06000.バレンタイン
年末に墓参りを終えて、年を越えて、みんなでお正月をゆったりと終えることができた。
そして、二月を迎えたところで、その時期はやってくる。
始まりは『元の世界』。
とある大型デパートまで買い出しに出かけて、楽しくショッピングしていたとき、みんなの目にそれは映った。
そのとき、一緒にいたのはラスティアラ、ディア、マリア、スノウのいつもの面子。全員が現代日本の冬に合わせて、コートやジャケットなどの「もこもこ」といった擬音の似合う厚着をして、建物内を散策していたところ――
見つかったのは、バレンタインコーナー。
その一角には、ずらりと多種多様なチョコレートの商品が並び、赤とピンクの装飾で彩られていた。
さらには、奥からは心を揺さぶる流行のラブソングが流れては、全力で購買意欲を誘ってくる。
五人で何気なく歩いていたのだが、ぴたりと全員が止まった。
その甘くて明るいコーナーを前に、視線が釘付けとなる。
まず動いたのはラスティアラだった。
「す、凄い甘い匂い! あとなんかピンク! 私たちの世界では余り見ないピンクが目に痛いぃ――けど、可愛くてキラキラァ!」
その全力で幼女めいた感想に、まずマリアが冷静に手持ちのスマホで検索する。現代日本の経験値は低くとも、スムーズにスマホで得た情報を保護者の一人として端的に説明していく。
「どうやら、バレンタインデーという習慣のようですね。あと少しで、こちらの2月14日。その日、女性は男性に心を込めてチョコレートを贈るようですよ」
さらに続くのは、そのマリアの相棒であるディア。
「いや、最近は友人にも贈るらしいぞ? んーっと、キリスト教の風習とも書いてんな。……しかし、カナミが偽名に使ってたアレ、こっちの世界にいると何度も見るなあ。俺たちのところのレヴァン教みたいなもんか?」
『元の世界』にやってきて、すっかりディアも馴染んできていた。
器用にスマホを弄る姿は、どこにでもいる若者のようだ。もちろん、その印象の大部分は、例の髪染めのおかげだろう。
いま買い物中の一行は全員で黒髪に揃えていて、それなりに周囲に溶け込んでいる。
その中の一人、竜人セルドラを思わせる黒髪ロングのスノウが、並んだチョコレート商品を食欲のままに物色しながら話す。
「だねー。そう思うと、カナミって……。ほんとやばい偽名使ってたんだね。連合国でレヴァンなんて名乗るのは、かなり勇気いるよ?」
それに、同じく隣で物色し始めたラスティアラが反応する。
「そう? キリストって凄くいい名前だって、ずっと私は思ってるけど……」
「そりゃあ、ラスティアラ・フーズヤーズが本名の『現人神』様から見れば、どんな名前もそうなるだろうけどぉ……」
「なにより私、こっちのキリスト教を凄く気に入ったよ! バレンタイン! いい習慣だね! 正直、お店の戦略的な感じも否めなくもないっぽいけど……、このチョコ祭りは私に大ヒット!」
「もちろん、私も気に入ってるよ。だって、なんかその日ってチョコレート食べ放題の感じするし! 意中のカナミにプレゼントするチョコを作る……のを失敗した振りして、食べまくっても誰にも怒られない気がする!」
「分かってるね、スノウ! 一緒に食べまくろう!」
と色々ずれた感想と納得で、二人はチョコを手に取っては、僕の持っている買い物カゴに次々と放り込んでいく。
完全にお店の術中にハマっている二人だった。
だが、あえて楽しくハマっているのだろう。このコーナーの醸し出すワクワクを全力で楽しみながら、その特別感のままに女の子らしいお喋りをしていく――
そして、それは食い気の勝るスノウ・ラスティアラだけでなく、マリア・ディアもだった。先行した二人の雰囲気に呑まれて、節約好きを今日だけは放り投げて、散財していくことになる。
