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7.「うっへぇ……なにこれ?どういうこと?気持ち悪ぃ……」

人の気が全く感じられない自然そのままの緑豊かな山の中。


昼になり太陽は南に空高く輝いているものの、鬱蒼と茂る木々が連なって陽の光を遮り、地には十分と言えるほどの光が零れ落ちてこずひどく薄暗いものとなっていた。


そんな大自然の中を一人の白髪をなびかせた少女が息を切らせずにひょいひょいと身軽に、恐らく自然に形成されたであろう山道を勢いよく駆けあがっていく。


そうして少女は山に入ってから一時間もしないうちに自身が目的地とする、木々がその部分だけごっそりと抜け落ちてしまっている妙にひらけた岩場に到着した。


着地の衝撃で足元の小石がパラパラと崖下に落ちていく。


切り立った斜面の反対側、少女はちょうど自分の正面にあたる岩肌に目をやると大小さまざまな大きさの洞窟のような横穴がいくつも点在しているのが確認できた。


他にも風化した岩が当たり前のようにそこかしこに転がっている。


その風景はあまりにも少女が今登ってきた自然豊かな山の中腹部分だとは到底想像しえないものであった。


少女は何か危険はないかと辺りをゆっくりと見回してから短く息を吐き、そして悪態をついた。


「フー、ここかしらね?ったく、ホントに魔力が淀んでて気持ち悪い。ああ、早く帰ってシーちゃんの頭クンカクンカしたいっ!尻尾は撫でまわすと怒るから我慢するけども!ああもう!何であの娘あんなに良い匂いするの。もうダメ、我慢したくない。あのまま食べちゃいたいッ!」


周りに誰もいないのをいいことにリリーベルは己の欲望を大声で叫んだ。叫び続けた。だがそれでもまだ人知れず痴態を晒すことに飽きないのか、さらに大声で世界に向かって愛を叫ぶ。


「シーーーーーーちゅぁぁぁあああんっ!!!愛してるぅぅぅううう!!!」


一拍遅れて同じ内容のこだまが帰ってきた。


その行為にリリーベルはンフゥとやりきった顔で満足げにうなずいた。だがこだまと同時に、ドチャリッと洞窟の方から何やら不快な音がしたこともしっかりと聴きとっていた。


「ん~?」


背中越しにとある一つの洞窟の方に目を向けながら、段々と地に肉を引きずるような嫌な音が自分に近づいてきていることに内心「ビンゴ」と呟いて、その音の正体の登場を快く出迎えた。


「ようやくのご登場?こっちはまだまだ叫び足りないんですけど」


リリーベルが不敵に笑いながら相手を挑発するも返ってくる言葉は生物とは到底思えない意味を持たぬ奇怪な声だけであった。


「AAAAA~~~~~OOOOUUUU~~~~~」


「ん~、ホントあなたたちって気持ち悪い見た目してるわよね」


「AAAAA~~~~~」


リリーベルの煽りを理解できているのか返事を返すように呪い人もまた声にならない叫びを上げながら陽の下にその醜悪な姿を晒した。


洞窟からのちゃりと現れたのは灰色のガリガリにやせ細ったシワだらけの体にグルグルにねじくれた顔の表情もパーツも存在しない頭部を持った、この世のものとは思えない異形の化け物であった。


だがボロボロに擦り切れほとんど破れてしまっている衣服やフラフラながらも二足歩行で歩くこと、また人型を何とか保っていることからそれが元人間であると否応にも感じさせられていた。


目の前の呪い人がフラフラとした足取りでリリーベルを視界に収めるような挙動をした途端、あたりの空気が明確に変化した。


そしてギュルっと突然、呪い人の両腕がその質量や体積などを無視して大きくしなると、リリーベル目掛けてもの凄い速さで大地を抉りながら伸びていき、そのまま彼女が立っていた場所を盛大に破壊して大きな土煙を立ちのぼらせた。


だが、煙が晴れる前に呪い人の後方から声がかけられる。


「悪いんだけど」


「!?」


リリーベルは目を細めながら言葉を続けた。


「遊んであげる気は最初からないのよ」


呪い人を視界に収めながら目の前の空間を二本の指で横薙ぎにピッと真っ二つに切り裂くと、その軌跡を後からなぞるように光の斬撃が空間を駆け抜けた。


そして一拍遅れて、その途中にあった呪い人の頭と首をなんの抵抗もなくゴトリと切り落とした。


「——————ッ!!!」


キィーと呪い人が音にならない叫びを辺りに轟かせる。頭部を失ってもなお呪い人は終わることができないのか、先程よりも怒気と狂気をさらに強めながら再度リリーベルの方へ向き直り対峙した。


