00320.やっと一般探索者のパーティーを
その探索者は、元奴隷と『魔石人間』の二人組。
少し見ない間に16レベルと15レベルになっていて、その実力を増していた(本当は一ヶ月で1レベルアップは凄いこと)。
その二人に、仮面を被った僕たちが近づくと、
「――――っ!!」
すぐに警戒して、無駄なく身構えた。
無理もない反応だ。
基本的に、仮面で顔を隠すというのは連合国の文化において、脛に傷を持っている証明だ。
その当たり前の感性を前にしつつも、僕とラスティアラは全く反省することなく、どこか影のあるキャラクターを意識して、格好付けながら、ゆっくりと、仮面を外しつつ挨拶を投げる。
「ふふ――、久しぶりだね。アル君」
そう言って、しっかりと顔を見せた。
すると探索者の少年アル・クインタスは驚きの顔のままだが、少し安堵した様子を見せて、さらに確認をしていく。
「カ、カナミさん? なら、そちらの方は」
「お久しぶりー。私だよー」
ラスティアラも仮面を取って、元気よく手を振った。
その挨拶にアルは、さらに驚きを増して――当たり前だが、彼にとってラスティアラは死人という情報で止まっている――しかし、その全ての感情を彼は喉奥で飲み込んだ。
流石は中堅探索者。
どんな状況でも冷静さを保ち、余裕を持って文句をつけていく。
「……ラスティアラ様でしたか。言わせて貰いますが、お二人とも怪し過ぎですよ? 問答無用で剣で斬りかかるところでした」
しっかりと敬意を持ちつつ、僕たち好みの会話を選択した。
その未だ将来有望すぎるアルに向かって、僕は正直にこちらの目論見を公開していく。
「怪しすぎて、誰も近寄ってこないのを狙っていたところあるからね。……それでいて、巷ではちょっと噂になって欲しいなって、願望も。そんな結果、こんな格好になっちゃった」
そう言って、僕は仮面を被り直した。
そして、一緒に被り直してくれたラスティアラと背中合わせに、阿吽の呼吸で決めポーズも取ってみる。
「はあ、何やってんですか……。相変わらず、訳が分からないんですから……。十一番十字路で馬鹿やってたときから、ほんと変わってませんね」
苦笑される。
どうやらアルとは、あの例の『告白』以来になるのか。
僕たちにとっては、例の『死去』が確定した呪い記念日だ。
「懐かしいね……。だからこそ、あの恥ずかしい告白合戦を乗り越えた僕たちに、もう恥ずかしいことはないってことだよ。ふっふっふ」
「あの恥ずかしさを乗り越えたって……。それ、もうただの公共的に迷惑な人じゃないですか。……それで、こんなところで何しているんです? また遭難ですか?」
とうとうアルはツッコミを放棄して、真面目な話を繋げて行く。
ただ、その冷静さに僕は疑問を抱いてしまう。簡単に言うと、もっと違う反応を期待していたのだ。「ま、ままままさか、あなた様は――!?」的なアレを。
「なんだか……、思ったよりも驚いてないね、アル君。こっちとしては結構驚かせるつもりで、正体を明かしたんだけど」
「まあ、街中ではお二人の噂やデマが、面白おかしく飛び交ってますが……。僕はエミリーを通して、大聖堂の『魔石人間』たちから、裏の詳しいお話も聞いているんで」
思わぬ情報の流れがあって、筒抜けだったと発覚する。
視線を移すと、そこにはラスティアラに抱きつかれて、青褪めているエミリーちゃんの姿があった。
『魔石人間』ならではの繋がりで、大聖堂で働く子たちから情報を仕入れていたようだ。
その上で一般人としての情報や立場も、しっかりと彼らが入手しているのは窺えた。
貴重な立場だと思って、僕は彼から、その詳しい話とやらを乞う。
「なるほど。……ねえ。僕たちのことをどういう風に認識しているか、聞いても良い?」
「構いませんよ。巷だと、カナミさんは『最深部』の到達者であり失敗者とされていますね。多くの人にとっては、「大言壮語を吐いていたが、最後はプレッシャーに潰れて逃げ出した臆病な英雄」というところでしょうか? けど、そういう期待させるだけさせて失敗する代表者なんて、よくいますからね。「一攫千金で金持ちになった人物が、すぐ連合国から一抜けするのはいつものこと」といった感じで、さほど人々からの怒りはありません」
元々この迷宮連合国は一攫千金を夢見て、辿り着く場所だ。
なので、僕が逃げたことは許せない――が、しっかりと「迷宮を通して、大金持ちになった探索者がいる」という前例ができたことは悪くない。そんな評価がくだされているみたいだ。
僕は「なるほどなるほど」と生の声に頷いていると、さらに彼は続けてくれる。
「エミリーが大聖堂の『魔石人間』から聞いた話では「お優しいカナミ様は、『最深部』にある膨大な力をみんなに分け与えた」となっていましたね……。しかし、それでは、いまカナミさんが「僕の目の前に、余りに弱々しい姿で現れた」に繋がりません。なので大きすぎる力に土壇場で怯えて、魔力を放棄した「臆病な英雄」ってあたりは本当っぽいですか?」
