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05003R.ステータス


 一日後。

 新たな呪術の派生は成功した。

 ベッドの少女は半身を起こし、軽やかに動く両手を見て、心底驚く。


「ら、楽になりました……。まるで……、魔法のように、苦しさが消えて……」


 子供でも半信半疑だった「魔法」「奇跡」「始祖」といった言葉が、急に現実味を帯びだして、少女の頬は紅潮していく。


 その血色の良さを見て、カナミは胸を撫で下ろした。


「はあ……、よかった。ディプラクラさん、いまのところ成功です」

「…………。儂は驚いておる。この短時間で新しき呪術をまた一つ。やはり、おぬしも世界に選ばれし器じゃ」

「今回のは『特定の部分だけ増幅する呪術』なので、本当に凄いのは集めた薬のほうです。それと、ちゃんと残ってくれていた本たちも。……正直、一つ目で正解とはいかなかったので、彼女に不必要な副作用を与えています」


 既存の薬の効果を増幅しつつ、既存の免疫能力も高めただけ。

 なのでカナミは用意された空瓶やら書物を手に取って、『次元の力』で把握した先人の知識を強調した。


 しかし、それをディプラクラは謙遜と受け取って、すぐさま話を次に移す。


「あってないような副作用じゃろうて。……して、その解毒の呪術名はどうする? 名付けの儀式は大事なのじゃろう?」

「正確には解毒でなく和らげる魔法で、しかも未完成ですので……。暫定的にですが、免疫向上の呪術キュアと呼びたいです」


 ゲーム好きのカナミにとって一番楽しいのが、この名付けの瞬間だった。


 本当は、回復魔法ならば王道RPGに頻出する色々な三文字魔法を流用パクりたい。いつか中級や上級となったとき、前後に名前を伸ばすことを考えれば、(ゲームの)プロの考えた魔法名を流用するのは分かりやすさと親しみやすさにおいて最適解――なのだが、いまはポピュラーな英語で我慢して、楽しみは後に残しておいた。


「いまは《キュア》と呼ぶ、か。ニュアンスは儂でも分かるぞ。まだ始まりであり、初級の癒しの術ということじゃな?」

「ええ。《キュア》から始まって、次は傷を癒す呪術へ。そして、毒を消し去る呪術に。体力を回復する呪術に。病を治す呪術に。次々と、どこまでも昇華させたいと思っています」


 もちろん、そう簡単にはいかない。

 しかし、その一歩目を歩み始めた実感がカナミにはあった。

 元の世界では糸口もなかった妹の病の解決策。それが大好きな魔法のようなもので届こうとしているのだから、自然とたくさんの想いが溢れていく。


 この道のりはきっと長く険しい――しかし、楽しさもある。

 いまは思い出に習って、細胞の再生をイメージしているだけだが、もっと別の発想でもいい。ゲームでは、いつもキラキラしたエフェクトの後に元通りとなっていた。あれを再現するならば、再生よりも巻き戻しのほうが適切かもしれない。逆行魔法なんて、終盤も終盤で出てきそうなありえないものだが……、非現実をも強く望むことが大事だとシスさんは言っていた。もしやるならば、異常な部分と正常な部分の置き換えだろうか? 細胞への干渉ではなく、健康という概念そのものを弄っていく……?


 ……考えるのは楽しい。

 ただ、いくらでも時間が過ぎてしまうので自重しないといけない。

 いまの自分にできる発想は、『魔の毒』をもって毒を制する程度だ。


「むむ? 『再生』『時間』『巻き戻し』。それに『置き換え』『概念』……? また新しい術式を考えておるのか。そこのカルテも含めて、本当に勉強熱心でマメじゃな」

「そんな大層なものじゃないですよ。こちらも、ただの素人メモです」


 いま考えるべきでないワードがたくさん、順調なカナミの頭には浮かんできていた。しかし、作り笑いを浮かべることで、その未来の呪術の姿は隠した。


 そして、目の前の少女に意識を戻して、緊張感を作り直す。

 もう全て終わっているかのような空気が流れているが、予後も大事だ。


 カナミは後々の対処だけは他人だれかに任せたかった。呪術が関わっていれば自分にメリットはあるが、単純なアフターケアならば城にいる医者たちのほうが適切だ。


 少女を押し付けてきた医者を逃がさない為にも、記していく。

 問題は解決して談笑しつつ尚、彼の手は字を紡ぎ続ける。治療のバトンタッチで大事なのは、誰でも瞬時に把握できる客観性だと信じていたからだ。だから、『次元の力』で得た情報を「数値」にして、異世界語で――感覚としては英語に近い形で残していく。



