表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/46

04470.里帰りその9



 本当の『魔法』。

 ある条件の人生を『代償』とすることで、超常的な力を引き出す邪法だ。


 条件は満たしていると言われた。

 そして、その本当の『魔法』だけが、俺の魂が求め続けた力になるとも言われた。


 既に、力の確認はしている。

 たとえ対象が息子であっても、期待している通りの効果を発揮する自信もあった。


 だが、まだ警戒は解けない。

 この一週間、『相川渦波』が特別であることは何度も確認した。


 だから、俺の『魔法』を受けて、テーブルに突っ伏した相川渦波には、まだ無闇に近づかない。

 まず落ち着いて、レストランのカウンターに向かった。

 係員は気絶しているので、自らの手でカクテルを二人分用意して、元の席に戻っていく。


 急ぎ向かうべきところはある。

 が、いまは焦るよりも確認すべきだ。


 丁度、俺が親子の席に戻ったとき、相川渦波は顔を上げていた。

 似ている。俺とのぞみの面影がある。

 黒髪黒目に、『異世界むこう』で負ったらしい火傷跡。

 その火傷跡マイナスがあっても、身なりを整えれば、どこかのモデルか俳優と扱われるだろう。

 妹よりは劣っていても、間違いなく俺たちの血を継承しているのが分かる。


 その俺の息子が、頭をふらつかせていた。

 もう拘束用の魔法陣は解除している。なので、その深海のように深く暗い瞳が、俺に向けられる。


「とう……、さん?」


 視られている。

 「見る」ではなく、「視る」。

 家に帰ってきた相川渦波は、もう俺の知っている息子とは別物だった。

 かつて怯えた瞳で俺を見ていた男が、いまはどこか遠くから俯瞰するように視て・・きた。


 その特徴的な視線の息子の前に、カクテルを置きながら聞く。


「ああ、俺だ。渦波、大丈夫か?」


 『魔法』は成功したからこそ、『演技』は継続する。

 その俺の優しい声に気づいた相川渦波は、親からの気遣いを喜んで、口元を綻ばせる。


「……うん、もう大丈夫。ちょっとぼんやりしてたみたいだ」


 魔法陣と『魔法』の影響で、明らかな疲れと緊張が見て取れた。


 俺は息子がリラックスできるように、用意した自分のカクテルに口を付ける。

 いま、ここが歓談と酒を軽く交わせる場だと知らせて、にこりと笑いかける。


「それなら、良かった。……それじゃあ、父に協力してくれるか?」


 混乱気味の相川渦波は、俺を真似るように用意されたカクテルを手に取って口を付けていた。


 他の被験者たちと同じく、同調行動を取ってくれている。

 その再現性を確認して――しかし、まだ俺は『魔法』の効果を慎重に確認し続ける。


「協力……? 僕が父さんに?」

「ああ、味方でも応援でもいい。とにかく、俺の力になってくれたら助かるんだ」

「そんなの……、決まってる。父さんの力になるに決まってるよ」


 即答された。

 それどころか、確認されたことが心外のように、どこか怒りを滲ませてすらいる。


「ずっと僕は父さんの味方だ。応援しなかった日だって一度もない……。だって、僕は相川渦波だよ? あの有名な相川進の息子だ。世界で一番の、父さんのファンに決まってる……!」


 これも他の被験者たちと同じ反応だった。

 やや興奮して力説してくれたことに安堵しながら、俺は苦笑する。


「そうか……。それなら、いいんだ。父親として嬉しい話だが、少し耳がこそばゆいな」

「そうだよ、父さん……。息子として、これは当たり前の話だよ」


 そう答える息子の目は、もう恐ろしくなかった。


 「視る」のではなくて、普通に憧れの人を「見て」いるのを感じた。

 これならば、慣れた視線だ。『演技』する俺に騙される観客たちのように、好意と憧れをもって見つめているだけ。

 その盲目に対して、俺は「ありがとう」と慣れた台詞を返しておく。


 ――間違いない。『魔法』は成功した。


 聞けば、俺の『対象を自分のものにする魔法』は、『異世界むこう』では精神干渉や精神汚染系の洗脳魔法に分類されるらしい。

 ただ、それはゲーム的すぎる。なので、個人的には「都合の良い記憶操作をする力」と認識している。


 自己啓発セミナーや思想改造教育をギュッと固めて、相手の脳みそに詰め込むイメージだ。弄った記憶のあちこちに「相川進の素晴らしい姿」を刷り込んで、逃れられない愛着も植え付ける。

