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00600.友達とだべる



 その日、僕は久しぶりに四大貴族のエルミラード・シッダルクと出会った。

 少しの雑談のあと、一緒に出かけることが決まり(意外にエルは、ラスティアラたちが苦手らしいので、家から離れることになった)、エル主導で僕たちは街を散策し始める。


 ときには、何気なくお店に入ったりしつつ、僕たちは近況を報告し合っていく。

 その中には、つい最近マリアに拉致されてレベリングされたことも含まれていた。

 どこか愚痴を吐き出すように、僕はエルに話しきる。


「――ということがあったんだ。エル、どう思う?」

「なるほど。それは由々しき問題だな」


 深く頷いて貰えて、その話を僕は続けていく。


「由々しいよ。何かやらかすたびにレベリングされてたら、僕の完璧で楽しいプランが、すぐ崩壊だ。本当は、階層の数にレベルを合わせていきたかったのに……」

「まさか、ここまでカナミがレベルアップを嫌がっているとは。……はあ、たったレベル5か。もっとマリア・ウォーカーが強引に上げてくれれば、こちらは助かったのだが……。しかし、惚れた弱みだろうから、無理は言えないな」

「って、あれっ!? エル、そっちの味方!? 演劇とか好きだから、僕側かと思ったんだけど!」

「確かに、レベリング行為は余り好まない。だが、単純に早く強くなって貰わないと、カナミに『決闘』を挑みにくくて困る。非常に困るんだ」

「け、『決闘』……? まだこだわってるの? もう決着ついてるよね? 『終譚祭』で僕が大敗したじゃん」

「いや、あれはただのカナミの自爆だろう? 無効試合というやつだ」

「……なるほど。これ、エルが納得するまで終わらないやつだ。はあ……、面倒臭い」

「カナミだけには言われたくないね。しかし、心配性のマリア・ウォーカーさえいれば、すぐに同じレベルになるだろう――という僕の完璧で気楽なプランも崩壊したな。カナミが英雄らしくモテモテで誑し込んでるのは結構だが、こういうときに弊害が出る。誰にでも親切にしてくれるようでいて、肝心なところで全く役に立ってくれない」

「言いたい放題すぎない!?」


 酷い言われようだったが、男友達らしく遠慮なく談笑できていると思う。

 あの『終譚祭』のおかげだろう。

 エルには恥という恥を見せてしまい、飾って隠すものがもう一つもないのだ。


 いつもの僕ならば、愚痴一つ零すだけで嫌われることに怯えて、文句一つ言うのに何日もタイミングを計っていたが、いまの彼相手ならば気を遣わないでいい。

 なので、僕は「この野郎。そっちのほうがモテモテだろうに」と、隣の友人の顔を容赦なく睨みつける。


 エルミラード・シッダルクはファンタジー世界の貴族代表といった鼻筋の通った顔立ちイケメンをしている。ただ今日は、肩まで流れる金の髪が結い纏められていて、獅子のような雰囲気は消えていた。さらに片目がねモノクルをかけて、顔を少しだけ隠してもいる(いままで千年前の人たちばかりが使っていた眼鏡だが、一応エルレベルの上流階級には出回っているようだ)。まさに、お忍びの貴族様そのものだ。


 いま僕とエルは散策の果てに、とあるお店に入っていた。

 場所はエルトラリュー国。個人経営ではなく、ギルド経営の特殊なお店だ。

 僕の世界だと百貨店を思わせる広さに、たくさんの職員が慌ただしく働いている。聞けば、エルがギルドマスターをしている『スプリーム』から派生した商人系ギルドが運営していて、ラウラヴィア国一の大きさを誇るらしい。


 ずっと商人系ギルドとは縁がなかったけれど、こういう国への貢献の仕方もあるとのことだ。これから、自分のお店を開くことを考えていた僕は、その際に『エピックシーカー』の協力を仰ぐことをエルから薦められた(確かに、いま少し話を聞いただけでも、個人でなくギルドでやるメリットは大きそうだった。盗難対策の魔法の仕組みは、本当に面白い)。


