05305R.アルティ・ティーダ過去編その5
「……それは奇遇だ。実は私も、同じ信条で生きてるよ」
私の唐突で不躾な言葉に、ティーダは一切動揺しなかった。
むしろ優しい声色となって、高貴さを崩すことすら叶わない。
同調は嘘だ。
この「嘘こそが人の華」とでも思っていそうな男を、私は静かに揺るがしていく。
「同じなら、こちらもそこは遠慮しませんね。なにせ、長い付き合いになるようですから」
その間、ずっと握手は続けたままだ。
当然ながら、その不自然な状況をティーダが指摘する。
「この手は、脈でも計ってくれてるのか? もし君が医術に長けているのなら、並び立つ仲間として心強いことだ」
「まず、あなたは嘘をつき慣れている。とても器用な喋りのできる方です」
思ってもいないことを言ってきたので、そういうことが嫌いな私は無視して本題に入った。その意図を、離れない握手から彼も察したようで、苦い顔を作って答える。
「……驚いた。中々言われない評価だ。いつも私は馬鹿正直者だと笑われて、不器用なやつと怒られているんだが」
その間も、ずっと『目』は合っている。
「どうやら、あなたは嗤われている間は落ち着けて、怒らせている間は安心できる。そんな歪んだ処世術で生きている方のようですね」
「…………。まるで手相占いだ。その評価を信じると、私は嘲笑われるのを喜ぶ変人にならないか?」
「……その生き方が騙しやすくて便利というだけでなく、本当に見下されて喜んでる部分もあるんですね。……ちょっと驚きです」
「……ずっと驚いているのはこっちなんだが。いや、ありえないだろ。そんなやつ本当にいると思うのか?」
「今、目の前で戯けてます。なので、私は驚きながら、そんなやつがいる理由を考えています」
触れて分かったが、この男は主ロミスの影響が濃い。
主人から生き方を学んで、似た振る舞いをしている。生まれた家や友人関係が、ティーダ・ランズをこういう人間にしたのだろう。とはいえ、特別な事件や体験があったというわけではない。本質的に、この男は生まれついて誰かの影で生きる者なのだとしたら――
「これは……、困ったな」
と、そこでティーダが本音を零す。
しかし、言葉とは裏腹に、そこまで追い詰められた様子はなかった。
こいつらの当初の目的は『千里眼の巫女』だ。まだその目的を発見して交流を持っただけなのに、どこか安心しているのは……やはり、出会ったとき、いつでも攫えると思ってたから。
仲間どころか、こいつは敵だ。
本来なら、村の美味しいところを全部頂きに来た敵。
けれど、もう最低限『千里眼の巫女』を回収して帰るだけでも十分か……だって? 危なそうな私だけ排除して、私の親友は奪っていこうと……。そんなふざけたことを考えて、今「そのときは使徒をどうしよう。困った」と零した……?
「ディストラス君。どうやら君は従者同士、腹を割って話したいわけじゃないみたいだ。……いやしかし、本当に答えに困るな。さっきから君の『目』は、こちらの心を完全に見透かしているとしか思えなくて、非常に恐ろしい」
私を困難な相手だと繰り返していく。
やはり、こいつにとっても、この私こそが使徒に続く二つ目の不安なのだ。
面倒だからできれば早めに排除しておきたい……けれど、今となってはそういう状況ではないので、手を出しづらい。
そういった本音を、もっともっと引き出してやろうと私は圧をかけ続ける。先ほどディプラクラが、『魔の毒』を纏って話していたのを思い出すように。
「そんなに困りますか? ただ素直に嘘なく話せばいいと、私は言っているだけですよ」
「ただ素直に話すなんて、恐ろしくてできるわけがないだろ。その何が何でも私に勝つと考えている怖い『目』を前にして」
しかし、さっきから……。
この私のことを恐ろしい恐ろしいと……。
私は続けようとしていた言葉を呑み込んで、思わずその人物評を聞き返してしまう。
「……怖い? そんな目つきをしていますか? この私が?」
「目つきの悪さに自覚がないのか? 世間知らずゆえに好戦的な若者かと思っていたが、これは……」
「人を野蛮人みたいに見ないでください。さっきから女性相手に色々失礼でしょう」
「そういう目つきで睨んでくるから、さっきからこっちは怯えて素直に答えているんだが? ……おそらく、君の『目』は向こうにいる主アルティさんの影響だな。彼女に褒められて褒められて、ここまで才能を伸ばされ続けた……? だから、こうも自信家であれているなら、なかなかに羨ましい話だ」
