8.「へえ、そうなんだ。ベリーストロング不愉快」
昔々(現在)あるところに魔王と獣人が仲良く暮らしておりました。
リリィは呪い人を追って山へしばきに。ニートは朝から命の洗濯をしに銭湯へ。
ヒモカス(俺)はそのまま日がな一日中ゴロゴロ~ゴロゴロ~しておりましたとさ。
めでたしめでたし。
…………めでたいのは俺のアタマだな……
リリィと再会してから3日目の昼過ぎ。
場所は大勢の人でごった返す街一番の大通り。
俺———シエリア・ホワイトはその人混みの中をリリィから貰った小遣いをジャラジャラと片手で遊ばせながら、さてどうしたものかとあっちへフラフラこっちへフラフラと街を散策していた。
懐の豊かさが足取りについ出てしまう。
「いやぁ~、金があるってなんて幸せ。フフフッ、見てるか過去の俺。俺は今文明人として真っ当に生きてるぞ」
職業不詳の少女に飼われるヒモに見事成り果てたもののこうして後のことを考えずに買い物ができることは素晴らしい。
能天気に顔と頭をホクホクとさせながら通りを歩いていると一軒の屋台が目に入った。
「ん、あれって確か……」
そのまま足をそちらに向けて歩き出す。
そうして見覚えのあるその串焼き屋の屋台に入っていった。
「へい!いらっしゃい!…ってお前あん時の獣人か。…………何でそんなキスマークたくさんぶら下げて通り歩いてんだ」
「ニャハハハ、気にすんな。ただの季節外れの虫さされ………ちょっととんでもないのが一匹……ハハッ……」
「ん、お、おう、そうか。まあ、ふかくは聞かないでおいてやる。それで、金の方はどうなんだ?ん?今日はきっちりと持ってきてんだろうな」
店主がこちらの格好がまとも?になったことを見て客として対応しようか顔を近づけて確認してきた。
そんな奴にこそボロ布を脱ぎ捨てた俺の今の財力(リリィの財産)を盛大に見せつけてやろう。
親指を立てサムズアップして良い笑顔で答えた。
「たくさん使うと後が怖いからもうめちゃくちゃ安くまけてくれていいんだぜ」
「………………」
フッ、勝ったな。
店主のうろんげな視線がよく刺さる。
………そんな視線には負けないもん(涙目)。絶対に安く買いたたいてやるからな(邪悪な笑顔)。
ため息をつく店主と交渉再開。
今度は上目遣いに可愛く頼んでみる。プライドは投げ捨てた。
「おねが~い、安くしてニャン」
「断る」
「…………ダメ?」
「駄目」
「………そうか」
「そうだ」
間髪入れずに断れちまったぜ、ちくしょう。
リリィなら30回は殺せる破壊力だったはずなんだがな。駄目だったか。
早速手詰まりになった中、次は自分のターンだとニコニコいやらしい笑みを浮かべながら店主が猫なで声で聞いてきた。
「それよりもな、ん?随分と身なりが良くなってるじゃねえか。見違えちまったよ。それで?どっかの高級ないかがわしい店に買われでもしたか?それはまた随分と景気が良さそうな話じゃねぇか」
どうやら店の親父は本気で俺が娼館かどっかに買われたと思っているらしい。
俺の着てるこの服そんなにいかがわしく見えるのか。そりゃまあ、色々あれだけれども。
とりあえず店主の話に乗っかる方向で値切っていくことにした。
「おう、その手のいかがわしい店には買われてないが、とあるいかがわしい変態にこの度飼われることになってな。その就職祝いに全力でまけてくれていいんだぜ」
「断る。一本$1.70。何本食ってくんだ?」
「高いだろ。向こうの店のほうが安かったぞ。知らんけど」
「ならそっちの店に行きな……と普段は言うとこだが、しょうがねぇ、就職祝いだ。一本$1.30でいいぞ。これ以上は安くしねえ。どうだ、買ってくか?」
「よし、三本買った!あとそれ以上安くならんのなら代わりにタレぐらいはたくさんつけろよな」
「ったく、ワガママなガキだな。ほらよ」
そう言って屋台の親父は串の入った袋を顔の前にズイッと差し出してきた。受け取ると同時に三本分の料金を放り投げるといい笑顔で店主が顔を近づけてきた。
「おう!まいど!それとな最後にこんなこと言うのも野暮かもしれんが、ここの店の串の値段は最初から$1.30だ。残念だったな」
「そうか。ちなみに俺も別に就職したってわけでもないし何かを祝ってもらう必要も何もなかったんだ。残念だったな」
互いに顔を見合わせ呟いた。
「「……………クソがッ」」
焼きトウモロコシをほうばりながら悪態をつく。
「ったく、どうなってんだ、この街は。みんな商魂たくましすぎんだろ」
その後も行く先々で値切り交渉はうまくいかなかった。
「さすが元は悪名名高き銭ゲバ商業国。元のお国柄が色濃く残ってんのかねえ」
一人で納得して感心しながら歩いていると、突然後ろから重みのある声で呼び止められた。
「………そこの目つきの悪いお嬢ちゃん。ちょっと占わせてくれないかね」
チラッと振り向き、流し目で確認する。
呼んでいたのは道の端にポツンと一人、机と椅子だけを出して腰掛けた異様な雰囲気の一人の女性。
目端でも高そうだなと感じさせる装飾品を静かに着飾り、その少しふくよかな体型をごまかすかのような大きな黒のドレスに身を包む、物凄く胡散臭そうな見た目の老婦人。
ただし、その見た目に若さを感じることが一切無くともその顔にはしわ一つなく実際のこの老婦人の年齢がいくつなのかうまく予想することができなかった。
——————?
