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5.「……ちょっとゼグジィ買ってくるわ」

 翌日の朝。


「おい、何でキスマークがついてんだ」


 首筋にはっきりとつけられた物的証拠があるにもかかわらず、犯人ははっきりと自供するつもりはないようだ。


「ん〜?全部で何個あるでしょう?」


「2個」


「正解は3個でしたー!間違えたから何でついてるのかは教えてあげなーい」


 本当にコイツ手に負えねえ。昨日は更生させるとか意気込んでみたけども、さっそく心折れそうだ。


 ため息が自然と出た。


「………はぁ、とりあえず顔洗ってくる」


「はーい」


 こっちの気も知らずにリリィは元気よく答えた。


 ……この魔王様、少し幼児退行してねえか?いや、そんなことないか。


 リリィの方に目を向けるとリリィの肌が気持ちツヤテカしてる気がする。そんなに昨晩はいいことがあったのか………別にしてねぇよな。あれから普通に寝たはずだよな。不安になってきた。


 頭を悩ませながらフラフラと部屋を出て共同トイレの前の洗面所に向かった。


 何も考えずに女子側の洗面台前に立つ。



 ――――――。



 ………別にいいんだけどさ………当たり前のようにこっち来た自分に驚いてだけで………別に……


 自分の性別に慣れてしまったことに一抹の悲しさを覚える。


 そのままジーーーっと鏡を見つめた。


「……………」


『……………』


 何か違和感がある。鏡の方もジッと俺の方を見てきてる気がしないでもない。


 寝ぼけた頭を無理やり起こして色々と考えた。


 そして一つの答えが導き出された。


「………お前邪神だろ」


『……ほら、見なさい。だから言ったでしょ。こんなことしても別にバレるって』


『おかしいのう。寝起きなら絶対バレへん思ったんやけどなあ。お嬢が途中で笑ったとかちゃうのん』


『そんなヘマするわけないでしょ』


「いや、お前ら暇か」


 朝から邪神と風龍が鏡を使って接触してきた。


 ローレンスのクソジジィに捨てられてすぐの頃、澄んだ湖の水面に急にこいつらが現れた時は驚かされた。


 たしか内容は《邪神の加護》がオートになったとかそんなんだったが、それで邪神が今までサボってたから《スキル》が使えなかったことが露呈したりと、色々とひと悶着があったりもした。


 だがそんなことはおかまいなく、それから度々俺の経過観察だとか言ってこいつらが会いに来ることが増えた。毎回しょうもない愚痴に付き合わされたりしてるだけだが。


 どうせ今回も風龍が邪神と俺の顔が似てるからこっそり入れ替わっててもバレないんじゃないかとか、そんな感じのことを言い出してやってみたんだろう。どんだけ暇なんだよ、こいつら。


「おい、この方法本当はあんまり使いたくなかったんじゃないのかよ」


『アナタさてはワタシが本当にこんなしょうもないイタズラのために回線繋げたとか思ってるでしょ』


「だって実際そうだろ」


『アナタねぇ……』


『おう、シエリアちゃん!聞こえとるかあ?チャイナドレスよう似合っとったで!次はブラに挑戦しよか!』


「……なあ、邪神様よ。今までの無礼全部詫びるからそこの小バエ叩き潰してくれない」


『のった』


『ブゴヘェッ!!』


 割と本気で強めに叩いてくれたらしい。その後本当に風龍が会話に割って入ってくることはなかった。


『とりあえず本題に入らせてもらうけど、アナタは刀を手に入れるために海を渡るつもりでしょ。それが何よ、魔王だか何だか知らないけれどあんな小娘相手に鼻の下伸ばして。このまま復讐のこと忘れて、あの子と一緒に暮らすとか言わないわよね』


