04440.里帰りその5
その日、僕たちは観光を全力で楽しんだ。
思えば、観光という行為自体が『元の世界』では初めてだった。
子供の頃は同級生たちが、休日にお出かけしている話を耳にしては羨んでいたものだ。
その経験の少なさのおかげか、ラスティアラとほぼ同じ新鮮さを僕は味わえた気がする。
つまり、『異世界』で初めて聖誕祭や舞闘大会に参加したときと同じだ。
観光地特有の賑やかな空気を吸うだけで高揚した。
最初の入場料を払うという行為だけでも感動できて――入場後、僕たちは世間知らずであることを隠さずに、バカップルらしく騒ぎながらスカイツリーの外観や内装を堪能していった。
ただ、一番の目玉である建造物の高い景色は、『異世界』で慣れすぎているラスティアラからのウケは悪かった(そもそも、両親の住む高級マンションからでも、ほぼ雲の上から都会の街を展望できていたのもある)。
話に出た大型エレベーターは、どちらかというと僕のほうが興奮していた。
それから、内部に用意された様々な施設を回っていって。
最上階では、天辺に登りたがるラスティアラをなんとか説得もできて。
ただ、その観光中、当然ながら――
「おい、あれ――」
「もしかして、あの人……――」
「いや、まさか。違うだろ――」
道中以上に、僕たちは目立っていた。
中には、僕の顔に父さんの面影を感じる声も混じっていた。
おそらく、僕と同じく、父さんのファンなのだろう。スカイツリー観光の動画を撮る振りをして、こちらを隠し撮りしていた人が偶にいた。
行方不明の相川家の息子と結びつけられる可能性は高い。
それと、その息子が女連れで遊び回っていると噂される可能性も――
しかし、僕たちは人目を気にせず、楽しむことを優先した。
そして、時刻は夜。午後九時には、丸一日遊び回った僕とラスティアラは、へとへとになって朝出たマンションの部屋まで帰ってくる。
できるだけ『持ち物』は使わない方針だったので、寝室となった部屋とリビングルームの隅には大量の買い物袋が積み上がることになった。
そして、そのリビングルーム中央で、一漫遊を終えて大満足のラスティアラが、とある『剣術』の構えを取っていた。
その手には、とある人気アニメのグッズである玩具の模造刀が握られている。
あと、鼻を膨らませながら興奮して、ドヤ顔もしている。
その義娘の姿を帰って来るなりに見た母さんは困惑しつつ、聞くしかなかった。
「――そ、その格好は、なーに? ラスティアラちゃん……」
そう聞かざるを得ないだけのグッズ――装飾や羽織などを纏って、ラスティアラは半コスプレ状態だった。
「し、知らないのですか、お義母様!? いま流行の『あにめーしょん』ですよ!」
「……知ってるわ。いま大ヒット中で、映画もやっているわね」
「はいっ、その映画も見ましたー! 滅茶苦茶、格好良かったです!」
「そう、見てきたのね。確かに、見覚えのある姿な気がしてきたわ」
「どうです!? 見てください! この構え! そっくりでしょう!」
「…………。……渦波、説明」
模造刀を格好良く掲げるラスティアラだったが、すぐに母さんは理解と協調を諦めた。
そのあと、視線を僕に移したので、端的に説明していく。
「今日、まずスカイツリーを観光してきたんだ」
「スカイツリーに? まあ、旅行者の彼女を楽しませるなら、悪くないチョイスね」
「そこでコラボイベントがしてたんだよ」
「確かに、いつも色々と何かやっているイメージがあるわ」
「だから、コラボアニメがスクリーン上映してて、それを――」
「もしかして、見たの? あんなところで、じっと?」
「うん。二時間ほど、そこでじっと、たっぷりと」
「……そ、それから?」
「ラスティアラがハマったみたいだから、そのアニメの続きを別の場所で見て……。それから、グッズを専門店で買ったりしてると……、こうなったね」
「……あぁ、もう」
始まりは、スカイツリーに常設されてあるスクリーンだった。
