6.「ええ、この恋の病はもう不治の病だから」
朝食を食べ終わり、食後のデザートが運ばてくる中、今度はリリィの方に質問をした。
「で、なんでそっちはこの街に来てたの?なんかこの街に用事か何かあったの?」
「いやー、この街に用事はないわよ。ただこの辺のね、近くのお山にちょっとね」
「山?」
「そ、あっちの小さい方を越えた先にある大きい方の山。多分だけどそこの山間部にちょっと野暮用と言うか、めんどくさいのがね~」
「なんかあるのか」
「あるというかいるというか、変なのが住みついてるっぽいのよね~」
そうして、リリィはゴキブリのことでも話してるかのような嫌そうな顔をしながら話を続けた。
「シーちゃんは知ってる?呪い人って。あの気持ち悪いの」
「あー……なんとなくぐらいでしか。生前に世界を呪って死んだ人間とかがなるんだったか?それと後はなんか普通に強くて見つけたら滅茶苦茶ヤバいとかぐらいしか知らねえや」
「そう!そいつら!それ!もう見た目もキモいしやってることもキモい最悪の存在なの」
「そうなの?」
「そうよ。もう理性とか脳みそがないただの化け物よ」
「へー、どっかの誰かさんと一緒じゃん」
ボソリとそう呟くと、語気を強めてテーブルから身を乗り出して迫ってきていたどっかの誰かさんが急に真顔になった。
「………ちょっと、シーちゃん。泣くわよ」
「お前は昨日何をしたのかよく思い出すと良い」
とぼけたように舌を出しながらリリィが答えた。
「ちょっと愛情表現が過激になっちゃっただけよ」
「……ちょっと?」
非難するようにジーッと睨んでもリリィはキャッと言って恥ずかしがるふりをしながらそっぽを向いた。
今更何かを取り繕ってももう遅いし、昨晩の計画的犯行を過激なんて言葉で済ましていいほど可愛いもんではないはずだ。そもそも何で今も両方の鼻の穴にティッシュがねじ込まれているのか忘れたのか。この変態が。
このまま睨み続けても反省する気はないようなので、しかたなく話題を元に戻して呪い人のことについて聞いてみた。
「で?その呪い人がこの街の近くにいるってことでいいの?」
「まあ、そうね。何だかその辺の魔力の流れがぐちゃぐちゃになってて不安定になってるっぽいのよ。きっとその呪い人のせいね。あいつらその場にいるだけで世界を混沌に作り変えるからほんとうざいのよ。ま、だからできるだけ早く直さないとね。どんな異常がおきるかわからないもの」
明るい口調で語っているがその目の奥は笑ってなかった。多分だが昔呪い人に対して煮え湯でも飲まされたのか。個人的な恨みつらみが見て取れた。
このまま話を聞いていてもなんだかグダグダと呪い人に対する愚痴を延々と聞かされそうな気がして話をそらすかと、こちらから質問をした。
「その……異常とかそんなのを直すとかそういうことできるんだな」
「一応ね。まあ、直すというか倒すというか。それとね、こう見えても私も色々と凄いのよ。魔力の扱いに関しては一流よ、一流。いや、超一流ね。世界一と思ってもらっても構わないわ」
ただの変態だと思われたままなのは癪なのか、リリィが何度も念を押すようにそう強調して言ってきた。
まあでも、そりゃ魔王だもんな。魔法云々は世界最強だろうよ。
