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04495.里帰りその14



 話の途中で、のぞみと息子の嫁も炬燵に入ってきた。

 焼いた餅と雑煮を持ち寄って、余った一辺に仲良く座っている。

 大きめの炬燵で良かったと喜ぶ二人は、俺と違って、客のエルミラード・シッダルクを気にしていないようだ。


 この気まずい炬燵から早く脱出するためにも、俺は聞く。


「……渦波、負けて得るものがあると言っていたな」

「うん。いまの僕の座右の銘だね」


 バカみたいな座右の銘だ。非常にネガティブで、負けたがっているとしか思えない。事実、そうなるためのおまじないなのだろう。くだらない。


 ただ、いまの俺は、その感想だけで終われなかった。

 俺の中で『矛盾』することになっても、息子を受け入れていく。


「勝った者だけが得られる。そう、ずっと俺は思っていた……。が、おまえと陽滝を育てて、僅かにだが理解できた。言葉の形だけでなく、確かに実感できている。息子に負けて良かったと」

「まあ、でも実際は親子の共倒れで、そこのエルの勝ちだけどね」

「いま、いい台詞を読んでいるところだ。邪魔するな、バカ息子」

「はーい」


 おどけながら嬉しそうに頷く息子を見つめる。


 俺が負けて得たものが、そこには多くあった。

 その中の一つ、胡散臭い『演技』に対して、いま冷静に評価を下す。


「同業者として、おまえの『演技』は本当に興味深かった。……とはいえ、我流が過ぎる。先輩俳優として、基本から指導したいところだが……」

「レッスンは嬉しいよ。ただ、いまさらって感じもするけどね……」


 いまさらというのもあるが、とにかく俺たちは方向性が違い過ぎる。


 本当の演技とは、『演技』という一言だけで括れるものではない。

 この世には様々な『演技』があって、間違いなく俺と渦波は極めた方向が逆だった。


「確かに、もうレッスンではなく、互いの成果を紹介し合ったほうがいいか……。思い出話か遊びにしかならなさそうだな」

「そういうの、僕は大好きだよ。父さんも偶にはいいと思う。技術スキルの研究と開発ばかりって、楽しいけど疲れてくるから」


 そう親子で提案し合った。

 それを見て、ずっと静かだった息子の嫁が「私も! 『演技』学びたいです!」と手を挙げる。それには隣の希が「私が教えてあげるわ」と答えていた。


 彼女は妻に任せていればいいだろう。

 放置して、俺は本題に入っていく。


「しかし、先輩俳優として『演技』を教えてやれないとなると……。仕方ない。代わりに、一つ情報をくれてやろう。おまえが『異世界むこう』で上手くやっていけるようにな」

「いまさら先輩面してることにツッコミたいけど……。それよりも、『異世界むこう』? こっちじゃなくて?」

「ああ、『異世界むこう』のアドバイスだ。『異世界むこう』の事情は、あの吸血鬼から詳しく聞いているからな」

「クウネルから聞いたなら、本当に詳しそうだね。千年前から『終譚祭』まで、色々と」

「その『終譚祭』とやらで、『異世界むこう』は不安のない世界になったらしいな……。だが、どれだけ平和と言っても、せいぜい数年程度だろう。すぐに綻びは生まれる。なぜなら、人間は愚かゆえ――いや、そんな大仰な形容は要らないな。人間は単純に悪人ゴミばかりだからだ。すぐ争い出す」

「……そうだね。永遠なんて、そうそうない。だから、みんな頑張って、みんな託して、生きていくんだと思う」


 綻びそれを息子は否定しなかった。

 というより、悪いものと認識していない様子だ。

 俺の言う悪人ゴミを、『強い人』と尊敬している。

 争うからこそ、『人』は進化していくのだとも信じている。

 綻びそれは減らし制御するものであっても、根絶を目指すものではないという価値観のようだ。


 俺も近い価値観だったが、『異世界むこう』の当事者であるエルミラード・シッダルクからは少しクレームが入る。


「ススムさん。大変興味深い話ですが、僕は争いを止める立場にあります。その争いを生むであろうクウネル姫のことを少し聞いても? 彼女はどのような話を、あなた方に持ちかけたのです?」