そこに丁度、コラボ中と思われる少年向けのヒットアニメが上映されていた。
高所は大して珍しくないラスティアラにとって、そちらのほうがスカイツリー内で目を惹くものだったようだ。
何より、ラスティアラには素養があった。
元々ヒロイズム溢れる演劇が大好きで、そこにお出しされたのが新鮮な初見文化のアニメだ。
少年向けコンテンツにありがちな剣を持った主人公は、剣士志望のラスティアラにとって自己投影しやすく、取っかかり易かったのもあるだろう。
とにかく、相性抜群で、すぐ虜となったラスティアラはハマりにハマった。
つい先ほどまで、この無駄に広い部屋を活かして、アニメの必殺技を魔法で再現していたほどだ。
火や水を纏っての剣閃。雷や風を纏っての疾走。最近、ディプラクラの研究の手伝いをしているのもあって、魔法の見栄えの良さも完璧だ。そのファンならば羨ましくて堪らないだろう丸パクリの――いや、原作再現の専用魔法剣(鑑賞用)に大興奮のラスティアラの顔を見て、僕も楽しかった。
なにせ、これでゲームを布教する下地は完璧だ。
と好きな人に偏った文化布教する快感を覚える僕と違って、余りオタクにいいイメージを持っていない母さんは渋い顔だった。
部屋の中央で楽しげに即興魔法剣(観賞用)を繰り広げるラスティアラを見て、呟く。
「外人は和風アニメにハマりやすいと聞いたけど……、本当なのね」
「これはどっちかというと、子供だからハマった感じだと思うけどね。ラスティアラ、まだ四歳だし」
「確かに、このはしゃぎ具合は、その年齢のノリね……。話には聞いていたけど、本当に精神年齢が幼いのね。直に目にすると、身体とのアンバランスさがショックで……、ちょっとクラクラしてくるわ」
「僕も最初は同じだったよ。出会った頃のラスティアラっていま、みたいな笑顔で大はしゃぎしながら、三メートルを超えるモンスターを次々と切り刻んでいって、全身血塗れになってたからね」
「そ、そうなの? なら、向こうで渦波が味わったショックより、私は大分マシのようね」
ここで僕が同調したのは意外だったらしい。
母さんは目を丸くした上で、『異世界』での息子の苦労を察して、このくらいで驚いていられないという風に首を振り、自らの本題に入っていく。
「でも……、まだ許容範囲内ね。むしろ、ハマったものがスカイツリーとコラボするメジャーなものなら、使えるわ。そっち系で売れるパターンも多いもの」
そして、出てきた「使える」や「売れる」という単語に、その本題を僕は察する。
母さんも察されたことを察して、堂々と笑顔で話していく。
「もちろん、昨日の続きよ? あなたたちが私たちと同じ仕事をするための準備のお話」
「いや、まだ僕たちは――」
すぐに僕は、こちらの意見を伝えようとする。
ただ、母さんの歌劇を読むような芯の入った台詞が、その言葉を覆い隠していく。
「ラスティアラちゃんにはモデルは前提として、軽くインフルエンサーの真似事もやって貰うわ。スタッフは事務所経由でお願いしてるから、何も心配は要らないわよ? みんなお話作りが上手で、私たちと親しくて、決して話が漏れることのない信頼できる人たちだから」
身内だろうと反論の隙を与えないのは、母さんらしかった。それに、聞いているだけで「それならば、上手くいくかもしれない」とも思せてくる。ただ、その「信頼できる人」というのは「弱みを握っている人」だと思うので、中々頷きづらいものがある。
「いまだと、短時間の動画投稿とかも必要になるのだけれど、この家なら問題なしね。会議室みたいな広い空き部屋はたくさんあるし、ちょっと機材を搬入して貰えば明日からでも始められるわ。ラスティアラちゃんのキャラクターなら、きっとすぐに人気者よ?」
なにより、正直僕は面白そうだなと思った。
『詐術』は感じるけれど、母さんの言う「すぐに人気者」は嘘じゃないだろう。
突如現れたラスティアラ・フーズヤーズという名のモデルが、その異次元なキャラクターと優秀な後ろ盾によって数字を伸ばしていく未来は、僕も読めなくはない。
