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04480.里帰りその11


 レストランフロアに雷が迸った。


 電気変圧器テスラコイルの化学実験パフォーマンスのように、青白い根っこが空間に張り広がり続けている。

 それはファンタジー映画のエフェクトのようでもあり、非常に激しく、かつ現実味がなかった。


 しかし、視覚以外の情報は「本物だ」と訴えてくる。

 まず鼓膜を叩く帯電の破裂音。

 空気が振動を伝搬して、皮膚が強張る。

 テーブルを電撃が貫くと、焦げ付く匂いが鼻腔まで届いた。


 ――触れれば、感電死する。


 そう確信させるだけの雷撃が、目にも留まらぬ速度で迸り続ける。

 それは天災であり、超常現象だった。だから、人に避けられるはずがない――という俺の確信を覆して、目の前で少女は猛攻をしのぎ続けている。


 ラスティアラ・フーズヤーズが吹き抜ける風のように動き回って、相川渦波の操る電撃全てを避けていた。


 もちろん、テーブルや椅子などを盾にしての回避も交じっている。

 おそらく、魔力や魔法やらが関係しているのだろうが、ときには避けきれない電撃に対して、壊れた玩具の剣先を使って上手く逸らしたりもしていた。


 現実感リアリティを削られる光景だと思った。

 彼女の手に持っている武器も相まって、気を緩ませるとアニメーションムービーを観ている錯覚に陥ってしまう。


 ただ、その間違いなく俺の目を気にした二人の第二ラウンドは、数十秒ほどで一旦途切れる。

 一向に雷が直撃しないことに、相川渦波は楽しそうに笑って、ラスティアラ・フーズヤーズは喜んで答える。


「あははははっ、流石ラスティアラ! よく避ける!」

「思ったよりも楽だよ? その鉄のステッキと視線を向ける必要がある限り、次にどう来るかなんて簡単に読めるからね」

「その子供みたいな理論……昔、僕も考えてたな。実践されると、なんだかちょっと嬉しい気分になっちゃうね。……ただラスティアラ、おまえが避けられているのは『それ』だけじゃない。君の『剣術』と『武器戦闘』は、本当に研ぎ澄まされてるんだ。100層でレベルダウンしたときと比べても、ずっと」

「え、そうなの? だとしたらそれは、いい先生がいたからかなー? レベル上げを抑えていた分、アレイス流頑張ったからねー」


 二人が暢気に「あはは」「うふふ」と話すのは、おそらく話している間は攻撃しないという暗黙の了解があるからだろう。


 ならば、ここで手の空いている俺が不意打ちをすべき……なのだが、先ほどから相川渦波の視線が、こちらに何度も向けられている。


 警戒しているわけではないのだろう。

 『主人公』として見ている相川進おれの行動を、期待しているのだ。


 その待ち構えている相川渦波に無策で飛び込むのは、狼の口の中に飛び込むようなものだ。

 俺は辛抱強く、不意打ちを我慢し続ける。

 好機ときが来るまで、ツッコミ一つ入れてやるものか……と誓う俺を揺さぶるように、二人は馬鹿話を続けていく。


「でも、ラスティアラ。こんなに悠長に時間をかけ続けてもいいの? 言っとくけど、いまの僕が持っている武器は無限の電力だけじゃないよ?」

「あ、やっぱり? さっきから空気が薄いのって、上でブイーンって言ってるやつのせいだよね。なんだか、凄く息切れしやすくなってる」

「その通り。ここの空調設備は、メーカー最高品質のものだからね……。いい出力で、こっちは助かってるよ」

「空調……ってことは、ただ冷えるだけの氷結系の魔法じゃないんだね」

「いまの僕の身体のトレンドは、陽滝の氷じゃなくてライナーの風だからね。ラスティアラが雷を避け過ぎるから、気圧変化を試してるんだ。じきに目眩と吐き気が出てくると思うよ」