 ちなみに、ここのお店の品揃えは迷宮用装備が中心だ。

 だが、いま僕たちは貴族が纏う一般の服飾コーナーにいた。

 お店の中だと上流階級向けの空間だが、それでも一般人も多いので、僕も深めの帽子を被って顔を隠している(偶に、見たことのあるエルトラリュー学院生が歩いているからだ)。


 もちろん、エルならばお抱えの商人に頼み、自分の屋敷で店を開くかのように衣服を紹介して貰えただろう。

 しかし、今日はウィンドウショッピングをして楽しむのが目的だ。

 一般のお客さんたちに交じって、服などを物色しながら、二人で気軽に談笑していく。


「あと、モテモテと言えば……、とある疑いがエルにはあるんだけど」

「疑い? 心当たりが全くないな。自分ほど潔白な人間は、そういないからね」

「いやいやいや。……ねえ、大聖堂で僕のことを『女誑し』って触れ回ってなかった?」

「やれやれ、人聞きが悪いな。ただ、ディプラクラ様やシス様に話を聞かれたから、ただ『素直』に答えていただけさ。現代のカナミの様子を、色々とね」

「人聞きが悪いは、こっちの台詞だよ。絶対、調子に乗って、話の脚色をしたでしょ?」

「ふむ……。途中、少し盛り上がったのは認めよう。だが、決して嘘はついてないと、我がシッダルク家に誓えるよ」

「…………。エルは自信満々な顔で、堂々と話を誤魔化すところあるよね? たとえ嘘はついていなくても、誤解ってのは故意に生めるって僕は知ってるよ」

「おお、よく分かっている。それが貴族の必須スキルだ。カナミも世間に揉まれて……いや、パリンクロン・レガシィに育てられてか? とにかく、貴族への理解が本当に深まって、嬉しいね。見事、ご推察の通りさ」

「やっぱり脚色しまくってたな、この野郎……」

「脚色された英雄譚を聞きたそうにしていた少女たちで、大聖堂は一杯だったからね。ちょっとしたサービスだよ」

「そのサービスのせいで、『魔石人間ジュエルクルス』たち経由でなんか色々と広まってるんだけど。あることないこと」

「あることないこと? だから、嘘はついていないと言っているだろう? どれだけ英雄譚のように脚色しまくっても、誇張にならないカナミが悪い」

「開き直りやがったな……!」


 くつくつとエルは笑い、それに僕は怒り続ける。


 とはいえ、尾は引かない。

 友人としてエルは、僕が本気で怒る境界線ラインを正確に理解している。

 今回の件に関しては、確かに彼の言う「嘘はついていない」は本当なのだ。それならば、僕が本気になって怒ることは決してない。


 ただ、一応僕は怒り続けて、エルから「悪かった、カナミ。あとで何か、お返しをしよう」という言葉を引き出してから、「それじゃあ、今日は色々と奢って貰うから」と返していく。


