09000.お正月
それはクリスマスのお誕生日会が過ぎた頃。
元の世界で、カナミのお祝いを終えたあとに投げかけられる。
「カナミ、なにそれ?」
拠点となっているアパートの居間、その中央。
炬燵に下半身を入れて、上半身は綿入れで完全防備となっているスノウが、玄関口近くでゴソゴソしているカナミに問いかけた。
その手に持ったものを見せながら、カナミは何気なく答える。
「これは鏡餅。こっちは門松。今年は飾り付けを早めに準備してるんだ」
「変な置物だね。そっちは、なんかトゲトゲしてる」
「クリスマスシーズン終わると、すぐお正月だからね。急がないと」
「オショウガツ……ってなに?」
当然ながら、それは異世界人のスノウに易々と通じる言葉ではなかった。
慣れているカナミは、すぐに説明を付け足そうとする。
「新年のお祝い……? 言われてみれば、なんだろう? 感謝と祈願……いや単純に、節目のお休みなのかな?」
「えー、カナミもよく分かってないの?」
「僕もまともに祝うの初めてだから。正直、手探りでやってるところあるよ」
カナミの家庭事情は知れ渡っているので、スノウは「へー」と薄く反応して、深くは突っ込まない。
代わりに、その手に持ったスマートフォンで軽く調べたところ――
「えっ、えぇぇぇ!? 強っ! なに、この素晴らしい行事!? これと比べたら、昨日までの行事なんて雑魚も雑魚じゃないの!?」
元の世界側の文化に感激し、色々と失礼な感想を持ってから、声を張り上げた。
それに反応するのは、先んじて調べ終えてキッチンで年末年始の料理を進めていたマリアだった。
なぜか割烹着を着せられて髪を結い上げている彼女は、その黒髪も相まって、日本文化によく馴染んでいた。
「ふふふ。やっと気付きましたか、義姉さん。しかも次は辰年ですよ、辰年」
「辰年! 辰年ってなんだ!?」
「なんだと言われてしまうと、少し困りますね。とにかく、今年はドラゴンの年であり、とても縁起がいいらしいですよ? なので年越しあたりに、スノウさんをみんなで拝みたいと思っています」
「ドラゴン!? つまり、私の年!? ってこと!?」
「ということですね。これもまた、だからなんだって話ですが」
盛り上がるスノウは、さらにスマートフォンを調べていく。
そして、その並ぶ情報に目を輝かせて、対面で炬燵に入ってスマホを弄る友人ににじり寄っていく。
「私の年がやってきて……、さらに食べ放題の寝放題タイムが始まる……!? 始まるんだってさ、ディアァアアア!!」
「うるさい。というか、元々おまえは食べ放題の寝放題だろ。昨日、炬燵に入ったまま、そこのミカン箱を空にしたの忘れたか」
「元々そうだとしても、許可済みだと気分が違うよ! なんとか甘やかされてぐうたらできるんじゃなくて、最初から堂々と食っちゃ寝していいってのは、ぐうたらクオリティが違う! 全然違う……!!」
「そうか、ぐうたらクオリティか。プロは言うことが違うな。褒めてないからな、スノウ」
「そう、甘やかされのプロだから分かる。これから、スノウちゃんフィーバータイムが始まっちゃうってことが……。へ、へへっ、えへへ……」
「膝枕されに、こっちに入り込んで来んな。狭いし、おまえの頭は結構重いんだよ」
「ディアの身体から、お日様魔力が漏れてるのが悪いよ。お炬燵よりもポカポカして気持ちいいー」
「あの釣り勝負以来、隙あらばくっつくよな、おまえ……。まあいいか。どけるのも疲れるし、おまえの頭もポカポカしてるし」
「でしょ! ……えへへ」
こちらも義姉妹のような会話をしつつ、スノウはディアの太ももを枕にして、手に持ったスマートフォンを掲げながら弄くり続ける。
「あっ、というか私のやってるゲームも! 昨日までクリスマス一色だったのに、今日はカナミの持ってたやつっぽいので一杯! 年末年始キャンペーンだって!」
「まだやってたのか。その終わりのない中途半端なゲーム」
「それがむしろ良いんだよ。というかディアの好きな買い切りのゲームも安くなってるよ、ほら。年末年始キャンペーン連鎖中」
「ほんとだ……。ちょっと見てみるか」
「というかディアも、やらないかもしれないゲームで無駄遣いしちゃってるよね」
「いつかやるんだからいいだろ。安いときに買っておかないと、あとで損した気になる」
「ふふっ、まだディアは綺麗に引っかかってるねー。カナミと世界の邪悪な誘導に!」
「は? カナミの誘導……? そんなことは……ん? んん?」
まだまだ異世界迷い込みビギナーであるディアは、カナミの邪悪な布教活動によって歪なゲーム生活に追いやられていた。
その親友にスノウは苦笑しながら、さらに調べ続けていっては、キッチンのラスティアラに向かって叫ぶ。
「色々なところで年末年始キャンペーンの連鎖が止まらない……ってことで、つまりいま、マリアちゃんたちが台所で作ってるのは!?」
「うん! 所謂、おせちってやつだねー! 私も手伝ってるから楽しみに、スノウー!」
「やったぁぁぁ! ここに映ってるの、全部食べられるんだねーーー! しかも、プロ級のをーーーーー!」
「そーゆうこと! たくさんたくさん作るから、美味しすぎて気絶しないように!」