「ふーむ、なるほどなるほど。やらしーなー」


 酔っているせいだろう。しゃっくりをしながら、慎重な性格のはずの相川渦波が、自慢するように自分の手札を一つ明かした。


 どうやら、俺も感じていた息苦しさは、緊張とストレスからきたものではなかったらしい。

 とはいえ、いま戦っているラスティアラ・フーズヤーズと比べれば、いくらかマシのはずだ。おそらく、相川渦波は電気の流れを《ライトニング》でコントロールしたように、空気の流れも《ワインド》で向かい合っている敵に集中させている。


 そして、どちらも機械の出力に頼っているので、ほぼ魔力を消費していない。

 下手すれば、電撃も冷気も空調も無限に続く――と向かい合っているラスティアラ・フーズヤーズは、俺と違って・・・・・分析したようだ。


「いまのカナミの魔力で、ここまで広範囲にやれるのはそういうことか。確かに、悠長にやってられないね」

「現代科学の最新設備あってこそだけどね。いまの僕にふざけた魔力は無い以上、こうやって元々あるものを利用させて貰うよ……。で、この最小限の魔力で最大の効果を得る戦い方を名付けるなら、『環境戦闘』がいいかな? 戦闘系スキルのレア派生って感じで」

「…………っ! いいな、それ。私も最近マンガ読み始めて、才能なしでも周囲を上手く活かして勝つタイプが好きになってきたから、そういうの欲しいかも」

「よかった……。ラスティアラも、そういうのが分かるようになったんだね。そうだよ。だから、例えば……ラスティアラが甘く見てたグレンさんとか、本当は凄かったんだよ? あの色んな道具を使うスタイルって、滅茶苦茶格好良かったんだ……」

「ああ、そのタイプって私たちの世界で言うとグレンになるのかぁ……。あいつ、格好良かったんだね……! これが大人になって分かる渋さってやつ!?」

「あははっ。こっちに来て、ラスティアラが色々なジャンルに目覚めていってるの、本当に嬉しいよ。ただ、だからこそ分かると思う。この僕の『元の世界こちら』ならではの強みもね――」


 いや話によれば、グレンという男は才能ありまくりの人類種最強では……?

 色々と基準が壊れている二人へのツッコミを俺が呑み込んだとき、ずっと立ち止まっていた相川渦波が、コンセント前から動き出した。


 その手に持ったスタンガンを地面に当てる。

 途端、フロアが大きく揺れた。

 続いて、甲高い音が鳴り響く。

 鉄や石が擦れ合うような音だった。


 周囲を見ると、ここまでの戦いで散乱していたものが、ひとりでに動き出していた。

 ただ、無条件で全てというわけではない。

 レストランとして常備されていたフォークやナイフ、砕け散った窓に使われている金具、倒れた者の懐にあるスマートフォン、他にも色々な――


「ま、周りの物が引き寄せられて……って、私の剣もっ!?」

「それ、音と光が出るやつだからね。ちょっと値は張ったけど、スピーカー内蔵型を買って良かったよ」


 おそらく、電磁力。相川渦波を中心にして、色々な金属が引き寄せられていた。


「さて、見ての通り。この現代日本が舞台なら、僕のほうが理解が深く、有利――」


 格好付けて、宣言する――が正直なところ、空調も電磁力もそこまで脅威ではないだろう。


 ラスティアラ・フーズヤーズは手に持った獲物が持ちづらいと思っても、奪われたわけではない。

 話に聞いていた『異世界むこう』の魔法と比べると、どれも決定打に欠けていると感じた。


 しかし、相川渦波のほうが利用できるものが多いのも確かだ。

 空気を薄められ、獲物を引き寄せられるラスティアラ・フーズヤーズは、雷に覆われた相川渦波を睨む。


 そして、少し構えを変えた。


「なら、こっちも少し本気出すしかないね。私の鍛えた『剣術』が、この程度を打破できないと舐められるのも癪だし」

「『剣術』だけでやれることは限界があるよ。あのローウェンだって、『舞闘大会』では広範囲魔法に手を焼いていたんだから」

「いや、色々カナミは魔法を使ってるけど、この状況の脅威の源は、ほぼ電気のみ……。なら、私は電気を斬るだけでいい。アレイス流『剣術』なら、それを可能とする技がある」

