04450.里帰りその6
その日から、夜に四人で遊ぶ習慣ができた。
とはいえ、全てが全てゲームの毎日ではない。
母さんや父さんのスケジュールが空いた日には街に出て、ショッピングやコンサートに行くこともあった。
当たり前だが、大人である両親のゲームへのモチベーションは余り続かなかった。
そこでなんとかモチベーションを保って貰おうと、僕とラスティアラが「もし私たちが負けたら、そのときはパーティーゲーム以外のことをしよう」と提案して――その結果、両親の本気を少し引き出してしまったのだ。
最初に敗北した日、僕たちは両親の行きつけのレストランまで連れ出された。
何もかも初めてな『異邦人』のラスティアラが、いきなり高級レストランに連れて行かれたのだが、格式高い食事の場は慣れた様子だった。
ただ、料理を口に含めば、話は別だ。その新鮮すぎる味に『異邦人』ならではの反応で大騒ぎして、それを両親たちは保護者のように楽しんでいた。ただ、帰り際に「あれと同じ料理を作りたいです」と母さんに話しては困らせてもいた。
そのあとは、ショッピングやコンサートだ。
ショッピングは母さんが一番楽しんでいたと思う。素材の良いラスティアラを着せ替え人形にして、様々な格好を試しては興奮していた。そのとき、僕まで巻き込まれそうになったので、全力で逃げて――その逃げ先は、父さんだった。
父と息子の二人で、そこで初めて互いの趣味について話した。
こちらのゲーム好きはもう既に伝わっているので、父さんについて詳しく探っていくと「何か新しい楽器はやれるようになったか?」と聞かれた。
掠れた記憶の底にある「雨の日、泣いている僕の為に弦楽器を弾いていた父親の背中」が掘り起こされて、いつか一緒に演奏する約束を交わした。
コンサートでは父さんのオススメするオーケストラを、ショッピングで購入した衣装を纏って、四人で静かに堪能した。
ただ、その後すぐに母さんのオススメするアイドルたちも観に行って、ラスティアラに芸能人の魅力を伝えていった。
他にも、都内の美術館で、母さんが「でも、私のラスティアラちゃんのほうが綺麗ね」と自慢したり。
マンションに常設されているスポーツクラブで、僕とラスティアラが異世界返りらしい運動能力を発揮したり。
本当に順調な日々が過ぎていって――
両親にとって、最初は「利用価値の高い息子と義娘を籠絡する為」という形だけの交流だったかもしれない。
――しかし、一週間後。
それだけの時間が過ぎた頃には、明らかに両親の表情は変わっていた。
特に母さんは、何でも気持ちよく楽しんでくれる『異邦人』を気に入っている様子だ。
だから、最初はモチベーションの低かったゲームでの遊びも、少しずつ両親のノリは良くなっていってくれて、いまや――
「――じゃあ、ラスティアラちゃん。次、負けたらエステよ? また一緒に行きましょうね?」
「えっ、あれ……? それ、この前も行かなかったっけ!」
いつもの自宅の広いリビングルームにて。
僕たちの背よりも大きなテレビディスプレイの前で、母さんとラスティアラはゲームコントローラーを握りながら、勝負の報酬について話していた。
二人の距離は、異常に近い。ラスティアラは自前の「距離感の壊れている体当たりなコミュニケーション能力」によって、既に敬語を脱していた。
もちろん、親子というにはまだ足りないだろう。
しかし、もう友人と言えるほどには、二人の仲は接近していた。前にも思ったが、どちらも少し無神経で言葉選びが直球なところがあるので、話のテンションが無駄に合うのだ。
「あれは、ただの手始めよ。スキンケアというのは、継続するのが大事なのよ? あと、それからボーカルレッスンにダンスレッスンも。まだまだやらせたいことは、たくさんあるわ」
「げげっ。ま、まだ諦めてなかったんだ……、私のげーのーじんぷろでゅーす……」
「諦めないに決まってるわ。もったいないもの。だから、常にあなたの気が変わるように、思考誘導もずっとしてるわよ?」
「だとしても、レッスンは必要ないかなーって。これでも、歌とか踊りは生まれながら得意で、大聖堂で訓練もたくさん受けてるんで! 実はプロ並!」
「センスが良いように作られてるのは、もう分かってるわ。でも、そのセンスは『異世界』向けでしょう? どれだけ上手くても、こっちの流行りが分かんないと駄目よ」
「んー。歌と踊りで楽しむのは好きだけど、レッスンは嫌だなー」
「その勉強嫌いも、早く直さないとね――」
と談笑しつつ、二人は肩を並べてゲームをする。