結果、大量のチョコレートを購入することになり――
◆◆◆◆◆
――バレンタイン当日。
場所は『元の世界』の日本から、『異世界』の自宅へ移る。
その魔法道具を開発する為に作られた工房には、買い込みに買い込んだチョコレートたちが持ち込まれて、今日だけは巨大な台所へと変身していた。
さらに、庭もだ。
大量のテーブルが並び、その上に主役も並び――
チョコ食べ放題な立食パーティーの準備が完了する。
それにはみんなの保護者として成り行きを見守っていた僕も、苦笑と共に少しツッコミを入れてしまう。
「本当は、意中の人にチョコを贈る日なんだけどね……」
「らしいな。でも、それは古い情報だろ? 最近はジェンダーやらハラスメントやらで、そういうこだわりはなくなって、自由な風潮に……って書いてある」
そうディアが言って、手持ちのスマホを軽く掲げて見せた。
元々楽しかった『異世界』だが、スマホを手に入れたことで、さらに積極的に情報収集しているようだ。
「まあ、確かに……、最近はそうなのかな?」
そういう側面もあるだろう。
しかし、その一言で終わるような行事でもないはずだと、少し言い淀んでしまう。
バレンタインという日は、心の弱い者の味方のはず。勇気が出せずに告白ができない人たちにとって、背中を押してくれる素晴らしい日――と僕は思っている。
『異邦人』たちは最近手に入れたスマホで情報を得ているが、かつての僕がステータスを視て情報を得ていたときと同じ失敗をいつかするかもしれない――と思いつつ、それはそれで異世界的醍醐味になりそうなのでスルーして、今日の立食パーティーを全力で楽しんでいくことを決める。
「しかし、自由にやると言っても、ほんと大事になったね。色々と圧巻だ」
テーブルの上には『元の世界』で買い込んだ、すぐに食べられる市販のチョコレートが大量に盛り付けられていた。
加えて、メイド服を着たセラさんが給仕役として、工房の中から調理されたチョコをテーブルまで運んでいる。
「チョコだけじゃなくて、一杯のフルーツも……。セラさん、それってチョコレートフォンデュ?」
「らしいな。魔法の熱で溶かすだけで手軽だと、まずマリアが作ったやつだ。愛情たっぷりだから食べてやれ」
「言い方があれだけど……。うん。熱いうちに、ちょっと頂くよ」
「もちろん、ディア様が食べる分も愛情たっぷりですよ。ちょっと猫舌なディア様が火傷しないようにと、マリアが温度調整したものがこちらです……。ふふっ、最近、お二人は本当に仲良しさんですよね。遠くから見ていると癒されて、非常に助かります」
と言って、チョコレートフォンデュのフルコースが揃ったテーブルまで、ディアを誘導していった。
それに軽く「ありがとう」と言いながら従うディアだが、少し怪訝な目を向ける。
「あいつと仲が良いのは、もう否定する気はないが……。なんかおまえの言い方って、ちょっといやらしいんだよなあ。俺とマリアの仲を変な目で見てないか?」
「……ディア、いい『勘』してるね」
間違いなく、セラさんは色々と邪な思惑を抱えてると、即座にバラしておく。
ただ、その当の容疑者は、最近開き直っているので「人生に癒しとゆとりは大事だからな。言っとくが、おまえの人生を反面教師にしてだぞ?」と反論してきて、すぐ僕は何も言い返せなくなった。
そして、セラさんは「ふふっ」と余裕のある笑みを浮かべてから、一番の癒しであろう少女にも近づいていく。
「もちろん、リーパーの分もあるからな。一杯食べるといい」
一人だけで立食する気ゼロのリーパーが、いまかいまかとお子様チェアに座って待ち構えていた。
この場で一番のお客様に、セラさんは全力で給仕していく。
テーブルには、多種多様なチョコとココア。