「別に、『目』はアルティと関係ありません。彼女と出会う前から、ずっと私はこうでした」
「なら、生まれた家や環境のせいか? まあ、確かに。生まれついての火種を生む者と言われた方が、その君の異常に好戦的な『目』も納得がいくな」
ティーダは全て本音で話している。
その上で私の圧に対抗して、挑発を交えながら尋問し返している。
つまり、今となっては握手で相手を捕らえているのは向こうも一緒。
ティーダの『眼』も、こちらの心を解き明かそうと見ている……ならば当然私も、全て本音で迎え撃つ。
「私は争いが嫌いです。力で解決するのは、下の下の手段ですから」
「しかし、今の君は力でも勝とうとしている。私どころかロミスまで含めて、全て……だから、こんな距離で舐めた口を利けてるんだろ」
もちろん。たとえ下の下の手段で格上が相手でも、そのときが来れば絶対に勝たなければならない……と、常に私は覚悟してきている。アルティの親友として、それは当たり前だ。
ただ、このティーダの口振りでは、まるで私が自分より下の相手を挑発する悪いやつみたいに聞こえる……。それは違う。むしろ最初に剣に手をかけて、その上で舐めた目つきで見てきたのは、そっちが先だろうに。
「あなたと違って、私は誰も舐めていません。あなたたちは脅威です。過去に出会った誰よりも力があります」
「舐めてもいないのに、その脅すような態度をしているなら……。それはそれで問題だ。向こうの子の苦労が窺い知れるね」
正直、話せば話すほど、険悪になっていくのは感じている。
出会ったときと同じだ。
自分に自分が振り回されて、分かっていても止まれない。なぜか私もティーダも、売り言葉に買い言葉を続けていく。
「……あなただって、そのねっとりとした目つきと態度で、ずっとこっちの神経を逆撫でしています。それが主人の評判に関わるとかは思わないんですか?」
「はあ? 逆撫でって、そういう駆け引きも偶にするが……。君たち相手には、ずっと紳士的な振る舞いをしてるだろ」
「紳士? そもそも、こうなってるのは、あなたが甘い顔と口振りで近づいてきたからです。あなたは出会ってすぐ、あの馬鹿な娘ならいつでも簡単に攫えるなという『眼』をした」
「あのときは……。もしものとき、優秀な人材は街まで連れ帰りたかっただけだ。……本当にそんな目つきをしていたか? この私が?」
「私とアルティ様を品定めする、気持ちの悪い『眼』でした」
「気持ちの悪い『目』というなら、それはこっちの台詞だ。君は先ほどから必要以上に強い振りをして、人を怖がらせている――」
「こちらからすれば、あなたは無害な振りをして、人を舐めるように眺める――」
「主の敵を無駄に増やす。気持ち悪い従者だ」
「主の敵を無駄に増やす。気持ち悪い従者です」
「…………」
「…………」
なぜか最後に言葉が被ってしまった。
それが更に気持ち悪くて、お互いに言葉を失う。
――今間違いなく、私たちは決裂した。
誰が聞いても、深い溝を作ったとしか思えない口喧嘩だった。
しかし、本当になぜか。
なぜか、まだ握手はしたままだった。
「…………」
「…………」
正直、気持ち悪いだけではなかったのだ。
嫌悪感と一緒に、なぜだか共感できる部分もあった。
意外に、こいつの欠点は自分と近しいものがあるなとか……。不器用ながら、主を思う気持ちは分からなくもないなとか……。
だから、まだ握手は保たれていた。
そして、先に冷静さを取り戻したティーダによって、自己紹介の続きがなんとか形になっていく。
「な、何であれ……。あの子を守るときの君は、いかなる敵にも負けられないと誓った『目』をしていた。そこは同じ従者として、敬意に値するかもしれない」
「あのときのあなたも、主人のために目的だけは必ず達成すると誓った『眼』をしていました。……その忠誠心は、まあ確かに、立派だと思います」
「ずっと主人のために気を張っていたとはいえ……。どうやら、互いに必死になりすぎたようだ」
「早とちりした部分があったかもしれません。そちらから見れば、私もああいった目つきに見えていたのならば、それは私の反省点です……」
急に冷静となった私たちは、無理矢理に妥協点を作った。
そして、ついに握手を終わらせる。