 それで今回の件は帳消しとなり、また談笑が続いていく。

 ウィンドウショッピングしながらなので、それに沿った話題が選ばれて――


「――そういえば、エルから色々プレゼントして貰ってから、最近帽子にハマってるんだよね」

「へえ、それは嬉しいことだ。プレゼント冥利に尽きるな」

「この僕が選んで買った帽子やつも好評で、また新しいのを買おうと思ってるんだけど」

「いいね。それはすごくいい。カナミがファッションに目覚めてくれて、本当に助かる・・・。……そうだ。次は、こういうのはどうかな?」

「助かる? うわっと……」


 慣れた動きで、エルは近くの商品を手に取って、それを僕の頭のものと交換した。


 勝手に「いいね」と褒めてくる彼は無視して、僕は頭のものを手に取って確認する。

 いま流行のオシャレ向き狩猟用ハンティング帽の系列で、羽根飾りの付いた深紅色の帽子だった。


「格好良い……。けど、これはエルにこそ似合うやつかなあ」

「む、そうか? そんなことはないだろ。ほら、黒髪に赤が合う」 

「んー、僕はもっと大人しい色のほうが、いいかなって」

「カナミは白黒モノクロが好きすぎるな。もっと挑戦してみないと、新しいファッションの道は開かれないぞ?」

「でも、派手なのは余り趣味じゃ……いや、挑戦しないとか。うん、買ってみるよ。でも、そうなると逆にエルには、もっと大人しいのを挑戦して欲しくなるなあ」

「私が大人しめのファッションを……? 面白い。カナミがオススメしてくれるものに、こちらも挑戦してみるか」

「いいよ。前から、エルをコーディネートしたいと思ってたから」


 と、ときには互いのコーディネートを考えながら、談笑は続いていく。


 そして、その流れで上流階級用コーナーの奥にある試着室も利用したり(普通に試着室があるのは驚いたが、助かった。と言っても、利用できるのはエルのような信用ある貴族だけらしい)――

 試着室では「服には映える角度、姿勢というのもある」とエルが言い出して、二人でちょっとポージングをこだわってみたり、新しく考えたりして――


 …………。

 久しぶりのウィンドウショッピングは楽しかった。

 少し貴族ゾーンに傾倒しているが、ここが異世界だということを忘れそうになるほどに楽しめている。


 ただ……、もちろん、思うところはある。

 なぜ、これを僕はラスティアラとできていないのか……。

 不思議で仕方ない……ということは、余りないか。

 ラスティアラは『頭がラスティアラ』だしなあと、僕は想い人の難儀さを再確認しつつ、試着を終えていき――


「――では、いま選んだものは、それぞれの家まで届けてくれ。このまま、予約した劇を観に行くから、手ぶらでいたい」


 エルは次の目的地に、劇場を選んだ。

 いつの間に席を予約したのかと驚く。

 あと、この流れだと支払いが全てエルになってしまう。かと言って「僕の分は払うよ」と口に出すのも、先ほど「お返し」を口にした彼のプライドを傷つけるかと迷っていると――


「かしこまりました」


 ずっと邪魔にならない距離で控えて、偶に質問に答えてくれていた従業員さんが静かに答えてしまい、もう口を挟むことができない。

 おそらく、VIPであるエル専用の従業員さんだろう。ここまでの立ち振る舞いが、他の従業員さんたちと比べて、群を抜いている。この人に全て任せておけば、僕の家にも今日購入した物は届くとも確信できる。