どこか幼少期の自分を思い出す光景だった。
だが、あのときの僕は隣の家族と、こんなに気軽に談笑はできなかった。
だから、これは幼少期に見たかった理想の光景そのものだろう。
そして、それは母娘側だけでなく、父子側もだ。
つい先ほどまで、ゲームで熱戦を繰り広げていた僕と父さんは、リビングのテーブルで向かい合って一休みをしていた。
そこに幼少期のような壁はなく、お互いリラックスした状態だ。
しかも、その談笑する内容は「スケジュールが空いた連休で、どこに行くか」という親子らしいものだった。
「さて、渦波。あそこの希と違い、すでにおまえに勝利を重ねた俺は、何を願ったものか。……昔以上の過酷なレッスンを、おまえに受けさせるのも中々に面白そうだな」
最もゲーム経験が豊富なはずの僕だったが、結局誰よりも負け越していた。
他の三人から言わせると「どれだけ上手くても、対人戦のセンスがない」らしい。
詳しく聞けば、「みんなが楽しくなるように、無意識に手を抜く癖がある」「圧勝することを本能的に嫌っている」「相手の負けたくないという気迫に、すぐ怖じ気づく」と散々だったが、僕から言わせると三人のセンスがありすぎるのだ。
次からは、もっと手段を選ばずに本気で――いや、対人ゲームではなくスコアを競うゲームにしようと心に誓いながら、邪悪な提案をしている父さんと談笑する。
「あのときより過酷って……、疲労で死んじゃうレベルにならない?」
「普通ならば、そうだな。しかし、いまのおまえならば余裕だろう? なあに、おまえの父親はもっと過酷なレッスンを乗り越えて来たのだから、いけるはずだ」
「父さんの場合は、時代が時代だったからでしょ、それ。現代の価値観だと、普通に虐待案件だからね」
「……ああ、分かっている。おまえや陽滝でなければ、あれは耐えがたいものだったろう」
「いや、ほんと正気じゃない英才教育だったと思うよ……。でも、あの毎日があったおかげで『異世界』でも生き残れた気がするから、一応感謝もしてる」
「嘘でも、そう言って貰えるのは助かるな。……だが、それはそれとして、今更ながらレッスン再開は面白い話だ。おまえとは声質が似ているから、俺が指導しても良さそうだしな」
「父さんが指導するの? それなら、少しやってもいいかな。子供の頃も、父さんが先生だったらもう少し長続きしてたと思うよ」
「そういうものか?」
「普通、そういうもんだよ」
こちらも母さんたちのように、仲良く談笑していく。
失った家族の時間を取り戻すかのように、とても親子らしい会話だった。
父さんも僕と同じ感覚のようで、ずっと感慨深そうな表情をしてくれている。
そして、母さんたちの様子を何度か見たあとに、ぽつりと呟く。
「しかし、希がラスティアラさんに勝つまで、もう少しかかりそうだな」
二人のゲームが白熱しているのを見て、大きく伸びをした。
どうやら、懐かしのレッスンを再開するにしても、僕とラスティアラが揃って負けさせてから一緒にさせたいようだ。
その為に、ラスティアラが負けるまでの時間を別の場所で潰すことを提案していく。
「渦波、少し話がある。外に出ないか?」
「外……? 外って、いまから?」
「外と言っても、このマンション内だがな。外を展望しながら、酒が飲めるフロアがある」
「お、お酒かぁ……」
「そんな顔をするな。おまえの得意なゲームで、ちゃんと俺は勝ったぞ? 敗者は大人しく言うことを聞くべきと思わないか?」
「いや、ゲームのことがなくても行くよ。男同士、家族で腹を割って話そうってシチュエーションでしょ? そういうの好きだよ」
「……本当に勘が良いな。そういうことだ。腹を割って、大事な話をしよう」
苦笑されながら、僕は外に誘われていく。
ラスティアラから目を離すのは少し不味いか――と思ったが、父さんは「大事な話」と言った。
家族の『話し合い』だけは後回しにしたくなかった。
なにより、この流れから逆らい続けても、その「大事な話」とやらはいつか必ずやってくる。
だから、ここにやって来たときと同じ服装で部屋を出て、マンションのエレベーターに向かっていく。
乗り込んだあと、すぐに父さんがタッチパネルに触れた。
すると、まるで魔法のように重力が軽くなり、機械の箱が微かに軋みながら下の階層へと落ちていく。
一週間前にラスティアラと一緒に迷い込んだのが101層ならば、そろそろ102層に到達する頃かなと、自分の異世界脳っぷりを再確認しながら「大事な話」について聞く。