「電気を斬る……。そんな限定的な型あったっけ? 千年前、雷メインの『理を盗むもの』もいなかったし」

「あるよ。私はカナミの見てないところでも、みんなと剣を研いできたんだ……。だから、これはアレイス流を全て覚え、精通した者だけが届く隠された技。そして、皆伝したものだけが編み出せる新しき型」

「んー……、なるほど? ……いや、新しいの? 古いの? どっち?」

「『アレイスの剣は、全ての雷を絶つ』!! ――『一閃』っ!!」


 相川渦波がツッコミを入れた隙を突いて、ラスティアラ・フーズヤーズは一歩大きく踏み出したあと、宙返りをしながら手に持った獲物を横に振った。

 瞬間、折れた玩具の剣先から、まさしく閃光のようなものが迸る。


 同時に、相川渦波が纏っていた雷が、上下二つに割れた。

 放電が止まったわけではない。

 しかし、音の種類が一つ消える。

 足下のタイルではいずっていた金属たちの動きが全て止まったのだ。


 おそらく、フロアに発生していた電磁場のようなものが、いま消された。

 その技を見て、相川渦波は心底驚き、呟く。


「ぼ、僕の電磁結界を斬っただとぉ……? けど、それアレイスの剣じゃなくない!? 明らかに、なんか魔法奔ってた!」

「ちっ、ばれたか……。でも、フェンリル・アレイスはこういう魔法剣が今風いまふうで、むしろ本場だって言ってたもんね! アレイス判定っ、セーフ!」

「ああっ、ローウェンが使えない型を勝手にまた増やして……! 絶対あの世で悔しがりながら喜んでるよ!」

「ふふっ、確かに! 嬉しそうに「いや、魔を絶つのに魔を使ったら本末転倒だろうに!」とか言いつつ、許してくれそう!」

「あははっ、言う言う! それにしても、センスが凄い……! 魔力ありだとしても、ちょっと僕の《ライトニングアロー・スタン》を見ただけで、すぐに『雷の流れる道を作る雷の魔法』を剣に纏わせられるなんて……」

「いまくらいの雷なら、剣士タイプになった私でも使えるからね。つまり、さっきのレアスキル『環境戦闘』も、私のものだ!」

「これは、僕も負けてられないな……。…………。よし、考えた。名づけるなら、これは――」


 呟きながら、相川渦波も構える。


 身を少し屈めて、片足だけを大きく前に出した。

 スタンガンを持った手を逆側の腰に持って行き、空いている手に電撃を集めてから、電極近くに沿える。


 すると、スタンガンの先から濃い紫の雷が放出され出した。

 雷による擬似的な剣が構築され、相川渦波は鞘に刀を納めているようなポーズで宣言していく。


「――アレイス流剣術『雷切らいきり』」


 …………。

 そろそろ、真面目に観戦するのも限界が近い。

 最近ハマったゲームか何かに影響されているのはもう察しているが、その息子を父親としてどういう顔で見ていればいい?

 近くで聞いている父親おれを恥ずかしさで攻撃しているのではないかとさえ思う。

 そして、ついに――


 決めポーズのときもチラチラとこちらを見ている相川渦波を前にして、ついに俺は、その気持ちが分かってしまう。分かってしまった。


 どうにか「格好いいぞ」と褒めて貰いたいだけの相川渦波に、俺は頭を抱える。

 ただ、そんな俺とは対照的に、対峙している伴侶のラスティアラ・フーズヤーズの目は輝きを増していく。


「か、かっこいい……!!」

「雷を斬る伝承はポピュラーで、ハズレなしだからね。そこに加えて、この居合術の構えだ。もう負ける気が全くしないね」

「私もやりたい……! こ、こう?」


 ラスティアラ・フーズヤーズも真似して、居合術(?)の構えを取った。


 見栄えだけは良かった。

 二人はボロボロになったフロアを舞台に、迸る雷光という演出を得て、少年漫画のワンシーンのように向かい合っている。


 だが、観戦する俺は「居合いをするなら、立っていては意味が無いのでは……?」と思ってしまう。あれは文字通り、座っているときに不意打つ技術だったはず。立って向かい合ってしまうと、立ち合いの技術になる。

