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2.「あぁ、うん。めっちゃくさい」

 ドサリとワラの上にシーツがかぶせてあるだけの簡素な寝床に身を放り投げた。


 あぁもう何も考えられない。考えたくない。疲労困憊。頭が重いのはそこに大きな猫耳がついているからか、はたまたこの世に生まれ落ちたばかりだからか。

 

 つか、なんだこれ?邪魔だな。……ああ、俺の尻尾か。


 ――――尻尾?


 …………そうか俺、尻尾まで生えてるのか。ふわふわだな。殺意まで芽生えてくるよ。フフフッ………


 もうホントに何も考えたくない。頼む。どんな場所でもいいから今は静かに寝かさせてくれ。こんな場所でも寝れるなら何でもいいから。300ゼントあげるから。


 ごろんとうつ伏せに寝返って、これからのことを思案する。


 本当に………何でこんなところに連れてこられたんだ?




 自分の頭に生えてる猫耳に絶叫したあの後、受付の人間にてきとうに番号を振り分けられコロシアムの門をくぐらされたら、ひとまずの部屋割りで今日は収監された。イエス、収監。ここ牢屋。


 ビックリだね。寝れると思ったら鉄格子ちゃんが見えてきたんだもの。意味がわからない。なんでだよ。


 特に嫌なのが既にその牢屋には先住民さまが一名いらっしゃることだった。


「ホッホッ、随分とお疲れのようだの。そんなに長旅だったかね」


 ほれみろ、やっぱり話しかけてきた。


「最近は君みたいな………君みたいな小っちゃい子供がこんな所によく連れてこられる。いったい外はどうなっているんだか」


 あ、いま俺の姿見て言い淀んだ。ま、そりゃそうか。獣人なんて意味不明だもんな。


「あ〜、おじいちゃん。ごめんだけど寝かせて。なんでか知らないけど今すごい眠いの」


 顔だけそちらに向けて話をきりあげようとする。だが、


「おぉ、それはすまなかったの。気がまわらなかった、すまんすまん。ただの、起きた後でいいのだが今外で何が起きてるかワシに教えてくれないか。そのな、特に今は新しい聖騎士団長の事などが知りたくての」


「ん?誰それ?」


「っ!?なんじゃ、知らんのか!ワシでさえ知っておることだぞ。あの『戦場の死神』を殺した英雄。アリア・ミシェーラ・ハート。今この世界でもっとも有名な人物じゃろ」


 さすがにこの言葉に少しは眠気が吹き飛ばされた。


「死神、誰かに殺されたことになってんの!」


「そこからか!?なんじゃ、死神が死んだことさえ知らんかったのか。1週間程前のことだぞ。こんな朗報さえ知らんかったなんて本当に長旅だったんだの」


「え?あぁ、うん、まぁそう。超長かった」


 実際は俺がこの体で目覚めたのは馬車がつく数時間ほど前。随分と白々しい嘘をつくもんだと自分で言って驚いた。


 それ程までに『戦場の死神』、過去の自分が殺されたという情報がショックでならなかったのか。というか、1週間前?そんなに時間たってんの?