 それこそ、俺から息子に話したい情報だった。

 なので、点数取りも合わせて、素直に頷き返していく。


「君の想像通りだろうが、魔法を教える代わりにと、とある取引を持ちかけられた。それに、すぐ俺と希は乗った。なにせ、あの吸血鬼の交換条件は本当に軽いものだったからな」


 取引の日を思い出す。

 そういえば、あの吸血鬼との交渉も、この部屋だった。

 とはいえ、あのときは冷たいテーブルを挟んで、本気の駆け引きだったが……。


 彼女は人懐っこい仕草と表情で、息子よりも長く詳しく、『異世界むこう』について話した。

 それだけの時間的余裕があった。それだけ行動が迅速だった。

 その後、吸血鬼は無償で俺たちの表の仕事を手伝い、恩という恩を重ねてから条件を提示した。


 ただ、その取引内容を、息子と息子の嫁はゲームを楽しむように推理していく。


「んー、クウネルと取引かー。父さんと母さんに持ちかけてるなら、やっぱり僕のことだよね? ……となると、僕の『不変』の再発とか?」

「あー、またカナミを『理を盗むもの』にしたいってこと? 確かに、もう一回色々なものにリベンジしたいクウネルちゃんにとっては、それが一番かもね」


 あの吸血鬼とは、『異世界むこう』で交流があるのだろう。

 ほぼほぼ正解だった。


「ああ。俺たちは吸血鬼クウネルに、相川渦波に新しく『未練』を作って欲しいと頼まれた。ただ、それが最上だとは言っていたが、できなくていい・・・・・・・とも言われた。そして、その後にもっと容易な条件を提案された。よくある交渉術ドアインザフェイスの初歩だな」

「え……、できなくていい? だから、父さんからそこまで敵意を感じなかったんだね。で、その後の条件って言うのは……」

「代わりに「こちらの日本の法律に則って、『相川渦波』と『クウネル・クロニクル・シュルス・レギア・イングリッド』の婚姻を成立させる」という条件が出てきた。あの女は『アイカワ・クウネル』になりたいようだな。魔法のお礼は、その戸籍をこっちに作るだけでいいと言っていた……が、それさえも次善と言って、これもできなくていい・・・・・・・・・・と譲歩してきた。最悪、できるだけ長く、この日本社会に相川渦波を縛り付けてくれたら、それだけでいいと……。本当に軽い条件だろう?」


 正解されたので、もう回答は隠さない。

 いずれ辿り着かれるであろう答えを、先んじて公開した。


 それを聞いたエルミラード・シッダルクは、何かに気づいたのか、非常に顔を険しくした。

 対照的に、息子の嫁は興奮で騒ぎ出して、息子が宥める。


「おおっ! 『不変』が無理なら、結婚! こっちの理由はわかりやすいし、私好みでいいね! なーんだ、結婚それが目的だったなら、私も色々と戦い方を変えたのにー!」

「いや、いまの取引内容には恋人として憤って欲しいところだけど……。というか、いまさら結婚? そんなもので僕に『未練』なんてできるのかな?」

「そんなものぉお!? はーっ、そういうところ、カナミの駄目なところだよね! 逆にクウネルちゃんのいいところ! カナミの『未練』はどうでもいいけど、クウネルちゃんの『未練』を果たすためなら、いまのアイディアを応援するまであるよ、私は!」

「えー」


 夫婦漫才は放置だ。疲れる。

 なので、前もって用意していた忠告を続けていく。


「と、おまえたちは軽く考えるだろうから、さっさと忠告を終わらせよう。渦波、あの吸血鬼は非常に危険だ。たった一人の男を自分の物にする為ならば、手段を選ばない。そういう目をしていた」

「断言するんだね。クウネルとの付き合いは、僕たちよりも短いのに」

「経験があるから断言する。あの目は、よく知っている。ああいう目でよく見られたからな、昔は俺も」


 と言って、一応伴侶に目を向けるが、思い出を共有することはできなかった。

 もうのぞみの目が俺に向けられることなく、ラスティアラ・フーズヤーズだけに集中していた。このも大変だろうが……まあ、見たところ利害は一致してそうなのでいいか。放置して、次の話だ。