さらには、口直し用の紅茶やビスケットも。
完全にお嬢様扱いで、リーパーは待望のお菓子タイムに入る。
「あ、甘い! 美味い! やっぱり、アタシはチョコ好きだなー! 今日は見たことのないチョコが一杯で、ほんとーにありがたや!」
「おかわりもあるからな。気に入ったものがあれば、すぐ私に言え、リーパー。もしなかったとしても、すぐに『獣化』して走って、買ってこよう」
「ありがとう、セラお姉ちゃん! ほんと大好きー!」
「……ふふっ。ちなみに私のお勧めチョコは、こっちのやつだな。ちょっと苦めかもだが」
「挑戦してみる! たぶん、この甘い飲物と合わせれば、美味しくなりそう!」
「よく分かってるな、リーパー。本当におまえは賢い……。賢いなぁ、リーパー……! ふ、ふふふっ」
露骨にリーパーを愛でまくるセラさんだった。
……なんとなく、このセラさんの好みやら何やらを、リーパーは全部分かってやっている気がする。
いつもお世話になっているサービスとして、全力でサービスされてやろうと……。そういうことを考えられる子なのだ、うちの賢いリーパーは。
その二人のWinWinな関係を見て、僕は苦笑いを浮かべる。
ディアも「まあ、楽しそうならいいか」と優しく受け入れていく。
可愛い人やものを愛でるくらいならば、平和でいいことだ。
徐々にセラさんの息が荒くなって、どうにか「あーん」をしようとしたり、ボディタッチが増えて、欲望を全開にしつつあったが、それは見ないことにしておいて……、別のことを聞く。
「ねえ、セラさん。もうリーパーが満足できるくらいに、チョコの準備は万端みたいだけど……。まだ工房で、何か作ってるの?」
「ん? ああ、まだラスティアラお嬢様とスノウ様がチョコアートとやらを頑張っているな」
「チョコアート……。もしかして、食べ物で遊んでない? そういうのは良くないからね」
「同じことを私の口からも注意したので、安心しろ。物を無駄にするほどお嬢様は不器用ではないし、もし余分な破片が出ても全てスノウ様が食べるようにマリアが指示している」
「それはそれで、スノウの扱いが可哀想な気もするけど……」
チョコで創作というのは、色々と嫌な予感しかしなかった。
そして、その予感が的中するように、工房の窓が開け放たれる。
ラスティアラが勝ち鬨のような雄叫びをあげながら。
「でーきーたーよー! 傑作! これが私の――いや、私たちの! バレンタインチョコプレゼントだあああああ!!」
すぐさまスッとラスティアラは身体をずらして、工房内にあるものを庭の僕たちに見せた。
巨大で立体的なチョコレートアートが、広い工房だというのに、所狭しと鎮座していた。
人一人は丸呑みにできるドラゴン(形のチョコ)が、まるで生きているかのようにこちらを見つめている。瞳はブラックチョコを磨くことで宝石のように輝き、鱗は板チョコが材料と思えないほどに艶やかだった。
その出来は、素人目に見ても凄まじい。
制作動画や完成画像があれば、どこかでバズってそうだ。
「おー、……素直に凄い」
自然と、賞賛だけでなく、ぱちぱちと拍手もしてしまう。
すると、工房の入り口からチョコを口回りにつけたスノウが出てきて、自慢げに笑いかけてくる。
「えへへ……。ねえねえ、カナミって竜が凄く好きだよね?」
「うん、凄い好きだよ。……これ、前に僕が作った料理のアレンジ? 僕のは和風っぽい龍だったけど、今回は異世界っぽさ全開の竜だね」
「そういうこと! ちなみに、みんなで相談して作ったよ! ディアも買い物とデザインを手伝ってくれたし!」
そう言って目を向けた先では、ディアが「大したことはしていない」と首を振っていた。
