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6.「無茶苦茶だな」

フワフワした感覚の中、遠くからおぼろげに声が聞こえる。


森の中で、一人の明るい雰囲気の茶髪の美女と一人の黒髪の少年。


「ったく、何べん言ったらお前は出来るようになんだ?馬鹿弟子」


どこか懐かしい。そう感じる声が聞こえる。


「だから無理だって。意味わかんねえもん」


俺がそう答える。


いや、そう答えた。


今、俺は在りし日の光景を見ている。


思い出とも呼べないありふれた日常。


まだ俺が『戦場の死神』とも呼ばれていない、まだ師匠もシスターも皆も、大好きだった人たちが誰も欠けていない。そんなありふれた幸せだった日常。 


(……師匠)


つい、そんな声がもれる。


だが、幻でしかない自分の声は届かず場面はたんたんと変わってゆく。


「だーかーら、こう……その一瞬の隙を突く感じでガッとやるんだよ。ガッと。分かったか?ほれやってみろ」


「デキるか!何だよ、その擬音語の説明。下手か。説明へたくそか!」


「あー?テメー、いい度胸じゃねぇか、馬鹿弟子~。この偉大なる師匠様に歯向かうとは大した度胸だ。よし、実戦で教え込んでやる。おら、剣を持て」


「待って、待って、待って。今疲れてて体動かな、いたたたたたたたっ」


「なら、関節技じゃい!死ね」


「いやもう動き関係ねぇ!?」


少年はツッコみながらも関節を見事なまでに完璧に極められていた。


そうだった。この日は師匠の気まぐれで、師匠の故郷の教えを教えられていた。


ただし、教え方は雑だし適当。


当然習得することはなかったのだが、何故このタイミングでそんな夢を見る?


「おら、もう一回おさらいするぞー。ようく聞けー」


「だったら腕ほどけや、いだだっ」


「馬鹿弟子、復唱しろー。『押してダメなら引いてみろ』、さんはい」


「『師匠の頭は悪すぎる』いだっいたっ!いてーって!」


(!?)


突然師匠からそんな言葉が出てきて驚く。だが、なおも師匠は言葉を続ける。


「『引いてもダメなら押し倒せ』いいかー、ここ大事だぞー」


「わかったから、もうほどいてほどいて。クビ、クビしまってる――――ッ!!カクッ」


「あれ?おーい馬鹿弟子。……ダメだな、こりゃ」


(無茶苦茶だな)


気絶させられているかつての自分をみて苦笑いしてしまう。


するとさらに遠くからもう一人、修道服をきた金髪のシスターが声をかけながら現れた。


「どう?頑張ってるー?二人とも」


すると、突然昔の自分がガバッと起き上がった。


「当然じゃないですか、シスター。全部完璧っすよ」


「ふふふ、そう。でもほどほどに、ね?体壊したら元も子もないんだから」


「はい!!」


気持ちいいぐらいのアホだな、俺。


あきらかに浮かれまくっている自分を見て師匠も俺もため息がでた。


すると、師匠はそんな昔の俺の肩に手を回し耳元で脅しをかけた。


「おい、アホ弟子。なに色ぼけとるんだ。罰として街の郊外10周な。晩飯の手伝いまでには返って来いよ」


「え、えぇ、待って。今日は師匠の故郷の動きを教えてくれる日じゃ……」


「お前みたいな半端野郎には百年早え!まずは基礎鍛錬からだ!行ってこい!」


「えぇ~~~、そんなーーー」


不満を言いながらも素直に郊外へと向かう俺を見送る二人。


「ふふ、やきもち?」


「うっせ、ちげーよ」


そんな気になる会話をしている。


だが、俺の意識は過去の自分が遠ざかるにつれてだんだんとその情景から遠ざかっていく。


(待って!まだ師匠、シスター!)