 い、いや、しかし……。確か二人は一応、『異世界むこう』で剣のプロフェッショナル。単に俺の知識が浅いだけかもしれない。

 なにせ二人とも、立ち合いで構えてこその居合術だと、自信満々の表情をしていた。

 これこそが正しい『剣術』だと思わせるだけの堂に入った構えでもあった。


 もう色々面倒なので、この空気に俺は自ら騙されようとしたところで――


「アレイス流剣術『雷斬らいきり――」

「――・一閃いっせん』!!」


 二人は叫び合った。


 まるで、コイントスで始まる西部劇の銃撃戦――ではなく、子供の運動会の号砲スターターピストルに聞こえた。


 こちらまで、二人の子供っぽさが伝染しているせいだ……。

 そう言えば……、一度も運動会を観に行ってやったことなかったな……。


 と俺まで暢気になって思いながら、二人の疾走を見守る。

 速かった。

 先ほど二人をオリンピック選手に例えたが、もはやそれは適当でない。

 獣さえも違う。まさしく、この空間に満ちるいかづちのようなスピードだった。


 一瞬で二人の間合いは潰れ、互いの獲物が同時に振り合われ――


 明かりが消える・・・・・・・


 フロア全ての電灯がオフになった。

 ゆえに残った明かりは相川渦波の纏う放電――ではなく、それさえも消えていた。

 明かりは、二人の持つ獲物が発する僅かな電光と閃光のみとなる。


「――――っ!?」


 相川渦波は驚いているだろう。

 逆にこちらは「やっとか」と、俺と気持ちの通じ合っている伴侶の顔を思い浮かべて、駆け出し終えている。


 間違いなく、のぞみだ。

 あと少しで我慢し切れなくなるところだったので、本当に助かった。

 別行動中のあいつが、監視カメラで情報を集めて、タイミング良くブレーカーを落としたのだ。


 あいつも俺と同じく・・・・・、相川渦波は『魔力と電力が無限にあるかのような演技』をしているだけと見抜いたのだろう。


 おそらく、相川渦波がコンセントから離れても放電し続けられていたのは、見えない供給ラインを繋げていたか、タイルの下を通して電力を受け取っていたのか――

 何にせよ、いま相川渦波は大事な供給源を一つ絶たれて、電力を失った。


「ナイスゥ! お義母様!!」


 つい先ほどまで希と戦っていたラスティアラ・フーズヤーズも、この状況の理由を察していた。

 予期せぬ援護でも、すぐさま自分の有利に変えて、暗所だろうと疾走を加速させる。


 つまり、正面からラスティアラ・フーズヤーズが立ち合いで、不意を打ち。

 裏から俺が居合いの如く、さらに不意を打つ――!


「――――!」


 俺は無呼吸で走る。

 相川渦波の放電は、すぐにマンションの非常用電源で復活するだろう。

 その前に、必ず終わらせる。

 この好機だけは逃さない。


 ここまで、馬鹿ップルのイチャつきを黙って見守っていたのは全て、この瞬間のため。

 なにより、この門外のオタクトークと身内ネタに挟まれたかのような空気が、もう本当に……、本当に堪えられない……!


 そんな正直な気持ちのまま、俺は『魔法』を叩き込むべく、明かりに向かって駆け抜ける。






幼少期にカナミがオタトーク全開にしていたら、未来は少し変わっていたかもです。


せっかくのクリスマスなのに、いつもの半分程度になり申し訳ありません!

皆様も気温の変化にはお気をつけください。


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― 新着の感想 ―
[一言] すごい人なのにファンタジーの世界の住人な二人のせいで常識人に見えるパパ不憫かわいい よいお年を!
[良い点] 最高に楽しそうな渦波さん [気になる点] いい歳こいてヒーロごっこをする息子夫婦を見せつけられて可哀想な進さん [一言] 流石はオリジナル魔法を作れるメンタル状態の渦波 敵補正と洗脳補正も…
[良い点] 進さんかわいい カナミさんは本当ノスフィーそっくりだなあ パパに殴ってもらったら喜びそう
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