 つまり俗っぽく言えば、サブリミナルやインプリンティングで「相川進のファンにする」という力。

 もっと俗っぽく直球に、「信者にする」と表現してもいい。


 はっきり言って、まだ『異世界』の法則やらは理解し切れていない……しかし、こうして夜に明るい光の下で酒を楽しむのに、電灯や酒造りの詳しい知識が要らないのと同じだ。俺は『魔法』の効果を利用して、さらに聞き取りを進めていく。


「それで、渦波。いますぐ、その父に教えて欲しい。結局、おまえの目的は何だったんだ? 俺の『演技』に気づいていながら、こちらで悠長に生活していたのはなぜだ?」

「……ちょ、ちょっと待って、父さん。ごめん。まだ記憶が、少し混濁してて……。いまの僕が、昔のラスティアラと一緒なのは、なんとなく分かるんだけど……」

「あのお嬢さんと、おまえが同じ? ……いや、いまはとにかく、落ち着く時間が必要か。記憶の整合性が取れるまで、時間がかかるのは分かっている」


 大雑把な性格の人間ならば、『魔法』が馴染むのは早い。だが、無駄にさかしかったり、神経質だと時間がかかるのは実験済みだ。

 俺の息子は、その長引く典型と分かっているので、その混乱を辛抱強く見守った。


「本当に……、記憶がぐちゃぐちゃしてるな……。けど、大丈夫。……だって、記憶なんてなくても、魂は覚えてる。人生という道に刻まれた足跡は、残って消えない。なによりも、本当に大切なものは喪ったときにこそ輝く。だから……、あぁ、いま父さんのおかげで、僕の大切な理由がたくさん見えるよ……! 前以上に、父さんの姿がよく見える……! あは、あははははっ! なんて素晴らしい『魔法』なんだ……!!」

「か、渦波……。少し落ち着け」


 『魔法』が成功したのは間違いない。

 ただ、実験した傾向として、元々俺に好意を持っていた人が『魔法』を受けると神のように崇め始める。

 そこの分類に相川渦波は当て嵌まっていた。


 やはり、ファンよりも信者と表現したほうが良さそうだ。

 激しい好意は伝わってくるが、言葉選びが抽象的で宗教的過ぎる。


「――うん、もう落ち着いたよ。あと父さんのおかげで、ずっと靄が掛かっていた自分の目的と理由も分かった気がする」

「それは……、良かった。父として、嬉しい限りだ」

「僕の目的は、『昔みたいに親子らしい関係に戻ること』だよ。それだけを望んで、僕は『異世界むこう』から戻ってきたんだ」

「昔みたいに、か……。だが、それは叶わなかっただろう? もう俺たち相川家が親子らしくなんて絶対叶わない。それをおまえは、俺の『演技』を見破って、早々に理解していたはずだ。なのになぜ、すぐに帰らなかった?」

「……叶わない? それは違うよっ、父さん! むしろ、その『演技』バトルは、叶い過ぎてたんだ・・・・・・・・! 不安なくらいに僕は楽しくて楽しくてっ、帰るタイミングがいつまで経っても掴めなかった!」

「…………っ!」


 いま間違いなく、相川渦波は嘘を吐いていない。

 いかにビギナーとはいえ、『魔法』の成功の感触は分かっている。俄に信じられないが、これが心のままに明かされた相川渦波の真実のようだ。


「叶っていたのなら、良かった……。ただ、何にせよ、おまえは『帰らない』という選択を選んだ。ならば、この状況でも勝算はあったはずだ。どういう奥の手があって、どうして使わなかった?」

「勝算……? いや、奥の手なんて特に僕にはなかったよ。とにかく、父さんとはぶつかってから、そのあと考えるつもりだったから」

「……は?」

「準備したからって、上手くいくわけじゃないからね。現実というのは、いつだって冷酷で、どれだけ入念な計画を立てても敗北を運んでくる……。だから、大事なのは全力でぶつかることで――」

「ま、待て、渦波。それは思考放棄が過ぎる。負け続けるからと諦めてどうする。逆も同じだ。勝ち続けるからと油断してどうする。勝ち負け関係なく、常に『人』は、自らの人生に対して、準備をし続けるものだ。努力し続けて、戦い続けて、立ち上がり続ける。それが、『人』として、本気で生きるということだ」


 息子の情けなさに苛立ってしまい、洗脳した相手だというのに、つい俺は無駄な反論をしてしまった。


 父親のように叱りつけて、自らの教えを伝えると、息子は嬉しそうに頷く。


「……うん。その通りだね。いつも父さんは正しい……でも、『矛盾』も少しある」

「矛盾? この俺に、矛盾など一つもあるはずない。勝たなければ何も手に入らないのだから、勝つために最善を尽くし続ける。当たり前の道理だ」

「確かに、勝てば手に入る。けど、勝ちだけじゃないんだ。負けても手に入るものがある。いまの僕みたいにね」

「負けて、手に入る? いまのおまえが、何を……」


 いま、息子は負けている。

 この俺に敗北して、記憶と思想と自由を奪われた。

 その状況で得たものがあるというのは、俺には理解できなかった。


「だって、いま僕は本当の家族として、父さんと交流できてる……。昔みたいで、最高に親子らしくて……、嬉しい……」


 息子は涙ぐんでいた。


 なぜか感動的な物言いだが、全くもって俺には賛同できない話だった。

 当たり前だが、この洗脳を交えた支配関係は、世間一般の親子の時間とは程遠い。


「つまり、この状況こそが、おまえの目的だったと言うのか……?」

「そうだよ、父さん。だから、また昔みたいに、色々教えて欲しい。レッスンのやり直しだって、いくらでも付き合うよ」


 何度話を聞いても、一貫して目的は「親子の時間」に戻ってくる。

 理由も「昔みたいに」が繰り返されるだけ。


 本当にそうだったのならば、楽で助かる話だが……。

 真の目的を悟られないように、俺の知らない魔法なにかの防御機構があってもおかしくない。


 油断なく早急に、協力者ののぞみと合流すべきだと思った。


「そ、そうか……。だが、まずは一旦部屋に戻ろう。もう希とお嬢さんの決着もついている頃だろう」


 俺は話を逸らして、カクテルを飲み干す。

 この作戦を決行する前、希は「ラスティアラ・フーズヤーズの確保に自信あり」と言っていたが、成功確率は半々くらいと見ている。


 希が慎重で時間をかける性格というのもあるが、結局洗脳した相川渦波を使うのが確実なのだ。俺の選んだ伴侶ならば無茶だけはしていないという信頼の下に、合流を優先する。


「父さんたちは、ラスティアラを本当の意味で相川家の義娘むすめにするんだね?」

「おまえの奥さんならば、当然だろう? 何かおかしいか?」

「うん、おかしくない。当然だね……。ただ、まだ籍は入れてないから、奥さんって言い方は早いかなって」

「ああ、籍も大事だな。だから、俺としては早く『こちら』で式を挙げて、身も心も『こちら』に置いて欲しいところだ」

「別に『異世界むこう』で挙げても、ラスティアラは『ラスティアラ・アイカワ』になると思うよ?」

「それでも、『こちら』がいいんだ。じゃないと……、困ったことになる・・・・・・・・。頼む、渦波。この父の願いを、どうか叶えて欲しい」


 俺の『魔法』は記憶や思想を弄るが、全てにおいてイエスマンにするわけではない。

 違う人間ゆえに、こういった意見の食い違いが出るのは分かっている。

 ただ、その上で『魔法』の好意を利用して頼み込めば、必ず対象者は拒否できないことも分かっている。


「……うん、分かった。……やっと、本当の意味で・・・・・・分かったよ・・・・・。そういうことなんだね」


 だから、あっさりと相川渦波は頷いた。


 さらに俺が持ってきたカクテルも、従順に飲み干す。

 多少思うところがあっても、俺の全てを飲み干してくれたことに安心する――が、一方で、相川渦波は聞き捨てならないことを口にしていく。


「応援とか味方とか当たり前過ぎて……、ずっと父さんの『魔法』の目的と理由が分からなかったんだ。でも、いま完全に分かった気がするよ」


 俺が目的と理由を探っていた裏で、相川渦波も同じことをしていたと告げられた。


「俺の目的と理由? それは、もう聞いただろ? あの『詠唱』が俺の理由で、『魔法』の効果が目的そのものだ」

「うん、ずっと父さんは支配したがってる……。この僕の力も欲しがってる……。『異世界むこう』の力を利用して、いつか世界の全てを自分のものにするのが目的だ……。その父さんの願いを叶えるために、いま僕は此処にいる」


