04250.里帰りその4
両親は仕事に行ってしまった。
そして、部屋に残された僕とラスティアラの二人。
「き、緊張したー! ふいー!」
まずラスティアラの大きな第一声が部屋に満ちた。
彼女は額の汗を拭うふりをしながら、リビングの端っこにある大きなソファーに腰を落ち着かせる。
その様子を疑って、僕は聞く。
「本当に緊張してた? すごく落ち着いてて、びっくりしたけど」
「……迷宮の新しい階層のつもりで、覚悟して来てたからね。あと話も、たくさん聞いてたし、それのこととか」
そうラスティアラは答えて、いましがた僕が点けたテレビと向かい合う。
いつもより目を見開いているが、それは迷宮でボスモンスターに出遭ったときの反応と余り変わらない。
彼女の言葉通り、『元の世界』は迷宮の延長上で、未知の楽しさの固まりでしかないようだ。
この高級マンションは、101層くらいの感覚だろうか。
ラスティアラにとっては慣れ親しんだ遊び場ということで、このリラックス具合のようだ。
「なら、緊張してたのは……、僕のほうなのかな?」
そう呟きながら、久しぶりに会った両親の顔を思い出しつつ、受け取ったカードキーを眺めて――迷宮での癖のように、分析する。
不審なところはない。
あるとすれば、両親が不用心過ぎるということ。
そう思ったが、先ほどの話からして、定期的にお手伝いさんが部屋に入ってはいるようだ。
貴重品は置いてないのだろう。
というか、その貴重品に当たりそうなスマートフォンを、いま丁度二つ渡されたところだ。
手元で軽く操作して、中身を確かめていく。
この家と連動しているアプリが多いので、おそらくこれは「家庭用」として常備されていたやつだ。
アプリの名前を呼んでから「テレビを消して」と言ってみる。けれど、先に部屋のテーブルにあるスマートスピーカーが反応して、テレビは仮電源となった。
少し田舎者っぽいところを晒してしまったが、ラスティアラが「おぉっ」と喜んでいたので、その間違いは格好つけて黙ったまま、調べ続ける。
部屋のほとんどの家電が無線で繋がっている。
つまり、たとえ盗聴系の隠しアプリを見つけて消しても、そもそも家の中に収音できるものがゴロゴロと転がっているということになる。
魔法道具ならば僕の専門だが、流石に帰ってきたばかりで機械関係には疎い。
全て検分するには、それなりの魔力と時間が必要となる。
それが分かったところで――
「やっぱり、僕こそ緊張しすぎか……。よしっ」
自分で顔を叩いて、防諜を諦めて、純粋に楽しむ方向に切り替えた。
幸い、盗聴にだって慣れている。いつも通りのノリに戻って、最新設備っぽいオシャレなコンロや電灯あたりを楽しく操作していると、ラスティアラが近寄ってきて聞く。
「ねえねえ。それ、二つ貰ったよね? 片方は、私が使っていいの?」
迷宮で宝箱を見つけたときと同じ笑顔で、僕の持つスマートフォンを欲しがった。
僕は考えた末に頷いて、でも少し遠回しに――
「うん。片方は、ラスティアラ用にくれたんだと思うよ。ただ、お財布の代わりになるくらいに貴重品だからね、これ」
「えっ。それに、お金が入ってるの?」
「それも、家とかが買えちゃうかもしれない量がね。あとGPS発信器……迷子になったとき、居場所が分かるやつも入ってるよ」
「は、はっしんきぃ……? あぁ、私が大聖堂にいたときに付けられたことのある魔法道具かな?」
「そんなやつだよ。それと、いま見た通り、ここにある機械を色々操作できる魔法のステッキでもあるから……、壊すとちょっと大変かも。機械に慣れるまでは、他のもので色々試したほうがいいと思う」
「色んな力の詰まった高価なアイテムなんだね。……うん、分かった。先に、他のやつで経験値貯めてみる」
遠回しに拒否してみた。
すると意外にも、好奇心の塊のラスティアラは素直に従ってくれる。
深層のトラップやモンスターを前にした顔つきで、この『元の世界』の機械と向き合っていた。