「言うわけねえだろ。俺をなんだと思ってんだ」


『女湯に入って喜ぶ変態』


「……それは忘れてくれると嬉しいです」


『別にいいのよ。アナタが何をしようと。例えばあの子と恋仲になって家庭を築くだとか』


「嫌味か、コラ。あいつとはそんなんじゃねえよ。色々と事情があんだよ、事情が。どうせ俺の記憶勝手に覗いて色々と知ってんだろ」


『知ってるわよ。知った上でそう言ってるのよ』


「だから、あいつとは特になんかある関係じゃねえって。俺はこのまま予定通り東に行って新しい刀を手に入れる」


『ならいいのだけれど』


 二人で言い争っているとリリィが部屋から俺を呼ぶ声がした。


「どうしたのー?時間かかってるようだけれど、蛇口壊れてびしょ濡れにでもなっちゃったー?」


「リリィが呼んでるからもう行くぞ」


『くれぐれも自分が死神だとバレないようにね』


「はいはい」


 そう言って俺は話を切り上げ部屋へと戻っていった。


 部屋ではリリィが服を着替え終わって髪を結んでいる途中だった。


「あ、私が終わったら次はシーちゃんの髪結んであげるわね。今日はどんなのにしようかしら」


「………昨日と同じでいいよ」


 リリィの嬉しそうな後姿を見て、邪神の言わんとしてることがなんとなく察せられる。


 俺は今後彼女とどんな関係になりたいのだろう。友達?仲間?それとも恋人?………いや、ないな。そういうあれじゃない。


 だが、今後行動を共にしていくうえではっきりと答えは出しておきたい。そうしなければならないような気がしてならない。


 リリィには悪いがこれから食べる朝食は楽しくおしゃべりと言う訳にはいかなそうだった。


 リリィに髪を好き勝手にいじられながら話しかける。


「朝食食べながらでいいから今後のことについて少し話をしようぜ……しようか」


「うそ………プロポーズッ!」


「なわけねえだろ」


「む~~~」


「盛るな盛るな、そんな髪型で外歩けるわけねえだろ」


 遊ばれながらも何とか普通に仕上げてもらい、ようやくリリィと朝食を食べにそこらへんのてきとうなレストランへと出発できた。






「――――――と言う訳で、とりあえず今はクソジジィの行方が分からないし、探すのも面倒だから先に自分の刀の調達しに海を渡ろうと思ってる。で、話聞いてる?」


「ごめん、顔が良すぎて何も聞いてなかった」


 …………。


 先程からこの調子で会話ができない。


 ずっとうっとりした顔で俺をただ眺めてくる。


 レストランで軽く注文してから予定通り今後お互いにどうするか話し合おうと、邪神とか前世関連を省略して説明したのだが、驚くほど何も聞いてくれない。


「なんでリリィの頭はそんなに残念なの?」


「え……まつ毛長っ……」


「無敵かよ、コイツ」


 何でこんな状態になるまでほおっておいてしまったんだ。手遅れになっても知らんぞ。


「とりあえず、お……私はこの街にもう用はなくて早く港町に向かいたいの!昨日調べたけどその港町まで馬車で一日で着くって言われたから、どうせなら今日にでも出発したいの」


「推しが目の前で喋ってる。尊い」


「もう手遅れだったか……」


 手遅れだったらしい。なんてことだ。


 可哀そうな物を見る目で見ているとリリィが突然まくしたて始めた。


「なによ!シーちゃんが可愛すぎるのが悪いのよ。なんでそんなにカワイイの!なにその猫耳と尻尾。殺す気かよ、こっちを」


「逆ギレしてくんな」


 一晩たったら少しはまともになるかと思ったらむしろ悪化した。さすが魔王。こっちの予想なんて簡単に越えてきやがるぜ………本当にどうしよ、この子。


 リリィの前でうう~んと悩んでいたらリリィがおもむろに口を開いて一つの話題をふってきた。


「海を越えるっていうことは明天国に行きたいの?」


「明天国?」


 リリィの言った地名にまったくピンとこなかった。そのことにリリィもあれ?と言った感じで困惑の表情を浮かべた。


「あら?違うの?東の海の向こうなんてその島国一つしか知らないのだけれど。他にもあったかしら」


「いや、多分そこであっていると思う。私も師匠の、あ、クソジジィじゃない方な。その一人目の師匠の故郷だってこと以外は何も知らないんだよ。なんか海の向こう側から来た、としか教えてもらってないし。明天国だっけ?そんな名前なんだな」