「……ありがとう、エル」

「構わないさ。それよりも、急ごう。ここで少し時間を掛けすぎて、予約の時間に余裕を持って到着できないかも知れない」


 仕方なく、僕はお礼を言うだけで終わるしかなく、急いで二人で服飾コーナーから歩き抜けて、この大型店舗から出ていく。


 ラウラヴィア中枢の街並みを進む。

 周囲には、多様な種族の探索者や貴族たち。

 はっきり言って、このあたりは富裕層の区域だ。ゆえに娯楽は豊富で、すぐに劇場系ギルドの運営している店があるところまで辿り着く。

 そして、劇場は一つじゃない。劇場街とでも言うように、いくつもの大きめで専用の建物が立ち並んでいるのを、エルと二人で歩き抜けていく。


 フーズヤーズに次いで豪華で国だなと思って、その街並みを眺めていると――


「――――?」


 気になる言葉が耳に入ってしまった。

 僕らと同じく観劇を楽しみにきた市民の言葉だった。

 その内の一つが「――あぁ、面白い演目だったね。確か、題名は『英雄カナミ・・・の剣聖への道』だっけ――」という聞き捨てならぬ名前を出して、僕は足を止める。


 止めざるを得なかった。

 視線と意識も向けざるを得なかった。

 そこには劇場専用の巨大建築物が建っていて、その入り口に本日の目玉演目を宣伝するための看板が立っていた。


 その看板の前に、群がる人々。

 目のいい僕は、遠くからでも看板の内容を把握できた。


「カ、カナミ、そっちの劇場は違うぞ?」


 足を止めた僕に、前を歩くエルが珍しく慌てた声を発する。

 僕は看板の内容を指して、彼に聞く。


「いや、あれさ……」

「……珍しくもない。剣術を主題にした英雄譚の劇だな」

「なんか、看板に僕の名前どころか、エルの名前も見えるんだけど」

「スポンサーとして、四大貴族シッダルクの名前があるのは別段珍しくないことだな」

「あそこ。脚本、監修、演技指導に、エルミラード・シッダルクって……」

「目がいいな。だが、名前だけを貸すことなんてよくある。まず集客して、別のプロフェッショナルが劇のクオリティを上げる。基本、そういうものだよ」

「そっかそっか。よし、じゃあ聞きに行ってみるか。舞台裏まで行って、事情を聞けば全部はっきりする」

「おいおい。おいおいおいおい、無粋なことはめよう。これから観劇する者にとって、舞台裏ほど不可侵な場所はないだろう? な?」

「そもそも、月魔法で《ディメンション》を広げれば一発なんだけどね」


 と珍しく逃げ腰なエルを堪能したあと、最後は反則魔法で脅してみる。

 すると、すぐに観念した様子で溜め息と共に、彼は両手をあげた。


「……ああ、降参だ。あれは僕が立ち上げた演劇だよ。ただ、関わってるのは『エピックシーカー』もだぞ? サブマスターのリンカーも、これの共犯だ」

「テイリさんも? まあ『エピックシーカー』については、あとで確認するとして……ねえ、今日はあっちの劇を見ない? 僕がどういう風に扱われてるか気になるし」

「そ、それは駄目だ。予約した席があるからな。そういうのを直前にキャンセルするのはよくない」

「それじゃあ、また今度と言うことで。必ず、また二人で観に行こうか。監督さんのエルの解説付きで」

「くっ……。今日、あの演目がないのは確認済みだったのだが、やる気のある劇団が急遽開いたな……? しかし、それも人気の証明と思おうか。仕方がない」

「んー。本人を目の前にして、反省の色が全く見えないのがエルらしい」


 というちょっとしたイベントを挟みながら、そのまま僕たちは街を駆け足で抜けていく。

 僕もドタキャンは人として良くないと思っているので、本当は見る劇を変えるつもりは全くなかった。


 急いで、予約した劇場に辿り着いて、特等席で見始めた。

 エルミラードは要人扱いで、望遠鏡オペラグラスが必要になるレベルの高さと安全性を考えられた個人席だったが、さほど不便はない。

 ちなみに劇の内容は、貴族たちに流行っているものでジャンルはラブロマンス。

 丁度エミリーの恋愛の師匠になったところなのでありがたい選択だった。


 ただ、こうして物語やら劇ばかりから恋愛知識を蓄えていくから、酒場のみんなと認識の差が広がるんじゃないか――とも思ったが、せっかくの娯楽で余計なことは考えないようにして、数時間後――


 観劇を楽しんだあと、エルは近くの別のお店を紹介しようとする。

 これもまた貴族用と思われる場所で、カフェテリアのように静かな席と飲み物を提供しているようだ。


「次は、あそこで余韻を楽しもうか。これも席を取ってある。観劇の基本だ」

「感想合戦だね。もちろん、望むところだよ」

「ああ、そういうことだ」


 迷いなく僕たちはカフェへと向かった。

 その奥の席で、いま観た物語の感想を言い合って、ときには意見をぶつけ合い、しかし二人でいい作品だったと頷き合い――


 と、ここまでの全ても思い返して、僕は思う。

 とても理想だった。


 なにより、参考になった。

 どこか説明口調なエルの様子から「カナミがラスティアラ君を誘うとき、一部真似してくれていい」というのが言外から伝わってくる。

 おそらく、彼の価値観だと、暢気でとろくさい交際をしている僕たちにやきもきしているのだろう。


 彼なりの気遣いに感謝しつつ、僕は話しながら決意する。

 今日のような一日を、今度ラスティアラに絶対味わわせてやる。無理矢理にでもだ。

 僕たちも迷宮デートばっかりじゃないってところを、周りに証明してやろう。


 もちろん、ラスティアラは最初少し嫌がるだろう。

 だが、なんだかんだ趣味の合うあいつも楽しんでくれるはずだ。いや、喜ばせてみせる。僕が自信をもってリードすれば、きっと――


 と、僕の考えるラスティアラとの理想のデートが現実的に近づいたところで、エルは切り出す。


「――さて、十分に楽しんだところで。今日の本題に入ろうか」

「え、本題?」


 今日のメインは観劇かと思ったので、純粋に疑問符を浮かべた。

 ただ、エルは首を振りながら、続きを話す。


「本題は『舞闘大会』だ。あれの受付をカナミが忘れてないかと、不安になって夜も眠れないんだこっちは」

「ああ、そういえば……。『聖誕祭』だけじゃなくて、あれもあるのか、毎年……。楽しみだね」

「他人事みたいに言わないでくれ。あれは犯罪者でも参加可能だから、カナミでも出れるからな? 変な遠慮で辞退しないでくれよ?」

「ナチュラルに犯罪者扱いしてくれるけど……、いまの僕でも出やすいのは確かか。じゃあ出ることにするよ。今日のお礼に」

「いいね、ありがたい。前回優勝者が出てくれないと、色々と困るところだった」

「出るなら『エピックシーカー』のマスター枠じゃなくて、一般枠かな?」

「身内に迷惑かけたくないなら、謎の仮面選手として出ればいいんじゃないか? 最近、変装にハマっているようだから、その技術のお披露目も兼ねて」

「なるほど。それは……いいね。凄く面白そうだ」

「だろう? つまり……、前回優勝者は『終譚祭』でやらかして、今回は不参加? しかし、順調に勝ち上がっていく謎の仮面選手の登場! その戦っている姿を見れば、分かる人には分かる! そして、僕との試合のときっ、ついに! その仮面を外して、因縁の対決が始まる!! って感じはどうだい!?」

「いいと思うし、僕の趣味にも合うけど……、なんか興奮してる?」


 先ほどの感想合戦よりも、エルの鼻息が荒い。

 そして、僕の指摘に「ああ、もちろん!」と、彼は『素直』に話していく。


「興奮? 大興奮に決まっている! この僕がプロデュースした最高の仮面英雄様の登場なのだ! そして、その最強の強敵と向かい合うのは、僕っ! この僕も、しっかりと物語に登場なんだぞ!?」


 言葉だけでなく、身振り手振りでオーバーに『舞闘大会』の様子を表現して、エルは待ち望む。

 激しい妄想の中にいる彼は、とうとうお店の中だというのに大笑いまであげてしまう。


「このエルミラード・シッダルクが、衆目の中で堂々とカナミを打ち倒し、優勝して、最高の英雄を超えた英雄となるのだ……! ああっ、その瞬間が待ちきれない……! ははっ、あははははっ!」

「ああ、それで……」


 プロデュースと、先ほど彼は言った。

 つまり、ここまでのほとんどが「いつかエルミラード・シッダルクがアイカワ・カナミを倒すまでの下ごしらえ」なのだ。


 前回優勝者の僕の戦いを、演劇にして国中で広めたのも。

 見栄えが良くなるように、ファッションに興味を持つように誘導したのも。

 あと偶に、貴族の振るまいやポージングの指導などをしてくれたのも。

 全部が――


「全部、僕という極上の獲物を、『舞闘大会』で美味しく頂く為の計画だったわけか。単純に、敵に塩を送るのが好きな性格だからかと思ってたけど」

「ああ、たっぷりと味付けしてから頂くとも! この僕が、ただの英雄になるだけじゃ満足できなくなった責任は、カナミ自身に取って貰う! カナミは僕の考えた最高の英雄として、僕に負けて貰う!」

「でも、もうエルは十分、ただの英雄じゃないと思うけどね。あの虹色の《マジックアロー》って、現時点で世界最高の攻撃魔法だし」

「現時点? 足りないな。君たち『理を盗むもの』という過去も含めて、最強でないと。これからの未来も含めて、最高でないと。せっかく英雄として名を残すなら、そのくらいでないと!! なあ!!」


 本当にエルらしい。

 弱体化した僕を、ただ普通に倒すだけでは満足できないのだ。

 強く、格好良く、理想的な僕を倒して、初めて満足できるらしい。


「んー……、やっぱり面倒臭い。ものすごく面倒臭い。やっぱり、エルも僕を馬鹿に出来ない面倒臭さあるよね? 気持ち悪さも。どうりで、ノスフィーがエルを苦手にしてたわけだ」

「くふっ、かはは、あははは! そうかい? いやあ、想像するだけで楽しいなあ……! イメージトレーニングは、もう完璧だ! 必ずや、去年の雪辱は晴らしてみせるぞ!」

「去年かー。あれはほんと大変だったなあ。二重洗脳で、徹夜続きだったし」


 去年。

 準々決勝で戦い、激闘の末に僕が勝利した。

 それを僕も思い出していると、エルは何かに気づいた様子だった。


「ああ、その去年と言えば……。また劇場船で揉めるのもアレだから、先に細かなルールを決めておこうか。せっかくだから、試合の序盤の流れも脚本しておくか? そのほうが、グダグダとせずに済む」

「八百長みたいなのは嫌だけど、観客を喜ばせる為ならいいかな? ゲームの戦闘前演出みたいな感じで……。でも、まだトーナメントでぶつかるかどうか分からないけど? 当たるまでに、どっちかが負けるかもだし」

「僕たちなら、必ず当たるさ。いつも言っているが、戦いとはそう信じて、戦うものだ。……ただ、ちなみに僕は誰が相手でも、『魔人化』は使わないつもりだ。あと例の白虹の魔力と《マジックアロー》も封印する」

「……余裕だね。でも、『魔人化』は確かに健康や安全を考えると仕方ないか」

「安全もあるが、自分自身の納得の為だ。こちらの持つ手札が全力全開だと、すぐに大会が終わってしまうからね。やはり、戦いというのはフェアでイーブンで、その上で勝つから気持ちがいい」

「ほんと清々しいまでに貴族らしい傲慢さだけど……。確かに、フェアなのは大切か」

「ということで、カナミ相手のとき、風属性魔法だけでろうと僕は思っている。それ以外、まともに使えないんだろう?」

「使えないけど……。つまり、僕が使える魔法だけ使って、真っ向から打ち克ってみせるって? へー、それはそれは本当に――」

「傲慢だろう? だが、驕った上でも勝つのが、四大貴族シッダルク当主だ――」

「とか言って、僕には結構負けてるくせに。絶対、後悔すると思うよ――」

「させられるのかな? いまのカナミの力で――」

「舐めすぎ。はっきり言って、いまの僕のほうが強いし――」


 と結局、貴族らしいお付き合いは最後まで保たず、子供らしい口喧嘩で締め括られていく。

 さらに、興奮しすぎてカフェの店員から白い目で退出を促された後。

 僕たちは二人で受付に行き、『舞闘大会』の登録を終わらせたのだった。



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表紙はノスフィー! よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[一言] デートやん
[良い点] デートじゃん……
[良い点] 男二人でウィンドウショッピング…自分の趣味を薦め合う…戦闘用じゃない貴族風の格好に身を包むカナミさん…良い……。 「格好いいから貸して!」ってモノクルを借りるカナミさんまで幻視したぞ!妄…
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