「——————!!!」


今度は避けられぬようにと腕を細くバラバラに裂きながら、呪い人はもう一度リリーベルに向かって何十本にも増殖した腕を振るう。


自身にいくつもの異形の触手が恐ろしい速さで迫ってくる中、リリーベルは冷静に見下し、そしてもう一度呟いた。


「あれで終わるとは思ってはなかったけど言ったはずよね。遊んであげる気はないって」


その言葉とともに彼女の目が怪しく紫色に光りながら魔法を唱える。


「《スカルデットフレイム》」


発動と同時に彼女の周りを取り囲んでいた何本もの触手が全て灼熱の余波で焼き切れる。


「——————ッ!」


呪い人が気がついた時にはもう遅く、その頭上には紅蓮の業火に包まれた巨大な頭蓋が大きな口を開けて落下してきており、為すすべを与える間もなくパクリと対象を飲み込んだ。


ゴウッという火の音とケタケタと笑う骸の笑い声だけが静かな山の中でうるさくこだまする。


業火の中で呪い人は発することのできない悲鳴を上げ、世界を呪う呪詛を振りまくも、徐々にその姿を灰へと変えていき、最後は塵一つ残すことなくこの世からきれいに消え去った。


その様子を遠くから見守り終え、一人ポツンと岩場に取り残されると、リリーベルは不機嫌そうに鼻を鳴らして、まだあたりに残っている炎を消火して回った。


「あ~あ、くだらない」


そこでようやく戦いが終わったという風に服についた土埃を手で払い、睥睨したように悪態をつきながら呪い人が這い出てきた洞窟の方に目を向けた。


「ああもうホントに気色悪かった。なんであんなに気持ち悪い見た目してるのかしら」


ブツクサと文句を言いながら深く深呼吸をする。そうしてリリーベルはあたりの淀んでいる魔力の流れを正常に戻そうとその場のすべての魔力を支配した。


だが何か違和感を感じるなと眉を寄せ難しい顔をしながら歩き出した。


「んー、思ってた以上に酷いわね。それほどまでに放置してたとは思えないのだけれど。どういうことかしら?」


頭に疑問符を浮かべながら呪い人の住処となっていたであろう洞窟に足を踏み入れ原因を探索する。


「うぅ~………クサい。やっぱり身にまとってたボロキレぐらいしか見当たらないはねえ。それとも………んー、意外と奥深いのね」


入口付近に目新しいものはないと早々に見切りをつけると、まだまだ続く奥の方へと目を向ける。真っ暗でどこまで続いてるのか分からない状態だが空気も魔力も一段と澱んでおりそれほど先へと続いてはいないと予想できた。


「ま、行くしかないか……」


ため息を一つついて足をはこぶ。何も問題はないとリリーベルは判断した。


天井に頭をぶつけないようにと身をかがませる。


そうしてさらに奥へ進もうと足を一歩踏み出した瞬間、強烈な目眩が彼女を襲った。


「うっ………えっ………?」


更に魔力が突如自身の管理下から離れ制御不能になり、そしてその場を支配するあまりの魔力の澱みに意識が混濁とし始めた。


「———ッ!」


だが、顔を歪めながらも何とか歯を食いしばり後ろに引き下がる。


慌てて洞窟の外に避難するとゴホゴホと咳き込みながら新鮮な空気を求めて風の魔法で気流を作り、その中に避難した。


「うっへぇ……なにこれ?どういうこと?気持ち悪ぃ……」


少し顔が青くなり気分も優れないが、その程度のことだと頭を抑えながら今回のことに関してジッと考える。


「………ありえない。歪んでいるにしても異常がすぎる。なんでこんなになるまで気付けなかった?さすがにこれは……う~ん、なんだかちょっと……色々と調べてみる必要が出てきたわね」


キッと洞窟を恨みがましく睨みながら、急に街においてきたシエリアのことが心配になってきた。


「大丈夫よね、シーちゃん。変なことに巻き込まれたりしてないわよね。出かけてくる前にもっといっぱいチューしておけば良かったかも」


ヤキモキしながらこのまま街に戻るか、もう少し洞窟のことを残って調べるか考えていると鼻がムズっとして盛大にクシャミが出た。


「ヘブッションッ!ァ~、チクショウ。こんな時に誰かしら?私を最強にカワイイと噂してるわね。うん、シーちゃんなら許す。それ以外なら爆ぜて死ね」


訳のわからない妄言を一人言っていると、はるか後方、街の方角から巨大な火柱と爆発音が衝撃波となって大地を揺らした。


あまりの音に前のめりに手をつきながら顔を青ざめさせ振り返る。


「え?……いや………えっ?」


まだまだ燃え上がり続ける火柱の熱風が遠く離れた自分にも肌で少しだけだが確かに感じられる。


「えっ?これってもしかして、えっ?私のせい?…………へ?」


冷や汗をダラダラ流すリリーベルの元にまで街からの悲鳴と警報が聞こえてくるのだった。





魔王の徒然なる日記

———出発前

「おまッ!ちょッ!どんだけキスマーク量産すりゃ気が済むんだよッ!」

「やーーーだーーー!もうちょっと!もうちょっとだけっ!」

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