そう遠距離でやりとりするラスティアラの隣で、マリアが少しだけ眉を顰める。
「最初、食材費を見たときはびっくりしましたよ。ラスティアラさんって、贅沢品を容赦なく買うんですから。……値段、ちゃんと見てます?」
「せっかくのお祝いなんだからさ、奮発したくない? もちろん、値段は見てない!」
「ふふっ……、全くもう。せっかくで、いつもいつも奮発しちゃうんですから……。お正月くらい、一般家庭の静けさを私は味わいたかったのに……」
「マリアちゃんとカナミが、年末はお蕎麦と海老さえあればいいかって話してるの聞いて、つい! ごめんね、マリアちゃん」
「仕方ありませんね。ラスティアラさんがそういう人だって、ちゃんと私は知ってますから」
姉ぶって諭すマリアだが、ラスティアラの返答を聞く度に微笑んで、心底幸せそうにしていた。
義妹マリアの甘やかし対象が、もう完全に移っているのをスノウは深く悲しみ――ながら、次に甘やかしてくれそうな膝枕(してくれている)相手をターゲットに話しかける。
「お蕎麦かあ……。へー、調べると年越しの縁起物の一つなんだね。厄災は切れやすく……、健康は細く長く……? だってさ、ディア」
「細く長くぅ? こじつけもこじつけだな。……と言いたいところだが、俺たちの世界にもそういうのは多かったか。思えば、あの聖人ティアラのやつが、こっちから持ち込んだ習慣なのか?」
魔法文化のある異世界のほうが、こじつけにこじつけたと言われそうな祭典は多い。
千年前に大陸を支配したティアラが、行事や伝統にこじつけては『代償』を強制発生させ、無知な世界から力をカツアゲし回ったのが原因だ。それを二人は察していた。
「っぽいね。深く考えずに、とりあえず増やすかーってノリで持ち込んだ感じが、あの人っぽい」
「……でも、まあ、悪くはないことだ。その深く考えてくれなかったおかげで――」
「なんだかんだ、いますっごく楽しいよね! 二つの世界の行事のいいとこ取りしていくの、最高!」
そう結論づけるスノウに、ディアは「ちょっとずるい気もしてるけどな」と言いつつも賛同した。
これまで、私たちには多くのことがあった。
自慢でなく、本当によく頑張った。
二つの世界にもたらした貢献分……、あと少しだけゆっくりさせて欲しい。
と様々な使命や責任感から放たれたことで、スノウどころか生真面目なディアさえも思っていた。
だから、ディアは猫でも可愛がるように、自分の膝の上にいるスノウの髪を梳きながら撫でる。
スノウは「やはり、ディア! 『剣聖』修行を経て、なんかお姉ちゃん化が加速してる気がする……! 髪も伸びてきてるし……!」と再確信しながら、「何もずるくないよー」と答えていく。
こうして、全てを終えたカナミ一行の異世界生活は、一つの節目を迎える。
そんな年末の時間が、穏やかに緩やかに過ぎていき――
◆◆◆◆◆
――年を越えて、年始。
そこにはスノウが望んだ通りの未来が待っていた。
まさしく、食べ放題の寝放題。
炬燵の上には、食べ終わった年越し蕎麦の残骸。
新たに用意されているのは、豪勢なおせちの数々。
中央の炬燵に身体を入れたスノウたちは、ごろごろと寝転がっては、間の伸びた声を出していく。
それは、あのマリアさえも例外ではなかった。
炬燵の同じ一辺に身体を入れているディアとスマホを弄りながら、中身のない会話をしていく。
「…………。なあ、マリアー。マリアー……」
「はいはい。ディア、どうかしました……?」
「……いや、どうもしない。ちょっと呼んだだけだ」
「そうですか……」
「…………」
「…………」
「……それ、この前からずっと弄ってるよな。なにやってんだ?」
スノウのときと違い、マリアが相手の時は少しディアは変わる。
だらだらと一緒にだべりたい一心で、他愛もない会話を振っていく。
「これですか……? アプリに色々手を出してるんです」
「へー。俺でもできそうか?」
「んー、アプリでも今日は株ってやつですからね。今年で制度があれこれ変わって、少し弄ってるのですが……。ディアも異世界勉強の一環で、ちょっと手を出します?」
「あー……、やらないな。というかゲーム買いすぎて、勉強の一環に回せる金がない」
「そうだと思いました。年末からずっと携帯ゲーム機にかじりついていたのに、まだまだ未開封のものがたくさん散らばっているので」
「ずっとやり続けて……、ちょっと疲れたな。あと、次からは予定にない実物を買うのはやめるよ……」
「それも勉強ですね。実物じゃないデータを買うのは、私たちの世界の感覚だとハードル高かったですが……、そろそろ慣れてないといけません」
「スノウみたいに、すぐ適応はできねえよ。普通……」
「スノウさんは特別ですから。確かに普通の人は、ディアみたいになることでしょう」
「……いや、おまえも、すぐ適応できてただろ」
「ディアより真面目にこっちの世界について勉強しただけですよ。そうやって、すぐ拗ねないでください」
「なんだとぉ……。おらっ、このっ」
「ちょ、ちょっと何してるんですか」
「ははっ、言葉じゃあ勝てないからな。口の強いマリアが悪い」
「言葉以外でも私は勝ちますよ。仕返しです」
