミリーちゃんと一緒のアルの姿を。
「けど、アル君かあ……。僕から見ると、もう助言することはなくて、盤石な気がするけどね」
「いいえ、それが……。最近、交友関係を大聖堂で増やしたところ、そこには自分と似た境遇の『魔石人間』たちがたくさんいまして……」
「なるほど。それで、ちょっと焦っちゃってるんだね」
「はい。いま私はどうすればいいのでしょう……?」
「同じ条件ならば、自分を高めるしかないんだけど……。僕から見て、エミリーちゃんは強くて、優しくて、しっかりしてて、一途で、非の打ち所がないからなあ」
僕も大聖堂の『魔石人間』たちのことは全員よく知っている。
その中でも、エミリーは迷宮という実戦をくぐり抜けたことで、最もレベルが高い。人間的にも、申し分ない。
「それでも、不安なんです。……なので、いまは何かプレゼントを贈ろうと考えているんです。お金に余裕も出てきたので、ちょっと高くていい物を」
「プレゼント? それはいいね。でも、物か……。僕個人としては物よりも、想いを重視する派だよ。大事なのは値段じゃなくて、気持ちだからね」
「なるほど。大事なのは、気持ちですか。カナミ様はアル君と気が合っているようなので、信頼できる情報です」
「うん、性格は似てると思うよ。迷宮だと、どっちも慎重派で、後半は意見ぴったしだったし」
いつの間にか、エミリーはメモを取っていた。その勤勉な姿に、僕は教師になったような気がして、ちょっと気分がよかった。
「なら、もっと私は気持ちのアピールをしたほうがいいということですか?」
「いや、好き好きアピールするのは危険だよ。アル君は恋愛においても慎重で奥手で、かなりの恥ずかしがり屋と見た。そういうのは余り好みじゃないはずだ」
なにより、ラブロマンスで急ぎ足なのはガツガツしている印象を受けて、僕は余り好きじゃない。
ストーリーはきちんと正しい段階を踏んで、進むべきだ。
それも露骨ではなく、さりげなく。
人為的ではなく、偶然的に。
どこか運命を感じるように。
単純に「好き好き」と繰り返すのは、ドラマもロマンもない。
そこに『真実の愛』は生まれない。
そう僕は思っている。
「アピールも必要ないとなれば、一体どうすれば……」
「心配しないで。言葉はなくとも、心と心は通じ合うものだから」
「心と心は通じ合う……。迷宮でも言っていましたが、そういうものですか?」
「そうだよ。だって、これまで築いてきた繋がりが二人にはあるんだから。その絆を通して、いまも深く通じ合ってるはずだよ」
「確かに、もう長く一緒です。偶然二人で逃げ出してから、ずっと……」
「その長年の絆と信頼は、急ごしらえで作ったようなものに負けはしないよ。絶対に」
「……付け焼き刃はよくない。むしろ、逆効果だと?」
「そういうことするのは、負けヒロイン側に多いからね。エミリーちゃんは、メインヒロインとして、どっしり構えるのがベストだと思うよ」
「め、めいんひろいん……?」
「そう。アル君が主人公で、君がメインヒロイン。もう物語として、完全に君ルートに入ってるんだよ。だって、二人で協力して迷宮成り上がりを果たしたんだ。これが演劇や本なら、もう間違いない。この後日談からヒロイン変更になったら、僕なら……泣く。やっぱり、王道が一番だよ。安心、安全でいこうっ」
「……劇や本。触れたことはありませんが、英知や人生が詰まっていると聞きます」
「うん。そして、その劇や本において、僕の右に出るものは中々いない。その僕からすると、もう『二人の運命は決まっている』と言っていい。だから、安心して」
「『運命』……!」
「そう。運命の通り、このまま自然体でやっていけばいいんだ……。だから、君は何も焦らなくていい」
そう持論を展開したところ、エミリーは感銘を受けてくれたようだ。
何度も頷いて「なるほど」と、僕の言葉を噛み締めてくれている。
そして、相談の甲斐があったと、晴れやかな顔で僕を呼ぶ。
「――安心出来ました。本当にありがとうございます、師匠」
