5.「あのワカメ。性格のひねくれ具合が前髪に出てるよな」
翌朝。
自分をグルッと囲む円筒形のコロシアム。
そこの中心に俺とウィリアムのじいさんは立っていた。
「まったく、こんな朝早くだっていうのに結構な数の観客がもういるし。暇なんかね」
「まぁ、こんなとこに来るのはもう限られた人間だけだの。はっはっ、常連というわけじゃな」
「それよりもほんとに………なんて言っていいやら……俺のせいでこんなことに巻き込んじゃって。ホントどう謝ったらいいのか」
「よいよい、どうせ遅かれ早かれこうなったっとんじゃ。お嬢ちゃんの気にすることではないわい」
「いや、それでも……」
昨夜あの後、急遽試合が組まれた。二人対動物一匹。こちらは武器あり。
いくら老人と子供といえど、それはこちらにハンデがありすぎじゃないかと思う。
しかし、ソランは自信たっぷりに俺たちがブチ殺されるのを確信していた。それに子分たちの様子も「いつものアレか」そう言いたげな表情だったのが気になる。
同室の老人、ウィリアムもそれが何なのかすぐに察しがついたようだった。何度も俺に今すぐコロシアムから逃げるように忠告してくれた。
聖人君子かなんかなのか?
こっちは巻き込んでしまって本当に申し訳ないと思っているのに。それすらも同室のよしみだとか言って謝らせてくれない。
「良いか、試合が始まったらすぐにワシの後ろに隠れるんだぞ」
「いや、そればっかりは断る」
「はぁ、考えは変わらずか」
「おう。こちとら早速実戦ができて好都合ってもんだ。まぁまだ全然教えられたことに対する答えなんて出てないんだけどさ」
一応『押してダメなら引いてみろ』この意味をウィリアムのじいさんにも聞いてみたが、これといった答えは返ってこなかった。このコロシアム関連ではないようだ。
「ところで、戦う相手はどんなのか知ってんの?」
「そうだのう、対戦する相手は人間から動物と特に決まりはないし種類もいつもバラバラ。だが、今回は動物が相手と事前告知があったの。ただし、普通の動物と油断は絶対にしてはならん。よいか、これだけはどの試合でも例外なく行われていることじゃ。まず《身体強化》が動物相手に施されている。そして薬によってより獰猛に、理性さえなくなっておる。あれは最早、”獣”じゃ。絶対に《スキル》を持ってない只の人間が勝てる相手ではない」
「ふうん、”獣”ねぇ。案外楽しめそうな相手じゃん」
今の説明を聞いて俄然、やる気が出てくるってもんですよ。三枚おろしにしてやるぜ。
「この説明を聞いてもまだやる気か。一応言っておくが今まで獣相手にワシらのようなものが勝てた奴はおらんぞ。必ず一方的な処刑。試合なんて呼んどるが本当は死合いが正しい言い方じゃ」
「なに、大丈夫さ。あいにくとこっも”獣人”なんでね。いつの間にかだけど。じぃちゃんが俺の後ろに隠れてな」
そう言って自分の小さな背中の後方を笑って指さす。
これには当のウィリアムも苦笑いしてみせた。
けど、まぁ何とかなるでしょう。何といってもこちとら、つい最近まで『戦場の死神』なんて呼ばれて人殺しまくってた殺人鬼なんでね。いまさら獣だか何だか知らんけどヨユーヨユー。イカレ具合なら負けねえよ。
そうして余裕の表情を浮かべながら、支給された剣を見つめた。
「いやしっかしボロボロじゃねぇか」
「もう今は備品を管理する人間がこのコロシアムにはいないからの。うすうす分かっていたがひどいもんじゃ」
「う~ん、まぁ、大丈夫かな?」
刀身はところどころ欠けており切れ味は期待できなさそうな両刃片手剣。
話は変わるがこの片手剣、持ち上げるのが少し一苦労であり、もうさっそく自分の筋力に不安を覚えた。
まぁ無視するけどね。
すると、突然ソランの声が響き渡った。
「待たせたなぁ、いよいよ対戦相手のご登場だ!存分に殺し合ってくれ!そこの獣人。もしつまんねぇ死合いしたら後で殺すからな!」
「なに頭悪いこと言ってんだ、アイツは」
名指しでからかわれたことにムッとする。