どうやら、これは僕が『狭窄』で自分で何をやっているのか分からなかった時期に、ノリで作った情景模型のチョコ特化バージョンらしい。
みんなで協力したとはいえ、あの頃の僕の作品を再現するのは凄いことだ。
チョコのプレゼントの競い合いで殺伐にならなかったことにも感謝しつつ、僕は当然の疑問を最初に投げる。
「でも、それ……。大きすぎて、工房から出られなくない?」
それに答えるのはラスティアラとマリア。
さらに、二人の身体から迸る魔力だった。
「その心配は無用! ここからが本番であり、私たちのオリジナル! やれいっ、マリアちゃあん!」
「はいっ、やりましょうか! 『食べようチョコレート』『夢幻蹌踉と繊の随に』。――《ミドガルズ・チョコ》!!」
アレンジを足してるとはいえ結構危険な『詠唱』と共に、竜のお菓子が――《ミドガルズ・チョコ》の身体が、一瞬だけ発光した。
そのとき、内部に『術式』が書き込まれているのを、僕だから見抜くことが出来る。
みんなの合作を少し舐めていた僕は、驚き身構えた。
その僕の反応を見て、マリアは嬉しそうに宣言していく。
「ふ、ふふっ、ふふふふ――!! できた! 上手くいきましたーー! 私の新しい《ミドガルズ》! さあ! 外に出なさい!!」
その命令によって、工房内の《ミドガルズ・チョコ》は動き出す。
普通ならば、その巨体で工房から出ることは不可能だろう。
しかし、その身体を上手く伸縮と変形をさせて、軟体生物が牢を脱出するように、開け放たれた窓をギリギリながら出て行っていた。
「この《ミドガルズ・チョコ》は、伸縮自在! 飛行も可能! その上、狙った獲物は絶対に逃しません! 刻み込まれた『術式』によって対象の口と胃袋を追尾し続け、確実にチョコレートを食べさせる! まさしく、バレンタインデー最強のチョコレートと言っていいでしょう!!」
さらに徹夜明けテンションなマリアが、新魔法の説明をしていく。
珍しく興奮して、いまにも高笑いをしそうな勢いだ。彼女の趣味である料理と狩りと魔法ぶっぱが合わさっているので、本当に楽しかったのだろう。
いいことだ。が、その対象となってそうな僕は、身構え続ける。
「いや明らかに、僕の口の大きさと比べて、ドラゴンの頭のほうが大きくない? 食べられるのって僕じゃない?」
「対象を補食できるほど、これは頑丈じゃありません。なので、いま窓を通ったように、こう、きゅーっと細くなって、カナミさんの喉を通っていく感じです」
「え、えぇ……。そっちのほうが、より極悪な攻撃魔法になってるような? 腹が破裂する未来しか見えない」
「ま、まあ、正直……、その未来は私も『目』で見えてました。けど、昨夜から作るのが楽しくなってきてしまって、つい……」
「つい向こう見ずにやりすぎたと。……そういうところ僕もあるから、気持ちは分かるよ」
「……はい。物作りになると、カナミさんも偶に暴走しますよね。あの気持ち、今日ちょっと分かっちゃいました」
そう言って、はにかむマリアに、僕は笑い返した。
いま僕は、あのマリアがやり過ぎるほど羽目を外していることに、少しだけ感動している。家を燃やした一件以来、謙虚になりすぎているのを心配していたのだ。
ただ、そのいい話にまとまりかけている流れを、スノウとラスティアラは受け入れてくれない。
「あれ? カナミの内部までチョコを贈り込むのはナシ? じゃあ、これは単純に対象をチョコ塗れにする魔法ってなる?」
「スノウ、いい判断! つまり、もう面倒くさい! ダイナミックチョコプレゼントだぁーーーってことだね! ……いや、違うか? まずディアに当てる? そのまま、チョコ塗れになったディアごと、カナミにプレゼントのほうが私好みかも?」
なぜか、チョコによる攻撃魔法を諦めない二人だった。
そして、なぜか仲間だったはずのディアにも牙を剥いた。
