00330.やっと反則なしのボス戦を
結果から言うと、依頼は請け負って貰えた。
エミリーは嫌がっていたが、しぶとく交渉し続けて、なんとか納得して貰えた(お金の力は強い)。
聞けば、最近二人は引退資金を貯めているとのこと。
『病気』が治ってからは危険を避けて、浅い階層中心の探索だったので、今回の話は濡れ手に粟だったらしい。
さらに詳しく聞けば、アルは「お金を貯めて、静かなところで普通の暮らしがしたいんです」と言い、エミリーちゃんは「ええ、貯めているんです。他に誰もいない遠いところで暮らす為に」と言っていたので、本当に二人には親近感が湧く。
明らかに片方は結婚資金を貯めているのを微笑ましく思いながら、僕たちは二人に依頼内容を説明していく。
「――これから、ラスティアラと二人で一層のボスに挑戦したいんだ。で、もし危険だと思ったら、間に入って助けて欲しい。遠距離の魔法でも良いから」
「了解です。もう少し強いモンスターと戦おうと、狩り場を変えるところだったんですね。その最初の確認の安全確保が、俺とエミリーの仕事……」
認識を摺り合わせ終えたところで、アルは深く頷く。
その上で、さらに提案していく。
「正直、よくある上に、簡単な依頼ですね。失敗の際の取り決めもありませんし……。報酬が高額過ぎませんか?」
「いや、そこは余り心配しないでいいよ。前は口止め料が含まれているとか言ってたけど……、実際のところは君たちへの投資みたいなものだから」
あと単純に、こういうときに使わないと減らないレベルで、個人のお金が余っているのだ。
またギルドか大聖堂に融資したり、単純な寄付などを考えないといけないだろう。
今回はその一環として、将来有望な二人に対して――自由に、好きに、いままで貯めたお金を一気に叩き付けたい気分だったわけだ。
その僕の気分を読み取ってか、アルは恭しく礼をする。
「投資……。光栄だと思っておきます。というか、断れるわけがないんですよ。お二人のおかげで、俺たちの人生は――いや、『運命』は変わりました。だから、命を懸けたっていいと思っています」
さらに彼は胸に手を置いて、大聖堂の『魔石人間』を思い出させる強い敬意と好意を向けてくれる。
嬉しかった。あの日、100層に現れることがなかった彼だが、だからといって僕との絆が全くないわけではない。
繋がりには様々な形がある。それを理解したとき、背中から殺意――とまでは言わないが、そこそこの敵意が突き刺さったので、すぐに振り向いてエミリーちゃんに聞く。
「エミリーちゃんも、アル君と同じ……じゃないよね?」
「同じじゃないです。アル君以外に命を懸ける理由はありません。……だから、何か変なことしようとしたら、また刺しますからね。ラスティアラ様」
そして、隣を歩くラスティアラに対して、まず釘を刺した。
「しないよ。エミリーちゃんがアル君にしか我が儘言わないように、私もカナミにしか変なことしないから。安心して」
「あなたと私の変なことの認識に、大きな差がありそうなんですよね……。安心せず、警戒し続けさせて貰います」
その睨んでくるエミリーを落ち着かせようと、ラスティアラは頭を撫でようとする。だが、すぐに避けられて、威嚇されていた。その懐かない猫のような反応にラスティアラは満足しつつ、手持ちの本にペンを走らせる。
「警戒、ありがとうね。警戒心マックスのエミリーちゃんが隣にいてくれるおかげで、私はモンスターを気にせず、安心して歩けるよ。あー、マップ制作が捗るー」
ラスティアラは歩きながら器用に、地図を本に記していた。
正直、『マップ』ならば、僕の頭の中に出来ている。昔取った杵柄というわけではないが、まだ空間把握は得意な方だ。
ただ、ラスティアラは例の『ラスティアラ・フーズヤーズの手記』に――いや、いまや『カナミとラスティアラの物語』と表題された本のために、外伝別冊として資料集を作りたいらしい。
その一資料として、『冒険』した迷宮の内容を全部書き留め中だ。
ただ、その無謀な作業を、近くで歩くアル君は呆れつつ、すぐに撤回する。
「低階層の地図なら、地上でお金を出せば貰えるんですけど……。それはラスティアラ様の望みとは違うんでしょうね」
