05304R.アルティ・ティーダ過去編その4
訪れた客は、ティーダとロミスだけではなかった。
古書に記された伝承の存在。
私がどうでもいいと断じたはずの『使徒』。長やロミスといった上の者たちが、さらに上の存在だと心酔して、目の前に現れてしまった。
その存在によって、私たちの未来予想は大きく外れる。
本来、ファニア領の貴族ロミス・ネイシャは、挨拶程度のつもりでここに訪れていたはずだ。
ゆっくりと村を検分して、役に立つ部分だけを上手く取り入れたい……そんなまともな思惑は全て、使徒によって吹き飛ばされてしまった。
ディプラクラによって状況は急転した。
まず「ファニアの領主代理として、この村と繋がりを持て」とロミスは命令された。さらに「ここを辺境の村の一つではなく、周辺のまとめ役として扱え」とも。
その後、アルティの父親である村の長には「近い将来、小領主になって貰うぞ」という宣言までされた。
…………。
受け入れられない、ほどのことではない……。
村の発展を促したときから、そういう日が来るのはずっと想定していた……。
そういう着地点を、ロミスのほうも遠い未来としてだが考えてはいただろう。
ただ、その着地は余りに性急過ぎた。
着地させたのが『魔の毒』を操る使徒というのも、大きな不安やしこりを残している。
それでも、一従者でしかない私には口を挟むことはできない。
見守る。
それしかない。
そのスタンスを強制的に取らされる私は、怪しい儀式を見せられ続けていく。
――使徒曰く、それは世界を救う『器』になる儀式。
村の外れ、北の森の手前で。
選ばれしものたちは立ったまま目を閉じて、顔を上に向けている。
瞑想をしているかのような格好の横では、常に使徒たちが声をかけ続ける。
「そうじゃ、ロミスよ。その『世界との取引』を終えれば、おぬしは『力』を得る。凡人には決して届かない領域の『力』をな」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。はい。それは……、頭ではわかって、いるのですが……」
「……やはり、『力』とだけ言っても感覚を掴むのは難しいか。おぬしたちに分かりやすく言い直せば、『悪魔の呪言』……? いや、あえて『神々の権能』とでも認識したほうが、今は良いか?」
「も、申し訳ありません……。まだ『力』のほうが、私には受け入れやすいです。我々の未熟な精神では『奇跡』としか、まだこれを理解できませんので」
「向こうの娘は『魔法のような何か』と言っていたが、そのあたりが適当か。正確には違うのじゃが、人の身で『器』に近づくにはそれが一番良いのかもしれん」
「はい、私たち人程度ではそこをスタート地点にするしかなく感じます……」
付きっきりで、儀式を完遂する為の助言が行われていく。
形式は少々特殊だと思った。
ロミスには老人の使徒ディプラクラがマンツーマンで付きっきり、対して我が親友アルティのほうには、なぜか――
「はー、ダメね。ダメダメよ、アルティ。……一旦、休憩を挟みましょうか。向こうのも含めて二人とも、体内の『魔の毒』が余りに乱れてるわ」
新しく現れた金の髪を靡かせる女性の使徒が付きっきりだったのだが、そちらのマンツーマンから解放されたアルティは「りょ、了解です……」と頷いて、すぐに私の下までふらつきながら歩いて戻ってくる。
非常に情けない声を漏らしながら。
「マリアァァァ……」
「お疲れ、アルティ様」
「マリアァ。あの新しい使徒様、美人すぎるぅ……」
「あっ、そっち? そうだね。本当に綺麗な使徒様で、私もびっくりしてるよ」
使徒相手に愚痴は不味いと思ったが、親友の口から漏れ出たのは全く心配の要らないものだった。
その奇妙な賞賛は、アルティを見送った美人使徒の耳にも届いていたようだ。
微笑を浮かべて「当然よ」という反応をしていたが、その振る舞い一つ一つが逐一こちらの脳を揺るがしてくる。
美人使徒の名はシス。
彼女も使徒ディプラクラに負けず劣らず、纏う空気感が凄まじい。
とにかく眩しく……その上で、もう本当に美人過ぎる。
お顔がいいとか言うレベルを超えて、幻想の女神様といった次元まで至っている。
「これじゃあ、私たちの可愛さが霞む! 当初の計画が、完全に崩れるぅ……! お爺さまと男の子さんだけかと思ったらぁ、まさか三人目の使徒様があんな直球の超美人様なんてぇ……」