それには、フライングで市販チョコを味わい、楽しんでいたディアも身構えざるを得ない。
「な、なんで俺に……。言っとくが、全力で抵抗するぞ?」
碌なことにならないという仲間への信頼だけは絶大なのだろう。
本気で《アロー》系の魔法の準備をしていた。
だが、ラスティアラも負けじと魔力を漲らせて、「ちょっとラッピングして、丸ごとカナミに食べて貰うだけだから……!」と、『元の世界』の日本で得たであろう変な知識のまま、善意で最低な行為を犯そうとする。
――が、その前に、この作品に最も感銘を受けた仲間が手を挙げる。
かつてないほど目を煌めかせたリーパーだった。
「そ、それっ、アタシがやりたいー! ほんと凄いよ、お姉ちゃんたち! 甘いチョコに埋もれるって、全ての子供の夢だよー!」
「いやリーパー、駄目だ駄目だ駄目だ。チョコがもったいないし、絵面も酷くなる。チョコ塗れなんて、絶対許さないから」
が、すぐに僕が制止をかける。
リーパーの格好だと犯罪的だし、保護者として許せない。口を尖らせた「えー」が返ってきたが、頑として「駄目です」と首を振り返し続けた。
そして、その頑なさはラスティアラにも伝わった。
「むむっ、カナミまで敵になると……、チョコ直撃作戦は難しいか。仕方ない。んじゃあ、色々と保留にして、とりあえず《ミドガルズ・チョコ》には飛んでて貰う?」
「そうですね。連合国初バレンタインの記念であり象徴として、空を泳いでて貰いましょうか。ちょっと自律化も加えてっと……」
「新しいミドガルズシリーズだね。最近、魔法生命体化しかけてる《ミドガルズ・ブレイズ》ちゃんや《ミドガルズ・フリーズ》君も呼んで、お友達として紹介してあげる?」
「流石にチョコパーティー中に、あれは……。チョコに熱変化は厳禁なので、あとにしましょう」
あっさりと連合国の空に解き放たれる大魔法。
だが最近の街の反応は「またか」といった感じになってきているので、そこまで心配はいらないだろう。少なくとも、新しい《ミドガルズ》が誰かに直撃するのは避けられたので、僕も妥協して「いいね」と同意しておいた。
そして、食べられる身体を分け与えるために生まれた魔法生物が優雅に空を飛ぶ中、若干考えるのを止めている僕は、気を取り直して「いただきます」の合図をかけようとするのだが――
「まだじゃ! まだパーティー開始には早いぞ、カナミよ!」
次の刺客が現れる。
最近ラスティアラと仲が良く、一緒に調理に参加していたディプラクラだった。
シェフ衣装の好青年風使徒が、チョコの乗ったお皿を片手に工房から出てきた。
やはり、チョコレートアート内部に『術式』を刻むという繊細すぎる作業は、彼の手伝いがあってこそだったようだ。
「儂には、おぬしの気持ちが分かるぞ! せっかくの『魔法お菓子』! 超最高な開発タイムじゃというのに、なんか妙で物騒な物が出てきて、ちょーーっとがっかりしてるであろう!?」
「いや、この面子だとそうなるって最初から思ってたから、そこまでがっかりしてないよ」
「そのがっかりの解消っ、この儂に任せよ! カナミの趣味趣向は、この使徒ディプラクラが千年前から一番知っておるからなあ! もっと生活において実用的なのを用意しておいたぞ!」
知と中庸を司らなくなったディプラクラは、本当に話を聞かなくなった。
若返った見た目以上に幼いノリの彼が、渾身の一作であろう手のひらサイズのチョコを僕の目の前まで持ってくる。
「へぇ、凄く綺麗だね。まるで、どこかの王家に伝わる宝玉みたいなチョコだ」
「うむ。記念日の贈り物でもあるということで、豪華な装飾品のイメージで作り込んでみたぞ」
「意中の人にプレゼントするのに良さそうだね。ただ、どっちかというと、男性が女性に贈るホワイトデー向けかもだけど」