想像するだけで楽しいが、すぐ横のラスティアラが戸惑っていたので、流石に首を振っておく。
「ラスティアラはこっちに来たばっかりだよ? その『異邦人』のラスティアラが、いま目立つのは避けたほうがいいと思う」
「……そう。でも、まだ慣れていないのが問題なら、渦波のほうは? まずあなたから初めて、それから二人一緒にやっていくのは理想的な流れだわ」
「いや、僕も――」
「いいえ。あなたも、いいのよ。あれから成長して本当に……、とてもいい感じになったわ。子供の頃は台無しだったけど、いまは陽滝ちゃんみたいな空気が出てて、私と進さんの血がしっかりと活かされてる。間違いなく、「相川渦波は両親と同じ世界を生きる為に産まれてきた」と、この業界を長くやってる私だからこそ、断言できるわ」
僕が「いや、僕もいい」と断る前に、もっと力強く「いい」と言い切られてしまう。
ただ、その理由は『生まれ持った違い』だった。
それに苦労させられてばかりだった僕は、その母さんの力強さに流されることはなく、伝える。
「いや、僕はいいよ。絶対、向いてないから」
しっかりと断り切った。
だが、その苦笑する僕に向かって、母さんは断言し続ける。
「向いてないわけがないわ。あなたなら、きっと私たちの隣に……いや、私たちよりも高いところにだって、いつか立てる」
……少し嬉しかった。
そのとき、再会してから初めて、母さんから親としての感情が滲んでいた気がしたからだ。
それは一聴すると親馬鹿の言葉のようで、すぐにでも息子として応えたくなる。
だが、僕は断り続けながら、ここまで静かだった父さんに顔を向ける。
「ごめん、立てないんだ。僕は遊び回っている放蕩息子くらいが丁度いいと思う。……というか、すぐそうなると思うよ」
テーブルに座る母さんの隣には、ずっと一人スマートフォンを眺めていた父さんがいる。
僕の声と視線を受けて、その顔を上げてくれる。
おそらく、いま父さんは、僕たちの観光について色々と調べていたはずだ。
身元調査を頼んだであろう探偵を待たずとも、僕たちのバカップルっぷりと情報を隠す気のなさがSNSに載っていれば話は早いのだが……。
「……渦波。おまえにとって、こちらはもう観光先みたいだな。『異世界』に、おまえの家があるからか?」
父さんの話は非常に早く、結論から入ってくれた。
それに僕も手早く、結論から頷き返す。
「うん、そうだよ。ここも僕の家だけど、向こうにもっと大きなのを作っちゃったから……、すぐ『異世界』に戻ることになると思う」
「そうか。ならば……、俺たちにとっては、一人息子が婿入りするということになるのか? これは」
端的に言うと、そういうことになる。
だが、その出た結論を母さんは受け入れない。
「それは駄目よ……。昨日、ずっと私は陽滝ちゃんのことを考え続けていたわ。……だからこそ、もう渦波だけは失いたくないって私は思ってる。一度完全に絶たられたこそ、この最後の『繋がり』だけは大切にしたい。……渦波と進さんは、そう思わないの?」
その説得は僕と父さんだけに向けたものではないのだろう。隣に視線を向けると、「お義母様……」と呟いて感激しているラスティアラがいた。
彼女に向かっても、母さんは優しく話しかける。
「もちろん、『繋がり』があるのはラスティアラちゃんもよ? 話に出てきたティアラさんという方は、私たちの陽滝ちゃんと誰よりも縁が深かったのよね?」
「は、はい! 私のお母様は、ヒタキちゃんと一番の仲良しでした! なので、私もヒタキちゃんと遠回しに殺し合いになりまして……で、一度殺されました!」
「え、えぇっと……まあ、そういうことする子よね、陽滝は。ただ、それは親には関係ないことで……。そんなことより、いま大事なのは『繋がり』よ、『繋がり』」
「ですね! 殺されたことよりも、大事なのは『繋がり』! いやぁー、お義母様も私と同じ考えで嬉しいですねー!」