「ふ~ん、そうなの。まあ、私も実際に行ったことなんてないから名前しか知らないわ。それでもシーちゃんは海の向こうにもう一つ国があることをちゃんと知ってたのね。この国の人は普通知らないのに」


「国だってことは知らなかったよ。聖王国様は、世界統一した。なんて言ってんだから。案外海の向こうには人類が住めるところがたくさんあって世界統一なんてまだまだできてないのかもな」


「ホントよね~、何も知らないくせにデカいこと言っちゃって。人間てホント愚かよね~」


「………急に黒い部分を見せてくるな」


「え~?なんのこと~?」


 自分が人間ではなく魔人だってことはまだ俺に説明してねぇだろ。何を匂わせてきてんだ、この魔王は!


 こっちがジト目で睨んでることを無視して、リリィはさらにいたずらな笑みを浮かべて話を続けた。


「それで知ってる?昔はね、明天国に行くのに魔の海峡を越えなくちゃいけなくて、互いにその向こう側に国があるって知らなかったらしいのよ。それがだいたい15年くらい前だったかしら?ある日を境にその魔の海峡が消滅しちゃったんですって。魔の海峡を生み出していた化け物が誰かに倒されたって話でね。だいたいそのうわさが出始めてちょっとたった頃に死神なんて言葉が戦場でささやかれ始めたんですって。シーちゃんこの話どう思う?」


「ンー、ムズカシイコトハ、ヨクワカラナイデスネ」


 さあて何のことやら。そりゃ昔、今と同じように刀が欲しくて師匠から聞いていた試練を越えたら魔剣を授けてくれる洞窟なんていうのがある、その師匠の故郷に行ったことがあるけれども。まあ、つまりは一度明天国に行ったことがあるという事になるんだが。


 その海を渡る道中にとんでもねえ嵐に巻き込まれて、その中でよくわからんけどとにかくデカいなんかと戦ったような記憶がおぼろげにあるわけだが。


 俺前世の自分にかかわる記憶、何も覚えてねえからやっぱり知らねえや。


「リリィハ、モノシリダネェ」


「んふふ~、シーちゃんに褒められちゃった」


「ソレデ、結局その話が何に関係してくるんだよ」


「ああ、別にこの話は特に関係ないわよ。ただね、シーちゃんは剣が欲しくて海を越えるんだー、と思って」


「?その予定だけど」


 よくわからずに訝しんだ顔をしているとリリィがニコニコと提案してきた。


「じゃあ、そんなシーちゃんに一つ良いプレゼントがあるかもしれないです」


「プレゼント?」


 そう言ってリリィは自分の開いてる胸元に手を突っ込んで細長い何かをズルズルと引っ張り出した。


「なにそれ?どういう原理?」


「ただ空間を繋げてるだけよ」


「なんで胸なんだよ」


「世界で一番大切なものだからよ」


 冗談で言ってるわけではないような雰囲気を出しながら、俺の目の前にゴトリッと刀が置かれた。


「!?」


「見覚えある?」


「え……いや………ない…かな?」


 俺の前に置かれたのは前世の、死神時代の、半年ほど前まで俺が握っていた刀だった。


 この国では珍しい片刃の剣。普通よりも長く扱いづらいが、そのぶん他のどんな刀よりも切れ味が鋭かった。世界中の全ての魔剣を集めてもこれより優れた魔剣は存在しないと思う。


 試練の洞窟でも物凄く出し渋られてなかば強奪した形で貰ったものだ。


 それを風龍はどっか行ったとかほざいていたけども、何でここにあるんだ?


「白地に太い黒の一本線。特徴的で変わった形の剣。何千人もの人を斬ってきた見る人が見たら発狂ものの一品よ」


「絶叫の間違いじゃないか、それ。ていうか、何でそんなもの持ってんだよ」


 問い詰めてみても要領の得ない返事しか戻ってこなかった。


「ん~、それは正直に言うと私もわからないのよねえ。気づいたら手に握りしめていたっていうか。なんか真っ暗などこかをひたすらさまよっていたような気がするよねえ。その時の記憶が曖昧でよく覚えてないのよ」


「へえ、そっか」


 コイツ今、闇の中さまよっていたとか言わなかったか!どういうこと?そりