00150.スタッフロール後編
リビングルームには、中央に大きなテーブルがあるだけではない。壁際には、生活用の棚や大きなソファーなども配置されている。
そのソファーに、お腹を膨らませたスノウが寝っ転がって、すやすやと眠りについていた。
気持ちよさそうな寝顔に、僕は苦笑する。
「スノウ……。食べに食べて、呑みに呑んで、ついには爆睡だな」
その様子を一緒に見ていたマリアは自分の義姉をフォローして、ディアは仲間の体調を気遣っていく。
「最近は、大陸の誇る大英雄スノウ様の時間が長かったですからね……。こうやって、素の自分を曝け出せる場所に、気が抜けてしまったんでしょう。いい寝顔です」
「運んでやるか。風邪は……引かないだろうが、ベッドのほうが気持ちいいだろ」
ただ、そのディアの運搬方法は、普通ではなかった。
椅子に座ったまま『魔力四肢化』で、魔力の義手を肥大化と伸縮をさせていく。その大きな魔法の手のひらがスノウを包み込んで、そのままリビングルームの外まで運び出す。魔法で空間把握もできているようで、二階のスノウの部屋まで器用に移動させた。
その繊細な魔力制御は、流石はパーティー最高ステータスのレベル59。
この世でディアしかできない運び方は凄まじい。単純な技術だけでなく、見た目がもう本当に凄まじい。
リーパーも同感のようで、冗談じみてだが悲鳴をあげた。
「ひゃー、すっごいー。これはもう誰もディアお姉ちゃんに逆らえないねえ……ということで、アタシも気持ちいいベッドで、そろそろ寝よーっと」
色々と心配だったが、『魔法生命体』のリーパーも上手く酔うことができていた。
ふらふらとマリアに近づいていき、その影の中にいそいそと入ろうとする。
たくさんの仲間たちと魔法で合体してきたリーパーだが、やはり一番のお気に入りはマリアらしい。
相性がいいのだろう。ただ、それはつまり『死神』としての『親和』適正が高いということなのだが……(そのあたりは深く考えずにおく)。
ただ、その可愛らしい酔っ払い死神を、マリアは叱りつける。
「こら、リーパー。あなたも、ちゃんとしたベッドできちんと寝てください。そんなところで寝ると、変な癖がつきますよ」
「えぇ……。確かに、ちゃんとしたベッドはふかふかで気持ちいいけど……。アタシにとっては、お姉ちゃんの影が一番落ち着くんだよー。……駄目?」
「駄目です。影の中で寝泊まりなんて、お姉ちゃんとして許しません」
「む、むむう。仕方ない。じゃあスノウお姉ちゃんを枕にして寝よっかな。なんか妙にあったかい身体だし」
自由気ままな生き方をしているリーパーだが、マリアにはとことん弱い。
またふらふらと歩いて、魔法の義手に運び出されたスノウの跡を追っていった。
どうやら、同じベッドで寝るらしい。前から思っていたが、偶にリーパーはスノウを暖房器具か何かと思っている節がある。
そして、そのリーパーを見送ったあとも、まだマリアの叱りつけは続く。
「あと変な癖と言えば、ディアもですよ」
「お、俺か? 俺は普通にベッドで寝るつもりだぞ?」
「その腕です、腕。面倒臭がらないで、ちゃんとその二本の腕と足で運んでください。普通に力持ちなんですから」
「……ああ、そういうことか。この『魔力四肢化』に慣れ過ぎると、俺が『人』から離れるって心配してくれてんのか」
「慣れれば慣れるほど、きっとディアは強くなるでしょう。ですが、余りいい未来が待っているとは、私は思えません」
「マリアがそう言うんなら、そうなんだろうな。次から、そうする。……ただ、この話はおまえもだぞ。魔法の『炎の目』で周りを見るのは止めて……、しっかりとした義眼作ろうぜ。魔法とか魔石を贅沢に使った特製のやつをさ」
そう言って、ディアはとある何もない宙を見つめた。
低レベルの僕では感知できない希薄な『炎の目』が、そこには浮いているのだろう。
その指摘に、マリアは「そうですね」と頷いた。
相棒同士、互いの理解は深いようで、ディアの話は進んでいく。
