00900.魔眼
義肢制作に取り掛かり、さらに数日後。
意気揚々と挑戦したものの、作業は難航していた。
リビングルームに積み重なるのは、試作品と失敗作品ばかり。
しかし、全てが全て不調というわけではない。
義肢制作と対照的に好調なところもあった。
それは庭にテーブルや機材を持ち込み、楽しそうに模擬戦を始めている別開発チームだった。
「――ふむ。では、試作品批評のために試験してくれ、ラスティアラよ」
そう頼むのは、休日だからと途中で合流したディプラクラ。
彼は家に到着するなり、ここまでの実験資料を短時間で読み解いた。そして、色々と考えた末に、別アプローチで研究の援護がしたいと志望したのだ。
その別開発チームに参加するのは、ずっと暇そうに遊んでいたスノウとラスティアラ。
二人が駆り出されて、いま庭で戦意を漲らせて向き合っていた。
「あいよー、ディプラクラさーん。じゃ、行くよー、スノウ!」
「いつでもおっけー。こっちには遠慮なくぶつけていいからー」
そう確認し合ってから二人は駆け出し、軽い組み手を始める。
ただ、いつも通りではなく、とある魔法道具が身体に付けられている。
以前に僕が思いつき、しかし余裕がないと諦めかけたマジックコンタクトレンズ。
誰でも一時的に魔眼持ちになれる夢のアイテムだ。
眼球から伝わる魔力を利用して、魔石で作られたレンズに刻まれた『術式』を起動させる仕組みだ。擬似的だが、攻撃系の魔眼のような効果を発揮する。
そのマジックコンタクトで二人は瞳の色を変えて、じゃれ合うように戦いながら、たまに視線を相手の瞳に向ける。
だが、すぐにラスティアラは驚いて、困惑しながら後退して叫ぶ。
「あ、あれっ!? なんか全然発動しないよ!? 発動条件は目と目が合うことじゃないの!?」
と聞く相手は、庭のテーブルで観戦しているディプラクラ。
開発者は聞かれた質問に対して、端的に分かりやすく説明していく。
「うむ、条件は目が合うことじゃな。しかし、合い続ける必要もある。時間的には、一秒くらいなのじゃが――」
「組み手中に一秒もっ……!?」
それを聞いて文句を零してしまうラスティアラ。
付き合っているスノウも、組み手自体は余裕だが、魔法道具の発動には困惑していた。
「私も、それは……、なかなか難しいな……! ――っ!?」
「おっ……!? せ、成功した? よっし! これで組み手も簡易魔眼の実験も、私の勝ちだああ!」
戦うこと数十秒後、魔眼を先に発動させたのはラスティアラだった。
魅了や睡眠といった妨害魔法を複合させた『術式』が発動して、遠距離だというのにスノウの身体が硬直した。
その隙を狙って、ラスティアラは打撃からスムーズに組み技へと移行して、スノウが突き出していた右腕に腕挫十字固め――だろうか? 空中で極め技をかけた――が、そこまでだった。
なにせ、向かい合っているのはレベル差がダブルスコアあり、生物として次元の違うスノウだ。
その圧倒的な『筋力』で、右腕にとりついたラスティアラを持ち上げ続けて、極め技も成立させない。
「……魔眼にかかって少し止まっちゃったけど、だからと言って倒れるかどうかと言うと、また別の話だよね」
「そこは倒れてよ、スノウ! 魔眼が成功して、関節技も極めたんだから!」
「いやあ、えへへ……。ラスティアラ、軽いねー!」
意外に負けず嫌いなところを見せて、そのままスノウは右腕を大きく振って、ラスティアラを遠くに投げ飛ばした。
ラスティアラは空中で軽やかに反転しつつ姿勢を整えて、庭の端っこに着地する。そして、そこで組み手は終わり、しっかりと消費者モニターとしての感想を口にしていく。
「ととっ。スノウ相手には無意味で、投げ飛ばされちゃったけど……、魔眼は一応成功っと」
「とにかく、使いづらい? 頑張って一秒も視線を合わせて、一瞬だけ硬直なんて」
「しかも、使い捨て。なんかもったいない……。かなりのお金と時間かけたのにね」
ラスティアラは慣れた手つきで、瞳から魔力の失われたコンタクトレンズを外す。
他の魔法道具と違って、発動時に破損しないものの、もう完全に力は失われている。
その評価を聞いて、ディプラクラは続きの説明をしていく。
「もちろん、繰り返し利用できるものも作るつもりじゃぞ。とはいえ、使い捨てと比べると、効果は落ちるじゃろうがな」
そう話して、いましがた魔眼の力を受けたスノウは眉を顰めて答える。
「これ以上効果が落ちるの? いまの段階でも、あんなに発動が難しかったのに」
「おぬしはそう感じたじゃろうが……、ラスティアラはそこまで難しいと思わなかったはずじゃ。おそらく、魔眼の発動は本人の魅力? のようなものが関わる。単純に、自らの瞳に誘導する技術と言ったほうがいいかのう?」
「え、そうなの……? それって、ラスティアラが有利過ぎない? 竜人はそういうの苦手なのに……」
「すまぬな。しかし、同じ魔眼で視線を合わせれば、見蕩れたほうが負けということが検証できた」
「しかも、私が戦ってる間に見蕩れていたのがバレた! というかラスティアラは普段から戦いに格好良さを追求してるんだから! このモニター勝負、完全に私が不利だったってことじゃん!」
「と、おぬしがそう言うじゃろうと思って、こういうものも作ってみた。こちらに来てみよ、スノウよ」
文句が多出しているが、一応ディプラクラは千年前も通して世界一の技術者だ。
用意のいい彼はスノウの文句を予期して、テーブルにある綿棒のようなものを手にする。
そして、その綿棒に粘着性の高そうなクリームを付けたあと、彼女の瞳に近づけていく。
スノウは竜人ゆえに、たとえ瞳を直接攻撃されても問題ない。なので、怯えて身体を引くことはなく、そのクリームを受け入れた――その睫毛に。
その塗りたくられたクリームで、スノウの睫毛は太く長くなる。
「え、これって化粧……? 睫毛用の?」
睫毛用化粧品だと僕だけではなく、貴族経験の長いスノウも気づいたようだ。
それにディプラクラは「うむ」と頷いて、その新魔法道具の使用方法を伝える。
「目の周囲に、魔力を集中させてみよ。いや、おそらく、スノウほどの魔法使いならば、通常でも――」
その説明の途中で、既にマスカラはスノウの魔力に反応した。
とはいえ、反応は科学的にもよく見る変色と発光だ。
睫毛が銀色に変化したあと、キラキラと輝き出す。
「こうなるな。次は、今度こそ魔力の集中を頼む。戦闘中のつもりでな」
「自分だとどうなってるか分からないけど、りょーかい。むー」
さらにスノウが魔力を練っていくと、先ほどディプラクラが手を付けた以外の部分にも変化が見られる。
また化粧のように、目元のあたりがキラキラと――いや、発光ではなく、小さな星々?
多種多様な星が、スノウの目の下に描かれていく。
「な、何それ! かっこいいいいいい!!」
「えへへ……。そう?」
非常に特殊で、ド派手。好き嫌いの分かれるアイメイクだと思ったが、ラスティアラには好評のようで大興奮だった。
スノウが照れている間、ディプラクラは説明を続けていく。
「む? 可愛いではなく、格好良いなのじゃな……。とにかく、こうして目の周りの皮膚を目立たせることで、視線を誘導するのも面白いとカナミから提案されてな。どうじゃ?」
「いえっ、ディプラクラ様、とっても可愛いです! なので、どうか私にも、お化粧してください!」
「ラスティアラは、あとじゃ。まず、これで結果が逆転するか試してみたい」
「なるほど! 了解! ということで、もっかいやろうか! スノウ!」
すぐに趣旨を理解して、ラスティアラはスノウと向き合う。
「うん! 次は負けないから、ラスティアラ!」
「睫毛綺麗ー。いいなー」
と、もう出だしから集中力に違いが出ている二度目の組み手が始まる。
そして、およそ数十秒ほど。
早い段階でラスティアラが硬直して、スノウに羽交い締めにされた。
「ぐぁっ! 今度は私が魔眼にかかった! ずるいよ、やっぱそれ! なんか見ちゃうもん!」
「えぇ、早い……。そこまで、じっと見ちゃうものなの?」
一度目と違い、余りにもあっさりとした勝利にスノウは困惑していた。
その疑問には、説明役のディプラクラが答えていく。
「いや、皆が皆、それを見ることはないじゃろうな。今回カナミが考案したのは、対ラスティアラ専用なところがあるのでな……。メイクの趣味が合わないと、こうはならん」
「ああ、なるほどね。ラスティアラとセンスの近いカナミ考案の化粧だったからか」
その説明が終わる前に、敗北したラスティアラは意気揚々と動き出していた。
自分もマジックマスカラを貰いに行き、さらにそれだけで満足できないと聞く。
「ねえねえ、ディプラクラ。他にもないの?」
「目に集中させるとまではいかんが、アイディアは他にもあるぞ。頭部全体を目立たせる魔法道具の保護液……、マジックトリートメントじゃ」
「へー、これを髪に馴染ませるの? そうすると――」
このマジックトリートメントも僕の発案だ。
魔力に反応して磁力が発生して、その髪が――
「おぉおぉぉっ。フワフワし出した……!」
「そこまでなら、風魔法でもできることじゃ。こちらも魔力量で変色するぞ。いまラスティアラが手に取ったのは、漆黒じゃな。濃さは魔力量で調整してくれ」
「おー。髪がカナミとお揃いになっていくー」
ラスティアラの滑らかに流れ輝く髪が、重力を無視した黒髪に変身していく。
その自分の姿を理解した彼女は、すぐさま決めポーズを取った。
「見てみて、スノウ。……さあ、夜の帳を下ろそう。我が漆黒の闇夜に浮かぶのは、一対の妖星。這いずる魂に首枷をかける魔眼だ」
「…………? え、何言ってるの? 『詠唱』?」
「くっ! やっぱり、スノウには余りウケない!」
が、遠目に眺める僕にはウケる。
やはり、かっこいい……!