「むむっ、そういうものか。とにかく美しく、派手であれば、万人共通で素晴らしいものであると思ったが……」
「いや、そこは共通でいいかな。僕が変に考えすぎてるだけかも。……ちなみに、これって僕が食べていいの? それとも、どこかに飾る系のチョコ?」
「お菓子じゃからな。無論、おぬしに食べて貰うためのものじゃぞ」
「じゃあ遠慮なく。綺麗すぎるからちょっと罪悪感あるなぁ――」
「遠慮は要らん。まさしく、バレンタインに相応しい効果のチョコに驚くぞ。刻み込んだ『術式』は、光と神聖属性が中心。いわゆる惚れ薬的なチョコで、実用性において右に出る物は――」
「せいっ」
アウト判定となり、食べる直前で握り潰した。
当然ながら、その判定を受けた制作者は嘆く。
「わ、わしの考えた最強のチョコが!!」
「駄目に決まってるでしょ! ……ちなみに、惚れ薬的な効力ってどのくらいだったの?」
「伝説の使徒の傑作じゃからの。抵抗がなければ、普通に本気で惚れる。ただ、効果期間はバレンタインデー限定ということで、丸一日くらいじゃ」
「一日も……。一日あればどれだけ間違いが起こると思ってんの……。あと軽い気持ちで僕に惚れ薬を盛ろうとしない!!」
「しかし、おぬしのような洗脳慣れしておる丈夫な生物でないと、臨床実験ができまい! ここにはおぬしと相愛の美女しかおらんのだから、ちょっとくらい構うまいて!」
「めっちゃ構うよ! その僕くらいならちょっと洗脳されても問題ないでしょーって流れは危ないって、最近学んだところだから!」
「ぬう……。そこまで言うならば、仕方あるまい。一分ほど、ちょっとドキドキする程度に抑えるかのう」
「一分でも間違い起きそうだから、十秒くらいにしておいて。それなら、危険だけどギリギリジョークグッズの範疇内と言えなくもなさそうだから」
「了解じゃ」
ということで、ディプラクラのチョコ紹介も終わる。
ただ、僕が握ってへし曲がったチョコを見て、ラスティアラが「凄く面白そう!」という顔で近づいていたので、すぐさま手のひらに《過密次元の真冬》を展開した。チョコ内部の『術式』を念入りに破損させてから口に入れる。……ちなみに流石のディプラクラで、味は良かった。
と、そこで工房から次の使徒が出てくる。
木製の網カゴに丸っこいチョコをたくさん入れた使徒シスだった。
なぜか、彼女もディプラクラとお揃いでシェフの格好で、長い髪を結い上げている。最近、本当にディプラクラと仲が良い。
「ということで、三番手であり真打ちの登場よ! えーっと、その、まず……、ハッピーバレンタインね、カナミ。さあ、受け取りなさい」
カゴの中から一口大のチョコを渡される。
ただ、警戒心の強まっていた僕は、軽く《ディメンション》を展開する。
「私は不器用だから、単純な構造のナッツチョコを参考にしただけよ」
「……これ、ナッツの代わりに魔石入ってる?」
「ええ、そうね。ただ、既存品の組み合わせだから、危険ゼロよ。白状しちゃうと、魔法習得をプレゼントするチョコね。いままで私は思っていたのだけど、魔法を覚える際に石を呑み込むのってちょっと大変だわ。だから、甘いものでコーティングしてみた感じね。……単純でがっかりした?」
「ううん、正統派で嬉しいよ。ここまでで一番実用的だと思う……。けど正直、その発想はずっと前からあったとも思う。高価すぎる魔法習得用魔石に不純物でコーティングするリスクが高くて、いままで――」
「……そうね。でないと、私が思い付いて作成なんてできないだろうし……」
ディプラクラを採点したノリが続いて、余りに空気を読めない発言をしてしまった。シスが少し悲しげになりかけたのを見て、すぐに僕は受け取ったチョコを食べて(というか、呑み込んで)から、「いや、ありがとう! 美味しい! 魔法はともかく、凄くチョコが美味しいよ!」と答えた。