「ここ最近はカナミが大変だったから進まない話だったけど……、元々『魔力四肢化』はおまえの義眼生成も考えての技術だからな。いまの俺の魔力制御と――」
「いまの私とカナミさんの知識があれば、義眼を超えた本当の『魔法の義眼』も出来るかもしれませんね」
そういえば、最近のマリアは魔法の勉強ばかりしていた。
二つの世界の知識を合わせたいとマリアが僕に目配せしてきたが、その間にラスティアラが割り込む。
「うわぁっ、すごい楽しそう! しっかりとした義眼ってことは、魔法で神経とかを接続するってことだよね? あのカナミの妹さんがやってたやつ! 私も私も! 話に入れて!」
「あ、ラスティアラさんは駄目です。このプロジェクトに参加不可です」
「えぇっ!? なんでぇ!? 知識とかは結構あるつもりだよ!?」
「知識はあっても、センスがなくなったんですよ。いまのラスティアラさんって、はっきり言ってリスク計算が苦手な唯の大雑把な人ですからね?」
「ぎゃあ! い、言いにくいことを……、はっきりとぉ……!」
「あと普通に、第一声が「うわぁっ、すごい楽しそう!」の人は論外です。失格です」
「再審査を! 雑用でも何でもするから! 仲間はずれはやめて! 私もマリアちゃんの眼に関わりたい!」
「……仕方ありませんね。お手伝いするくらいなら構いませんよ」
ただ、少し困った顔を見せたら、即お許しが出た。
相変わらず、マリアはラスティアラに甘い。激甘すぎる。
僕はラスティアラを愛してはいるが、この危険人物だけは入れてはいけないと本能と『感応』で理解している。
まず間違いなく、ラスティアラは義眼作りをマリアのものだけで終わらせないだろう。医療進歩や福祉拡大などの理由を付けて、さらに研究を進めていくはずだ。そして、その果てに格好いい予備の義眼ができたら、それがマリア用だとしても、ラスティアラは自分の片目と入れ替える可能性がある(健康な目を持ちながら、冒涜的にもだ)。
もちろん、そこには「強さを得る」という理由もあるだろう。失ったスキル『擬神の目』を補う為に、新しい『目』を求めて――しかし、一番の目的はロマン! という魔眼+オッドアイへの深い欲望は僕も同じなので、彼女の表情から読み取れる。
酔いが回っているせいか、そのラスティアラの欲望をマリアとディアは読み取れていなかった。
軽い気持ちで歓迎していって、今後の予定まで明かしていってしまう。
「とはいえ、流石に今日やるつもりはありませんよ。明日も早いですからね」
「だな。今日は腹一杯だし、すげえ疲れた。今度纏まった時間ができたとき……、来週くらいにでも義眼のことは考えようぜ」
それにラスティアラは「オッケー! 絶対私も時間空ける!」と答える。
そして、明日のマリアの予定が少し分かる。
このまま、ぐっすりと眠りについて、明日は昼まで寝過ごすつもりだったが……。
僕は気になって聞く。
「マリア、明日もギルドを回るの? 今日、全部終わったって話だったけど」
「他にも話をするべきところが、少しありまして……。正直、私がいなくてもいいところなのです。ですが、私の後見人でもあるウォーカー家の当主様が、どうしても付き添って欲しいと言っていまして」
「あぁ、あのスノウのお義母様か。もう僕のことは完全に忘れて、いまはマリアにご執心なんだって?」
「別にカナミさんのことは忘れていないと思いますけどね。とりあえず、グレン・ウォーカーさんの代わり……は難しいでしょうが、自分なりに当主様の護衛をこなしつつ、スキル『炯眼』でアドバイスしたりして、恩を売ってこようと思います。色々と顔が利いて便利なので、あの人」
マリアは亡き『最強』の名を出して、少しだけ暗い顔を見せる。
しかし、すぐに過去に家族を奪った『炯眼』の話を自ら出した上で、明るい顔に戻した。いままで、スキル『炯眼』は止むを得ず使うことはあっても、積極的に利用することはなかったのだが……。100層での宣言通り、彼女は色々なものを乗り越え切ったようだ。