闇落ちラスティアラだ……!
と大興奮しているのは僕だけじゃなくて、ラスティアラもらしい。
仲間を作ろうと、自分の使ったマジックトリートメントを勧めていく。
「よーし、次はスノウもやってみて! 闇落ちスノウが私は見たい!」
「んー、いいよ。ブラックなファッションも嫌いじゃないから」
闇落ちスノウに、僕の胸は躍る。
ラスティアラは表情が軽いので闇落ちに向いていなかったが、表情が固めのスノウはもっと映える――と、わくわくしたところで、ついに注意が入る。
「――流石に、注意散漫過ぎです。なに見蕩れてるんですか、カナミさん。そんなに自分の彼女が可愛いですか?」
室内にて、一緒にテーブルに着いたマリアだ。
ちらちらと外を気にする僕に少し怒っていたので、すぐに謝る。
「……すみません。可愛かったです」
「はあ、素直なのはいいことですが……。惚気られても、こっちは少し困りますね」
「いや、本当に素直に言えば、懐かしさのほうが大きいんだよ。千年前も、ディプラクラはああやってティアラや陽滝と一緒に研究したり、セルドラ相手に自分の研究成果を見せたりしてたから……」
「……そういうことですか。最近のディプラクラは憑きものが落ちたようで、付き合いやすいですよね」
「うん。憑き物が落ちたかのように……、すごく活き活きしてる」
少し言い訳がましい僕の言い分だったが、マリアは疑うことなく受け入れてくれた。
だから、僕もマリアの注意をしっかりと受け止めて、この色々と息詰まっている室内の工房の状態を確認していく。
「ディア、義肢は動く?」
「ああ、動く。一応、これで完成か?」
「完成と言えば完成かな? いまの僕たちに出来る範囲では、完璧な作品だと思う」
「そっか。で、これ以上となると……」
「僕が《リプレイス・コネクション》を習得する必要があるね。じゃないと、僕自身が次の研究を許可したくない」
ディアの身体に義手と義足が装着されていた。
とはいえ、最終目標である「魂が誤認するレベルの義肢」とは程遠い。
『魔力四肢化』による義手義足の模造は成功した。そこへさらに庭で使われている特殊な化粧品――こちらはマジックファンデーションとも呼ぶべき物で、人間の四肢そっくりに見せている。
しかし、そこまでだ。
まだまだ道のりは長いと確認したところで、僕と一緒にディアも外を見る。
そこでは先ほどの続きを、ディプラクラたちが楽しんでいた。
「――先ほどのトリートメントに、最初のマスカラを掛け合わせるのじゃ。すると、おぬしらの髪の内側……いや、裏側か? そこにも、星が描かれる」
「なるほど! 私が一番乗りでやらせて貰うよ!」
すると、先ほどの闇落ちラスティアラの漆黒のふわふわ長髪に、ディプラクラの言うとおりにたくさんの星々が煌めき出した。
まるで揺れる星空を背負っているかのような光景だった。
それを意識した状態で、またラスティアラは決めポーズを取って、決め台詞も放つ。
「――始まりは、星降る夜の物語だった。この漆黒の闇に、星と星を繋げよう。いま、運命の帳を上げる――」
それにスノウとディプラクラは手を叩いて喜ぶ。
「さっきよりかは、分かりやすいね。星空の浮かぶ髪が綺麗だよ、ラスティアラ」
「うむ、そういうことじゃ! 覚醒シーンっぽくて、よいのう!」
その褒め言葉にラスティアラは「ありがとー!」と喜んで、魔法道具製作者のディプラクラは満足げに説明を補足していく。
「他にも、こうしてマントを星降りのマントにしたりと、色々応用も利く」
「なるほどー。ほんと器用だね、ディプラクラ。流石、千年前の使徒様!」
当たり前だが、ディプラクラは向いている。
かつて、「『魔の毒』の吸収を抑える服」を作り、あの小言の多い陽滝に最後の最後まで使用されたのだ。