「うん。金持ちの道楽と言われても、こういうのが大事なことなんだ。自分の目で見て、自分の手で書く。そして、記し残していく。それが私の新しい『冒険』だからさ」
「道楽とまでは思いませんよ。大所帯のパーティーで進んでいるのなら、手作りしていくのは悪くない選択肢です」
僕もラスティアラを止める気はない。
恋人の楽しみを奪いたくない――という理由だけではない。
なにせ『終譚祭』にて、この迷宮は一度半壊に陥って、作り直された。
それはつまり、迷宮の造り主が『始祖』カナミから『世界の主』ライナーに変わったということでもあり――はっきり言って、もう完全に別物だ。
いわば、異世界迷宮の最新作。
だから、何か僕たちを驚かせるような新しい要素が、この浅い層に出来ていてもおかしくはない。ライナーはともかく、ノワールちゃんやハインさんはそういうことが好きそうだ。
だから、このラスティアラの資料作りという趣味の成果に、実はひっそりと期待している。
「――あっ、来ましたよ。お二人とも、構えてください」
と、未来の迷宮にわくわくしたところで、前方からモンスターが現れたのをアルが教えてくれる。
すぐさま、ラスティアラは懐にペンと本を戻して、腰から剣を抜いた。
先頭に向かう彼女の後ろに僕は続いて、魔法の準備を終わらせていく。
「了解ー、やるぞー」
「見てて、アル君。いまの僕たちの力を」
モンスターが二体。蜘蛛のような形状で、動きが素早そうだ。
ブラックスパイダーという名前を『表示』で確認したあとに、すぐさま戦いを開始する。
しかし、真正面からの遭遇ならば、いまの僕たちが後れを取ることはない。
また阿吽の呼吸で、僕が風魔法で邪魔をしてから、ラスティアラの剣が敵を斬り裂いていく。
戦闘時間は一分に満たなかった。素晴らしい戦いだと自負して、僕たちは勝利ポーズを取りながら、後ろを振り向く。だが、剣士と魔法使いのコンビの先輩から零れる感想は――
「い、位置取りが信じられない……。様子見もなしだし……」
「雑過ぎ」
驚愕と呆れだったので、僕は素直に質問する。
「えっ、いまの駄目だった? スパパパーっと軽快で、内容も完璧だと思ったけど……」
「前に見たときは、カナミさんの戦いを目で追えませんでしたが……、今回は誤魔化されません。お二人とも、明らかに才能ある人が潰れる典型の動きをしていますよ」
自信のあった阿吽の呼吸に苦言が呈されて、僕たちは二人揃って「え?」「まじ?」と心からの疑問を浮かべていく。
間違いなく、いまの僕たちはゲームや物語のように、本当に完璧で綺麗なコンビネーションだったはずだ。
「お二人とも、なんというか……、僕たちの目を気にして、スタイリッシュに格好良く見せようとしませんでした?」
「ぐっ……。それは僕もラスティアラも、あったかも」
「そもそもです。なんで合図どころか、アイコンタクトすらしないんですか? お二人とも、これが完璧で綺麗なコンビネーションと思っているかもしれませんが……、それはただの『もしものときのフォローを全く考えていない雑で怠慢な戦い方』です。もっと小まめにコミュニケーションを取って、安全マージンを確保してください」
「いや、でも……。僕たちの呼吸が合わないことは絶対ないから、これが理想的で――」
「呼吸が合わないことは絶対ないなんてありえません。互いを信頼し過ぎです」
とりあえずの言い訳をしてみると、アルは首を振った。
しかし、僕たちにとって『信頼』という言葉は特別な力を持つ。
今日までの経験をもって「でも、信頼さえあれば……」「信頼してる限り、タイミング合うよね?」と、信頼最強論でゴリ押ししようとするが、さらに大きく首を振られてしまう。
「落ち着いて考えてください。信頼という言葉でミスをしないのならば、探索者たちは連携失敗で死人を出しませんよ。探索者の命は一つなんですから、常にタイミングが合わないときのことを考えて戦うものです」
そして、僕たちの自覚の甘さを、はっきりと指摘された。
マリアのように優しくはなく、同業者としての厳しめな評価は続いていく。
「信頼し合った上で、万が一のときの為に、しっかりと声掛けし続ける。何のサインもなしで、視線すら合わさずなんて……。以前のお二人ならばともかく、低レベル探索者にとっては狂気の沙汰ですよ」