すぐ『目』も逸らして、いま言った主たちに向き直る。
ようやく、長い自己紹介に一段落が付いた。
ただ、交流の一歩目だというのに、余りに危険な距離まで近づいてしまった。その行き違いの原因は、おそらく……単純に相性が悪いだけじゃない。二人とも目敏すぎた。
身に覚えのある悪癖だった。尊敬する人に忠告されたこともある。
その様々な気まずさを振り払うように、今度こそまともな談笑を試していく。
「どうやら君も私も神経質で、主人が最優先のようだが……。似ているとは口が裂けても言えないな。なんと言えばいいものか」
「そうですね。やっていることは同じでも、相容れない部分が多すぎます。だから、これは言うなれば……」
「……同族? いや、同類か? 同じ欠点が少しあるだけで言い過ぎかもしれないが」
「……もしかして、これが同族嫌悪ってやつなのでしょうか?」
「噂に聞いた話と違うな。この気持ちの悪い感覚が、本当にそうなのか?」
「私も本で読んで知っているだけですので……。正確ではないかもしれません」
もう向き合ってはいないけれども、互いが互いの主を見ているのは確信できていた。
もし主たちが使徒に害されたら即座に討つ覚悟のある従者同士と知れたから、そこだけは信頼し合えた。
言外に、休戦交渉が終わったのも感じる。
それを証明するかのように、ティーダから砕けた口調で、自己紹介の追加が行われていく。
「あと一つだけ。このままだと君は、私のことを詐欺師の人攫いとでも思いこんでいそうだから……。私の本業が名誉ある決闘代行人であることを、今ここで伝えておこう」
「なるほど。では私も、村の長や巫女を補助するだけでなく、狩人を生業としていることも伝えておきます。なので、背後からの矢には気をつけたほうがいいでしょうね」
「……ここまで本音でぶつかったんだ。マリア、共に並ぶ者として私は君を信じることにする。この村にいる間、決して背後からの矢などないと」
「ありがとうございます、決闘代行さん。矢は勘弁してあげます……。代わりに、今の信じるという言葉、死ぬまで忘れませんよ?」
私は感謝で呼応したが、ティーダは「…………」と少し困った反応を見せた。
もう『目』は合わせていないが、彼の言いたいことはわかる。
「……いや、ここはティーダさんと、名前と信頼を返してくれるところだろ」
「そういう友人になったかのような形ばかりの儀式、好きじゃないです」
「嫌いな相手とはいえ、ぶつかり合ったことで、自然と名前を呼び合うようになる。……そういうの悪くない過程じゃないか?」
「そういうのが気持ち悪いって言ってます。嫌いな相手とぶつかり合ったら、さらに距離ができるだけです」
「……はぁ、面倒臭い。合わないな。これだから、この類の火種を撒くばかりの女は苦手だ」
「嘘つき男から適切な距離を取ってるだけですよ。……それよりも、そろそろ戻ってきます」
主たちを視界に収めていたので、鍛錬に一区切りついたことはすぐ分かった。
あの難解な話を再度聞かされて、また頭を抱えたアルティが「うぁぁ……」と呻いて、よろよろとこちらに歩いてくる。
単独での『魔の毒』のコントロールは、やれと言われて簡単にやれることではない。これまで失敗らしい失敗のなかった天才少女として、色々と悔しいところがあるのだろう。
「お帰り、アルティ様。あとお疲れ」
顔色が悪いアルティに労いの声をかける。
ただ、珍しくお礼の言葉が返ってくるよりも先に、鋭い視線を返される。
僅かな間だが『目』を主アルティから離していたので、何があったのかと私は不安になったが……。
「ね、ねえ……、ねえ? 気のせいじゃなかったらだけど。私が頑張ってる間に、なんか滅茶苦茶仲良くなってなかった? あっちのお顔のいい従者さんと」
「そんなことないけど? ただ並び立つことが多くなりそうから、お互いの考えの摺り合わせはしたよ」
どうやら、ティーダと握手していたのがアルティにとって許せなかったらしい。
それも、危険人物との接触を咎めているわけではなくて、抜け駆けは許さないぞといった乙女らしい物言いだった。
そのとき、フッ――と。
ティーダのせいで溢れていた戦意が霧散するのを感じた。
そして、先ほどの「向こうの子の苦労が窺い知れるね」という言葉が頭の中によぎる。
アルティはいつも、私が熱くなっているのを察して、肩の力を抜かせようとしている……?