「あの吸血鬼クウネルは、百年後二百年後を見据えているように見えた。おまえを『不老』にして、そこのお嬢さんが死ぬのを待つ気なのだろう。さらに三百年後四百年後、「ああ、そういえば日本では夫婦でしたね!」と、独り身になったおまえに白々しい話を持ち出す気だ。そして、少しずつ少しずつ、邪魔者のいなくなった千年後にて、本気の勝負をしかけてくるだろう」


 このあたりの忠告は『勘』だ。

 いま現在、吸血鬼は『異世界むこう』で敗北者で鼻つまみ者。その上で『不老』であるのならば、そういう手段と戦略を取るはず――という予測に、息子も同意していく。


「クウネルなら、やりそうだね。千年で駄目なら、もう千年。そういうことができる頑張り屋さんだから」

「だねっ! クウネルちゃんは努力家で、あのティアラお母様から千年逃げ切った賢さもある! 本当に要注意人物だよ!」


 そうか。

 頑張り屋さんで努力家か。

 敵のクウネルの暗躍を嬉しそうに話す二人は放置して、俺は話し続ける。


「ここまでが俺のスポンサーからの要求で、今回の事件の発端だな。このスポンサーの要求に合わせつつ、俺は俺自身の目的を達成しようとしたわけだ。昨日散々話したが、こちらの日本社会で渦波むすこを自由に道具として使いたかった――が、完敗して、この体たらくだ」


 少し強引だが、話を締め括った。

 その上で、次の提案をしていく。


「情けない父親だが言わせてくれ、渦波。あの吸血鬼は、俺よりも強い。だから、あの女と結婚するのが安全で、合理的で、最上だろう。建て前だけでも婚儀を果たせば、向こう千年の繁栄は約束されるからな」

「まだ父さんはクウネルの味方なんだね。そういうスポンサーさんを大事にするところ、ほんと芸能人っぽいよね」

「茶化さなくていい。あの吸血鬼は、おまえが望む望まないにかかわらず、その目的を必ず果たしてくるぞ」

「それは覚悟してる。いや、期待してるのほうがいいのかな? その上で、クウネルに負けないって自信もあるんだ」

「あの女は表舞台にすら出ず、裏からおまえを奪おうとし続けるだろう。今回なんて、俺たち夫婦を捨て駒だ。信じられるか? 想い人の両親だぞ? それを迷いなく捨てられるような女は、味方につけておいたほうがいい」

「んー……。もしかして、本当にクウネル気に入ってる?」

「ああ、あれはいい。すごくいい女だ。だから、こうやって親として、婚約者に推させて貰っている」


 息子は俺を『強い人』と褒めたが、もう俺は頷けない。

 『人』である以上、どうしても老いというものがある。託すしかなくなる転換期が訪れる。

 しかし、あの吸血鬼は違う。そういうハンデが一切ない。

 あれこそ、『強い人』の完成形だと評価しているが――


 俺が褒めると言うことは、つまり邪悪ということでもある。

 それに希も同意していく。


「そうね。あの娘も悪くなかったわ。ラスティアラちゃんも魅力的だけど、あっちは理解できる範囲で魅力的だったもの」


 俺と希の吸血鬼クウネルへの評価は、揃って高い。

 高くないと、こうして取引に応じていないので当たり前の話ではあるが……。

 それを聞いた息子は少し驚き、すぐに苦笑を浮かべた。


 ただ、それは「クウネルって、そんなにやばいじゃないんだけどなあ」という狂人の苦笑だった。


 いや、それはない。あれは絶対、おまえの思っているようなぬるい情愛じゃない――

 という吸血鬼の評価に関しても、面倒なので放置して、俺は最大の本題に入っていく。


「だから、あの吸血鬼との間に子どもを産んで、孫を寄越して貰えると俺たちは助かるな。今度こそ、最高の役者に育てる自信もある。――永遠に生き続ける全世界で『一番』の役者の誕生だ」


 それを聞いた息子は、目を丸くする。その未来は考えていなかったという顔だ。


 そして、それはなぜか妻の希も同じだった。けど、息子よりも早く持ち直して、要求を「私はラスティアラちゃんとの間の子どものほうが欲しいわよ? 陽滝ちゃんのときの経験を活かして、次こそ完璧な魔性の女に育ててみせるわ」と直してから、隣の息子の嫁に通していた。