でもそうじゃない。俺がお前をただのアホチンだと思ってる所以は、その胸を張るついでに谷間をちらちらとこっちに見せつけてくる、その行動の方なんだ。
変わらず残念な子を見る目を継続しているとリリィがプーっと頬を膨らませて、むくれ始めた。なんかめんどくせえな、コイツ。
「………納得いかない」
「知るか。それで、なんだっけ、えーと、魔力流れが不安定なのを観測したんだっけ。それでなんでリリィがそんな直すとか呪い人倒しに行くとかそんな話になるんだよ」
「んー、それはねぇ、世界の魔力量がだいたい均一でないと困るから……としか」
そうして難しい顔をしながらリリィは説明を続けてくれた。
「魔力量が場所によってバラバラだと魔力異常が起きたり、そもそも私たち魔導士が大気中の魔力を扱いにくくなるのよ。それこそ昔はひどかったらしいわよ。自分以外の魔力を扱うなんてありえない、みたいな感じだったって聞いたことあるわ。ま、何で私がやるかって言ったら自分のためっていうのと世界の魔力バランスを保つっていう私本来の唯一の仕事みたいなところがあるからよ」
「ほー、よくわからないけど大変なんだな」
「そうよー、一人でやるのは大変なの。本当は魔人全体の問題のはずなのに、今は私しかいないんだもの。みんなどこに消えたのか。ほんと困っちゃうわ」
「魔人はとっくの昔に滅んだって聞いたぞ」
ずっとずっと昔に魔王は倒され魔人は滅んだと聞かされた。だから今度は人間同士で争い合い、世界は一つになるまで戦争し続けたのだ。
だが、リリィはどこか遠くを見つめながらその事実を否定した。
「そういう事になってるわよねー。でも違うのよ、私は知っている。みんな魔人たちは新天地を求めてこの大陸から去って行っただけよ。今も魔人たちはどこかで必ず生き残ってるはずだわ」
確信と言うよりも決意めいたものが言葉の端々に感じる。だが、それでもそれがとんでもなく突拍子もない話だとリリィは分かっているのか。
淡々と間違いを指摘するように質問をしていった。
「この大陸以外に本当に陸地があるのか?」
「分からないわ。でも明天国っていう例外があるんですもの。絶対にないとは言い切れないわよ」
「世界の端には分厚い氷の壁とペンギンしかいねえぞ」
「それでも魔人たちは世界のどこかを目指してみんな旅立ったのよ。この世界のどこかに絶対にいるって分かっているんだから、いくらでもやりようがあるわ」
自信満々にそう言い切るリリィにどこか複雑な気持ちになる。魔人たちはみな新天地を目指して旅立ったのなら、なぜ魔王であるリリィはこの大陸に一人取り残されているのか。それがどういう意味なのかわからない彼女ではない。分かった上でそうなのか。
だが、そんなことは気にしてないかのように唐突にリリィは一つのことを高らかに宣言した。
「そうして見つけたあかつきには、そこにシーちゃんと私の新たな王国を建国するの」
「………ん?」
「私とシーちゃんの夢のウハウハ幸せ新婚生活よ。子供は何十人作ろうかしら。私が生むのも良いし、シーちゃんを孕ませるのも良いわよね。うぇへへへ、加算的に子供が増えていくわね~」
…………コイツヤベェ。
ヒクッと顔が引きつったのが自分でよくわかった。そのまま座っていた椅子を後ろにズズッとつい無意識的に下げてしまった。
―――っ!しまった!!