なぜ大勢の中から自分が呼び止められたのかよくわからない。
いや、俺が周囲の人間から浮いているのは確かなのだが、それが逆に周りの他の人逹はみな腫物を扱うようにわざと意識的に見ないふりをしている。
まさか今の状況の自分に話しかけてくる相手がいるとは思いもしていなかった。
もう一度呼び止めてきた相手をよく観察してみる。
どうやら相手も道行く通行人を一人一人観察していたらしい。明らかに見た目もやっていることもその場から浮いている。
だが、どういうわけだか全身を真っ黒なドレスで着飾り悪目立ちしそうな人物像をしているはずなのに、なぜか声をかけられるまでその存在に全く気付けなかった。
………胡散臭っ
早々に見切りをつけ俺はわざと無視してそのまま歩きだした。
だが、どうやらそれはダメらしい。
「そこの面白い剣を担いだ白髪のお嬢ちゃん。聞こえているんだろ。お前さん、変わった人生送ってるねぇ。お代は結構だから無料で占わせてちょうだい」
意味ありげな視線でこちらを挑発してくる。
関わらないのが吉だと思ったが、どうやら相当の興味を持たれているらしい。
ため息をつきながら足を止め、観念したようにクルッとその超胡散臭いババアの方に向き直った。
「悪いな、まさか自分のこと言われているとは思わなくて。というか、もっと他に目立つ特徴がたくさんあんだろ。何でそっちの方で声かけねえんだよ」
「あら、それは悪かったわね。気を悪くさせるつもりはなかったの。ただ獣人だとか可愛らしいお顔だとかはあなたの本質ではないと勝手に思っただけなの。ごめんなさいね、お嬢さん」
見透かしたような目でこちらを覗き込んでくる。
「フフフッ。そう警戒しないでちょうだい。別に取って食おうとしているわけではないのだから。ほら、べつにイスに腰かけていいのよ」
「今にも一飲みにしてきちまいそうなほどのデカい図体したババアのくせに」
「あら、失礼な子だね。ババアじゃなくてマダムとお呼び」
俺はイスをひいて目の前のモンスター婆さんの前に腰を下ろした。
見上げると真っ赤な紅い口紅の口元がにんまりと笑っている。
「まぁ、いいわ。無理に呼び止めたんですもの。少しくらいのお口の悪さ、今だけは見逃してあげようかしら。それじゃ早速、あなたの瞳をようく見せてご覧なさい」
「ちょっ、おい、俺はまだなにも……」
顎をつかまれてジッとこちらの目の奥を見つめてくる。
掴んでくる力が必要以上に強い気がしなくもないが、ウン、これからは言葉遣いをもう少し気をつけていこう。
そうしてイスの上に座りながらも、どこか逃げ場所はないかと居心地悪く体を揺らしてその見つめてくる視線から逃げようとする。
だが、たったの数十秒でマダムは満足したのか凝視するのをやめると、佇まいを居直し満足気にティーカップを手にとってそれを飲みはじめた。
「………で、なんだ?俺についてなんかわかりでもしたか?」
「いえ、さっぱり何もわからなかったわ」
質問をしたらあっけらかんとそんなことを言われた。
「……はあ?」
つい変な声が漏れたが、占わせろといった本人はそんなこと気にせずに何も取り繕わず淡々と結果だけを口にした。
「だから何もわからなかったと言っているの。あなたのこれからの運命について一切何も見通せることができなかったわ。そもそも運命が一切見ることも感じることも何もできなかったから呼び止めたのよ。悪かったわね、変な期待だけさせて」
「えっ?なに?新手の詐欺商法?」
「違うわよ。悪く思わないでちょうだいね。最初に言った通りお代はいただかないんだから文句なんか受け付けないわよ」
「あ~そう、じゃあなマダム。次はもっと純朴そうなガキを狙ってやるんだな。そんなんじゃ壺は誰も買っちゃくれねえぜ」
「だから違うって言ってんでしょ。まったくこの娘は」
もうこの胡散臭いババアの前からとっとと立ち去ってしまいたかった。
だが次の言葉で浮きあがった腰をもう一度イスにおろすこととなった。