 その両親の反応に、息子は強い語気で答える。


「僕と陽滝を育てた父さんと母さんに、子供を預ける? 正気じゃないよ。……というか、子どもはモノじゃないからね。もし孫が産まれても、絶対に僕たちで育てるから」


 続いて、嫁も「そればっかりはお許しをー!」と希に訴えかけていく。


 予想通りの反応だ。

 ただ、俺的には、おまえら二人が育てるよりも、最悪な俺たちが最悪に育てた方がまだマシそう……、という心からの善意だったのだが……。


 伝わらなかったようだが、仕方ない。

 諸々の心配は放置して、俺は「言ってみただけだ。いまのは頭の隅に、考えてくれる・・・・・・だけでいい・・・・・」と、最後の取引を雑に果たしておく。これで、あの吸血鬼とも次の交渉ができるだろう。


 ただ、希のほうは「私は諦めないわよ。何度も顔を見にいくから」と親心を見せ続けていた。それに乗っかって、俺も親心を持って忠告し続けていく。


「しかし、おまえが全く譲歩しないと言うのならば……。これから先、あの吸血鬼クウネルは、おまえたちの前に何度も立ちはだかるだろう。強大な敵としてな」

「そこは望むところだから、大丈夫。絶対に負けないよ」

「基本、負けないだろうな。だが、永遠ではない。昨日のような戦いが何度も、何千年も繰り返されれば、いつかはおまえでも負ける。そう思わないか?」

「思わないよ。だって、父さん。これは僕とラスティアラの愛に関わる話だ。たとえクウネルでも、僕の『たった一人の運命の人』だけは変えられない。絶対に、間に入れない。……何度も言うけど、愛だよ。僕たちには、愛の『証明』がある。それは僕の『呪い』さえも乗り越えた『証明』! 僕とラスティアラの愛には、誰も敵わない――って『証明』したいから、もっともっと挑戦してきて欲しいくらいまであるよ! クウネル、楽しみにしてる! いまも聞いてるのかなぁ!? 僕たちの後日談を一緒に楽しく紡ごう! あはっ、あははははははははっ――!」


 愛の話は地雷らしい。急に息子は強気で謳いだした。


 やはり、洗脳されててもされてなくとも、こいつは大して変わらない。

 付き合ってられるかと、吐き捨てる。


「ああ、本当に気持ち悪い……。薄気味悪い子どもに育ったな、カナミ。殺したいくらいだ」

「ええ。あの陽滝よりも不気味というのは、よっぽどよ……? 世界平和のために殺されても文句は言えないわ」


 希も俺と同じ感想を抱いて、ぽろりと本音を漏らしてくれた。

 そして、その俺たちの反応に、息子夫婦は――


「あっ、いまのは私でも分かった! すごく本音っぽい! よかったね、カナミ! なんだかんだ距離が縮まってる! 殺意かもだけど、確かに『本当の糸』を感じた!」

「ああ、ラスティアラ……。本当によかった……。『いないもの』はトラウマだったけど、これで完全に乗り越えられた気がする! やっぱり、洗脳はいいね! ショートカットで『絆』が前進していく!」


 二人が「あはは」「うふふ」と笑い合って、友人のエルミラードは「やれやれ」と溜息をついていた。


 その様子を見て、俺は独りごちる。


「本当に……、はあ。ほんと育て方を間違えたな……」


 これに尽きる。

 ただ、その自らの失敗を認めた俺に、より一層と息子は嬉しそうに答えていく。


「間違えたね。でも、間違いじゃなかったんだ。だから、僕は息子のままで……また『里帰り』するよ。定期的に、僕たちと戦って欲しい。洗脳勝負くらいなら、何度だって受けて立つよ」