「は、ははははっ。や、やめろ、おいバカっ」
「やめません。悪いのは、先に手を出したディアですから」
「ふはははっ――」
「ふふっ、ふふふふ――」
だらりだらりと、生ぬるく。
中身があるようで結局なかった会話を終えて、二人は十分に満足したあと、また炬燵でぬくぬくし始めていく。
マリアはテレビのお正月番組を眺めながら、様々なアプリを見つけては試し続ける。
ディアはネットに散らばった動画のほうが好みなのようで、延々と眺めながら、ときどき興味を持った文化や単語を検索していく。
先ほど話題にあがったスノウは、ぼへーとスマホのソーシャルゲームに課金し続けていく。
三人は炬燵とスマホという現代アイテムに、完全に支配されていた。
その有様を、カナミは流石に見かねる。ラスティアラと共に別室から姿を現して、注意を促していく。
「よ、良くない! なんか絶対良くないよ、これ! 見た目が、駄目な現代っ子集合すぎる! 適応するのはいいことだけど、お正月になって悪い方向に適応しすぎてる!」
「みんなぁぁ、シャキッとしよう!? というか、ずるい! スマホ、私だけ持ってないから空気に混ざれない!」
「いや、おまえが持つと、絶対そこのスノウ側に加わるだけだろ……」
そう指さした先には、スマホを前に「あっ、ぁあああっ……!」と呻くスノウがいた。
ソーシャルゲームは年末年始にお得なキャンペーンが多い。
それに引き寄せられて散財しては「こ、これはお得な爆死だから……」と言い訳しては引き攣った笑いを浮かべる。あとなぜかディアも「俺のもお得な積みゲーになったから……」と呼応していた。
その明らかにダメダメな空気をリセットすべく、カナミたちは大声をあげる。
「ラスティアラの言う通り、みんなシャキッとしよう! このまま、炬燵の中にい続けるのは絶対健康に悪い!」
「そうだよ! みんな、外で遊ぼー! せっかく異世界に来てるんだから、外がいいよ!」
しかし、炬燵組の反応は、ディアを始めとして芳しくない。
「ええぇ……。外、すごく寒いぞ。今日はやめておかないか?」
「すみません、ラスティアラさん。思った以上に、私、炬燵が好きみたいで」
「そうだそうだー。外なんか出てられるかー」
その反論三つに、カナミは困り顔になってしまう。それを見た三人は「よしっ」と勝利を確信するのだが――ラスティアラが悲しそうに呟いた瞬間、話は大きく変わる。
「でも、せっかく凧作ったから……。みんなで揚げて、遊びたいなって……」
いつも天真爛漫な彼女だからこそ、暗くなった顔は際立つ。
仲間たち三人は慌てる。長い冒険の末に、そこにいる完全無欠っぽい美少女が、実は悲惨な生い立ちの幼女だと知っているからだ。
ラスティアラのお姉さんと自負している三人は、心揺さぶられ、見本となるはずの自らの姿を反省し、揃って、
「ぐっ」
「うっ」
「ぬぬっ」
と呻きながら炬燵から出るべく、もぞもぞと動き出すしかなかった。
ただ、ディアとスノウには問題が一つ残っている。
「凧揚げか。調べたから知ってるけど、ラスティアラらしい選択だ。だが、それを買う金が……」
「わ、私もすっからかんでぇ……」
お小遣い制度が布かれているゆえの資金難だった。
だが、親友たちの重い腰があがったのを見て、ラスティアラは二人の手を取りながら解決策を提示する。
「その心配はないよ! こっちの世界のお正月は、外に出るとボーナスが出るんだから! まずそっちのボーナスイベントを達成してから、凧揚げしよう!」
「「ボーナス?」」
「私は教えて貰ったよ! とても便利なお年玉制度ってやつをね!」
その子供にとって夢のような制度を口にして、彼女は視線をテレビに向けた。
そこには賑やかなお正月番組が映っていた。
さらに言えば、見知った顔が一人。
「みんなで挨拶しに行こ! きっと一杯くれると思うよ!」
相川渦波の父、俳優である相川進がテレビ画面の中で談笑をしていた。
こうして、一行の最初の目的地は決まる。
◆◆◆◆◆
とはいえ、生放送ではなかったのでテレビ局に向かう訳ではなく、順当に例のマンションまで向かう。
そこでは、まず父子の交流が行われていく。
異世界式の話し合いと洗脳し合いを経て、大の仲良しとなった二人の交流だった。
「――だーかーらっ、軽い気持ちで俺のところに来るんじゃない! お年玉!? ふざけるな! こっちは次の番組撮影の準備で忙しいんだ!」
「そんな……! せっかく、たった一人の息子が、お正月に里帰りしたっていうのに……! 友だちを連れて、お年玉をたかりに来たっていうのに……!」
「俺より金持ちが俺にたかるな! 俺みたいな職種は、お正月が一番忙しいんだよ! それに去年復帰したばかりで、まだ気を遣わないといけない時期……って、そのくらいおまえは分かるだろ!」
「あははっ、わかってるよ。でも、父さんは普通の人たちとは違うんだから、大丈夫。例えば、魔法でガチのマジックショーでもすれば、またすぐ一躍人気者! だから気にせず僕と凧揚げに行こう、父さん! あとついでにお年玉!」
「公の場で使うかっ、馬鹿息子! ただでさえ俺は、例の日から公安にマークされてるんだ!」