まだまだ高レベルだったときの感性が残っていると、第三者の同業者から注意されてしまい、僕たちは二人揃って「はい……」と認めて、項垂れるしかなかった。
「あと単純に、緊張感もなさ過ぎです。……カナミさん、どうせ敵が来ても自分に勝てるはずがないって、態度に出てますよ。もう完全に」
さらに続く忠告で僕がターゲットになると、隣のラスティアラが小学生のように囃し立てる。
「あー、カナミってそういうところあるよね。あははっ、怒られてるぅー」
「ラスティアラ様もですよ。失敗するイメージが全く浮かばないんでしょうけど……、もう少し死の恐怖を感じてください」
「す、すみません。生まれつき、あんまり死が怖くない体質なんです……」
ただ彼女も『観察眼』で駄目なところを見抜かれてしまい、すぐ先生に怒られた小学生のように静かになった。
そして、僕たち二人から反論が出なくなったのを確認して、アルは本題に入る。
「たぶん、お二人とも以前は低レベル時代なんて飛ばして、経験がないんでしょう?」
飛ばしてと言われて、どうだったかと僕は思い出す。
確か……、召喚された日には大物ボスを倒して、レベル1からレベル4まで飛ばしていた。そこから数日で、レベルは二桁だったはず。
それはラスティアラも同じようで、一桁レベルの時期はほぼなかったと隣で頷いている。
「お二人に合わないかもしれませんが、俺とエミリーが低レベルだったときの経験をお話しします……。それから、ここまで生き残ったノウハウも、全て」
僕とラスティアラの低レベルでの経験不足がはっきりすると、その情報提供をアルは提案した。
ただ、ノウハウまでとなると、それは二人の大事な商売道具なのではないかと心配になる。
「いいの? 二人が命懸けで頑張って、手に入れてきたノウハウなのに」
「……お二人には、絶対に生き残って欲しいんですよ。カナミさん的に言えば、投資ですね」
僕が使っていた表現を真似されてしまう。言い返す言葉が見つからず、ただ僕は「ありがとう。いい先輩を持ったよ」と微笑を浮かべて返すしかなかった。
続いて、ラスティアラがもう一人の先輩にも聞くが――
「エミリーちゃんも、私に生き残って欲しい?」
「私はお二人に死んでもらったほうが都合良いですけどね。もう私の人生の邪魔ですので」
こちらは、はっきりと冷たく、逆を言った。
それには流石のアルも渋い顔をして、言って良いことと悪いことがあると注意しようとするのだが――
「エ、エミリー」
「大丈夫だよ、アル君。いまのは、ラスティアラにとって嬉しい答えだ」
構わないと僕は遮った。むしろ、それがいいんだとラスティアラは嬉しそうに、笑いながらエミリーちゃんに絡んでいく。肉体的な接触も交ぜて。
「そっか、人生の邪魔かー。それもまた繋がりってやつだよね。ふふっ、ふふふふっ」
「ほ、ほんとうざいしぃ、邪魔ぁ……。この人……」
近づくラスティアラを、エミリーは押し退け続ける。
その楽しそうな飾りない交流を見て、僕は僕の『たった一人の運命の人』の取り扱い説明をしていく。
「エミリーちゃんの嫌われたい行動は全部、ラスティアラにとってご褒美だから心配しないで。なんというか、彼女に少し似た子が僕たちの仲間にいて……、簡単に言うと好みに刺さってるんだよね」
「こ、好み……。それはそれで、エミリーが少し心配になるんですけど」
「もし本当に変なことしようとしたら、すぐに僕が止めるよ。だから、仲良くなりたいだけの子供だと思って、温かい目で見守って欲しいかな」
「子供っぽいのは、確かに……。信じますね。では、あちらは放っておいて、こちらは色々と話しましょうか」
「うん、授業お願いします。アル先輩」
「はい、いまだけは先輩風を吹かさせて貰いますね。吹かせないと駄目だって分かりましたので」
こうして、僕たちは同性同士で仲良く並んで、迷宮を探索していくことになる。
一層の奥へと、ゆっくりと慎重に(アルというコーチの存在もあって、安全コースを優先して選択して)進んでいく――
――その道中でのアル君との話は、本当に面白かった。