「あのワカメ。性格のひねくれ具合が前髪に出てるよな」
「前髪というか全体的に出てるの」
「ハッ、確かに」
ソランのことを二人で景気よくバカにした。
しかし、対面側の重い鉄格子がガラガラと開く音が聞こえ、いやがおうにも身構えさせられた。
現れたのは鎖につながれた巨大な猪。
体格も高さも自分よりも二回りは大きい。だいたい2メートルぐらいだろうか。鋭くデカい牙も目を見張るものだが、今は血走った眼の方へと自然と意識が行ってしまう。
「なるほど。これが”獣”ですか。鼻息荒くして発情しやがって、変態が」
「冗談を言ってる場合じゃないぞ」
猪の方も今回の生贄である二人の人間を標的として認識した。
「ブモォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
雄叫びと同時に繋がれていた鎖が解かれる。
猪が獲物目掛けて駆け出そうとした瞬間。すでに少女は敵の目の前で剣を構えていた。
機動力で劣る分、動き出す前に先に仕掛ける。それが俺の作戦だった。
「先手必勝だ。悪く思うなよ」
一刀の元、斬り伏せようと片手剣を首目掛けて振り下ろした。
しかし結果は、
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛折゛れ゛た゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
猪の牙によってはじかれたどころか剣を真ん中からへし折られた。
このハプニングに観客は大いに笑った。
だが、それどころではないのがポツンと一人。俺です。
やべえええええええ!!!
何とか後方へと逃げようと必死に足を動かす。
しかし、そう簡単に逃走を許す獣ではなかった。
巨大な頭を振りかぶり、勢いよく叩き込む。ただの頭突きで俺の小さな体を遠くへと吹っ飛ばしてみせた。
「ブモォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
「「「うおおおおおおおおお!!」」」
獣が叫ぶ。それにつられるように観客も盛り上がり、歓声がコロシアムのそこら中からわき上がった。
俺はと言えば体を二回、三回とバウンドさせて無様に転がされていた。
ウィリアムのじいさんが駆け寄り安否を確かめる。
「大丈夫か?だから言ったというのに。もういい、ワシの後ろに隠れておれ」
「(クソッ、しょうもねぇ。あぁ、情けねぇ)………大丈夫だよ。じぃちゃん。ちゃんと受け身取ったし」
「何を言っとるんじゃ。大丈夫な訳ないじゃろ!!」
実際、体はもうすでにボロボロであった。呼吸も乱れまともに立てるかも怪しい所である。
「それでもやるしかねぇんだ」
「何をいっとるんじゃ!」
二人と一匹の戦いを観客席よりも高い位置で見下ろしている集団がいた。
「旦那。あれ以上はあの獣人のガキがぶっ壊れちまう。いいのかよ、止めなくて。試合時間は短くとも、たったの一回で壊しちまうにはもったいない商品だろ」
「あぁ?いいんだよ。ここで使いつぶしちまっても」
「え?ええ!本気でいってんのか?いつものあんたらしくないぜ」
「なんだ文句でもあんのか?」
「い、いや、そうじゃねぇけど………けど、やっぱりもったいないぜ。酒ばっかり飲んでないでもう一度考え直してくれよ、なあ旦那!」
「うるせぇな!いいか、俺はあのガキが心底気に食わねぇ!あの目がムカつくんだ。何でもかんでも噛みつきゃいいと思ってやがるあの目だ。世の中のどんな理不尽もどうにかできると思いあがってやがる。その勘違いが見ててムカつくんだ。分かるか?耳付きだかなんだか知らんねえがここでアイツはみじめったらしく殺す。いいか、絶対だぞ!」
「そ、そんな………なんのために肉食じゃなくて草食動物にしたんだと思ってるんだ?」
「ちょうどいいじゃねぇか!草食の方が食い殺さねぇ分じわじわと殺してくれる」
「本気でいってのんか?」