「あの計画、まだ諦めてなかったの? まあ、あれで使徒様は最後らしいから。これ以上もう綺麗な人出てこないと思うよ」
親友の諦めの悪さに呆れながら、私は適当に慰めておく。
一方、同じく休憩に入ったロミスは従者のティーダと合流して、汗を拭いながら相談をしていた。
「ティーダ、おまえから見て私は何か変わったか?」
「儀式の前と比べてってことなら、私では何も感じない……。君自身の手応えは?」
「……『取引』とやらをしている感覚はある。掴めだしているはずだ。まだ僅かに、感覚だけだが」
「なんだ。僅かでも進んではいるなら良いじゃないか。正直、こっちから見ると、空の観測でもしているようにしか見えなかったからな」
「進んではいる。しかし、このペースで……、本当に世界を救うとまで……」
こちらの主従と違って、非常に真面目な相談だった。
話を盗み聞く限り、ロミスには焦燥があるようだ。
しかし、それを使徒達は聞こえていても意に介さず、落ち着いた様子で教え子たちの批評をしていく。
「どちらも筋がいいわ」
「ああ、呑み込みが早い」
「私たちの圧を受けて、変に身構えない。怖れない。この時点で、かなりのものよ」
「間違いなく、普通ではない。『魔の毒』に対する耐性があり、『器』としての資格がある」
「なにより、しっかりと『世界』をイメージできてる。しかも、そこに変な癖がなく、頭でっかちでもない」
「どちらも古書漁りが趣味と聞いておったが、その知識に引っ張られてもおらん。自分自身のことを第一に信じており、成功する未来を正しく引き寄せておるな」
「そうね。本当に凄くいいイメージをできているから……、方向性はこのままでいいはずよ」
どうも、この儀式はイメージが大事らしい。
それと、古書の知識に引っ張られるのが一番駄目らしい。
なら、私には難しそうだ。
場合によっては私が代わってもいいと、使徒達による儀式を注視していたのだが、それは無意味だったかもしれない。
そんな私の盗み聞きの中、使徒達は意味深な確認を終わらせていく。
「ディプラクラ。ここは、普通にやるのよね?」
「……そうじゃな。相手が正しく素直ならば、できるだけ手順通りに進めていこうぞ」
「了解したわ。それじゃあ普通に上手く、慎重にやっていきましょうか」
「うむ、慎重に。早ければ、数ヶ月程度じゃろう。条件が変わらぬ限り、ここの場合はそのペースが一番じゃ」
どこか別の場所で急いて事をし損じた経験があるのかもしれない。
その「慎重に」という言葉は、ハラハラと見守っていた私にとって安堵できる情報だった。
『目』で見たところ、アルティたちの指導は時間をかけてくれるということに嘘は一切ない。
だから、私はアルティと談笑しつつ、たっぷりと休息を取って、その数分後に。
先ほどの言葉通り、急ぐ気のない使徒二人の指導は再開されていく。
「ロミスよ、もう一度じゃ。最初から説明をし直そうぞ。やはり、儂らの説明が性急すぎて、問題があったのやもしれん」
「有り難く聞きなさいよ。この私が同じ話を二度もするなんてそうそうないんだから」
使徒に呼ばれて、教え子たちは深く頭を下げてから、すぐさま歩み寄っていく。
「畏れ多いことです……」
「……わ、わわわ私も畏れ多くて、すみません!」
そして、少し離れたところで、また指導は再開されていく。
ただ今度は瞑想と説明を同時にすることはなく、別々にやるようだ。
行動でも確かに「慎重に」時間をかけている様子を見て、さらに私は安堵を深めていく。
「…………」
一目見たときから、この使徒達は危険だと感じていた。
遙か高みの天上の人だからこそ、下々の命や安全など思慮外で、無理難題を押し付けてくる予感があったのだ。
いきなりマンツーマンの指導で、使徒同士で競争するかのような出だしだったので本当に不安だった。
しかし、良かった。
そこまで警戒する必要はなさそうだ。
まだ明らかに人を見下している振る舞いは残っているが、それは知識や『魔の毒』の扱いなど、現実的に見下さざるを得ないほどの差があるゆえだろう。
――なので、もし明確な不安がまだあるとすれば、あと二つ。
まず、昨日いたはずの少年の使徒レガシィがいないこと。
別行動の理由の説明が、同じ使徒ディプラクラから「ふらっと消えた」しかなかったので、こちらとしては不安しかない。
サボっている……わけはないだろうから、どこかで何か暗躍しているのか?