その魔法道具作成と服飾の実力は、折り紙付きだろう。
そして、その技術が千年後でも通用すると分かり、ディプラクラは次の敵を見据える。
「ふむ、若い女性にも好評じゃな。よし、次会ったときに、エルミラードのやつに自慢してやろうぞ」
悪い笑顔で、ライバルにマウントを取ろうとしていた。
それにラスティアラとスノウも「協力する」と約束して、一時期は敵だった使徒ディプラクラを心から信頼しながら、さらなるモニターを進めて行く。
その楽しそうな様子を一緒に見ていたディアとマリアは、苦笑しながら動き出す。
「では、もうこちらでやれることがないので……、私たちも向こうに合流しますか」
「そうだな。ただ、俺のほうは十分過ぎるが、マリアのほうは――」
「とりあえず、前方だけの《ディメンション》は成功して、発動していますよ。もう片方の義眼は、《ライト》で光を吸引・制御して、映写機に近い機能を発揮していますが……」
「常に使うには、魔力消費量が多過ぎるな。《ライト》のほうは、切ったほうがいい」
「ですね。これを常用できるような仕組みを作るには、さらなるバージョンアップ……。医学書がいります。カナミさんの『元の世界』の詳しい知識が必須でしょう」
「仕方ないが、移動する魔法《リプレイス・コネクション》をカナミが使えるようになるまで、次はお預けだな」
「ええ、カナミさんの世界の図書館は楽しみに残して……。まずは、このVer1.59で生活してみましょう」
「ああ。生活して、問題点を洗い出して、それからだ。……向こうの世界にも、たくさんの流派の『剣術』があるらしいから、楽しみだな」
こちら側の研究は中途半端なところで頓挫してしまった。
しかし、それをマイナスには考えない。
二人は明るい未来を見据えて、外へと歩き出す。
「ああ。楽しく生活して、ちょっとずつ進もう。それが、いまの僕たちには許される――」
何も急ぐことはないと、三人で頷き合ったあと、僕も外に出ていく。
そして、いの一番に庭にいる親友に向かって、我慢しきれなくなった欲望を叩き付ける。
「こっちは終わった、ディプラクラ! 僕たちの分もマジックコンタクトある!? 僕も魔眼で、覚醒シーンやりたい!」
「うむ、待っておったぞ! おぬしのための専用アイテムを、この儂が用意しておらんわけなかろう!」
その僕たちをみて、隣の二人は話す。
「なんだかんだ、カナミさんが一番魔眼を上手く使えそうですよね。あの闇落ちセットのほうは、ディアが似合いそうですかね? 私は元々、黒髪ですので」
「俺か? ……でも、俺はああいう魔法道具を使うのは得意じゃないんだよな」
「心配いりません。コツなら私が教えてあげますよ――」
「魔力制御のコツといい、いつも助かる――」
と家の庭に六人が集まり、全員で魔法道具のモニターで盛り上がっていって――
第一回義肢義眼研究は終わったのだった。
毎度のことですがPixivさんの鵜飼先生のところにて、一六巻表紙の大きなやつが見られると思います。
ウェディングノスフィーです、必見!
※宣伝
16巻発売を記念して今までのカバーイラストを使用した
『A5サイズキャラファイングラフ』の制作が決定!
投票数の上位3点を商品化
8月31日(火)まで
――とのことで、ツイッターのOVERLAPSTOREさんから投票フォームにいけますので、よろしくお願いします!
※宣伝
『異世界迷宮の最深部を目指そう』16巻発売です!
コミカライズ4巻も同時発売!
表紙はノスフィー! よろしくお願いします!
活動報告にて、イラスト感想や特典のご紹介などもしています。
そして、来週の火曜日投稿ないです!ごめんなさい!