そのマリアに、ディアが少し羨ましそうに話す。
「あの当主さんなぁ……。まだ俺は苦手だな。滅茶苦茶怖いし、圧が凄いし。ただ、なんかマリアとはめちゃくちゃ気が合ってるよな」
「気が合うというより、利害が一致しやすい感じですかね。それと単純に、あの方は色々と頼りになりますので、よくお話をします」
「確かに、味方についてくれたら頼りになる人だ。ただ、その味方についてくれたらってのが難しいんだけどな。ちょっと話した感じだと、俺じゃあ利用されるだけになりそうだ」
「あんな面倒な人を頼らずとも、もうディアには無条件で頼れる当主様が二人もいるじゃないですか。フランさんとか、もう親友みたいなノリで話してますし」
その二人とは最近ディアと仲のいいフランリューレとフェンリルさんだろう。
ちなみに、ヘルヴィルシャイン家当主は、まだフランリューレではない。だが、他の当主たちと比べてヘルヴィルシャイン家は消極的で、ほとんどの仕事を優秀な子供たちに任せていると聞く。そして、その中で最も有望なのが彼女であり、ほぼ後継として決まっているのは有名な話だ。
「フランかあ……。頼りにはなるけどなあ……。あいつを頼りすぎたり、褒め過ぎたりすると、助かる以上に面倒臭いことになる」
「まあ、そっちはそうかもしれませんね。でも、アレイス家当主のお爺さんのほうは、違いますよね? ディアに甘々です」
「いや、フェンリルの爺さんもなあ……。ずっと憧れの人だったんだが……、最近は隙あらば俺を『剣聖』としての職務に同行させようとするんだ。『剣聖』勝負は、フランの援軍で俺の負けだったのに。まるで、後継者みたいに扱ってて……それのせいで、今日は本当に困った」
「ああ、なるほど。そうなってるんですね……。あのお爺さんにとって、『剣聖』勝負のディアの選択は勝敗を超えるものだったんでしょう。又聞きでも、そのくらいのことは分かります」
「げっ、マリアの耳にも入ってんのか、あの勝負……。どうりで、アレイス家の人たちに睨まれてるわけだ。次代の『剣聖』候補だったカラミア・アレイスってお孫さんなんて、ことある毎に俺に絡んできてなぁ」
「へえ、カラミア・アレイスさんですか……。本当のお孫さんを放置して、孫代わりのディアを甘やかすアレイス家当主……。ふふっ、これは血を見ますね」
「人ごとだと思って、楽しそうな顔しやがって」
『剣聖』の名誉はあちこちを飛び回ったが、いまはフェンリルさんで落ち着いている。
そして、マリアは笑っているが、これは冗談では済まない話だ。
僕とラスティアラは揃って、真剣な面持ちで声をあげる。
「ディア。何か困ったなら、僕も手伝うよ。フェンリルさんとは知らない仲じゃないし」
「もちろん、私も! フーズヤーズ関係なら、任せといて。これでも元『現人神』様だからっ」
仲間として、助けないという選択肢はない。
ただ、それを聞いたディアとマリアの表情は芳しくなかった。
「二人ともありがとう……。やばくなったら、すぐ助けてくれって頼むと思う。ただ、いまの俺たちが本気で困ることって、もうそうそうないからな。というか――」
「お二人には、数年くらい大人しくしてくれたほうが私たちは助かります。どちらも、今回の件を深く深く反省するほうが最優先ですからね」
勇みすぎてくれるなと忠告されてしまう。
その今回の件というのは、『勝手な思い込みで、自殺しようとしたこと/自殺したこと』だ。
一瞬で発言権を失った僕とラスティアラは、揃って「は、はい……」と項垂れるしかなかった。
「シスたち『元老院』も、もう二人には頼らない方針を立ててる。いや、正確には千年の遺産は捨てて、現在いるみんなで新しい時代を切り開く方針か」
「ディプラクラさんたちは『使徒』でなく、現在を生きる『人』としての再出発を目指しています。……その流れだと、お二人はいないほうがいいんですよね。お二人が関わると、どうしても千年前の『始祖』やら『聖人』やら付き纏っちゃうんで」