「……その大事な話って、ラスティアラがいると駄目なの?」
「ああ、少し真面目な話だからな。彼女は天性のモノを多く持っているが……、あの空気を明るくし過ぎる才能は、時として大事なものを覆い隠してしまう」
「そうだね。暗い話は、とにかくテンションで吹き飛ばそうとするところあるから、ラスティアラ……」
「今回の話は吹き飛ばされると少し困る」
そう父さんが苦笑いをしながら答えたところで、電子的な鐘の音が鳴り響いた。
目的の階層まで辿り着いたようだ。自動で開かれるドアをくぐると、いままでの居住用とは全く別の光景がフロアには広がっていた。
だだっ広い空間に、かつてなく高い天井。さらに装飾過多の電灯の淡い光が降り注いでは、その下に大きなカウンターとテーブルの数々が並んでいる。
ホテルレストランとでも呼ぶべき空間だ。
すぐに父さんは先導して、カウンターにいる常駐の係員に挨拶をしてから、中身の入ったグラスを二つ貰った。
そのまま、ガラス張りの窓の前にあるテーブルまで移動して、僕と一緒に席に着く。
どうやら、ライトアップされた都会の街並みを味わいながら、食事を摂れる造りのようだ。
と僕が田舎者らしく見回していると、他にも先客たちがお酒を嗜んでいるのが見える。
このマンションの目玉なのか、なかなかの人気だった。
そして、視線を感じる。
露骨に顔を向けてはこないが、先客たちから注目を浴びている気がする。
すでに僕の情報がマンション内に広がっている可能性が高い。
噂好きが多いなと思いつつ、偶然目線の合った先客の成人女性に対して、僕は微笑みかけた。すると、向こうも軽く笑みを浮かべたあと、少し申し訳なさそうに視線を逸らした。
…………。
周囲を確認したあと、同じ確認したであろう父さんが苦笑しながら語り出す。
「そう気を張らずとも、この距離ならば平気だ」
「……そうみたいだね。ゆっくり話ができそうで良かった」
「ああ、話そう。この一週間、おまえたちの話は本当によく聞いた……。だから、次はこちらの話をさせて貰いたい」
テーブルを挟んで向かい合っていた父さんが、そこで真剣な表情を見せる。
なので、僕も「大事な話」とやらには、真剣に向き合おうと思う。
「こちらってことは、『異世界』とは関係ないことなんだね」
「ああ、この話は『元の世界』のこと。それも、数年前――つまり、俺たちが逮捕され、おまえと陽滝を二人だけで残してしまったときのことだ」
確かに、ラスティアラに聞かせにくい話だった。
おそらく、ずっと両親は話したかったが、彼女が一緒にいたので切り出せなかったのだろう。
当たり前の話しだが、僕にとっては『異世界』の出来事のほうが重要だとしても、両親にとっては『元の世界』での逮捕騒動のほうが重要に決まっている。
その「大事な話」について、僕は息子として答えていく。
「あのテレビニュースだけは一度も記憶から切り取られなかったから、よく覚えてるよ。ちょっと懐かしいかな……」
「幻滅しなかったのか? あのとき、俺たちが捕まったというニュースを聞いて」
「あのときは、少しね。でも、いまはあれが陽滝の仕業だったって知ってるから、大丈夫」
何でもないと言うように、僕は父さんの持ってきたグラスを口に持っていった。
喉を潤すと、すぐに胃のあたりが熱くなる。
中々のアルコール度数のお酒のようだ。
心臓が逸って、全身の血液まで加熱されていくのを感じる。
「切っ掛けは娘の仕業だとしても、それだけの積み重ねが元々俺たちにはあった。世間一般では、犯罪者と罵られる類に当たるだろう。渦波、それでもか?」
「それでも、まだまだ尊敬してるよ。というか、朝のテレビで見る世間一般の人たちは、かなり父さんたちに好意的じゃなかったっけ?」
「……おまえなら分かっているだろう? どれだけ誤魔化そうとも、俺たち夫婦が法を犯した悪人に変わらないと」
「うん、分かってる……。父さんと母さんは、根っからの悪党だよ」
僕の口から偽りない本音として「悪党」という言葉が出ると、父さんは少しだけ顔を歪めた。
お酒で本音を引き出すつもりだったが、こうもアルコールの回りが早いとは思わなかったのだろう。
自慢じゃないが、僕はお酒に弱い。
なので、このままグラスを空けて、突っ走ろうと思う。
「でも、悪党は陽滝と僕もだから、お互い様だよ」
「お、おまえたちが悪党……? いや、一週間前に聞いた話では――」
「世界を凍らせたり、支配しようしたりするのは、かなりの悪党だよ。たぶん、相川家ってそういう血筋なんだと思う。だから、父さんと母さんに幻滅なんてするわけないよ」