 ……間違ってはいない。

 結局は、全て自分のものにしたいというのが俺の欲望だ。


 俺の信者となった息子は、完璧に理解していた。

 しかし完璧すぎて、どこか恐怖を感じるのも確かだった。


「ああ……、そうだ。それでいいんだ。渦波、この家族の願いを叶えてくれ――」

「うん。必ず、叶えるよ。僕が、家族の本当の・・・願いを――」


 そう言い合って、俺たち父子は空になったグラスを当て合った。

 新たな門出を祝う乾杯をしてから、同時に席を立つ。


 同調行動どころか、俺の思うとおりに相川渦波は動いている。

 洗脳は成功している。その確認だけは入念に終えてから、広いレストランを歩いて、エレベーターの扉の前まで移動した。


 エレベーターが他階から戻ってくるのを、親子で並んで待つ。

 その途中、手持ち無沙汰となったのだろうか。

 相川渦波は新しい話題を投げかけてくる。


「そういえば、さっきの父さんの『魔法』……。僕が新しく、名づけてもいいんだよね?」


 まさかの技名についてだった。


 先ほどまでの正体不明さは、いつの間にか完全に消えていた。

 まるで子供みたいに顔を輝かせる息子に、俺は苦笑してしまう。

 こういうぬるい親子らしいやつならば、いくらでも俺は『演技』してやれる。


「ああ、さっきいいって言っただろ? おまえが満足するなら、好きに付けろ」

「良かった。正直、さっきのは流石にないなーって思ってたんだよね。……あと、『詠唱』のほうも、ちょっと弄っていい? あれだと父さんの人生が上手く伝わらない気がするから」

「おい、伝えてどうする? あれは自らの人生を詠んで、弱点を明かす行為だ。だから、俺は限界まで圧縮して、会話に混ぜたんだぞ? あのアレンジを変えるのは改悪だろう」

「でも、『詠唱』ってのは本当に大切なんだ。しっかりと叫ばないと、その……、なんというか、勝負してる上で卑怯な気がしない?」

「おまえは、本当に、はあ……。そういうのが好きだよな。ただ、俺らくらいの年代の大人からすると、技名ああいうのを叫ぶのは恥ずかしいんだ」

「その恥ずかしさも『代償』になるんだよ。絶対、もっと良くなると思うから、僕に任せて任せて」

「……分かった分かった。俺も何度も使うつもりはないから、もういい。全部おまえに任せる」

「うん、任せて。必ず、もっと強い『魔法』にするよ。だって父さんは、あの程度じゃない。もっともっと強くなれる……」

「渦波、強くし過ぎるのも問題なんだぞ? 聞けば、『消えない炎』やら『連鎖する闇』だの。『魔法』の完成形とやらは、どれも過剰火力だ。こういうのは、そこそこでいいんだ。気楽に使いやすいくらいの、そこそこでな」

「あはは……。やっぱり父さんって、ロマンよりも実用性重視のタイプだよね」

「そうだな、否定はしない。ロマンは……、余り役に立たなかったからな。憧れだけじゃあ、上には登り詰められないもんだ。勝てもしない」

「あぁ、やっぱり・・・・……。やっぱり、そうだったんだね」

「これは別に、厳しい業界で戦ってるからの話じゃないぞ? どの業界もそういうものだからな、渦波」


 ……不思議だった。


 支配して、いま息子と普通に話している。

 自由意志を奪った人形相手との会話なんて無意味だ。

 この会話の全てが無駄で、無価値と分かっていても――


 どうしてか、口が軽くなった。

 俺の教育の苦さを味わって、隣で口を尖らせている息子を見ると、久しぶりに父親らしいことができたなと思える気もした。


 そして、そのとき、エレベーターの電子音が鳴る。

 その談笑の終わりの合図を聞いて、相川渦波も話を切り上げようとしていく。


「じゃあ、そこそこでいいんだね? 父さん」

「ああ、そこそこでいいんだ。そこそこで」


 俺も適当に話を切り上げて、鉄の扉が開いていく。

 エレベーターの中に入ろうとする。


「…………?」


 だが、入れない。

 前に進めなかった。


 すぐに原因は分かった。

 引っ張られていた。

 俺が前へ行けないようにと、息子が俺の右手を握って立ち止まっていたのだ。


 とても柔和な微笑を『俺の理想の息子』が浮かべていた。

 その俺に似た唇から、新しい詩を紡いでいく――


「――『俺は世界あなたを踏み締める』。『波打つ道なき道めが』『よくも世界あなたは導いてくれた』――」

「――――ッ!?」


 俺の・・詠唱・・』だと、俺だから分かった。


 そして、そこそこじゃない。

 『相川進』を本として読まれたかのように、とても正確に、とても重く、とても濃い『詠唱』だった。


 だから、引き出されていっている。

 俺の身体を通して、大量の魔力が『世界』から溢れ出していく。


 無数の疑問が、頭の中に思い浮かぶ――

 俺の本当の『魔法』を使う? 渦波自身から、『異世界むこう』で他者の『魔法』を使ったとは聞いている。だが、それには『魔石』とやらが必要だったはずだ。『親和』とやらもあって、長い交流を経て、やっと代行できると言う話だった。なのに、こんな手と手が触れただけで……、いいのか? これで魂との『繋がり』ができている判定なんて、ありえるのか? そ、そんなはずが――



