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4.5. 幕間➀

・もう一つの戦い


 死神が『獣』と戦う日の前夜。死神はそれとは別の壮絶で過酷な戦いを人知れず繰り広げていたのだった。


 かつては『死神』と恐れられていた俺が、今やたんなる一匹の少女。


 そんな俺は今、生まれ変わってから最大の困難に立ち向かっていた。


 正解は分からず、助言を差し伸べてくれる者もいない。


 たった一人、孤独の中で戦っているのだった。


「グッ……」


 押し寄せて来る苦痛に更に顔を引きつらせる。


 猶予はもうほとんどない。己の体のことだからこそ分かるのだ、分かってしまうのだ。もう限界が近いことを。


 だが、決して諦める訳にはいかない。


 決意を胸に顔を上げ、目の前に立ちふさがる障害をキッと睨みつける。


 そして叫んだ!


「どっちのトイレが正解なんだあああぁぁぁぁぁっ!」


 子猫の慟哭がコロシアムの夜の静寂を切り裂いた。


 男子マークと女子マークが描かれたトイレの前で俺は頭を抱え叫ぶのだった。





 今よりも数刻前。


 ソラン達と邂逅して別れた後、俺は牢屋へ戻らずコロシアムの中をてきとうに散策することにした。


 ローレンスのジジィが言った言葉も気になるが、その前に「このコロシアムで生き残ってみろ」とも言っていた。


 そのことがソランの態度と共に頭の中で引っかかっていた。


「いったいなんだって言うんだ。別に普通のコロシアムじゃねえか」


 剣闘士たちが隔離されているエリアを抜け出し、ちょこちょこと壁を越えたりなどしていたら、今はおそらく観客用のエリアに来てしまっているようだ。


「ん~、別にこれと言って珍しいものはないしな………それよりもトイレ行きたくなってきたな」


 辺りを見回すと丁度トイレのマークが見えてきた。


「お、あったあった。……って、クサッ!!!」


 男子トイレに入ろうとしたらその強烈な悪臭に鼻が死にそうになった。


「いやいやいやいや、臭すぎんだろ!どういうことだよ!ちゃんと掃除しとけよっ!いや、俺の鼻が良すぎるのか?そんなとこばっか良くたって意味ないだろ………」


 体の違いに戸惑いながら思案する。


「どうしよ?こんなクセェトイレ使いたくねえし。そこらへんで立ちションしようかな?」


 だが、ここでふと気づいた。


「あれ?女の体で立ちションってできなくね……」


 いや、知らねえけど。知らねえけど出来るのか?…………無理そうだな。


 バッと後ろを振り向けば男子トイレの隣にちゃんと女子トイレのマークが表示されている。


 ごくりっとつばを飲み込んだ。


「いやいや、別にこれは試しているだけで、変な気はなんもねえよ。ただちょっと確認するだけ………」


 そういって女子トイレに近づいて臭さだけを確認した。


 おそらく、そもそもの利用者数が少ないのか匂いは男子トイレほどきつくはなかった。


「いやいやいやいや、だからってねえ。そもそもおれが利用したら……」


 女だったよ、俺。別に犯罪でも何でもないんだけど。


「え?いいの?使っちゃっていいの?いいんだな!………ダメに決まってんだろう!俺!」


 一人頭を抱えて苦悩しはじめた。


 ジタバタと頭を抱えながら今後のことを想像する。


 かつては仮にも死神なんて恐れられていた俺がだ。果たして女子トイレを使ってしまっていいんだろうか。かつて俺に殺されていった人々はそんな女子トイレを使うような変態の姿を見て、あの世から何とも思わないだろうか。


 ―――っ!


 だが、そこに強烈な尿意が襲ってきた。


 聞いたことがある。女の子は男よりもおしっこが我慢しづらいと師匠たちが言っていた。


 まさかそのことを身をもって知ることになろうとは。


 トイレ?どっち?俺?どっち?


 余裕のない混乱する頭は正解を導き出すことができず、パニックで悲鳴を上げるしかなかった。


「ああもう、わかんねえ!どっちのトイレが正解なんだあああああああああっ!にゃああああああああああ」


 そう言ってとうとう我慢できずに女子トイレに駆け込んでいった。



 …………………。ぐすんっ。





 キィっと牢屋の扉を開けたら、ウイリアム爺が心配そうに声をかけてくれた。


「おお、良かった。あまりにも遅いから、またソラン達に絡まれてしまっているんじゃないかと心配しておったんだぞ」


 俺はその声に反応せず牢屋の中をトボトボと歩く。


「ん?どうしたんじゃ。そんな何か失ったかのような顔をして」


「…………ハハッ、ちょっと………ね……男として大事なものを自分自身で捨ててきたというか、なんというか………ハハッ」


「男?」


 その一言にブワッと涙が出てきた。


「ごめんなさい、女です。俺は今日から女の子です」


 俺のそんな態度に慌てながらもウイリアム爺は優しく頭をなでてくれた。


「よくわからんが、そんな日もある。大丈夫、今はワシがここにおるからの」


「うおおおおおお、おじいちゃんっ!!!」


「はいはい」


 俺もうおじいちゃん家の子になる!



風龍の観察日記

「もうこの娘、さっそくおもろすぎるわ」


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