「…………。正直言って、おまえたちのやった悪行はスケールが大きすぎて実感が湧かないというのが本音だ。なにより、親たちと違って、子供たちにはそうせざるを得ないを理由もあった」
「理由のない人なんて、どこにもいないよ。……僕は『異世界』で父さんたち以上の悪人たちと出会ったけど、全員に理由があって……いや、まあ偶に全く理由がない人もいたけど。そういうのは大体、『生まれ持った違い』のせいだったと思う。――だから、何があっても僕は、改心しようと頑張る人は無条件で応援する生き方だね」
「…………っ」
無論、それが正しいとは思っていない。
考え方というのは、環境に左右される。
僕の場合、僕も含めた家族が碌でもないやつばかりだったから、その悪党を依怙贔屓するためにこういう考え方になっているだけだろう。言ってしまえば、いま口にした価値観は、目の前にいる父親に都合良く作られたもの――
だとしても、その『作りもの』の価値観に誇りを持って、本音としてぶつけた。
おかげで、ここに座って一分も経たぬうちに、もう「大事な話」のほとんどが終わった気がする。
その異常な話の早さに、父さんは歪めていた顔を綻ばせていた。
僕が『異世界』で鍛えた『話し合い』の直球っぷりに、もう苦笑するしかないようだ。
「は、ははっ……。あの何も言えない渦波が、本当に変わったな……。驚きだ」
「父さんのほうも変わったよ。前と全然違う」
「逮捕で、俺も色々なものを失ったからな。そして、多くのことを考えた。……一度でも落ちぶれれば終わりだと思っていた俺は、考えざるを得なかった」
「僕にも、ずっとそう教えてたね」
「ああ、そう教えた。だが、ゆっくりと考え直す時間ができてしまって……、そう簡単に終わりは来ないと俺は分かった……。分かってしまったんだ……」
父さんは憑き物が落ちたかのような顔をしていた。
その上で、息子である僕としっかり向かい合い、娘である陽滝を思い返しながら褒めていく。
「おまえから全ての真相を聞いて思うが、そう両親たちに考え直させるのが娘の狙いだったのかもしれないな……。あいつは本当に、子供らしからぬところがあった」
「うん。陽滝は頭が良くて、家族が大好きだったから……。実際、その通りだったと思う」
「そうだと思っておこう。……とにかく、俺は娘である陽滝から、人生でやり直せるものはたくさんあると教わった」
「僕も教わった。どんな人生だって、やり直せるんだって」
「ああ、そうだ。その上で、頼もう――」
そして、ここで親子の『話し合い』は収束していく。
この「大事な話」の着地点が見える。
「――渦波、やり直そう」
父さんは僕を真似るように、直球で言った。
鏡を見ているような錯覚の中で、一週間前に断った話が繰り返されていく。
「また一緒に家族で住もう。あの部屋で、今度はラスティアラさんを含めて、四人で……」
しつこい――と思うが、やっと僕の知る父さんらしさが出てきていると、安心もできる。なによりも、そのしつこさが「僕と一緒にいたい」という願いに、いま使われているのだ。
もう二度と、僕は『いないもの』なんて自虐はできないだろう。
その嬉しさを噛み締めている間も、畳みかけるように父さんは勧誘する。
「いや、新婚のおまえたちは流石に別の部屋がいいか? 俺たちと同じフロアならば、知り合いに頼んですぐ空けられるはずだ。何も心配は要らない」
その軽口を交えながらの勧誘は、僕にとって本当に――『夢』のような話だった。
ただ、そういう流れに慣れている僕は、流されることなく首を振る。
「ごめん、父さん。僕は『異世界』に戻るよ。絶対に帰らないといけない」
勧誘を振り切り、断ち切る。
その迷いのなさに、父さんは悔しそうな表情を浮かべて、聞く。
「……どうしてもか?」
確認に対して、すぐに僕は「どうしても」と頷いた。
何度聞かれても答えは同じだと伝え続ける。
だが、まだ父さんは諦められないようだった。
その最大の理由は、目の前にいる僕だろう。涙が滲ませている僕に向かって、それはおかしいと粘り強く説得していく。
「だが、渦波……。いま……、凄く嬉しそうじゃないか……」
「うん、嬉しいよ……。凄く嬉しい。だって、こんなにも父さんが一緒にいたいって言ってくれるなんて思ってなかったから……」
その涙は、すでに頬を伝っていた。
僕は嬉しいという感情を隠す気はなかった。
ただ、偽りなく全て伝え続けているからこそ、父さんは困惑しているようだ。