「あら、もう行ってしまうの?急ぎの用でもあったのかしら?……フフッ、でもあなたって本当に不思議な娘ね。こんなに『風』の属性に愛されている子を見るのは初めてよ。何か心当たりがあって?」
「———あ?」
心当たりと言われて緑色の割と大きめな空飛ぶ害虫のうざったい笑顔がぼんやりと思い浮かんだ。そして次に『風』に愛されていると聞き思いっきり顔をしかめた。
「へえ、そうなんだ。ベリーストロング不愉快」
「アラアラ、困った子ね。普通はこんなに祝福されてるなんて聞いたら感謝するもんなのに。むしろそういうところが愛されるための要因なのかしらね」
「これ以上気色悪いこと言わないでくれ」
「あら、ごめんなさいね。別に気を悪くさせたかったわけじゃないの。それじゃ話題を変えて次は色々と楽しくお話でもしましょうか。あなたがどんな人生を歩んできたか気になるわ」
「自分の過去は語らない主義です」
と言うか語れるほど記憶を持ってないというのが正しいのだがそんなこと今は関係ない。
ニコニコとマダムが次々と質問をなげかけてくる。
「生まれはどの辺りなのかしら?」
「個人情報の保護」
「この街にはどんな用で?」
「個人情報の秘匿」
「もう次の行き先は決まってるのかしら?」
「個人情報」
「好きなことは?」
「故人葬送」
「好きな相手は?」
「砂漠葬送」
「……それはもはや意味わからないのよ」
「…………だな」
何とも言えぬ空気があたりを漂うが、マダムが諦めたようにため息をついて質問タイムを打ち切った。
「まったくずいぶんとお口が固いのね。そんなに自分の過去が気に食わないのかしら」
「さあね?未来を占ってくれないバアさんがうさん臭くて信じられないだけかもしれねえぜ」
「あら、言ってくれるわね。これでも私がその人の運命を見通せなかった人間はあなたが生まれて初めてなのよ」
「ホントかよ」
コンッとマダムが人差し指で机を叩いた。
「いい?それはつまり、あなたはこの星の神の名の下に生きていないと言うことよ。そう、あなただけはこの世の運命に唯一良い意味でも悪い意味でも縛られていない。そのことをちゃんと自覚してるのでしょうね」
随分と鋭い目でこちらの瞳の奥をもう一度じっくりと覗き込んでくる。
「——————って、何だよ、これ?」
耳の下で少し大きめの二つの鈴がチリンッと気恥ずかしそうに小さく鳴っていた。
「フフフッ、随分と可愛らしいシニヨンをしてるもんだから似合うかと思って結びつけちゃっただけよ」
「なんだそりゃ」
「良く似合ってるじゃない。うんうん、私の見立てどうりね」
「やっぱり詐…」
「詐欺じゃないわよ。お金はとらないから安心おし」
なら安心か。いや、安心なのか?
耳の下でちりんちりんと賑やかに鈴が鳴ってうるさくて仕方がない。
「団子に猫の耳に鈴って俺の頭は随分と面白おかしい渋滞になってないか」
「あら、そんなことないわよ。その大事そうに抱えている悪趣味な大きい剣よりは何倍もマシよ」
「コイツは…………」
「とりあえずあなたにアドバイスするのなら、まずはその見栄えが良くない剣を手放すところから始めるべきね。そのままじゃ同じ過ちをただ繰り返すだけになるわよ、お嬢ちゃん」
自分が肩にかけている体の大きさに似つかわしくない刀に目を向ける。
「コイツはそんなつもりで別に持ち歩いてるわけじゃねえんだけどな」
「その過去の柵に囚われているうちは救えるものも救えないわよ」
今の言葉が妙に耳に残った。
「…………どこまで分かって言ってるんだかな」
「あら、別に何も見通せてはいないわよ。ただの年の功かしら。お節介なマダムのただのアドバイスよ。それとも随分と耳に痛いお話だったかしら」
相変わらずの意味ありげな微笑が赤い赤い口紅と共に三日月形へと曲がっていく。
心の奥底を本当にのぞかれているような気分になってくる。
そしてふと、自分と同じ似姿の少女の後姿を思い出した。
このマダムなら何か知っているか?