しかし、あの使徒レガシィを追いかけて、この儀式とやらから『目』を離すわけにはいかない。
使徒の人格への警戒度は下がったとはいえ、儀式自体の危険度は未知数のままだ。
従者として、いつでも雑務に対応できるようにという建て前で、この村で一番めざとい私が付きっきりで見守るのは大前提だ。
親友は、絶対に私が守る。
ただ守るために、使徒レガシィが気になって気になって、仕方なくて……。
「「……はあ」」
隣から、全く同じタイミングで溜め息が零れた。
本当に偶然だった。
少し驚いて、隣に目を向ける。
従者として主を見守っている男ティーダが、私と同じ様子でこちらに目を向けていた。
また目を合わせてしまい、どちらも居たたまれずに苦笑いを浮かべるしかなくなる。
もう目を逸らした方が負けとは思っていない。
共通の問題と言ってもいい使徒の登場で、私たち二人の空気は緩んでいた。それを同じく感じ取っているであろうティーダが、まず穏やかに話し始める。
「どうやら、一朝一夕で終わりそうにないようだ」
苦笑いに合わせて、二度目の軽い嘆息を「ふぅ」とつく。
それと全く同じ仕草で私も「ふぅ」と応えてから、意見に同意していく。
「そのようですね。こうやって立って控える時間は多くなりそうです」
「つまり、君とは長い付き合いになりそうってことだ」
「否応がなく、いまみたいな場面は多くなるでしょう」
とりあえず、主の儀式に並行して、従者側も方針は一致しているという確認をしていく。
「では、自己紹介くらいはしておこうか? もう聞いているだろうが、私はティーダ。ティーダ・ランズだ」
「マリアです。生まれは、村のディストラス家になります」
「家名があるのは珍しい。顔つきから、ここの長さんや彼女の親戚筋であると見たが」
「正解です。ただ、親戚筋なのは、そちらも同じようですが。あちらの王家っぽい方と、どことなく似ています」
「ははっ。結局、ロミスは王家の人っぽいって判定なのか。……しかし、まあ、ほぼ正解だ。その上で、どうやら私たちは本当に似た境遇のようだ」
「そうですか? 従者として並んではいますが、力や地位に天と地ほどの差がありませんか?」
「そういう立場の差を超えて、私たちは仲良くなれると信じている。というわけで改めてよろしく、ディストラス君」
そして、気さくな物腰で握手を求められた。
断る理由は見当たらず、有り難く私は応えて、差し出された手をギュッと握り返す。
「ええ、よろしくお願いします」
本当に有り難かった。
――この二つ目の不安であるティーダに、丁度どうにか触れられないかと思っていたところだった。
私の『目』は、ただ瞳の中に映すだけが能ではない。
情報だけで未来を予測できたように、あらゆるものが見通す対象となる。
その中でも特に、私は体温に敏感だ。
熱を測ることで、相手の状態を見抜く特技がある。
こうして静かに手を合わせていれば、この場の流れでなく、その人物の持つ熱の流れに集中できる。
「…………」
「……どうしたんだい?」
挨拶を終えても握り締め続ける私を、ティーダは不思議に思ったようだ。
しかし、こうやって長い握手が続くのは稀にあるようで、慣れた様子で確認を取ってくる。
すぐに私は、このお顔がいいだけで女性の扱いに慣れている男を動揺させるべく、こちらからも確認を取る。
「マリア・ディストラスは嘘つきを許しません」
この状態での質問ならば、まず間違いなく私は相手の嘘を見抜ける。
さらに言えば、動揺させれば動揺させるほど、ティーダの奥深くにある心理まで見破れる。
明日で最後です。
これで千年前の過去キャラたちが少しだけ伝わったかと思われますが……、大して進まないオマケ程度のお話ですみません。やっぱり一気にまとめて投稿がよかったですね。