「…………っ! ふふっ、本当にあなたとは、合わないようで合うわね。そういうところも踏まえて、私はあなたを陽滝ちゃんと同じくらい気に入っているわ。娘の代わりって言えるくらいに」
「ほ、本当に嬉しいです……! 『代わり』だなんて……!」
「当たり前よ。あの話を全て信じれば、あなたは陽滝ちゃんが全力で生きた証のようなものじゃない」
「確かに!」
なぜかラスティアラは、母さんの結構滅茶苦茶な理論によって、あっさりと説得されていた。
母さん自身も言っているが、本当に二人の波長は合わないようで合う。
「その新しい娘のラスティアラちゃん……。それと、やっと帰ってきてくれた息子と……、私は一緒にいたいわ。これからは、ずっと……」
そして、ラスティアラを味方に付けた上で、父さんと向き合う。
「俺も同じ想いだ。だから今日、マネージャーに頼んで、これからの仕事を大幅に減らして貰った」
「というより、仕事は元々減り始めていたから、今回のことは気持ちを切り替えるのに丁度良かったのよね。友人たちに相談したら、良い機会だってみんな賛同してくれたわ」
「そうだ。おまえたちのことを知り合いに話したら、お祝いのパーティーを開きたいとも言っていたな……。おまえたちを紹介するのに、丁度いい場だ」
「新しい相川家四人のスタートね。……きっと誰もが、新しい二人に驚き、見蕩れるわ。特に、あの陽滝ちゃんにさえ劣らないラスティアラちゃんには」
会話の中、いつの間にかパーティーとやらの参加が決まっている。
初めてではない。
子供の頃、まだそこそこ僕が期待されていたとき、そういったパーティーに何度か連れ出された記憶がある。
僕の幼馴染みである『水瀬湖凪』ちゃんとの縁は、そこで繋がったものだ。
あのときと同じく、これは楽しむ為のものではなく、社交場としての側面が強い集会だろう。
ただ、思い出すのは、『元の世界』だけではない。
『異世界』にて、パリンクロンに洗脳されてギルドマスターをやっていたとき、スノウと一緒に舞踏会に連れ出された記憶もある。
良い面もあれば悪い面もある。
なので、そのパーティーとやらの参加は……僕としてはどちらでもいいので、『異邦人』であるラスティアラに決めて貰おうと、視線を向ける。
そこには先ほどまでの興奮した姿とは打って変わって、冷静に手を顎に当てた彼女の姿があった。
ラスティアラは僕と視線を合わせてから一呼吸置いたあと、返答を待っていた両親に答えを告げる。
「いえ、やっぱり……。すみません、お義母様。よくよく考えたら、私は『代わり』になれません。だって、私は私でした……。たぶん、器用なヒタキちゃんと違って、そんなところに出席すると、たくさんやらかしちゃいます。なので、本当に申し訳ないですが、『代わり』となるのは遠慮させてください。……あと、なんかカナミも、そういうのは嫌がってる気がします」
『演技』で「パーティーの参加はどちらでもいい」という顔を作っていたが、ラスティアラには見破られてしまった。
その上で彼女は、しっかり両親二人を見つめ返して、拒否した。
それを聞いた父さんは、嘆息をつきながら僕を見る。
「確かに、昨日から渦波の意志は固いようだ……。だからこそ、先にお嬢さんをどうにかできればと、希に説得を任せていたが……」
その同性による説得も失敗に終わって、父さんは降参するかのように軽く両手を挙げていく。
「分かった。すぐに二人の席はキャンセルしよう。息子だけは戻ったと、最低限の話だけしておく。……それでいいな、希も」
「……はあ、もう仕方ないわ。これ以上の説得は無理よ。準備さえ先に整えておけば、流れのまま強引に押し切れると思っていたけれど……、もう私の知ってる渦波じゃないわ。昔なら、親の言うことは二つ返事で「はい」だったのに……」
と、ここでようやく両親の説得の攻め手が止まる。
けれど、少し「温い」とも思う。
僕の知っている両親は、もっともっとしつこかった。