「……なぁ、邪神って存在聞いたことあったりする?」
その質問にマダムは顎に手を当てて少し考えこんでから答えを述べた。
「………そうね……邪神………悪いわねぇ、聞いたこともないわ」
同じ正体不明でもどうやらあちらの方が年季は上らしい。不機嫌そうにほくそ笑む顔が浮かび上がる。
「………ま、仕方ないっか………へっ、あっちもあっちで目の前のババアに負けず劣らずの胡散臭さだからな。いい勝負してるよ」
「ババアじゃないわよ。マダムと呼びなさい、お嬢ちゃん」
「へいへい、マダム」
「よろしい。それでまだ私に何か聞きたいことでもあるかい?」
「なら、最後は占い師らしくなにか未来について助言でももらえたら嬉しいね」
このマダムを名乗る老婦人が何者なのか見当もつかない。だが確実にこちらの何かを勘づいてると確信を持って言えた。
そしてそんな人間がどんな未来を語り聞かせてくれるのか純粋に興味があった。
「そうね、あなたのような特異な子には共通して同じことが言えるわ」
「それは?」
「それはね、出会いを大事にしなさい。これまでもそしてこれからの出会いも。全ての人と人との繋がりがあなたを導く調べとなるわ」
「またなんか耳障りの言いありきたりな言葉で丸めこもうとしてないか」
「そんなことないわよ。特殊なあなたにこそ言える大事なことなのよ」
一拍置いてマダムが低い声で告げてくる。
「良くお聞きなさい。あなたの運命がこの星の誰とも繋がっていないということは、あなたと関わったこの星の運命に生きる人間全員が大小誤差あれど狂ってしまうということ。それがどういうことかお分かり?」
「ん、ま、まぁ……なんとなく???」
「あなたはすべての人間を救うこともできれば殺すこともできる。自分の周りを幸せにするも不幸にするもすべてあなた次第ということ。運命の流れに身を任せないということはあなた自身が流れの中心になるということ。よく肝に命じておきなさい」
「………ニャー」
「まあ、そうね。今は直接ピンと来るような話ではないでしょうね。真面目に語って聞かせたけれどあまり為にはならなかったかしら」
「ニャー」
どうやら真面目な顔して聞いてるふりをして何も理解していないことはお見通しの様だった。さすがマダム。
「今は分からなくともきっとすぐに分かることになるわよ。きっと、もうすぐにね」
「?」
一人満足げな顔のマダムに最後にダメもとでもう少し具体的なアドバイスを求めてみた。
「こうもうちょっと具体的に分かりやすくパパーっと為になるようなアドバイスかなんかはないの?」
ティーカップの底に沈む茶葉を軽く揺らしながらマダムが一言呟いた。
「為になる———ことね」
ゾクリと不穏な気配が背筋を駆け巡った。
どこからともなく嫌な予感がする。
「じゃあもっと直近のアドバイスをしてあげようかしら」
視線を大通りの行く先、外壁の向こうへと向ける。
「頑張るのよ」
すると突如、街の正門の前で大きな揺れと共に巨大な火柱が天に向かって高く渦を巻いて立ち上った。
「!?」
直後に生暖かい風が勢いよく顔の横を吹き抜けていく。
マダムが最後の言葉を紡いだ。
「とりあえずまずはこの街を救ってみなさい」
その言葉に振り返るも、すでにその場には誰もいなくなっていた。
ポツンと一つ小さな腰掛け椅子が寂しげに置いてあるだけであった。
風でチリンと一回、耳の下で貰った鈴が鳴る。
「マジで何もんだよ、あのババァ」
苦笑いを浮かべながらも言われた通り早足で渦中の現場へと駆け出した。
言いしれぬ焦燥感を胸にやどしながら。
邪神ちゃんの日常
「ワシなんであの娘にあない嫌われとるんやろ」
「………本当にわからないの?」(信じられないものを見る目)