「黙れ!それにいいか。ああいうのは必ずまた立ち上がる。バカみてぇにな。ほれ、見ろ。早速
起き上がり始めたぞ。ハッ、どうだバカみてぇだろ」
「ん?お、ほんとだ」
ソランは酒を煽りながら、憎々しげに今立ち上がって見せた獣人の少女を見下し続けた。
「はぁはぁ、もう大丈夫。じぃちゃんありがとね」
「何をいっとるんだ、まだ安静にしていなさい。ほら!」
「いいよ、それよりもじぃちゃんが持ってる刀貸してくれない?俺のは、ほら、折れちゃったからさ」
口に付いていた血を拭い平然とそんなことを頼む。
何故か今回のことに責任を感じているウィリアムは納得がいってない表情を浮かべるが、時間は待ってくれそうになかった。
「それにほら、向こうさんは待ってくれる気、全然ないようだし」
見れば、猪は後ろ足をカッカッと鳴らし鼻息荒くこちらを見ている。
そうして、
「ブモォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
もう一度甲高くいななけば今度こそ、こちらに向かって駆け出した。
「ゴメン、剣借りる」
「あ、おい。待たんか」
相手に合わせて俺も突っ込んだ。
ただし、ぶつかる直前で体を器用にひねり猪の体の横を転がってみせる。そうして、猪の体当たりに合わせて刃を横に滑らした。
だが、それでも今の自分の小さな体では相手の勢いに押し負けて、剣は一切の傷を相手に付けることができなかった。
「クソッ、これでもダメとか反則だろ」
「そんな体で無茶をするんじゃない!」
遠くからそんな声が聞こえる。
俺の態度に反してウィリアムのじいさんは常に俺の体を気遣ってくれている。まったく、生来のお人よしなんだな。ホントに。
俺が原因でこの絶望的状況に叩き込まれたというのに。
「ま、全部が全部最悪の状況ってわけではなさそうだな」
俺の楽観的な考えに反対するかのように、ゆっくりと猪が向き直り再び構え始めた。
猪にしてみれば二度もちょっかいをかけられた形になる。今の標的はもう目も前の獣人の少女一択となっているんだろう。好都合だな。
「『押してダメなら引いてみろ』。ちょうどおあつらえ向きの一直線バカじゃねぇか。ほら、かかってこいや」
俺の挑発を理解してか猪は勢い良く一直線に駆け出した。
「ブモォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
「「「いけぇぇぇぇぇぇぇぇ!」」」
観客も声に熱が入っている。獣が先程よりも数段早い突進をしてみせたからだ。
この一撃で全てが決まる。観客はみなそう確信した。
だが、俺も叫んでいた。
「これが俺の答えだー!!」
そう叫び、剣を両手で力強く握り、先程と同じように真正面から突っ込んでいった。ただし、今回は避けはせず下から押し上げるように直接ぶつかっていった。
巨大な衝撃を全身で受け止め、吹き飛ばれそうになる下半身に力を入れ、数秒耐えて見せる。
そうして、
「押してダメなら引いてみろ」
その宣言通り自分の体を後方へと体重移動させた。
その瞬間、猪の巨体が一瞬浮遊する。
突如自分を押していた力がなくなりバランスを崩しかけたのだ。
………しかし、それだけであった。
すぐに態勢を立て直すと、そのまま目の前の小さい体を轢いていく。
猪の巨体に今度こそ正面からぶつけられ俺は勢いよくぶっ飛んでいった。
消えゆく意識の中、後悔する。
………嘘だろ!!……なんの役にも立たなかった……!?
地面にぶつかるすんでのところでウィリアムが必死の思いで受け止めてくれた。
だが、その程度は気休めにしかならないほどのダメージを受けてしまっていたらしい。
「おい!おい!しっかりしろ!しっかりするんじゃ!こんな所で死んではいかん。しっかりしてくれっ!意識をしっかりと保て!」
遠くからとぎれとぎれでしか自分を呼ぶ声が聞こえなかった。
「ま……だ……」
そうして俺の意識はブラックアウトした。
邪神ちゃんの日常
「なあ?何でこの娘はTSイベを全然せえへんのや?」
「……はあ?」