どうやら、すでに僕たちの弱体化を一目で見抜いているようだ。
さらに僕の性格の推測も正確だ。
以前に会ったときは、最初に僕やティティーの反則的な力を見せたせいで萎縮していたようだが、緊張さえなければ本当に活き活きとしている。年の割に、非常に賢い。
「いい『観察眼』だね。間違ってないよ」
「逃げ出したあとの話は全く聞かなかったので、『本土』のほうでお偉いさんたちにでも交じって、また国営的な活動をしているのかと思いましたが……」
「政治活動も、全部終わりにしたんだ。僕よりも魔力を扱うのが上手い人たちがいたように、政治も僕より向いてる人でたくさんだったから……。もうやらなくていいんだ、何も」
「つまりは……、隠居? そういうイメージで大丈夫ですか?」
「本当に鋭いよね。でも、全ての力を取り上げられて、戦力外通告。そのくらいのイメージのほうが嬉しいかな?」
「分かりました。そう言うなら、そういうイメージで接しますね。今回も、深くは聞きませんよ」
本当に賢い子だ。
マリアが巷に期待した「隠居」という印象を、しっかりと裏側まで読み取っている。その上で、深入りは絶対にしない。
ただ、ここまで賢い子になるまで、どれだけの苦労があったのか。いや、賢くなければ、数ある犠牲者の中で生き残れなかったのか……。どちらにせよ、こちらも深くは聞かずに、以前と同じように接していく。
「ということで! 僕たちは一旦レベルが1に戻ったから、いまは君たちが先輩だね!」
「テンション高いですねー。あと経験はそちらのほうが豊富ですから、先輩後輩は変わりませんよ。なあ、エミリー。……エミリー?」
ここでアルが、仲間に向かって振り向いた。
ただ、その視線の先では、なぜかエミリーが跪いて、全力で謝罪をしているところだった。
なので、つい先ほどまで抱きついていたラスティアラも、全力で無害アピールをしている。
「ほ、ほら、怖くないー。私はもうレベル1……いや、もうレベル2か。どっちにしろ、全然怖くないよー」
力を失ったと主張するが、一向にエミリーは顔を上げない。
このまま、土下座に移行しそうな勢いがあった。
「いえ、怖いわけではなく……。ただただ、私には『病気』を治して頂いた深い感謝がありまして……、非常に畏れ多くもあり……。なによりも、いつぞやのことを本当に申し訳なく思っていまして……」
「申し訳ないって……ああっ、あれか! ティアラお母様を『血』で『再誕』させたときのやつ!? ちょっとお腹刺されたくらい、私は気にしてないよ! そのくらいなら、よくあるって言ってたでしょ!」
「き、気を遣って頂けるのは嬉しいことですが、あれは本当に死罪でもおかしくはありませんので……」
「いやいや、ほんとあるあるなんだよ。あれを気にしてたら、私もカナミも色んな人を死罪にしないといけないし」
だから大丈夫だと主張して、僕に顔を向けられたが、きっちりと首を振る。
心優しいラスティアラと違って、僕の背中を刺した面々はしっかりと死罪にして、罪を償わせてきてしまった。
そこだけは間違いたくはないと、拗れたこだわりを見せていると……その僕の首振りを見たエミリーちゃんは、さらに身を低くする。
「どれだけお気遣い頂いても、あなた様のご厚意を無碍にして、一度裏切ってしまった事実はなくなりません」
「……あの裏切りは、フェーデルトの勧誘が上手だっただけだよ。フェアな条件での『血』集め競争だったから、本当に気にしなくて良いんだよ? むしろ、アル君と繋げてくれる『病気』という絆を治させまいとした気概は、私的には見事だって思ってる! そういうの大好き!」
「えぇぇ……」
相変わらず、ラスティアラは『本人』よりも『本人にまつわるストーリー』を重視する。 その価値観で、一般人をドン引きさせている。
そして、エミリーの反応は無理もないと僕は思う。
彼女からすれば、まさしくいまの状況は「仮面で顔を隠した王族」との遭遇だ。しかも、その王族を暗殺しかけた経歴もあるので、いまにも吐きそうな顔。
対してラスティアラは、ディア、マリア、スノウたちと向かい合っているかのようにニコニコ顔。
――こうして、二人は話し合うこと数分。
エミリーは意を決して、大きな息を吐いた。
ここまでの全てが、ラスティアラからの心からの友好の言葉だと、ついに認めて理解したようだ。いや、元々知ってはいたが、いま再確認したことで、やっと自分を少し許せるようになったのかもしれない。
「――ありがとうございます、ラスティアラ様。やっと面と向かってお礼が言えて嬉しいです。『本土』のほうでお隠れになったとお聞きしていましたが……。私も、そのことは深く聞かないでおきますね」