「例の国の警察さんかぁ。まだ世界が解凍されてさほど時間経っていないし、悪用さえしなければ上手く誤魔化せると思うけど……」
「公安だけじゃないんだよ、最近は。おまえらの世界に対応する専門組織みたいなのが各国に出てきてて……」
「組織!!!? へえっ、そ、し、きぃ! あはっ、はははははは! いいよね、組織! ふふっ、はははっ、ちょっと見ないうちに世界がラノベっぽくなってるね! そして、その最高な物語の中心には父さんが立っている!」
「こ、こいつは……、ほんとマジで……!」
最推しの父親を頂点で輝かせたい厄介ファンの息子は、孫娘にあたる少女のような笑い方と甘え方をしていた。
カナミは、相川進と世界との間に事件や確執を強く望んでいる。その未だに親を成長させようとしてくる息子を前に、相川進の怒りは頂点に達しかけて――しかし、争ってもいいことは何一つないばかりか、息子を喜ばすだけでしかないので我慢するしかなかった。
仕方なく、居間のテーブルについている息子とラスティアラを睨みつけ続ける。
「ラスティアラ、いまの聞いた!?」
「聞いたよ! 私も、最近ラノベとマンガ読んでるから分かる! いいよねえー、裏の組織ー」
「エルとかディプラクラさんあたりは、もう接触してそうだけどね。……いや、と見せかけて、その組織自体がクウネルの作ったものだったりするのかな?」
「そういうメタ読みは良くないよ! 世界を侵略者から守るはずの組織のてっぺんの偉い人が、実は異世界からの侵略者本人なんて! 私は先読みしないようにしてたのに!」
何がどう転んでも幸せそうな二人だった。
なので今日も、相川進が諦めるしかない。
「クソ息子のクソバカップルが……。ああ、本当に最悪だ……。んで、俺が最悪だって言うたび喜ぶんだから、もう本当に最低な息子だ。はあ……」
「そんなこと言って、父さんもちょっとは嬉しいでしょ」
「そのちょっとの嬉しさよりも、迷惑さの方が勝つんだよ。というか、いつもいつも、結婚式のときだけ帰っていいと言ってるだろ」
「知ってる。けど、母さんのほうは凄く喜んでるっぽいよ」
そのカナミの視線の先は、リビングの隣。
少し遠くの部屋から、母親を含んだ談笑の声が漏れ聞こえていた。
ただ、最初は「似合うー」「これもいいわね」「これとかも!」という平和な会話がメインだったのだが……、いまは少し不穏の空気になっていた。
相川希とマリアの二人の話し声が、リビングまで届く。
「みんな本当に綺麗ね。コーディネートするのが楽しくて止まらなかったわ」
「いえ、そんな……。みんなと違って、私はそこまで……」
「そうね。今日来た娘たちの中だと、あなたが一番普通の見た目かしら。でも、和服は一番似合っているわよ?」
「……はっきり、そう言ってくれるのは色々助かります。結構、この手の話は濁されがちなので」
「あなた、絶対何を言っても本心を見抜いてくるタイプだもの。変な嘘はつけない相手……というのは、ポイント高いわ」
「フォロー、ありがとうございます。…………。確かに、本心で内面は褒めくださってますね。……少し驚きです」
「…………。その異常な落ち着き具合も、あっちの二人をコントロールしてそうなところも、本当にポイント高いわ。……私も少し驚きよ」
「いえ、私程度でディアとスノウさんをコントロールできたことなんて、一度もありませんよ。いまだって、あなた相手にとても緊張していますから」
「その物言いといい黒髪といい、あのクウネルって娘よりも断然いいわね。その顔立ち、本当は私の苦手なタイプなのだけれど」
「嬉しいです。ただ、あのレギアのお姫様と並べられるのは、ちょっと畏れ多いですが」
「そんなこと言いつつ、心の底では絶対に、自分のほうが上だって思ってるわね。……私と似てるわ」
「私はカナミさんたちを守るため、あの方の上でなければならないと、ずっと心に決めているだけですよ。……似てるでしょうか?」
チリリと少し焦げ付きそうな空気に、ディアとスノウは怯えて黙りこんでしまい、ずっと「うふふっ」「ふふふ」という笑い声だけが漏れ聞こえくる。
という状況を、相川進は「これ、絶対やばい」と直感していた。これを放置していると、妻とマリアの間で嫌な化学反応が起きる。例のスキルとやらが、二人の間で交換成立しそうな――
という歴戦(芸能界)の『勘』によって、すぐさま相川進は降参を宣言していく。
「――もう分かった! お年玉は全員分、いますぐ俺がやる! やるから、さっさとおまえらは遊びに行ってこい!」
という流れで、一行はお年玉を獲得する。
ついでに全員分の着物もゲットした。
ただ、そのたかり大成功の代わりに、短時間でマンションから追い出されてしまい――
凧揚げに最適な場所を探し始める。
まず、地方ならではの広めの総合公園などを確認した。だが、時期的に混んでいそうなのと、単純に人の目がに気になってしまい、結局は《ディメンション》などの魔法を駆使して、電線のない穴場を見つけることになる。
《コネクション》を利用して移動した先は、十分な広さのある海辺だった。
ぽつぽつと周囲に民家はあるが、基本的には山と畑がほとんど。
そこで、それぞれ用意した凧を見せ合う。