向こう見ずだった相棒の精神的成長を嬉しく思いつつ、人心地つきながら今回の『元の世界』探索の初感想を吐き出し合っていく。
「しかし、色々と予定外だったね、ラスティアラ。まさか、一日目で泊まりになるなんて」
「本当は、お試しの日帰りのつもりだったのに……。いやあ、気に入られちゃったねー! 私もカナミのお母さん大好き!」
「そこが一番意外だったよ。母さんって自分より若い子が嫌いだから、絶対ラスティアラは受け入れられないと思ったけど……。流石に、四才児だと離れすぎてて大丈夫だったのかな?」
「へー。なら、ラッキーだったのかな? でもあのお義母様、カナミっぽい胡散臭さもあったし、まだまだ安心しちゃ駄目っぽいね」
「ラグネやパリンクロンみたいに、嫌いな相手ほど友好的に接することが出来る技術は間違いなく持ってるよ。じゃないと、あの父さんと一緒にやってけないから」
「ふふっ、ラグネちゃんみたいかぁー! それじゃあ、上手くいけば私たちの新しい敵になってくれるのかも!」
「結婚反対の流れを期待してるところ悪いけど……、それは微妙かな。母さんって綺麗なものが好きで、ラスティアラのことを「美術館の彫刻みたい」って最高の評価出しちゃってたから」
「ふむふむ。綺麗なのは好きで、でも若い子は嫌いで……。私の評価って、大体イーブンくらい?」
「そんな感じかな? だから、これからのラスティアラ次第で、色々と流れは変わると思うよ」
喋りながら、僕とラスティアラは部屋の中を気ままに探索していく。
まず僕はスマートフォンの共有パスワードで、適当な通販を利用して、本当にお金が自由であることを確認した。
両親は一度逮捕されたが、資産が切迫するような事態に陥ったわけではないようだ。この辺りは、陥れた陽滝が色々と気を遣ったのだろう。このマンションの生活が張りぼてでないことに安心して、次は軽くSNSなどを眺めてみる。
逮捕時の相川家に対する世間の評価は酷いものだったが、いまは穏やかなものだ。
両親の復帰後の立ち回りが上手いのもあるが、擁護してくれる投稿や記事が多く見られた。所属事務所や広告会社を通じて、炎上対策は万全のようだ。
その両親の粘り強さを一ファンとして安心していると、リビングのリモコンを弄っていたラスティアラが「あっ」と零して、偶々テレビに両親の姿が映った。
生放送ではない。そして、逮捕沙汰などなかったかのように、堂々と朝のニュースで番組宣伝役として出演している。番組の空気から見るに、逮捕はほぼ冤罪だったというのに、謂われなき誹謗中傷に晒され続けているタレント――といったあたりに落ち着いていた。
そう分析する僕とは別に、ラスティアラはテレビに対して「へー、なるほどなるほど。ボタン多いなー」「これってつまり、みんなで見れる《ディメンション》?」「そのすまーとふぉん? でも見れるのかな?」と興味津々に分析していた。
そして、その分析結果の一つとして、僕に聞く。
「んー、なんだか……。ここって、初めてなのに初めてじゃないみたい。やっぱり、カナミがここにあるものを『異世界』で再現しようとしてたから?」
「……そうだね。千年前の始祖カナミは、少しでも懐かしい故郷に戻りたくて、ディプラクラやアイドに色々と再現を頼んでたから……。だから、申し訳ないけど、僕が『異邦人』として迷い込んだ時点で、ここの本来の新鮮さは失われてると思う」
「そっかー。まあ、それは仕方ないとして、カナミのほうの感想はどう? ここに戻って来て、懐かしくて堪らなくて、感動で涙が出そうな感じしてる?」
「いや、それが……、久しぶりに戻って来たら、むしろちょっと居心地悪いかも?」
それが正直な感想だ。
当たり前だが、余りに長く向こう側の文化に浸りすぎている。
いま、テレビの中で有名人たちが番組をやっているけれど……僕にとっては、こちらのほうがファンタジーで、どこか遠い出来事に感じてしまう。
「なんかちょっともったいないね。せっかく戻れたのに」
「よく考えたら、ここに戻ってきても……、父さんと母さん、一緒にゲームやってくれないしなあ。ほら、このスマホにも入ってない」