さらに言えば、横暴で手段を選ばないのだが……。
そう思ったとき、僕の視線の先で、両親が苦笑いを浮かべていた。
「おまえと同じように、俺たちも昔とは違うということだ。例の……陽滝に陥れられたあと、色々と考えたのだ。周囲からも教えられた。はっきり言って、友人たちは揃って俺たちのことをモンスターペアレントと怒っていたよ」
「仕事のほうも、一度転んだからこそ、色々と落ち着けたというのもあるわ。パーティーだって、もう開く側じゃあないものね」
「しかし、上手くこの家に縛り付ける作戦だったが……、駄目だったな」
「ふふっ。ええ、二人とも思った以上に大人だったわね」
…………。
ここの両親の白状は、『演技』ではないと感じた。
正直なところ、僕から見ると「自分たちの利益のために、この『元の世界』から僕たちを逃がさない」というのが、二人の最大目的に見えていた。
それはラスティアラも同じだったのだろう。
しかし、いま両親たちが、利益よりも家族の『繋がり』を大事にしたのを見て、すぐさまフォローを入れていく。
「でも、お父様とお母様が家族と一緒にいたいって気持ちは、私もよく分かります……! 向こうにお友達が一杯いるので、ずっとこちらにはいられませんが……。里帰り記念で、この四人で一緒にどこかへ遊びに行きましょう!!」
そう提案した。
それにまず父さんが乗りかかって、すぐに呆れた顔の母さんが首を振る。
「ありがとう、ラスティアラさん。……ここにいる四人なら、オーケストラコンサートあたりがいいか? いや、ここはラスティアラさんが楽しめそうな能や歌舞伎のほうがいいか」
「玄人向け過ぎるわ。普通に買い物を楽しんだあと、いつものレストランに行くべきよ」
少しずつだが、気軽な歓談に変わっていくのを感じる。
説得を諦めたことで、両親の話す内容がいつもの僕たちに近づいてきていた。
なのでラスティアラも両親を見る目が変わって、僕を相手するかのように親しみを持って動き出す。
「あっ。四人でということなら……、いいものがありますよ!」
そう言って、リビングの隅っこにある買い物袋に向かった。
そして、ずっと持っていた剣の玩具の代わりに、そこから持ち出したのは――
「今日、ゲームを買いました! パーティーゲーとやらです! これでがっつりと、四人で遊びましょう!」
四人で出来ると聞いて、まずゲームを持ち出した。
据え置きタイプのもので、腰を落ち着けて何時間も遊ぶタイプだ。
世間では子供向けとなっているアイテムが急に登場して、慣れていない両親は冷や汗を浮かべる。
さらに顔を見合わせたあと、言葉を柔らかく遠慮していく。
「い、いや流石に……。年を考えると、そういうのは少しな」
「そうね。私たちは、二人が楽しんでるのを後ろで見てるわ」
ただ、その柔らかな拒否に対して、ラスティアラは「これだけは譲れない」と初めて両親を否定する。
「――それは駄目です。こういうのは一緒が大事なんです。『みんな一緒』だから、これからも苦しいことを乗り越えらていけます。心の絆がなければ、人と人は生きていけません」
「…………」
「……そ、そうね」
そう強めに言われて、両親は冷や汗を増させて、息を呑んだ。
無理もないだろう。『異世界』で色々と積み重ねた僕とラスティアラにとって『みんな一緒』は心に響く言葉だが、両親にとっては自己啓発セミナーか宗教の勧誘にしか感じないはずで――しかも、そこにプラスされているのは、ラスティアラの無意識の魔力。
正体不明の圧力によって、『みんな一緒』を推奨される両親は困っていた。
その様子から、先ほどの母さんの『繋がり』発言は、ただ僕たちにウケが良さそうだから使っただけと分かる。
昨日の会話の経験から、ラスティアラに響きそうな言葉を探し出して、説得の一環として口にした――と言えば、少し張りぼての『作りもの』に感じるが、決して悪いことではない。両親がこちらに歩み寄ってくれた証拠だ。