「――月魔法・・・陽奥の月、崇める下よサンライズ・リバースヘイム》」



 その俺の否定を否定するように、それは発動した。


 新しく厭らしくふざけた名前が付けられているが、間違いなく俺の『対象を自分のものにする魔法』だ。

 それが俺の中で、俺に対して発動しようとしている。

 俺の『魔法』なのだから全て分かるのは当たり前で――だからこそ、俺の判断も迅速で、すぐに動くことができた。


「――――ッ!!」


 咄嗟に、相川渦波の手を振り解いた。

 本能的に大きく跳んで後退して、エレベーターの扉の前から距離を取る。


 そして、この凶行に及んだ息子に向かって、本気で怒鳴りつける。


「な、何を!? 一体何をしている、渦波!! この俺に向かって、息子であるおまえが、何をッ!!」


 それは父親としての叱りつけでもあった。


 それを聞いた息子は、また笑う。

 ずっと嬉しそうに笑い続けていて、穏やかな声で好意を向け続ける。


「何をって……、父さんの願いを叶えようとしただけだよ? 僕は父さんの本当の願いを叶えてあげたいんだ」

「俺の願いを叶える!? なら、なぜ『対象を自分のものにする魔法』を俺に向けた!? 馬鹿なことをして、馬鹿なことを言うな!!」

「大丈夫。父さんに『父さんのものにする魔法』を使っても、それはただの記憶操作で終わるよ。だから、いまは僕を信じて、その『魔法』を受け入れて欲しい……」


 お、俺の記憶を操作する……?

 なぜ、そんな必要がある。


 そう疑問に浮かべた俺の思考を先読みするかのように、渦波は神妙に答える。


「お願い、僕を信じて、父さん。僕は強い父さんに、もっと強くなって欲しいだけなんだ。この世の誰よりも、『一番』になるまで……」

「強く……!? は、話が繋がってない!! それはおまえの力を得れば終わる話だろう!?」

「繋がってるよ。だって、ごめん……、父さん。僕の力なんて得ても、『一番』にはなれないんだ、絶対に。本当に、ごめん――」


 そう答えたとき、相川渦波は心底悔しそうで泣きそうな顔をした。

 しかし、すぐに笑顔に戻って、宣言していく。


「だから、父さんの本当の願い・・・・・を叶えるには、僕以上の力を手に入れる必要がある。その唯一の方法が、これなんだ」


 やっと……。

 本当にやっとだが……、少しだけ言いたいことは分かってきた。


 決して、反逆したいわけではないらしい。

 これは純粋な善意と好意で、俺に新しい提案をしているのだ。


 一考するだけの話でもあった。

 いまの渦波以上の力――

 俺たち夫婦の悲願である『一番』まで届くという話に、つい強欲な俺は聞き返してしまう。


「……それは、どんな方法だ? 話だけなら、聞こう。どうすれば、俺が『一番』になれるって言うんだ?」

「単純な方法だよ。――僕のように、父さんも・・・・異世界・・・に迷い込むんだ・・・・・・・。記憶を全部失って、『異世界』に迷い込んで……、迷宮の『最深部』を目指そう!」