そもそも、両親とは趣味が合わない。
それは両親も分かっているはず。
だから、今回の挨拶も、軽めの短めで終わると思っていた。そして、すぐに気まずくなって、そのままお別れするという――かつて、僕よりも賢い少女が予想した通りの流れを僕は読んでいたのだが……。
想像以上に、両親のファンタジーに対する理解が良かった。
その上で、僕たちに「俳優業」まで薦めてくれた。
本当に嬉しい。
これならば、たとえゲームは無理でも、映画やドラマなら一緒に見てくれるだろう。
そう思えるほどに、好意に塗れた流れだったから……、いま僕たちは『元の世界』に留まっているわけで……。
と色々と僕が考え込んでいると、ラスティアラが気を利かしてくれる。
「あっ。ここ、カナミの好きなゲームがないんだ。なら、一旦外に出て、買いに行ってみる?」
流石に、戻ってから最初にやるのがゲーム購入というのは、いかがなものかと思った。
「いや、ゲームもいいけど……ラスティアラの言うとおり、せっかく戻ったんだから懐かしい故郷を堪能するよ。父さんも、観光して待ってろって言ってたしね」
「やった! ……観光なら、あれ! まずあれがいい! あの変なタワー! 一番上まで行って、立ってみたい!」
ラスティアラは窓の外、遠くに見えるスカイツリーを指差していた。
おそらく、観光できる範囲で一番上という意味でなく、物理的な塔の先っぽに立ちたいのだろう。
一瞬、父さんの薦めた「SNSに向いている」という言葉が頭によぎってしまう。
少しだけなら、こっそり頂上に立っても……と思ったが、すぐに思い直す。
いかに最近頭が緩くなっている僕でも、それは流石に許容できなかった。
「それは目立つから駄目……というより、法律的にアウトだから駄目かな」
「えっ!? 建物の天辺に立っちゃいけない法律なんてあるの!?」
「言っとくけど、連合国にも似たような法律あったからね? こっちと比べて、あっちは罰則が緩いだけで」
「でも、フーズヤーズ大聖堂の天辺には何度も登ったよ? パリンクロンやラグネちゃんも、別にいいって言ってた気がする」
「あいつら……。あの二人がいいって言ったなら、駄目だったに決まってるでしょ。……大聖堂時代のセラさんとハインさんの苦労が窺えるよ」
「セラちゃんとハインさんは……、青い顔してたっけ? でも、なんだかんだ許してくれてた……ような?」
「ああ、もう……。そういうのは、本当に……――」
本当に、羨ましくて堪らない。
いまよりも幼く純真なラスティアラと、大聖堂で楽しく生活していた話をされる度に嫉妬してしまう。
しかし、大人なので表情には出さず、我慢しておく。
なにせ、これからは僕との思い出が増える一方なのだ。
セラさんとハインさんには少し悪いと思いつつ――パリンクロンとラグネにはあの世で歯噛みしていろと思いながら、新たな思い出を増やす為の提案をしていく。
「天辺に登るのは、本当に駄目だからね。でも、途中まで登るのは凄く楽しいと思う。スカイツリー観光、僕も一度は行きたかったんだよね」
「えー。途中までかぁ、んーむ」
「大丈夫。普通に手足で登るより、絶対エレベーターのほうが面白いから」
「え、えれべーたー……! って、ここにもあったやつ!?」
「そうそう。このマンションの何倍も凄いやつがあるよ」
「よしっ、じゃあ行こっかー! 乗ってみたい!」
昨日の夜は両親と一緒だったので静かだったが、エレベーターに乗ったときのラスティアラの驚いた表情はよく覚えている。
素手の登攀の経験が多い分、身体が勝手に上へ持って行かれる感覚は新鮮だったのだろう。
その四歳児的な反応は予想通りで、すぐさま僕たちは軽い身支度を済ませて、出発する。
部屋の外に出たとき、オートロックが掛かったけれど、カードキーは持っているので安心だ。そのまま廊下を歩いて、期待のエレベーターに乗り込んだ。
そして、一階に下りていく(ちなみに、1のボタンはラスティアラが押した。一度目のときから、ずっと狙っていたようだ)。