 だが、その考えもまとまる前に再び強烈な眠気が襲ってきた。


「あぁ〜、駄目だ。やっぱり眠い。何でだ?」


「ふむ、そうか、ならもう寝るか。ワシが使ってたベッドはもうそのまま使ってくれてかまわんよ。ちょっと匂うかもしれんが、それもまぁご愛嬌だの」


「あぁ、うん。めっちゃくさい」


「へっ!?」


「じゃ、おやすみ」


「ん、おぉ、おやすみ……」


 同室の老人は納得がいかぬ顔ですごすごと床に横たわった。そんな相手の気も知らずに俺はそうそうに眠りについた。


 だが、生まれ変わった人生初の1日目がそんな何事もなく終わる事は決してなかった。




――――――――「ングゥッ!!……………」






――――もうこの世の終わりだ。


 少しだけ寝てから、俺はすぐに目を開け目覚めた。静かに涙がこぼれてきやがる。どんよりと気分が沈んで何のやる気も出てこない。


 ゆっくりと起き上がると同室の老人が声をかけてきてくれた。


「なんだ案外早いお目覚めだの。そんなに寝心地が悪かったかの」


 こちらの機嫌の悪さにそう察して、気を使ってくれたのか水を差し出してくれた。


「………いや、全然違う。これは、その、夢見が悪かったと言うか、軽く絶望したと言うか、まぁたいしたことじゃないよ」


 そう言いながら軽くではない絶望の表情を知らず知らずのうちに浮かべてしまう。


「ハハッ……」


 乾いた笑みまで勝手に出てくるぜ。


「い、いったいどんな夢みたんじゃ。まったく。飯はどうするかの?一応お前さんの分も貰ってきたぞ」


「ホントに!………あ~、でも、いいや。今は何ものど通らなそう。――――ん、これコップ。じゃ行ってくるとこあるから行ってくるわ」


 そう言って鉄格子の扉に手をかける。結果は知っていたが扉が何の抵抗もなく簡単に開いたことに僅かばかり驚いた。


「なんじゃ、知っとったのか。ここが出入り自由だということ」


「ん~まぁ、ムカつく奴にちょっと教えてもらってね」


 苦笑いを浮かべながら老人に手をふった。こんな見ず知らずの自分に随分と良くしてくれるものだ。


「なるべく早く帰ってくるのだぞ。ガラの悪い連中に目をつけられんようにの」


 遠ざかっていく俺にまだそんな言葉を投げかけてくれる。生来のお人好しなのだろう。何でこんなコロシアムにいるのか不思議でならない。


 そうして俺はとりとめのない事を考えながら確かな足取りで目的地へと向かった。初めて訪れた場所だと言うのに。






 薄暗い通路を歩ききり俺は目的地のとある牢屋の前に立っていた。


 牢屋の中には幾重にも鎖に繋がれた老人が一人座り込んでいる。


 片腕はなく左足も簡単な作りの義足で間に合わされていた。顔も髭と髪がぐしゃぐしゃとひどく伸びきっており、その様子を伺うことが出来ない。


 一言で表すなら悲惨な老人であった。


 だが、そんなこと気にせずに声をかける。


「あんたが『鉄血』のローレンスか?」


 下をうつむきながらも声だけは元気な老人がこちらを煽ってきた。


「んあ?なんだ?こんなとこにまで来るなんざお前迷子の才能があるぜ、クソガキ」


「迷子じゃねぇよ!だ、か、ら、お前が前聖騎士団長のローレンス・バーリウッドかって聞いてんだよ」


 鉄格子をつかみながら突然そんな質問をした。だが、目の前の老人は特に驚きもしなければ、飄々としたその態度も崩すことはなかった。


「チッ、どこで知ったか知らんが消え去れ、クソガキ。こっちはガキのお守りも争い事も何もする気はもうねえ。何かを期待するだけ無駄だぞ。とっととママのところに帰りな」


 それどころか、取り付く島もないと言わんばかりに来訪者を送り返そうとする。


 だが、そんな相手でも俺は


「知るか!こっちは戦い方を教わりに来たんだ。とっとと教えろ!」


「はぁ!?」


 随分と上から目線で物事を頼んで見せた。


「今なら仕方なくだが弟子入りしてやってもいい」


 続けざまに素早く無礼を重ねていく。


 さすがのこれにはローレンスも驚いたらしい。ようやく礼儀知らずのバカを見上げた。


 そして、驚きに目を見開いた。


「――――――――」

「 …………………?」


お互い見つめ合うこと数秒。先に口を開いたのはローレンスの方だった。


「…………おい、クソガキ。何しにこんなとこに来たんだ?」


「あ?なんだもう耄碌してんのか?さっきも言っただろ。戦い方を教わりに来たんだよ」


「……なぜ?」


「神様ぶっ殺すため」


 当たり前のように堂々と宣言してやった。


 それを何が楽しいのかローレンスは嬉しそうにクツクツと笑い始めた。


「ク、クク………そうか、神様ぶっ殺すか。けいきがいい話だな。ホントに出来んのか」


「できるかできないかじゃねぇ。やるんだよ」


「ハッ、そうか、若いってのはいいな。アホで」


「うっせぇ、いいから教えんのか教えねえのかハッキリしろよ」


「はあ?めんどくせぇなあ、おい」


 そう言って老人は体を横に揺さぶる。自然と鎖がカチャカチャと長い通路の中で鳴り響いた。


 そうして俺にうろんげな目を向けながら、こう尋ねた。


「そもそも、お前戦えんのかよ?え?お嬢ちゃん」




…………はい、そうです。今この空間には鎖に繋がれた老人と猫耳生やした女の子が一人しかいません。


幼女は一言、


「ハハッ……」


涙を目に浮かべながらそう言った。


死神の一言日記

「復讐したい相手の優先順位が変わりました」

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