【status】

 name:fauna

 Class:patient revel3

 condition:poison120



 特に彼女だけの性質は、正確に伝わらないといけない。「先天性の病気」「後天性の病気」の欄は目立たせるように書いていき――


 というカナミの記録方法は、他者から見て異常だった。

 彼は並行作業が(親の英才教育のおかげで)得意で、話しながら手元を一切見ずに筆記できる。だが、それは一般市民から見ると奇怪で、書かれているのが自分のカルテだと認識している少女は、抑え切れずに零してしまう。


「わ、私の毒……。120もあったんですね……」

「え?」


 少女が怯えた様子で、カナミの書く数字を読み上げた。


「あっ……、すみません。気になってしまって」


 カナミのメモを少女は覗いていた。

 それに彼は「大丈夫だよ。あとで見て貰おうと思ってたくらいだから」と作り笑いを浮かべ直して対応する。


 そのとき、過去の不安をカナミは思い出す。

 元の世界で暮らしていたとき、こうして医者と対面して話す機会は何度もあった。

 その度に顔色を窺っては、視線を泳がせて、つい医者のタイピング文章に物騒な文字を見つけては心をざわつかせた。


 少女が笑顔でないとカナミは許せなかった。

 その朗らかな作り笑いをもって、あと先ほどのディプラクラの『詐術』も見習って、向かい合った少女を問答無用で落ち着かせていく。


「ううん。これは120じゃないよ。よく見て、そこに点があるでしょ」

「え? え、えっと……いってん、にぃぜろ?」

「……あれ。わかるの?」


 カナミは異世界の文化レベルを中世程度に感じていて、小数点が使われていることに驚いた。


 確か小数点は随分と後のはずだったのに、識字率といい、異世界こちらの教養レベルの認識を変えないと……。


 自分の驕りを思い直しつつ、カナミは続く少女の「はい」という首肯を素直に受け取った。


「じゃあ、これは大体1.20。つまり、君の毒のレベルは1だね」

「1? たった1なのですか?」

「たった1だから、すぐ元気になると思うよ。他だと、こっちの異常も1で……こっちなんて四捨五入で、ほぼ0。異常は、うん、ほぼなしっ!」


 もちろん、それはカナミと少女にとって安心できるところだけを都合良く抽出した結果だ。しかし、それをディプラクラは察することができず、数値化に瑕疵は生じないのかと心配する。