「ということで、到着! ちなみに、私のは手作りだよー。これ、朝に家で見せたやつ」
「俺はさっきの店で一番高かったやつを揚げる」
「ディア、値段が高ければいいというわけではないですよ」
「だね。大事なのは飛翔への理解。……えへへ。つまりこの凧揚げバトル、間違いなく私が一番有利!」
まだ勝負というわけではないが、四人一斉に凧揚げに挑戦し始めた。
そして、それぞれの凧は問題なく、初体験でありながらも空に舞い上がっていく。
身体能力の高さもあったが、単純な器用さと歴戦(空中戦)の経験が四人にはあった。さらに言えば、場所を選んで広さをしっかりと確保していたので、凧糸が絡まなかったのもある。
一発成功させた面々は、それぞれ「わぁ……!」「へー!」「おー」と子供のような声をあげていき、その初めての遊びを堪能していく。
空に浮かぶ凧を眺めては、眩い太陽の光に目を細める。
海辺の自然の風を、身体だけでなく手の感触でも感じられる。
ただ、ある程度凧揚げを堪能したところで……。
少し空気が変わる。
同時に揚げたのが原因だった。
マリアを除いた三人がエキサイトし始めて、競い合いに発展していた。
「よしっ、俺が一番高いぞ!」
「甘い、ディア! はいっ、私のほうが上ー!」
「宣言通り、こういうのは私が勝つよ!!」
三人の凧揚げの高度アベレージは、ほぼ互角。
不器用と思われがちなディアも、いまでは大健闘している。例の『魔力四肢化』や『剣聖』の修行を経て、繊細な身体の制御ができるようになったからだ。それとムキになって無意識の内に魔力の補助も行われていた。
三人の実力の拮抗は、興奮を加速させていく。
結果、まずラスティアラが痺れを切らした。
「こ、このままじゃ、私がビリかも……! ――ワ、《ワインド》!」
レベルが一番低いのもあり、ラスティアラは風を吹かせる魔法を解禁せざるを得なかった。
「あっ! 卑怯だぞ、ラスティアラ!」
「いや、結構前からディアも魔力使ってる使ってる!」
「この魔法解禁の瞬間を私は待ってたよ! 風で攻撃はナシ、自分の凧にだけ使って良いってことで! ――《ワインド》!」
スノウは飛行能力の経験値が段違いで、風を掴むのが上手い。
浮力・揚力などに理解のある彼女が魔法まで足せば、頭一つ抜きん出てしまうのは必然だった。
「あぁっ! でも私の《ワインド》も負けないよ! というか、そろそろ凧糸が足りないから、予備を結び足して――って、もうディアが堂々と『魔力の腕』たくさん使ってる!?」
「凧糸の延長は、フェアに俺が全員分やってやる! だから、もう俺も全力で魔法使うからな! あとで文句言うなよ! ――《アレイスワインド》!!」
凧揚げの醍醐味はそこそこに、風属性限定魔法バトルのようなものが始まってしまっていた。
そして、早々に勝負を諦めて普通に凧揚げを楽しんでいたマリアが、同じく三人から少し離れていたカナミに聞く。
「カナミさんは揚げないのですか?」
「観測係が必要だから……。あ、やっぱり150メートル超えそうだ」
「…………? 超えると、何か不味いのでしょうか?」
「150メートルを超えは法に触れて、色々なものに迷惑がかかり始めるラインなんだよ」
「それはちょっと良くないですね。流石に、こちらの世界の方々に迷惑をかけるのはいけません。向こうの勝負、止めてきます」
「いや、その必要はないよ。こんなこともあろうかと、それっぽいフィールド魔法を用意してきたから。――月魔法《アウトビラブル・ディメンションルーム》。これで周囲への影響はなくなって、周りから観測されても普通の凧揚げに見える」
カナミは『持ち物』からいくつかの魔石を取り出して、地面にばら撒いてから自らの魔力の大半を消費して、魔法を発動させた。
それは次元属性による凧糸の透過や空間の拡張、ついでに観測の妨害まで行ってくれる無駄に万能な結界だった。
「えぇぇ……。カナミさん、ちょっと遊ぶのに全力過ぎません?」
「……正直、この日をずっと楽しみにしてたんだ。だから、今日はちょっと色々奮発してる」
「楽しみに、ですか……。それなら仕方ありませんね。ただ、いまの大がかりで複雑な魔法は、あとで怒られるような気がします」
「こういう影響を抑える結界タイプのやつは大丈夫だよ。こっちの世界さんの好みだから」
「なるほど。世界が安全な範囲で技術交流を望んでいたのは知ってましたが、好みまできちんと把握していたんですね」
「いや単純に、こういう現代異能系で必須な結界の再現が、思った以上に面白くて……」
「…………」
「こ、こっちの世界の好みに合ってるのは本当だから! 安全の為の魔法なのも間違いないし!」
こちらの世界にとって良い教材なのは間違いないと、カナミは自信を持っていた。
それをマリアは呆れつつも、道理はあると一応頷いた。
「影響を抑えるタイプならそうでしょうね。……それに、その結界のおかげで、みなさんの凧がどこまでもどこまでも揚がっていくのが見られます。……いいですね、天気が良いおかげでしょうか。見ていて、少し清々しいです」
「うん。天気は良いし、風も丁度良い」
カナミは大きく息を吸った。
そのとき、全身を通り過ぎる気持ちの良い風が、とある記憶を呼び起こす。