「は……? は、ぁ……?」


 すぐに俺は聞き返したのを後悔した。


 しかし、息子は嬉しそうに、希望で満ちた笑顔のまま。

 父親である俺に向かって、憧れの瞳を向け続けている。

 どれだけ俺が困惑していようとも容赦なく、気持ちの悪い善意と好意をぶつけ続けている。


「父さんなら、きっと僕以上の『主人公』になれるよ! そして、物語の最後には僕以上の力を手に入れて、『こちら』に帰ってこられる!」

「い、いや……、その『主人公』とやらはおまえだったのだろう? おまえだけの話だ、それは……」

「ううん。所詮、僕は世界の支配に失敗した敗北者だよ……。『主人公』どころか『最後の敵(ラスボス)』になってしまって……でも、父さんなら! 父さんは違う!」

「な、何言っているんだ、本当に……。できるわけがない。おまえが言っているのは、全て一度終わった話だ。繰り返されるものじゃない」

「うん、分かってる。だから、僕が陽滝になる・・・・・・・

「は? …………、……は?」

「あの物語で大事なのは、家族だった。家族の存在なくして、あの物語はあり得なかった。だから――」


 限界だった。

 滅茶苦茶過ぎる。

 訳が分からなさ過ぎて、ついに俺は息子と会話すらできなくなる。


「父さんが迷い込んで……、母さんはラスティアラ役で……あと絶対に陽滝も必要だ! この一週間、ずっと僕は思ってたんだ……。もし陽滝がここにいてくれたら、もっと良かったのにって……! 親子四人揃ってこその人生だったのにって……! だから、僕が陽滝役をするよ! 一人二役の『演技』で、父さんが僕よりもずっといい結末に届くのを見守るんだ!!」

「…………」


 ただでさえ荒唐無稽なファンタジーに、さらに荒唐無稽を重ねた提案だった。

 それは理解を超えすぎて、こちらが逆に冷静になるしかないほどだった。


「もしかして……、渦波、酔ってるのか? しかし、『理を盗むもの』に毒は効かないという話だったはずだ。あの程度のカクテルでは、ありえない……」


 だから、相川渦波には睡眠薬ではなく別の方法が必要だったのだ。

 あんなに面倒で大がかりな魔法陣を用意したのは、その為だ。


「僕が酔ってる……? 全然酔ってないよ!? もし、この僕を酔わせれるとしたら、大したお酒だよ! 確かに久しぶりに呑んで、ちょっとフワフワしてるけど……! でも、大丈夫! ずっと僕は正気だよ!!」


 酔っている。間違いない。


 ただ、酔っているという表現だけで済ませて良いものではないとも思った。

 全く顔には出ていないが、酒と魔法によって、いま渦波は完全に――


「あ、ああ……。おまえが酔ってないと信じよう。だとしても、『異世界むこう』への招待は断らせて貰う。別に俺はおまえを超えたいわけじゃない。そこそこでいいと言ってるだろう? おまえの力を利用して、『こちら』でいい思いがしたいだけで――」

「ああ、それは間違った願いだよ、父さん……! だって確かに、父さんは『一番』になりたいと願った……! 子供の頃からずっとずっとずっと願い続けてきた! その本当の『未練』は、果たさないといけない! だからぁっ――!!」

「渦波……! は、話を聞け……!」


 狂っている。そう表現するしかなかった。


 もちろん、俺の『魔法』では、対象を狂わせることはない。

 長い役者人生で信者は欲しがっても、信者を欲しがったことなど一度もないからだ。


 俺の本当の『魔法』は好意を暴走させて、対象から色々な建て前を剥いだだけ。

 だから、この狂い具合は、相川渦波の自前だろう。

 元々『こちら』に戻ってきたときから、息子は狂っていた――


 そう思えるだけの瞳を、いま俺の息子は俺に向ける。

 見つめ合うだけで呑み込んできそうな深海の瞳で、こちらを視て、笑い続ける。


「あははっ、あははははは! 父さん、『異世界むこう』はいいところだよ……! 記憶をなくして、行こう! きっと父さんも好きになる! 安全も楽しさも、僕が保証する!」

「ク、クソが……! だから、年代を考えろ、年代を……! 誰が行くか、そんなところに……!!」


 そして、一歩ずつ近づいてくる息子。


 本気で俺を洗脳して、記憶喪失にして、『異世界むこう』に放り捨てようとする息子――『異世界』帰りの相川渦波もとラスボスを相手に、俺は身構えた。



カナミにとってはまったりファミリーコメディです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] おめでとうカナミパパ、カナミの家族コンプレックスに一番ヤバイのバフを掛しちゃたな。 でもカナミの壊れた本性今まで気付かないだと? もしかしてカナミパパの頭が悪い? [一言] でも陽滝役絶対…
[良い点] もはやこういうシチュエーションに違和感のないとこの凄さが… [気になる点] パパの本当の魔法の詠唱がかなみの再譚の詠唱とかなり近かったから何か繋がりがでてくるかと思って気にしてたら正確な詠…
[一言] こ、こわい… カナミに洗脳とお酒は、ダメ!絶対! 「一番」に対する考え方が違いすぎる!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