声は届かずとも遠ざかる二人に叫ばずにはいられなかった。


そして―――意識は現実へと帰ってきた。





「……思い出した」


あちこち痛む体を無理に起こしてあたりの様子を確認する。


相変わらずの下卑た観衆の声援。そしてリングの中央ではウィリアムのじいさんが猪と対峙していた。


ただし、その戦いは一方的な暴力でしかなく、ウィリアムはすでに疲労困憊の様子であった。


おもむろに自分が折ってしまった剣を拾い上げる。


そしてフラフラとした足取りで戦いの輪の中に加わった。


「何しとるんじゃ!そんな体で!もういい、今は下がってなさい!」


「ブモォォォォォォ!!」


突然の介入に一人と一匹は吠える。


しかし、そんなことは気にせずに折れた切っ先を獣へと向けた。


「もういい。何もこの試合はお嬢ちゃんのせいで始まったわけではない!遅かれ少なかれいずれはこうなっておった。責任を感じることなんてお嬢ちゃんには何もない。だから今は休んででくれ」


ウイリアムのじいさんが必死に叫ぶ。あぁ、なるほどなと妙に納得した。


「違うよ、これはそんなんじゃない。そんな理由で戦ってるんじゃない」


高らかに叫ぶ。俺自身に言い聞かせるように。


「これは俺の戦いだ!!俺自身が許せないから戦うんだ。救いのない世界を、理不尽なこの世界を、壊すために生まれたんだ。これは俺の怒りだ!!」


この理不尽な現実に。他人を嘲笑う観衆に。それらよりさらに、上から見下ろしているソラン達ゴロツキ共。


そして救いを与えぬ世界―――『神』に。


心の限り叫んた。確実なる殺意を持って。


「まずはテメーからだ、猪野郎!」


死神の殺気に当てられ一瞬ひるんだ獣。


しかし次の瞬間には鼻から息を吹き出し戦闘態勢をとった。


「フシューーーーッ!ブモォォォォォォォッ!!!」


先程と同じように俺と猪は同時に突っ込んでいた。


その中で考える。夢の中で見た記憶。先程の師匠の教え。


俺の中で今度こそ確かな答えを持って目の前の獣に挑んだ。


「「「いけえええええっ!!!ぶち殺せええええええ!!!」」」


俺と猪の再びの衝突。先程と何ら変わらない繰り返したような光景。


俺の方が力を抜き相手の力を受け流す所までも同じだった。


―――しかし、今度は見逃さなかった。


相手のバランスを崩す隙を。猪の思考に一瞬できた空白を。


猪は力が流され驚き、そして態勢を立て直そうと一瞬だけ無意識で体を静止させようとする。


本来想定していない動き。そこに空白として生まれる思考の欠落。


その刹那を今度こそ捉えた。


剣先のない剣で獣の首に突き立てる。うまく刺さらずとも血は噴き出した。


「プギィィィィィィィィィィッ!!」


「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」


暴れだす猪の頭部をかわし二の太刀を入れる。


おせえぇぇぇぇ!」


「プグウウウウウウウウ!!!」


猪の右目から血飛沫がとぶ。


この攻防に観客はポカンとしていた。


誰もが世界の理不尽を叫ぶ少女がそのまま殺されていく姿を期待していた。現に先ほどまでのその少女はそうでしかなかった。


だが、一度のぶつかり合いで勝敗の行方は分からなくなった。


「な、何が起こったんだ」

「何もんなんだ、あの少女は」

「あれが獣人なのか」


感想は様々だが皆一様にうろたえていた。


しかし、そんな観衆の目など気にせずにグイッと顔に付いた返り血を拭う。


「やっぱり折れた剣じゃだめだな。そっちの剣もう一回貸して」


「……あ、あぁ」


「それと俺が気絶中は守ってくれてありがとね」


微笑みながら感謝をのべた。


血濡れた獣人の少女。だが、表情はどこにでもいるような可憐な少女の笑顔を向けていた。


まるでこの世界のどうしようもなさを象徴しているかのようで、ウィリアムはうつむくことしかできなかった。


だが、残酷な世界は、敵は待ってなどくれない。


「ブシュフルルルルル………」


低くうなりながらこちらをうかがっている。どう攻めようかと逡巡しているのだろう。


その態度に威嚇で返した。


「なんだ?びびってんのか!」


そう煽りながら折れた剣の方を猪に向かってぶん投げた。


ガンッと当たりはしたものの傷はできていない。


しかし、獣の怒りが頂点に達するには十分だったようだ。