それは『風の理を盗むもの』ティティーとの別れ際よりも、ずっと前。
この元の世界で、似たような風を感じていた気がした。
「子供の頃、一度だけ凧揚げした気がする……」
「そうなんですか? ゲーム以外の遊びを経験してるのは、カナミさんにしては珍しいですね」
「たぶん、何かのイベント……いや、あれも何かのオーディションの一環だったのかな? もう薄らとしか覚えてないけど、とても楽しかった気がする。風に吹かれるのが気持ち良くて、本当に空気が美味しくて……」
掠れた記憶の中では、ここで似たような場所で小さな自分が凧揚げをしていた。
そのとき、隣には父さんと母さんがいた。あの陽滝も。
家族四人揃って、笑い合えていたような――
ただ残念なことに、その記憶は曖昧だった。
しかし、構わない。ならば、あとで父さんと母さんに聞けばいいだけの話。
と他人に頼り切りの判断ができるカナミは、過去でなく今を楽しもうと動き出す。
「昔の僕は遠慮してばかりだった……。でも、だからこそ、今日は本気で揚げるよ。もう僕の人生はなあなあじゃない」
「とても良い台詞ですね。成長も感じられます」
「ということで、最強の凧を用意してきたよ」
「でも結果出てくるのがそれだから、色々台無しだと思いますよ」
色々と予期していたマリアだが、異常な魔力のこもった凧をカナミが『持ち物』から取り出した瞬間、とうとう堪えきれずに笑ってしまう。
形状は、確かに凧だった。
しかし、豪華すぎる。一目で連合国の工房で作成された『魔法道具』に値すると見て取れた。それも、向こうならば「伝説級」なんて言葉が枕につくくらいに、魔法技術とお金と手間暇がかかった一品である。
「カナミさんには準備期間ありましたから……。まあ、こうなりますよね」
「ラスティアラが自作している間、暇だったからね。じゃあ行ってくるよ、マリア」
そう言って、カナミは遅れてやってくる真打ちのつもりで、バトルをしている三人の隣で凧揚げの準備を始める。
平行して、『持ち物』から大量の予備の凧糸やらの便利なアイテムも取り出して、地面に並べていった。
それをディアは有り難そうに『魔力の腕』で受け取ってから、聞く。
「ん? カナミも参加するのか?」
「うん、参加する。あと予備の凧糸は、頑丈なのを一杯用意してきたから心配しないでいいからね」
「あ、ああ。やっぱり、『持ち物』便利だな……というか、そのカナミの凧、凄いな。最初からメチャクチャな量の糸だし」
ディアも魔法のセンスもずば抜けている。
そのセンスを持って、カナミの持ち込んだ凧を怪しみ、スノウは反則ではないかと疑って――
「というか、それ、明らかにこっちの世界にあっちゃ駄目なタイプの――」
「――《ワインド》!」
何かを言われる前に、カナミは凧を揚げた。
そのほぼ魔法道具である凧は、風魔法《ワインド》と共鳴して恐ろしい速度で天高く舞い上がっていく。
先んじて競っていた三人の凧に追いつくのは、すぐだった。
ただ、当たり前の話でもあった。
カナミは凧揚げという文化を知っていて、異世界にいるときからみんなと遊びたくて今か今かと待ち望んでいた。そのメンタルは子供時代まで戻ることが出来ている上に、我慢し切れず自作の最高の凧を作り上げてしまって――
「高度千メートル! 二千メートル! 三千メートル! この勝負、最後は耐久力がものを言うはず! そして、こっちは凧本体もだけど、糸からして違う! 僕の筋力も十分に足りている!!」
凧にも糸にも魔石が練り込まれているせいで、凧の基本的性能がまるで違った。
結果、カナミが圧倒的な高度差をつけて勝利宣言するまで、数分もかからない。
「よしっ、五千メートル! この凧揚げバトル、僕の勝ちだ!!」
自らの魔法道具が想定通りの力を発揮したことにカナミは大興奮して、叫んだ。
ただ、その隣でラスティアラは冷静に、バトルの結果を発表していく。
「あっちのカナミは除外だねー。で、今回のバトルの一位はーっと」
「一位はスノウだな。俺とラスティアラは、遠目で見た感じだと同率くらいだったか?」
「やったー! 一位ー!!」
三人は互いの健闘を讃え合い、凧の高度を下げ始めていた。
続いて、三人は互いの凧を褒め合い、次は凧を交換して揚げようとしているのをカナミは見つめ、隣で普通に楽しんでいたマリアがツッコミを入れる。
「カナミさん、大人げなさ過ぎて、子供過ぎます。ギネス記録とか、そういうレベルのやつじゃないですか、それ」
「うん……。正直、これ作ってたときから色々間違ってるんじゃないかなーってのはわかってたんだ。けど、作るのが楽しすぎて、もう途中から止まれなくて……」
「あの使徒ディプラクラと組んでると、すぐ興奮して目的を見失いますよね。あの使徒と工房別にしたほうがいいですよ、絶対」
すぐにカナミは反省して、マリアはやれやれとため息をついた。
ただ、カナミが暴走するのはいつものこと。
仲間はずれを長引かせる気は全くないラスティアラたちが、勝負と別に純粋な興味を持ち、カナミの凧について質問していく。
「ねえねえ、カナミ。その凧って、どこまで揚がる計算なの?」