「な、泣くほどに嬉しいならば、俺たちと一緒にいればいい……。何も遠慮は要らない」
「でも、『異世界』でも泣くほどに嬉しいことがたくさんあったんだよ。父さんと同じくらいに大切な人たちもいる。……だから、家に帰らないと」
僕が「家」と口にしたとき、父さんの表情から徐々に悔しさが抜けていく。
納得の表情に変わって、質問も変わる。
「……渦波。その選択が『未練』にはならないか?」
「もう『未練』は残さないって、決めたからこその選択だよ。『異世界』に戻っても、父さんたちとやり直せるって僕は信じてる。……なにより、やっと僕も親離れできるときが来たって、そう思ってるんだ。父さん」
聞き慣れた『未練』という言葉には、もういつでも即答できる。
その頑なな僕を見て、ついに父さんは諦観の顔となる。
「……そうか。そうだったか。あぁ……――」
もう認めるしかないようだ。
その上で、僕を見て――
「――本当に強くなったな、渦波」
褒められる。
それは子供の頃からずっと聞きたかった言葉だった。
『異世界』での戦いを乗り越えたことで、ついに僕は評価された。
ただ、その称賛の意味するところは――
「父として、嬉しく思う。いままで出会った誰よりも、我が息子の心は強くなっていた」
「誰よりも……ってのは、ちょっと親馬鹿入ってる気がするけどね」
「いや、過大評価じゃない。俺の人生において、おまえこそが『一番』だ。間違いなく」
父さんの僕を見る目は、もう完全に変わっていた。
弱い息子として見ることなく、どこか見覚えのある目つきで話を続ける。
「もはや、百戦錬磨の強者と言っていい。その上で、柔軟だ。バランス感覚にも優れている。こういう手合いは、本当に厄介で仕方ないものだ」
父さんが「強くて厄介」という評価をくれたとき、その目が誰に似ているかが分かる。
『相川渦波』だ。かつて、僕が『異世界』で強敵たちを前にして、油断なく気を引き締めているときの目と全く同じだ。だから、「こういう手合い」と言われて、いま僕の頭に思い浮かんでいるのはパリンクロンに、ラグネに、クウネルに、グレンさんに、ティアラに――
「そうだ。その手合いだ。本当に、よく分かっている。だから、渦波――」
思い浮かべた誰が正解だっかは分からないが、父さんは頷いた。
さらに、僕が「強くて厄介な手合い」を相手にしたときと同じく、不利な会話は避けて、ただ戦うために紡ぐ――
「――『未来と今は繫がれ』『今と過去が絶たれる』――」
それは、ここまでの会話の流れを完全にぶつ切る『詠唱』だった。
まるで、ずっと視ていたドラマに飽きたかのように。
趣味の合わなかった本を途中で閉じて、全く別の本を開いたかのように。
唐突に、ホテルレストランという場にそぐわなさ過ぎる『詠唱』が始まった。
「――『全ての人の幻と為る為に』――」
初めて聞く『詠唱』――そう思ったときには、父さんの身体に未知の属性の『魔力』が纏わり付く。そして、感じる視線。
父さんの背後の少し上、宙に『切れ目』がある。
その視線が、僕に「ようやく幕が上がったから、観に来てやったぞ」と言っていた。
その視線には『演技』がないので、父さんと違って簡単に感情を読み取れる。
まずは、自信。それから、復讐と挑戦だろうか……?
驚愕が感じられないということは『元の世界』も、この唐突過ぎる流れのスポンサーの一人らしい。
すぐに『元の世界』は、支援相手を優遇していく。
まるで、ここにいる相川進こそが、『元の世界』の選んだ『主人公』かのように。
この相川進ならば『異世界』からやってきた侵略者と戦い、必ず勝利できると確信しているかのように。
そう『元の世界』の視線が言っていたから、僕は――
「は、ははっ……、うんっ――!」
見る目のある『元の世界』に、まず同意した。
同じファンとして嬉しかった。
僕の父さん――相川進は、本当に凄くて強いんだと、これから一晩『元の世界』と語り明かしたい――と思いつつ、主演である相川進を僕は見つめる。
「…………っ!」
相川進は『理想の父親』という『演技』を止めて、息を呑んでいた。
心を読まれないように、新たに無感情という仮面を『演技』で作っていたが、僅かに漏れ出た感情を僕は読み逃さない。
相川進の「息子の皮を被った『化け物』を見るかのような目」の――その奥から漏れ出る戦意を、しっかりと僕は受け取った。
同時に、このレストランを起点として、マンション全体に『術式』が奔っていくのも感じ取った。