「む? それを1とするのは……確かにその通りじゃが、本当によいのか?」

「いいんです。イメージとして大事です」


 カナミは言い切った。

 これは印象を変えるだけ。しかし、それこそが偉大なのだと数値を矮小化しては、整数だけを強調して使っていく。


「あとは、一日の治療で増えちゃった『魔の毒』の変換も、もう一度やっとこうか。例の《レベルアップ》だね」

「あの綺麗な光を……。もう一度、していただけるのですか?」

「やろう。きっとレベル2だったのが、次はレベル3に移るから……。それで体力面と筋力面が、ほぼ1になるかな?」

「また1ですか?」

「うん、1。つまり、正常。身体が健康になったってイメージでいいよ」


 カナミは『詐術』の才能があった。それと「イメージ」というシスの助言が、なんでも誤魔化せる便利ワードと気付いてしまった頃というのもあって多用する。


 毒の除去に続いて、カナミは診察結果を見せていく。



【Status】

 Name:fauna HP17/17

 Level3

 Str0.91 Vit1.02 



 当然だが、大事なところは伏せてある。


「これが、私の状態……?」

「とてもいい状態だね」

「……はい!」

「うん……」


 それでも、できればカルテは見せない方がいいかもしれない。


 そうカナミが思ったのは、少女の表情が眩しすぎたからだった。

 決して騙したわけではないが、その場しのぎで誤魔化したのは間違いない。それに良心が揺さぶられ、ずっと判断は正解だったかを考え続けている。


 次からは、メモもカルテも作らず、まずは頭の中だけでいい・・・・・・・・

 記憶力には自信がある。けれど、流石に絶対とは言えない。ならば、どうすればいいか……。



「――『ステータス画面・・・・・・・みたいなのが・・・・・・欲しいですね・・・・・・



 強欲にも。

 少女の部屋を出て行った後、ディプラクラと歩くカナミはそう零した。


 先ほど彼はゲームの回復魔法を思い浮かべたとき、当然のようにMP消費量という概念をセットで考えて、附随してステータス的なものも想像していた。


 『ステータス』。

 あれほどまでに便利なものはない。

 いや正確には、ゲームをしているとき、あれがなければまともに遊ぶことすら出来ない。


 今日、それを本当の意味でカナミは痛感した。

 だからこそ、最優先で用意するべきものは《ステータス》という名の呪術だと、カナミは決心していく。


「現実はステータス画面を見て、魔法で治して、全回復とはいかない。けど、あれくらい便利なものがないと、僕なんかがみんなをまともに治せるはずがない……。そうだ。正確な数値化がいるんだ。それも、もっと自動的で、もっと安心できて、もっともっと……――」

「またカナミがぶつぶつと言っておるな。期待しておるぞ」

「……独り言じゃないです、ディプラクラさん。これから僕は『ステータス』を作ります。だから、手伝って欲しいことはたくさんあるんですから」

「もちろん、歓迎じゃ。その為に儂はおるのじゃからな。ふははははっ」


 こうして、千年後まで使われるシステムが一つ生まれ、試行錯誤され始めていく。


 とはいえ、多方面から「怪しい」「欠陥だらけ」「本当の情報か?」と苦情が何度もくるシステムだ。


 事実、千年前のカナミが試作で『ステータス』を完成させて、他者と共有しようとしたとき、いつもの不安症で「いや、本当に大事なところを伏せないと」となる。さらに「『スタータス』のバージョンアップは何度でもできるんだから」「自動的な正確さによる安心感を最優先して」「マスクデータは条件を満たした人だけが見れるように」とのたまっては機能の多くが封印されていった。


 結果、千年後の自分からさえも「罠」と呼ばれる『ステータス』は完成していき――



◆◆◆◆◆



 一つ、ライナー・ヘルヴィルシャインは納得する。「だから、あんなに奇妙だったのか。あれ」と。


 『ステータス』という仕組みは全て知れていたが、成り立ちという行間まで知ると少しだけ印象は変わった。


 カナミは『ステータス』において何度も間違えて、何度も考え直して、何度も後悔したようだ。

 特に小数点あたりがカナミらしい。

 対して、ティアラのほうは不要と考えたのだろう。直感的な理解のしやすさを優先した結果か、それともカナミと同じく少女を不安にさせたくない親心か。娘ラスティアラの『擬神の目』には、別の優しい配慮があったようだ。


 『ステータス』。

 僕が生まれたときから存在する最も基本的な仕組みルール

 いまとなっては誰よりも理解しているが、だからこそカナミたちと同じ失敗をしないように、油断せず向き合っていこうと思う。そう確認した僕とは対照的に――


「い、いしゃ……。『医者・・』? そういえば、ボクも……」


 ノイ・エル・リーベルールは全く違うところに反応していた。

 同じものを読んでも、観たところは大きく異なるらしい。


 『ステータス』でも『呪術』でもなく、職業の『医者』?