「んー、どこまでとなると……。大気圏外までいけると思うよ。この凧糸を通して、高々度での遠隔魔法も可能だから」
その返答にラスティアラは「ほうほう!」と目を輝かせて、ディアは先ほどの疑いを確信に変える。
「それ、もう凧の枠じゃないな」
「い、いや機械類は使ってないよ? 凧揚げのレギュレーション範囲内だと……思ってます」
カナミは自信がなく、目を逸らしてしまっていた。
凧の存在証明は限りなく怪しくなったが、それはそれとして興味はつきない様子のスノウが空に向かって目を凝らす。
「何にせよ、あの凧がどこまでいくのか、限界がちょっと私は気になるかなあ。同じ空を飛ぶ者として」
同じく、マリアやディアも目を凝らしたが、もはや点となった凧すら見えなかった。
「しかし、私たちの目でも、もう確認は無理っぽいようですが……」
「なあ。これ、本当に揚がってるのか? なんか変な反則してないよな?」
疑いをかけられてしまったカナミは、すぐに「凧として正々堂々、成層圏近くまでいってるよ!」と反論したが、その実感が仲間たちには湧かない。
「じゃあ私が飛んでいって、どれくらいまで揚がってるか確認してこようか? それで凧揚げは一旦終わりってことで」
「飛んで見に行くなら、私も私も。審判役は多い方がいいよね」
「もちろん、いいよ。一緒に空のプチ旅行しようか、ラスティアラ」
凧揚げの締めは、カナミの凧の最終測定で決まった。
ただ目視しに行くにしても、竜人ではないラスティアラを連れていくのにマリアは反対した。しかし、ディアが「もしラスティアラを落っことしたら、全力で叫んでくれ。俺が逆風の魔法で、ふんわりキャッチする」という説得を経て、その測定旅行は決行される。
「じゃあ……――《フライソフィア》っと」
「あ、両脇に手を入れて運んでくれる感じ? 楽ちんで助かるー」
古代魔法を極めかけているスノウは、ノーリスクの部分的な『竜化』を成功させて、蒼い翼だけ生やした。
そして、ラスティアラを抱きかかえたまま、軽々と凧のように空へと飛び上がっていく。
そのあっさりし過ぎているスピード感と常識破りな力技に、マリアは今日一番の溜め息をつく。
「はあ……、滅茶苦茶なんですから」
もう苦笑するしかない。
しかし、なんだかんだ自分も楽しんでいると、マリアは自覚していた。
こうして、ついにストッパーがいなくなったことで解き放たれた二人は、活き活きと飛翔していく。
ぐんぐんと高度を上げていき、もちろん付随して問題も発生する。
「い、息が、耳鳴りがぁ……! あと寒いぃぃぃ!」
「私は大丈夫だけど、ラスティアラはちょっときついか」
「レ、《レベルアップ》で身体は頑丈なはずなのに……! 魔法で強化もしてるのに……!」
「じゃあ防護服みたいなのを、適当に作ってみるよ。――《ドラグーン・ワインド》」
とスノウの反則的な『竜の風』が足されたりしつつ、順調にカナミの凧糸は辿られていく。
「っふー。ありがと、スノウ。楽になった」
「私の魔法があっても完全に安全ってわけじゃないから、気は抜かないでね」
「うん。……でも、頑張って来た甲斐はあったよ。あ、スマホ借りるね。撮影の準備しないと」
「ラスティアラ、旅行が本当に好きだよね。こっちの世界だと、ネットで簡単に景色とか見られるのに」
「自分で見て、体験するのが大事なんだよ。あ、自撮りもしとこ」
と二人は談笑しつつ、さらに高度を上げていく。
そして、いくつかの雲を突き抜けて、成層圏のギリギリ手前あたりまで到達したところで、一旦静止する。
映画かドキュメンタリーでしか見られない光景があった。
黒い宇宙の下に、丸みを帯びた青と白の巨大球体。
二人は感嘆の声を漏らしつつ、周囲を見回していく。
「うわー。これがこっちの世界の星、地球ってやつなんだね」
「綺麗な青色だ……。……で、しっかりとカナミの凧は浮いてると」
「あ、本当にあった。じゃあ反則有りの凧揚げ高度勝負だと、カナミが一位かあ」
「反則有りの中でも反則による失格でいいって私は思うよ?」
確かに、カナミの凧は糸がついたまま浮かんでいた。
凧揚げの測定を完了させて、すぐさまスノウは動き出す。
「とりあえず、これ以上は危ないし……。このカナミの反則凧は破壊して、さっさと下に帰ろっか」
(えっ、えぇえ!? 破壊するの……!?)
予期せぬ展開に、つい地上のカナミが振動魔法で答えてしまった。
盗聴のプロであるスノウは、かなり前から糸による盗聴には気付いていたようで、淡々と告げていく。
「破壊しないと、もっともっと上まで揚げるつもりでしょ、カナミ。竜人の私だからこそ、この魔法的質量がこっちの世界でこれ以上飛んでるのはなんだか良くないって、直感でわかるよ」
(くっ……! 『竜化』が絡むと、途端にスノウは真面目になって賢くなるの忘れてた……! けど、まだだ! 僕の最強の凧は、まだ揚がる!)
「いつも真面目で賢いカナミだけど、途端に馬鹿になるときあるよね」
(なんと言われようとも、今日の僕は限界まで揚げる! 大気圏外実験の為に結界を用意して、遠隔魔法機能まで搭載したんだ……! なにより、そこの成層圏くらいなら、いくらでも戦える手段が、こちらの凧にはある……!!)