その指摘をした人物に向かって、私の視線は自然と動いた。
そこには私と似た形で指摘を受けているティーダがいた。
「ティーダ、おまえ……、距離の詰め方が……。見るからに警戒心が強くて、賢そうな娘だったろ。ジロジロ見過ぎるなと、いつも注意してるというのに……」
「違うんだ、信じてくれ。そんなつもりは一切なかった。ただ、本当にすぐ何でも見抜いてくる女で……」
そこでティーダも私と同じく、ロミスから視線を外した。
そして、また私と目が合って――
友情はない。
さっきのは親交でもない。
いつ敵になるかもわからない。
ただ、その警戒心の延長線上に、少しだけ。
欠点のある従者同士、必死に主を守ろうとしていることだけは。
その志だけは同じかもしれないと――
という私の一瞬の考えを、アルティが咎める。
「そ、それぇ!! それいいなああ! あのお顔のいい従者さんと、目と目で通じ合うとか! う、ううう羨ましいぃ。しかも、この短時間でぇ……」
「うるさい、アルティ様。そういうのじゃなくて、面倒な相手だって認め合っただけだから」
「そういうの、いいなぁ……。こっちなんてネイシャ様と分断されて、一度もお話さえできていないのに。ずっと付きっきりで美人使徒様を前にして、わ、私の自尊心はもう、粉々寸前……」
「いや、わざわざ使徒様たちは指導役の性別を合わせてくれたっぽいんだから、そこは感謝したほうがいいよ?」
私の戦意を削ぐとか関係なく、アルティの頭は少々茹だってるなと呆れる。
そして、使徒には使徒なりの配慮があったはずなのに、それを無視してアルティはとうとう愚痴を零してしまう。
「それでも、教わるのは使徒レガシィ様のほうが、正直よかったかも……」
すると、そればかりは聞き逃せなかった使徒シスが「なんですって!? 聞こえてるわよ、そこ!」と、いつの間にか近いところにいて注意してくる。それにアルティは「す、すみません! かもってだけっす! シス様の教え方こそ最高です!」とすぐさま平伏した。
それを見たロミスやティーダたちは、形ながらも苦笑してくれて。
冷たくなりかけていた儀式の空気は、暖かくなって、緩んだ。
――だから、この日は。
このときの関係は、まだ決して悪くなかった。
みんな、正気だった。
一人だけ無言で私とティーダを見つめる使徒ディプラクラ以外は。
※いぶそうコミカライズ七巻、11月25日発売! 予約もあるよ!
次話は時間が飛ぶのもあって……一旦、ここで投稿は終わりです。次は未定です。
ただ、これで一応ながら、七巻に寄稿した短編アルティの思考に違和感がなくなると思います。
過去にコミカライズに寄稿したアルティ・ティーダの仲良し短編にも綺麗に繋がるように、この過去編はいつかしっかり終わらせたいと思っています。
それでは最後にもう一度、早売りならもっと早いかもですが。月末のコミカライズ、どうかよろしくお願い致します! いつも感想ありがとう! 感想は生き甲斐! それではまたー。