ペア戦闘の独自な理論も興味深かったが、やはり一番は百にも及ぶハンドサインの数々だ。
それは低レベルで『病気』だった彼らが、迷宮で生き抜くために開発されたもので、全てが実用的で洗練されている。
かつて、僕は「稲を刈るような探索がいい」と言っていた。しかし、その僕よりも、彼は慎重で注意深く、本当に気が合うと感じる。
さらに、他にも迷宮でよく使った掛け声も教えて貰い始めたところで、僕たちは運良くボスモンスターのエリアまで無傷で辿り着く。
見慣れた森林エリアの奥深くにて、木陰に姿を隠して、話す。
「――では、カナミさん。次はボス戦での戦い方を見せてください。あれは倒したことがあるんですよね?」
「うん、二度も倒したことがあるよ。昆虫系のモンスター『クイーン・オブ・フォレスト』だ」
昆虫の翅を持ち、甲殻類のように固いやつだ。
カマキリのような眷属もいるので、一層では強敵と言っていいだろう。
「二度倒したなら、もう完全攻略済みってことですね。……なら、まずはあれで少し色々と試しつつ、本当のボス戦挑戦前の肩慣らしをしましょう」
討伐をアルから提案されて、僕は頷く。
護衛として、未知の強敵の前に、僕たちのボス戦のやり方を確認しておきたいのだろう。
さらに言えば、いま教えて貰ったノウハウも、軽くお試し出来る。
とはいえ、まだハンドサインは完全に覚えきれていないので、まずは――
「まずは、掛け声をたっぷりと! 心の通じ合いを過信しないこと!」
「いいねっ、こういう方向性なら嫌いじゃないよ! 叫びまくるよー!」
「行くぞぉおおおお、ラスティアラぁあああああ!!」
「いよっしゃぁああ、援護はよろしくぅうううう!!」
そして、雄叫びをあげながら、僕たちは森林エリアを同時に駆け出した。
ボスに向かって、一直線。
そのお手頃で楽勝でお試しの戦いを、アルとエミリーには後ろから安心して見て貰って――
【称号『緑の相対者』を獲得しました】
体力に+0.05の補正がつきます
――見て貰うことはできず、十数分後。
やっと、その『表示』を見る。
ついに僕たちは『クイーン・オブ・フォレスト』を討伐して、魔石に変えた。ただ、その周囲には眷属のモンスターたちの残した魔石も、五十個以上。
大苦戦で切れた息を僕とラスティアラは整えていく。
戦っている間は「そっちぃい、行ったよぉおお!」や「一度下がるぅう!」など掛け声を全力でしていたせいで、いま話す余裕は全くなかった。
「はぁ……、はぁ……。あ、熱い……」
「ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ……。仮面で、息し難ぅ……」
二人で両手足を突いて、肩を揺らし続ける。
その僕たちを見て、アルは臨戦態勢を解いて、困惑する。
「あ、あの……、本当に倒したことあったんですか? 全くボスの特性を理解出来てなくて、眷属モンスターに囲まれっぱなしでしたが……」
当然の疑問だった。
僕も戦っている間に「あれ? 本当に倒したことあったっけ?」と疑問を浮かべていた。
しかし、その答えは単純。
「はぁ、はぁ……。そ、そういえば……、一度目は遠距離レーザーで……、二度目は高レベルソロで瞬殺だったから……」
「カナミさん、それは一度攻略したことのあるボスとは言いません。はぁ……、本当にこの人は……」
盛大な溜息と共に呆れられる。
その後、護衛として告げられる。
「全ての経験を一旦忘れて、初心者のつもりでやり直してください。いいですね?」
一から鍛え直しだと。
それに僕とラスティアラは「はい……」と、また項垂れて素直に答えるしかなかった。
ただ、ショックは全く受けていない。
その心は、ずっと躍っている。
なにせ、これこそが僕たちの新たな迷宮探索だ。
本当に贅沢な話だが、低レベルの手札の少ない現在だけの楽しみ。
その二度目ならではの楽しさを感じつつ、すぐにラスティアラと二人揃って明るい顔をあげて、探索は続けていく。
ということで、十章最終戦に出せなかったアルエミを出せて、心残り解消です。
次の展開は、マリアあたりの要望が多い気がしたので、その周辺をやっていこうと思います。
ただ、あと一回くだらない幕間入れるかもです。カナミとエミリーペアで。