「し、師匠?」
ちょっとトラウマのある呼び名に、僕の声は震えた。
とはいえ、そんなトラウマがあるとは知らないエミリーは続けていく。
「はい、恋愛の師匠です。いつまでも様付けで接するのも変だと思ったので……、駄目でしたか?」
「いや……、構わないよ。ちょっと懐かしかっただけだから」
「懐かしいと言うことは、他にも恋愛の弟子がいたということでしょうか」
「……うん。ただ、その前の弟子の恋愛力は、もう完全に僕を超えてるんだけどね」
「へえ、それは朗報です。いつか私も、その域まで達すること願って……、第一回会議はこれで終わりにしましょうか」
「え、これ、第二回があるの?」
「どうか、お願いします。私とアル君が結婚するまで――」
真っ直ぐ、真剣な表情でお願いされてしまう。
その熱量に押し切られたわけではない。
単純に、その「結婚」という単語に、僕は納得した。
「うん。確かに、結婚するまでが大事だね。そのゴールをくぐるまでは……、油断なく、続けたほうがいいかも」
「では、また時間が空いたときにでも、お願いします。第二会議もこちらから、声を掛けさせて頂きますね」
そう取り決めて、エミリーちゃんはテーブルの飲物を呑みきってから、席を立つ。
最後にもう一度「ありがとうございました」と残して、軽い足取りで店から出て行く。
その彼女の背中を見送ったあと、僕も晴れやかな顔で一息つく。
「ふー」
相談できて良かった。
いいことをしたという実感と共に、僕は額の汗を拭った――ところ、後ろから声がかかる。
「なあ。人生の先輩として一汗掻いたところみたいだが……、ちょっといいか?」
後ろに振り返ると、探索者であり戦士の風貌をした男性が立っていた。その隣には酒場の店員である看板娘も。
かつて僕が新米探索者だったとき、お世話になった二人だ。
気づいていなかったわけではないが、声をかけられて少し驚く。
「クロウさん? リィンさんも? もしかして、聞いていたんですか?」
「近くの席で聞き耳立てて、悪いな……。ただ、その上で言わせて貰うが、いまのやつ本当に大丈夫か?」
クロウさんとリィンさんは顔を見合わせて、渋い顔をしていた。
その意味が分からず、僕が首を傾げて「大丈夫?」と確認を取ると、リィンさんが話を続けていく。
「いまの娘、人を見る目がなさすぎて心配だわ。なんで、よりにもよってカナミ君に相談するのかしら……?」
「マジの世間知らずでやべえ。ありゃ、頭は良くても宗教勧誘や詐欺にあっさり引っかかるタイプだな。聞けば、前の恋愛相談の相手は、あの性格悪いフェーデルト・シャルソワスらしいぜ?」
「あの有名な元宰相代理さんに? 悩み相談の人選びが、呪われてるレベルで最悪ね」
「騙されて、一度『現人神』様を刺したって話だから、呪われてる説は現実味あるな」
「二連続で、相手の気持ちを考えられない男に相談しちゃうなんて……」
「自分で考えたとおり、プレゼントやアピールをし続けてればいいのにな」
「ええ。普通は言葉や行動がないと、想いなんて伝わらないわ」
好き放題言われまくりだった。
なので恩人相手とはいえ、僕なりに反論していく。
「……こ、今回僕は、すごくいい助言したと思いますよ? フェーデルトさんのことだって、誤解が多いです。確かにラスティアラは刺されましたが、それはそれとして、すごくいい人なんですから」
今回は自信ありですと胸を張って、ついでに元僕の仲間のフェーデルトさんもフォローしてみた。ただ、自らの恋人が刺されたことを「それはそれとして」で済ませたのが悪かったようで、返ってくるのは白い目のみだ。
しかし、今回の僕は強気だ。自信をもって「一度請け負ったからには先輩探索者として、必ず彼女の縁結びは成功させてみせます! この命に懸けて!」と宣誓するが……二人は呆れたような顔で、首を小さく振り続けるだけで――
その首振りの意味を知るのは、もう少し後のこと。
先ほど予定した第二会議のときになる。