もはや兵器としか呼べない性能を自慢して、カナミは戦意を見せた。
そんな兵器と戦える状況にラスティアラは興奮して、慌ててスノウが珍しくストッパーとなる。
「ははははっ! ちょっと面白くなってきたね! このレベルの空中戦は、『元の世界』でも中々味わえないよ!」
「い、いやあ、流石にここで楽しむのは、現場監督の私が許さないかなーって。これから『竜の風』で凧の魔法的機能を相殺して突っ込むから、ラスティアラは跳び蹴りしたあと、そのまま両手足で掴んで回収して」
「はーい、了解!」
ラスティアラは興奮していたが、素直にスノウに従った。
以前ほど享楽的でなくなったのもあるが、なにより親友のスノウを深く信頼していた。
マリアとカナミがストッパーに疲れて楽しみだしたとき、代わりにリーダーシップを発揮してストップのラインを見極めてくれる――そんな面倒な性の親友スノウを信じて、今日はここでストップと決定したラスティアラは、凧の撃墜にかかっていく。
対して、以前ほど慎重派でなくなったカナミが、今日だけはちょっと欲張らせて欲しいと叫ぶ。
(だ、だがっ! そう簡単に僕の凧型外宇宙探査改修機玖号は堕ちやしない! まず風魔法でブーストして、二人から距離を――って、ぐああぁっ!!)
妙な争いに発展しそう――になる前に、地上で話を聞いていたマリアとディアによって、本体が直接攻撃された。
普段カナミとディプラクラが何を開発しているのか薄らとバレたところで、あっけなく空の戦いは決着してしまう。
そして、今日の凧揚げ遊びは、ひとまず終わりを迎えていくのだった。
◆◆◆◆◆
凧揚げは終わった。
けれど、それは遊び終わりということではなく、単純に他の遊びをするための時間配分だった。
例の結界は維持されたまま、ラスティアラが「さっきみんなで凧を買ってたとき、他の玩具も一杯買ったよ! ということで、次はコマ回し!」と買い物袋の中から取り出して、次を提案していく。
これもコツを掴むのは早かった。
またラスティアラ、ディア、スノウがエキサイトして――
「やり方わかってきた! シュッとして、ビッ!」
「回転の仕方も大事だぞ! 俺のが一番ブレてない!」
「いや、これも私の得意分野っぽいよ! よし、バトルだ!」
普通の楽しみが終わると、当然のように勝負が始まる。
そして、魔力ありになると『魔力物質化』の可能なディアが有利になりすぎたりして――
「こんなこともあろうかと、最強のコマを用意してきたよ」
「そのパターンずるくない!?」
またカナミが持ち込んだ一品によるボス討伐戦が行われては、買い物袋を探って「もっとカナミに勝てそうなゲームない!?」と、次はルールが解りやすくて身体能力とレベルがものが言う羽子板が始まっていく。
これは異世界でも似たものがあるというよりも、もはや剣術バトルに近かった。
三人の高レベルな『剣術』『体術』によって、羽子板遊びは別次元に達してしまい――
「は、羽根が砕け散る! カナミ、最強の羽根ってある!?」
「こんなこともあろうかと、はい、最強の羽根。最強の羽子板も」
ここまで来ると、ずっと見守っていたマリアは呆れを通り越して、微笑ましすぎて笑ってしまう。
「カ、カナミさん、これもう……。ただ、お正月遊びを死ぬほど楽しみにしていただけの子供ですね」
死ぬほど楽しみだったから。
この日が来るのを待ちきれず、カナミは定期的に遊び道具を(ただワクワクしすぎて、懲りすぎた反則アイテムばかりを)たくさん拵えていた。
それが答えだったと証明するように、カナミは全力で遊んで――自然とボス役を演っては、その顔を墨まみれにしていく。
そして、まだまだ遊び終わることはない。
一行は外で十分遊んだあとも、室内で別のゲームが繰り広げた。
お正月定番の福笑い、すごろく、だるま落とし、かるた、けん玉――
それらが終わったあとは、みんなでおせちを突きながら、定番中の定番の麻雀やらトランプにまで手を出して――
身体能力を必要としない室内ゲームは「カナミが強すぎるから、みんなで狙おう!」となっては、カナミの「ずっと遊び友達がいなかったから気付かなかったけど、アナログゲームも最高!」という新たな一面を見つけたりして――
――遊び疲れて、夜を迎える。
最後は、朝のように炬燵の中にみんな入り込んで、ぐだーっと寝転ぶ。
その中、単純に体力が一番あるスノウだけが、食い意地を張って豪勢な食事の後半戦を一人で続けていた。
「うん、美味しい……。おせちもいいけど、お雑煮もいい。お餅、もっちもっち……」
しかし、そのお正月料理も、あと僅か。
料理を作り足せるカナミもラスティアラもマリアも(あとマリアと一緒にディアも)、いま炬燵に入って寝ているので、もう追加はない。
だが、十分だった。
「ああ、楽しかったな……。お正月……」
スノウは満腹になった。
だから、はあーーーと大きな息を吐きながら、ゆっくりと身体を後ろに倒していく。
「辰年バンザイ……。最高の……、食っちゃ寝。私にとって本当に……、最強イベント……、だったあ……――」
彼女も寝転がって、炬燵の温度を全身で感じていく。
自然と、両目もゆっくりと閉じられていった。
夜のお正月番組に混じって、みんな穏やかな寝息の音が聞こえてくる。
それをBGMにして、微睡みに誘われていき。
スノウは辰年のお正月を堪能し切った。
コタツで寝るのは危ないです。ということで、明日の3月25日に、異世界迷宮の最深部を目指そうのコミカライズ六巻が発売します! よろしくお願いします!
ちなみに、このお正月イベントを書く切っ掛けになった素晴らしいお正月イラストが、コミカライズ担当の左藤先生のX・ツイッターで見られるので、大変オススメです!
それではー。