そのエレベーター独特の感覚に包まれながら話していると――
「これ、昨日はびっくりしたよ。仕組みはなんとなく分かっても、いきなりだったからね」
「ちなみに、これは個人用だから小さいけど、これから行くやつは豪華で大きいからね。調べてみる限り、本当に僕も楽しみ――」
「でも、ちゃんと身構えて乗ってみると、これってなんか風魔法で浮く感覚のそのまんま? いや、ノワールちゃんの得意な星魔法みたい?」
「……もう飽きられると困るから、あとちょっとだけ待って」
「わ、分かってるよ! 楽しみにしてるっ、あのでかい塔! の、えれべーたー!!」
観光を楽しみにしているのは、どちらかというと僕のほうだったと発覚する。
順応性が高すぎるのも困りものだった。その察しの良さのせいで、初見なのに「仕組みがなんとなく分かる」とまで言っている。
この『異邦人』を心から驚かせるには、かなりの準備が必要になるかもしれない。
その情報を元に、頭の中で新たな観光プランを組んでいるところで、一階のエントランスに入る。
出入り口にあるカウンターにいる管理人と目が合うと、「何かお困りはありませんか?」と言うように笑いかけられた。
不審に思われていない。むしろ、かなり気を遣われた反応――ということは、両親達が出かける際に「息子夫婦」とでも説明したのかもしれない。
子供の頃にはよくお世話になったサービスに対して、「大丈夫です」と笑いかけ返してからマンションの外に出る。
途端、空気は変わった。
朝の陽光が強まって、涼やかな風を感じる。
昨日の夜と違って、雨も闇もない。
だから、しっかりと『石の町』を見渡せる。
もちろん、僕にとっては遠い記憶に積み重なっている懐かしき都会の景色だ。
コンクリートの建物と道に、通り続ける自動車たち。行き交う現代衣装の人々、その手元にはスマートフォン――
ラスティアラにとっての『異世界』を前にして、軽く一度伸びをする。
「んー。今日は晴れて良かったね。普通に歩いて行けそうだ」
「気持ちいい朝! あと下まで降りても、ちゃんとタワーは見えるね」
ラスティアラは目を輝かせながら、全身を震わせる。そして、目的地が見えていたので、その新しい環境を恐れることなく、すぐさま先陣を切った。
その相変わらずな度胸を頼もしく思いながら、その横を僕も歩く。
観光開始だ。
少し進むごとにラスティアラは「あれ、何?」と聞いては、僕がガイドさんのように説明していく。
そんな散歩になるのだが、途中で――
「おい、あれ――」
「なあ。見てみろよ――」
すれ違う人々から、時折聞こえる声。
普通ならば聞こえない小声だ。
しかし僕とラスティアラだから、こちらを見てひそひそと話している人たちに気づけた。
ラスティアラが田舎者丸出しだからという理由だけではないだろう。
いま彼女は来訪時のコートに身を包んで、髪も魔法で黒に染めたまま――だが、先ほどの母さんのコーディネートと化粧によって、存在感が増している。
母さんはセミプロと言っていいスタイリストだ。結果、いかに僕の用意したコートで覆い隠しても、いまの化粧ありラスティアラは周囲の目を惹いた。
あと隣を歩く僕も、火傷跡のせいで少々目立つ。
なので歩いて五分ほどで、先陣を切っていたラスティアラは足を止めて、「一度戻って、変装し直すべきかな」と目で訴えかけてきた。
すぐに僕は首を振る。
「いや、大丈夫だよ。このくらいの反応なら、こっちの都会だとよくあることだから」
まだ美人を見てざわつく程度の反応だ。
もし両親が変装なしで歩いていたら、もっと反応は大きいだろう。
だから問題ないと僕が答えると、『異世界』の経験で目立つのに慣れているラスティアラは納得して、頷いてくれる。
こうして、僕たちはコンクリートの道を進んで、観光していく。
あえて両親の目論見通りに、『元の世界』での登場をアピールしながら――
短めですみません。ちょっとシリアス気味ですが、基本まったりです。