 確か、カナミが『医者』について話していたのは……。

 …………。……ティティーと仲間になって、旅をしていたときに語った将来の・・・』か。全てが終わったあとになりたい職業で、『医者』という選択肢があった。


 ノイが過剰に反応した理由を僕は知りたい。


「どうした、ノイ。『医者』がどうかしたのか?」

「どうか? そりゃどうかするよ。だって、いまの回想。『医者』に括弧がついてる気がした。行間どころか、傍点でも強調されて……」

「はあ? かっこ……? あ、ああ。スキル『読書』の話か」

「うん、ボクも使えるから。だから、『医者』ってやつが凄く気になった。その言葉が本当に……、なにより、ああ……。ベッド・・・白くなかったな・・・・・・・。なんだか、残念」


 ノイは会話に『読書』の癖が強く、着眼点も突飛だ。


 ベッドの色……。清潔さの話だろうか。

 いや、見た目でも衛生でもないと、その表情から分かる。


 ――ここだ。


 ここさえ突けば、こいつを完全消滅してやれる。

 そう確信して、さらに問い質そうと詰め寄りかけて、


「ブローーーーック! ラグネちゃんブロック、入りまーっす!」


 ずっと僕たちを後ろから見守っていた少女ラグネから、大声があがった。


「……あんた、もう露骨にノイの味方だな」

「ライナーの味方でもあるっすよ。だから、ここを速読しちゃうのはもったいないなと、主様に忠言してるっす」

「読み飛ばすつもりはない。ただノイだけは、もうササッと読み終わらせていいだろ。あれだけ綺麗に『最深部』で宣言して、ハッピーエンドまで辿り着いたんだ」

「いやー、もっともっといいハッピーエンドを、私は目指して欲しいなーってっすー」


 そう零すと、すぐにノイはいつものノリに戻って「そうだそうだー。その権利がボクにもあるぞー」と面倒な主張を始める。


 完全にブロックは成功されたようだ。

 せっかく垣間見えたノイ消滅の隙が、完全に消えてしまっている。


「はあ。面倒な……」

「面倒でもお願いするっす。だって、せっかくお休みしながら、カナミのお兄さんの残したものをみんなで読んでるんすから。もっと楽しく楽しくっす」

「……わかったよ。いまは、まず鑑賞に集中しよう」

「そうしてくださいっす。私やカナミのお兄さんの反省から、問題の同時攻略はオススメしません。まずは千年前の上映会! それからノイさんの問題! 急がず焦らず、一つずつが一番っすよ」


 さらに言えば、僕はカナミと違って、どれだけ力を付けても平行作業に向いていない。

 その為のみんなとの協力で、八人パーティーという大所帯での迷宮攻略だ。


「それもわかってる。僕は騎士たちの助言を無視しない。マルチタスクは苦手だからな」

「ありがとっす! 騎士の助言を無視する主を持ってたライナーだからこその謙虚さ、あー助かるっすー」


 その仲間からの助言を聞き入れて、一応僕は「うるさい」と言い返しつつ、次へ。

 次に気になっている仕組みルールについての物語を、鑑賞し始めていった。


 ※コミカライズ『異世界迷宮の最深部を目指そう 8』が、ガルドコミックスさんにて6月25日発売です。

 先んじて、OVERLAPSTOREさんにて限定特装版アクリルスタンド付きセットが5月27日まで予約受け付け中です。

 コミック単品の予約もできますので、どうかよろしくお願い致します。


 というわけで、ステータスのお話でした。

 ノイ編の匂わせも多くしましたが、彼女の物語はきっと書き切れないだろうなぁ――とずっと言ってきた私ですが、ガンが終わったっぽいという体調改善もあって、ノイのことちびちび書けるかもーと最近前向きです。


 明日は、迷宮作成についてのお話を投稿します。ただ今更ですがこの三日間ヒロインたちは出ないのでご注意を!(使徒とのお話メインだったのですが、シスさえいないし男だけだなと今気付きました、すみません!)

 明日も宜しくお願いしますー。

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― 新着の感想 ―
I'm so glad you are alright. I hope you stay healthy and take care of yourself. Ibusou was translat…
更新ありがとうございます!!! お大事に!!!
更新お疲れ様です。寛解されたと聞けて何よりですが、どうか無理をなさらないでください。 今までステータスが1変わっただけなのに妙に能力の差が開いていると思っていたのですが、今回の話とも関係がありそうで…
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