釘を刺すような忠告は積み重ねられていき、最後にマリアは満面の笑みで言い締める。
「――いま、連合国はお二人を過去の人にするのに全力です。なので、お二人も全力で隠居して、過去になってくださいね」
容赦ない謹慎告知だ。
言い返したいことはたくさんある。しかし、『終譚祭』のことを思い出せば、ただただ僕は頷くことしかできない。
マリアたちの釘刺しを受け入れながら、いまの自分の立場を口にしていく。
「……分かってる。仕方ない。なにせ、僕は『最深部』に到達した奇跡の……失敗者だからね」
『奇跡の失敗者』。
その言葉の意味を、共に反省してくれているラスティアラが続ける。
「巷では、そう呼ばれてるねー……。『最深部』に至ったのに、奇跡の力を扱い切れずに暴走した英雄『アイカワカナミ・キリスト・ユーラシア・ヴァルトフーズヤーズ・フォン・ウォーカー』。ただ、自滅寸前のところで、『最深部』まで来てくれたみんなに助けられて……。その不相応な魔力も、みんなに代わりに負って貰って、なんとか命拾いして……。なのに、『終譚祭』が終わったあとは、無責任にも行方を眩ませた男。それが、いまのカナミの――」
「いまの僕の立場。……ただ、行方不明は建て前で、知り合いには普通に顔出してるけどね。ヴァルトの酒場では、普通に「身の丈に合わないことするからだ、馬鹿バイト」って店長から怒って貰えたよ。嬉しかったな」
酒場や大聖堂、ギルドや街の知り合いたち――本当に、僕は恵まれた環境にいたと思う。
帰還して一日回っただけで、それを心から実感した。
ほとんどの人がラスティアラの『再誕』した姿を見て、『最深部』の奇跡の使い道を察して――その上で、何も言わずに帰還を喜んでくれた。
その知人たちの対応をディアも分かっているようで、頷いて話す。
「ああ、そうやってみんなに怒られて回るのはいいことだから、推奨だ。ただ、それが全部終わったら――」
明日か明後日くらいには、挨拶回りは完全に終わるだろう。
主要なところにはもう顔を出したし、あとは個人的な知り合いが少しだけ。
いまならば『終譚祭』『聖誕祭』の流れで、本来『本土』にいる人にも楽に挨拶できる。
そのディアの話の続きは、ラスティアラの口から紡がれる。
「怒られるのも全部終わったら……。私とカナミ、ちょっと暇になるかもね」
「ああ、暇になる。今度こそ、本当に自由な時間だ」
いままで自由な時間はあったようで、厳密には存在しなかった。
ラスティアラはティアラに。
僕は陽滝に。
どちらも、ずっと追い立てられるように生きていた。
あの二人との戦いが着いたあとも、本当の自由とは言えなかった。
穏やかな『夢』の続きのようでいて、その時間は実際のところ――
僕がラスティアラを。
ラスティアラが僕を。
互いが互いを、追い立て続けていたからだ。
しかし、いま、やっと。
全ての柵が終わったから、僕は聞ける。
「ラスティアラ……。じゃあ、どうする?」
「遊ぶよ! とにかく遊びまくろう、カナミ! もちろん、『みんな一緒』に!」
簡潔だった。
とても四歳の子供らしい答え。
それに僕も全く同じ気持ちだったから、すぐに「ああ」と頷く。
これからは『みんな一緒』で。
自由に遊んでもいい。
もう人生を追い立てられることもなければ、不相応な力の責任を取るかのように人助けし続けることもない。
もちろん、ラスティアラの「遊ぶ」というのは英雄的な人助けも含んでいるだろう。だから今度こそ、本当の意味で「手の届く範囲を助ける」ことが僕はできる。
その上で、ラスティアラと一緒に、ずっと『幸せ』に暮らし続ける。
その目標を確認し直して、二日目の夜は過ぎていった――
当主さんの名前そろそろ付けよう!
ということで、これで日常パートに入る前の前置きは終了です。
ここからは適当な小話をやっていきます(ネタ求む!)。
話数もこうして特殊な形式にしたので、時系列は無視していくと思います。
それではー。