「ブモォォォォォォォォッ!!!」


怒りで理性が飛び、また獣は突進してきた。俺の期待通りに。


三度の衝突。また両者は同じ動きを繰り返す。だが先程よりも上手に、確実に、猪の空白を支配してみせた。


猪は今度は左目を深々と切りつけられ両目とも失明した。


もはや獣は叫ぶことしかできなかった。


「ブモオオオオオオオオッ!!!」


それでもなお、己を傷つけた獣人を殺そうと獣は匂いだけをたよりに、戦意を失うことは無かった。


そこに、ガンッ!ガンッ!と剣の柄で床をたたき、猪を挑発する俺の声が響き渡った。


「おい、どうした。もう終わりか?とっととかかってきやがれ、猪野郎。今晩の晩飯にしてやるよ」


意味は当然伝わっていないだろう。だが、己のプライドが傷つけられたと獣は確かに感じ取ったらしい。


「ブモォォォォォォォッ!!!」


気合と共に猪は駆け出した。


『獣』は考える。


己の巨体がもう一度、当てることさえ出来ればあの少女は再起不能になるだろうと。現に今までも彼女より大きく力強い大人を何人もこの突撃で屠ってきた。


それにあの小さき者は自分に決定打を与えられないと獣は確信していた。あの貧弱な腕力では自分の体を切り裂くことは出来ない、そう経験的に理解していた。


だから今回のことは何かの間違いなのだと。


『獣』はそう考えていた。


そして、ドンっとこの日一番大きな衝突音がコロシアム中に響き渡った。


赤い血だまりがみるみると広がってゆく。


「……………”獣”ねぇ。薬か何か知らねえけど理性までぶっ飛ばしてるからこんな結末になるんだ」


そう言って俺は壁と猪の死体の間からはいでてきた。




猪の額には深々と剣が突き刺さっている。


それは明らかに猪の分厚い頭蓋を貫いていた。


俺は目が見えなくなった猪をわざと自分に向かって突進させ、壁に剣の柄頭を押し当て固定した所に突っ込ませた。


獣の圧倒的な力が自分自身を貫く武器を作ってしまった。


もしかしたら剣が衝撃に負け折れる可能性も確かにあった。そこは俺にとってもただの賭けだった。ただそれでも大きな致命傷にはなっただろう。


だが、そうはならなかった。結果は有無を言わさず、獣を絶命させた。


両目が見えてないのだから少しは警戒すれば良かったのかも知れない。


しかし、獣はそうしなかった。


今回の戦いは正に、理性なき獣だから、圧倒的力を持つ獣だからこそ負けたのだろう。


そして逆転勝利をかざった俺は


「はぁ………まずは1勝」


そんなことを言いながら自分を見つめてくる視線に辟易していた。


「そんな……」

「うそだろ」

「こ、今回もなかなか楽しめんたんじゃないか……ははっ……」


そんな声があちこちから聞こえてくる。


くだらねぇ。そうとしか思えなかった。


どんなに傷つきボロボロになりながら理不尽を打ち破ってみても世界は何も変わらない。おおもとが、世界がやっぱり間違っているから………


暗い気持ちに支配されていく。だがそこに、


「大丈夫か?まったく、あんな無茶しおって。だがまぁいい、今は生き残ったことを喜ぼう。ハハハハハハッ」


こちらを心配しながらも嬉しそうにウィリアムのじいさんが駆け寄ってきた。


こんな俺を庇ってくれた善人の彼の嬉しそうな姿を見たら、


「ハハッ、そうだな。今はそれでいっか」


なんだかんだ言って満足した。それにソランのクソ野郎の鼻をこれで明かしてやれたしな。


「なんじゃ、もっと嬉しそうにせんか。大金星じゃぞ。ハハハハハッ」


小さい自分の体を抱きしめてくれる。返り血で汚れきった体だっていうのに。


「ハハハっ、わかったから、わかったから」


安心したら何だか気が抜けたのか体から力が抜けていく。


というか、意識もなんだかだんだん途切れ途切れな感じになってきた。あれ~?


「あ、おい!大丈夫か?おい、揺さぶりすぎたかっ!お嬢ちゃんっ!」


心配する声がまた遠くから聞こえた。


なんかこの体になってから気絶してばっかだな。


どこか他人ごとのようにそう思った。


そして意識はまた再び闇の中を揺蕩い始めた。


死神の一言日記

「この体もうすでに色々とツラい(泣)」

「まだまだこれからやで(キラッ)」

「(イラッ)」




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