ぐるんっとリリィの顔がこちらに向きなおった。
「あら、どうしたのシーちゃん?そんな身構えて」
ランランとした双眸がこちらを深淵から覗いてくる。
貞操の危機を本気で感じながらもドン引いているのを悟られないように、努めて冷静に言葉を選んで何らかの説得を試みた。
「いや、何というか頭のネジがぶっ飛んでるどころか、さらにそのネジ穴にゴミでも詰まってんじゃねぇのか。今からでも良い医者紹介してもらうか?」
う〜ん、0点。自分の口の悪さに嫌気が差しますね、ほんと。
だが、恐怖の魔王はこの程度の罵詈雑言は気にも止めずに、片手を頬につけ深くため息をつきながら応えた。
「はぁ……大丈夫。もう手遅れだから」
「………そうか、自覚症状があったんだな」
「ええ、この恋の病はもう不治の病だから」
「………。えっと、頭の……いや、都会の大きな総合病院の方がいいな。真剣に行ってきた方がいいんじゃねえか。精密検査してもらえよ。余命十秒とか宣告してくれるかもしれないぞ」
「やだ、真面目な顔してるシーちゃんも素敵ッ!」
俺も俺だがコイツもコイツでほんと終わってんな。
呆れた顔でため息をついていると店員と目が合った。
「………そろそろ店出るか」
「ちょっと注目浴びすぎちゃったかしら」
「アホな話しすぎたな」
「というよりもそっちのシーちゃんが持ってる剣の方に皆の注目が集まっちゃったみたいね」
「こっちの方?」
握ってる刀をてきとうに上に持ち上げると、ますます店員が嫌そうな顔をしてスタッフルームの方へと消えていった。
「まあ、目立つ柄よねえ。本物だとは思われてないでしょうけど悪趣味だとは思われてそうよねえ」
「……そういうもんか」
会計をリリィに丸投げして逃げるようにその場を後にした。
「これはあれだな。昨日も思ったが私の会計は全部出世払いな」
「良いのよー、そんなこと気にしなくて。このあとちょっと着せ替え人形になってくれればこの程度安い出費よ」
「呪い人の件はいいのかよ。それとももう倒した後とか?」
「いやまったく全然なんも調べてすらいないわ。でも、そんなことしてる暇があるなら今は一分一秒でもシーちゃんを愛でてたい」
真面目な顔してホント何言ってんだ、コイツは。
「………いいのかそれで」
「たぶんダメだけど、そんなことどうでもいいのよ。明日の私がきっと頑張ってくれるわ」
そう言いながらリリィは俺を逃がすまいと首根っこを掴んでズルズルと引きずりながらどこかへと向かい始めた。
「なあ、どこ向かってんだ?」
「まずはまぁ、そのボサボサの髪の毛をどうにかしちゃいましょ。ほら、整えてもらいに行くわよ」
「んなもん、てきとうでいいじゃん」
「ダメよー、髪は女の子の命なんだから。それにキレイに整えてもらったらもっともっと可愛くなれるわよ」
何故だかさらに可愛くなると唆されると、歯がうまく噛み合わないような、そんなもどかしさが胸の内をくるくると支配してくる。
「か、かわいいとか別にそんなん求めてねえし」
「あらそうなのー?その割には抵抗してる足が少し軽くなったような気がするのは何でかしらね~?」
「それは!あれだ、前髪がちょっと鬱陶しいなとずっと思ってただけで。ホントだぞ!というか、それで散髪屋に言ったら次はどこに行くんだよ。このスカートよりも短いのは絶対に履かないからな」
フシャーッと精一杯威嚇すると良い表情でリリィが顔を覗き込みながら聞いてきた。
「ねぇ、シーちゃん。今日は上の方の下着に挑戦してみない!」
………絶句。
満面の笑みで何言ってんだコイツは。
「………………変態は変態に通づるのか」
今朝とあるバカも同じ提案をしてきたが彼は元気に死んでくれただろうか。
いや、そもそもブラって別に今の俺にまだ必要ねえだろ。まぁ願うことなら一生お世話にはなりたくねえけど……なんで変態共はそう下着に固執するんだ。
呆れて言葉を失っているとリリィは心配そうにフォローを入れてきた。
「どうしたの、シーちゃん?別に上も買ったら下もちゃんとセットで買い揃えてあげるわよ」
「そういう問題じゃねえよ」
あと何度、俺はいったいあと何度この魔王に言葉を失わさせられるのだろうか。想像もつかない。
だが、そんな俺の気も知らないでリリィだけは嬉しそうに道を歩きながら声を上げた。
「さ、今日も張り切って人生楽しむわよ~!!!」
「お、お~???」
そのままズルズルと引きずられて行くしかなかった。
今後の更新は超不定期更新とさせていただきます。
申し訳ございません。