僕とアルの話を遠くから聞いていたのだろう。
真似るように、「深く聞かない」と言って、態度を軟化させていく。
それにラスティアラは「ありがとう」と喜んで、しかし――
「じゃあ、仲直りできたところで……ふふっ、うふふっ。それで、どうなのかな? アル君との関係は。進んでる? ちょっとお姉ちゃんに教えて教えて」
ラスティアラ側は空気を読まず、深く聞きまくりだった。
僕とアルとエミリーの三人と違い、本当に無遠慮に彼女の肩を突いて、深く聞き出そうとしている。
エミリー側には大きな負い目があるので、たじたじだ。
「ほ、ほんとラスティアラ様……。勘弁してください」
「二人だけの世界でいいって、刺されたときにしっかりと聞いちゃったからね! あの後のことが、お姉ちゃん気になっちゃう!」
「いえ……。もう、いまは二人だけでいいなんて思ってません。ラスティアラ様に『病気』を治して貰ったあと、反省して、交友関係を広めるようになりましたから。とはいえ、大聖堂の『魔石人間』たちが中心ですが」
「へー、いいね。まずは同じ境遇の家族たちを頼るのは本当にいいと思うよ。んで、そこからさらに家族を増やしていきたいんだよね? 大切な仲間も含めて」
「いや、それは……、その……」
「私も『魔石人間』だから、安心して相談してね? このお姉ちゃんにこっそりと教えてくれたら、何でも完全完璧に、万事解決してあげるよ!」
「う、うざいぃぃ……。ほんとこの人ぉ、もぉお……!」
また刺してやりたいくらいの戦意が、エミリーから湧き立っていた。
やはり、この少女は奥ゆかしさと礼儀正しさの奥に、血の気の多い苛烈な部分を隠している。
それを引き出したラスティアラは満足げに、ある取引を持ちかける。
「うん。その感じで、もっと素で話して欲しいな。なら、もう嫌なことは深く聞かないからさ」
ここまでのうざったさを交換条件に、飾りなく接して欲しいとエミリーに持ちかけた。
なので、仕方なく彼女は、湧き立たせた戦意を嫌悪に変えながら、その条件である素で話していく。
「…………。前から思ってましたけど……、ラスティアラ様、最悪です。気に入りません。正直、嫌いです」
「ありがとうね、エミリーちゃん。でも、私って壁を作られるよりは、嫌いですのほうが嬉しいんだ。なんかごめんね」
「はあ。そういう人だって、刺したときから知ってましたが……。やっぱり本当に、この人たちは最悪です。絶対に私の人生に必要なかった。関わらない方がよかったのに……、クソッ」
「でも、もう関わっちゃったから、観念しよう! 苦手な人ともやばい人とも付き合うのが、人生!」
ラスティアラは中々に危なっかしい距離の詰め方をしているが――僕からすればいつものことで、これもあるあるだ。
ある種の信頼があるのだ。
エミリーのようなタイプの女性と、ラスティアラは相性が良い。
その実績がたくさんある。
なので、あちらは女性同士で放っておけば、勝手に仲良くなるだろう。
そして、それはアルも同感のようだった。
自分の相方が素を出し始めたのを驚きつつ、視線を僕の方に戻して、続きを話す。
「……すごい。俺以外に素を出してるエミリーは久しぶりです。向こうも、いい先輩後輩になれるかもしれませんね。……ただ、先輩後輩と言えば、ライナーさんはどこへ? あの人は、お二人の一番の騎士ですよね?」
ライナー・ヘルヴィルシャインの姿を探した。
お付きとして当然のように近くに隠れ控えていると思っていたのだろう。
その探す瞳を見ていると、アルは彼に憧れているのだとすぐに分かった。
ただ、申し訳ないが、いまのライナーを詳しく紹介することはできない。
「一番の騎士だよ。ただ、いまは遠くに行ってる。ライナーは『最深部』に到達した僕を超えて、先へ……。とても遠くで、主である僕の代わりに大きな仕事を請け負って、行ってくれたんだ」
そう神妙に伝えると、察してくれたようだ。
彼も神妙に頷きながら、共通の知り合いである最後の一人の名前も出す。
「……ティティーさんもですか?」
「ああ、あいつも先に行った。方角は同じだよ」
「それなら、良かったです。少しだけ気になっていましたので」
また深くを聞かれることはなかった。しかし、ほとんどを察して、理解してくれているような気がした。
その神妙過ぎて落ち着かない空気を振り払うべく、僕は「ありがとう」と言ってから本題に入っていく。
「だから、ちょっとパーティーの仲間が足りなくて、心許ないんだ。だから、また雇ってもいいかな? 僕たちが安全にレベル上げできるように、護衛を。……ここで出会ったのも何かの縁と思ってさ」
縁。
100層で『世界の主』となった僕が、ただの『人』のライナーに敗北した理由の一つ。
それを口にして、僕はさらに輪を広げたいと彼に頼んだ。