それにシスは「ほんと今日もカナミはカナミね」と微笑を浮かべて、それを見守っていたディプラクラが再挑戦を図る。
「そのレベルでもいいのならば、まだまだ儂の作品はあるぞ! こっちも、食べてみぬか?」
そして、新たに持ってきたのは、何らかの魔法効果を秘めているのだろうが、昆虫や装飾品の形状のせいで食欲が全くわかない品々。
ただ、それらはまだマシで、中には蛍光色に輝くチョコや軟体動物のように蠢くチョコもあり――
きもい。あと色々悲しい。
千年前はハズレなしの魔法道具しか作らなかった信頼できる友が、現在こんなことになっちゃっているのが悲しい……。
「ディプラクラ……。ついに倫理観どころか、常識すらボロボロに……」
「その自覚はしておる! だが、常識人ポジションなど、何一つ儂を救ってくれんかったからのう!」
自覚して、センスを尖らせているらしい。
その悲しい主張には隣のシスが同情して、フォローを入れる。
並んだ正体不明のチョコたちに手を伸ばして、数個ほど僕に勧めてくる。
「カナミ、これとかは見た目が悪いけど、お勧めよ。一時的に『ステータス』が強化されるチョコだから、きっと何かの役に立つわ」
「パ、パワーアップチョコ……!? というか、ちゃんとまともなのあったんだね」
「ただ、身体の負担の大きいドーピングアイテムだから、取り扱いは注意よ」
「だね。よからぬことに使われそうだ」
よく吟味して、一つだけ試しに口を入れつつ、その効果を確認する。
少々危険だが、もう僕が口を出さなくても、いまの使徒たちならば大丈夫だろう。
僕からの評価を聞き終えたディプラクラとシスは満足げに、二人揃って庭から去ろうとする。
「――さて。十分に楽しんだことじゃし、そろそろ儂たちは大聖堂に戻るか。余った普通のチョコを、大聖堂の『魔石人間』たちに配る時間がなくなってしまうからの」
「休み時間は無限じゃないものね。……というか、思ったのだけど、この風習を真似るのっていいと思わない?」
「シュガーはともかく、カカオとやらの生産が少し問題じゃが……。仕事を押しつけてきたフェーデルトに、さらに仕事を押しつけるか」
「フェーデルトなら喜んでやるわよ、きっと。あっちの世界の文化を取り入れるのに、最近ハマってるし」
「じゃのう!」
二人は僕に手を振ったあと、仲良く仕事に戻っていく。
本当に千年前では考えられない同僚っぷりだ。
その二人の安心できる背中を見送ったあと、僕は振り返る。
そこには僕を置いて、先んじてチョコパーティーを始めている仲間たちがいた。
ラスティアラはマリアと一緒に、市販のチョコを食べ比べしている。
「あ、やっと終わった? もうこっちは食べ始めてるよ?」
「むぐむぐ。当たり前ですが、商品化されているのは、どんなにゲテモノっぽくとも美味しいですね。完成度が違います」
その奥では、スノウが無言でバクバクとチョコを食べている。
それと、なぜか《ミドガルズ・チョコ》に懐かれたディアが、チョコで餌やりをしていて、リーパーが「飼いたい!」と主張していた。
――そのみんなのところまで、僕は足早に合流する。
そして、チョコの立食パーティーを全力で楽しんだ。
その後、たくさんのお客さんを招きながら、夜遅くまで。
よくある行事ネタでした。
色々ぎりぎりだったので、ちょっと雑ですみません。
今回のお話を前置きに、倫理観ゼロでバッドルート一直線中な守護者IFのバレンタインもいきたいなーとも思ってます(こっちが正直本命でしたが、たぶんまったり書いて一週間後か二週間後くらい。登場キャラが多すぎるので、女性陣だけのお話になると思います)