そこでラスティアラは、自分が興奮して歩み寄り返しすぎたと気づいたのだろう。
慌てて、自分が無意識に放っていた魔力を抑えて、言葉も柔らかく冗談めかしたものに戻していく。
「こ、こういうのって、みんなで騒ぐから面白いらしいですからね! というかさっき、カナミが一緒にゲームをやってくれないって愚痴ってました! どうか一緒に遊んであげてください!」
突然の密告をされてしまい、僕は少し驚き、困る。
そして、驚き、困っていたのは僕だけではなかった。
「カナミが……?」
「え、私たちと一緒にやりたかったの?」
両親もだった。
じっと僕を見つめている。
恥ずかしい。だが、せっかくラスティアラが作ってくれたチャンスなので、諦めて素直に、偽りなく「うん……。ずっとそうだったよ」と頷いてみる。
すると、色々と悩んでいた両親は、意を決した様子で乗り出してくれる。
「ならば、仕方ないか。こういうのは苦手……というか、初体験だが挑戦してみよう」
「これ系のゲームをやるのって、いつ以来かしら」
それを聞いたラスティアラは、「やった! カ、カナミ! ほら急いで!」と言って持ち出したゲームを僕に手渡した。
今日一日で機械に強くなった彼女だが、流石にまだセッティングはできないので、代わりに僕がしていく。
その途中、コントローラーを手渡された父さんが眉間に皺を寄せていた。ラスティアラの破天荒なノリの被害者が増えたことを歓迎しながら、僕は話しかける。
「父さん、今日は僕が色々と教える側になりそうだね」
「……そうだな。正直、おまえから教えられるのは癪だが……。その癪も、いま味わわなければ後悔すると分かったからな」
「うん。僕も後悔しないように、全力で三人に教えるつもりだよ」
「ただ、苦手というのは本当だからな? 変なことを言えば、すぐ父は止めると思え」
僕と同じく、父さんも素直になってくれていた。
本音から癪と言って、笑いながら途中で文句が出ることを宣言した。
そして、母さんも同じで、素直に直球で聞いてくる。
「というか、渦波。それって古いやつじゃない? 興味はなくても、知ってるわよ。最近は、VRゲームというのが流行ってるんじゃないの?」
僕が個人的に好んで揃えたゲームの種類に文句が出た。
母さんの「最新」や「流行」を重視しがちな性格に、僕は反論していく。
「な、何でもかんでも新しければいいってわけじゃないからね……。新しいジャンルは発展途上で、完成されていないことも多いんだよ」
「……まあ、言っていることは筋が通ってるわね。ただ、それって余りに対象年齢が低そうだけど」
「完成された名作って、子供向けに多いんだよ。とにかく、僕のチョイスを信じて……!」
「はあ、仕方ないわね。いまだけは、あなたがこの家の上に立ってるから従ってあげる」
互いの意見をぶつけ合っていく。ただ、それはまるでラスティアラと話しているように、軽い応酬で――
やっと普通の親子らしい会話ができていると思えて――
そして、この流れまで強引に持っていったラスティアラは、とても満足げに溜息をつく。
「ふふ、ふふふっ。むふー」
僕たち親子を笑って見守ってくれていた。
その表情から、言いたいことは伝わる――
勇気を出して、たった一言伝えれば、『繋がり』は深まっていくものだ。
急には無理でも、少しずつ歩み寄っていこう。
ああ、上手くいってよかった……。
ここまで、本当に順調だ……。
そう思わせる顔をしていた――のは、両親も同じだった。
とても順調だという様子で、僕たちと一緒にゲームを始めてくれる。
だから、その日。
両親から文句や愚痴がたくさん出ながらも、そのパーティーゲームは夜遅くまで続いた。
やっと僕は両親と一緒に、心から楽しむことができてしまって――
その綺麗すぎる流れを、僕だけは「なかなか順調にいかないものだ」と思ったのだった。
まったり。
ですが、アキバ観光あたりは省略(もしくは、別の機会)で。
このカナミ視点、死ぬほど書きづらいのでまた変えるかもです。