「何が、くらいならだ。もう戻って来るな。あのクウネルと結婚した場合だけ戻ってこい」

「いや、ラスティアラとの結婚式にも、必ず参列して貰うからね。いまからでも、感動的なスピーチ考えてて」

「こっちはともかく『異世界むこう』の式に、俺たちは必要ないだろ? というかスピーチなんて、俺の愚痴大会にしかならん」

「もう記憶喪失で迷い込めなんて言わないから、お願い……。二人が参列してくれることが、僕とラスティアラ……それと陽滝への祝福にもなると思うから……」

「……はあ、分かった分かった。ああ……、これから先、これが口癖になりそうで最悪だ……」


 話を終えている俺は、もう抗う気はなかった。

 最終的には、項垂れて降参した。


「ありがとう、父さん」

「……ああ。どういたしましてだ」


 こうして、互いの説明と要求が通り合って、一旦話が終わる。


 合わせて、静寂が満ちていった。

 そして、炬燵に入った全員が一斉に、用意された雑煮に手を付け出す。


 話題が尽きて、手持ち無沙汰になったのだ。

 それぞれが、お椀に口を付けて啜ったり、餅を伸ばして食感を味わったりして――

 まずエルミラード・シッダルクが餅の味に驚き、希の腕を褒め称えた。それから息子夫婦も「美味しいね」と微笑み合って――、その様子を見る俺と希は、どこにでもいる普通の親のようで――


 穏やかな時間が、五分ほど流れた。

 そのあと、俺は聞く。

 何気なく。


「――それで、カナミ。『異世界むこう』でも元気だったか?」


 自然で、素の問いかけだった。

 もう台詞読みではない。


 それを聞いた息子は顔を明るくして、『異世界むこう』の嫁と友人も続いていく。


「もちろん! ……って言いたいところけど、正直ずっと大変だったかなぁ。思い出すけでやばい時期が一杯ある」

「んー。カナミって、元気だった時間のほうが少なくない? いつもボロボロだったイメージ」

「そうかい? ライバルから見ていると、ずっとカナミは『英雄』らしかったと思うけどね」


 どうやら、大変だったらしい。

 けど、まあ……、元気にもやっていたようだ。


「そうか。それなら、いいんだ……」


 すぐに俺は話を切り上げた。

 が、そのあとも三人の話は続いていく。

 切っ掛けさえあれば、いくらでも苦労話は続けられるらしい。

 三人で「あれが大変だった」とか「あれは死にかけた」とか、『異世界むこう』の話で盛り上がり始める。


 それは概要あらすじだけではなく、『行間』も含めた思い出話だった。

 くだらない幕間や当事者の感想も交えて、たっぷりと俺は聞いて――


 さらに時間は過ぎていった。

 ただ、日が暮れ始める前には、エルミラード・シッダルクは大事な仕事があると言って、このマンションを去った。

 今回の情報を元に、また吸血鬼クウネルを追いかけるらしい。そして、その追跡劇に俺たち家族四人は関係ないと釘を刺してから、行った。


 少し気を遣われた気がする。

 彼の気遣いに感謝しつつ、俺と希はそのまま、息子たちの『異世界むこう』の話を聞き続けた。

 ただ、偶に俺たちも――


「――渦波は、そのとき何をしていたんだ? またクズ行為でもやっていたのか?」

「やっぱり、陽滝ちゃんは陽滝ちゃんね。そういうところが、こっちにいたときもあったわあ――」


 話に加わる。

 もう抵抗はなかった。

 昨日の馬鹿みたいな戦いを終えて、もうファンタジーに抵抗などあろうはずがない。

 なにより、ツッコミを放棄したことで、精神的負担が少なかった。


 だから、本心から『異世界むこう』の物語を楽しめた。

 偶に口を出しながら、夜遅くまで四人で話し続けられた。


 ――だから結局、相川渦波とラスティアラ・フーズヤーズの『異世界むこう』への帰還は少し遅れることになる。


 丸一日のずれだ。

 そのずれは、俺と希の勝利が得たものではない。負けて得たものだ。

 ただ、負けたからと、悪い時間ものとは思わなかった。


 こういうのも、偶には良い時間ものかもしれない――

 昨日の敗北のせいで、そう半ば強制的に実感させられつつ、俺は家族との時間を過ごしていく。

 新しい相川家の時間だった。


来週は短いです。

来週カナミ視点を少しして、『元の世界』編は終わりです。


※好きラノさんの人気投票結果でました!

 二十六位! 応援・投票、本当にありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ただ気持ち悪い…
[一言] 娘はノスフィーの転生で良かった。カナミの周りには頭おかしい大人がほとんどで、ノスフィーじゃないと産まれから人生詰んでるね。
[一言] ※この作品の(元)主人公と(元)ヒロインです。 という言葉を地の文章でくっつけても許されそうなカナミさんとラスティアラさん……
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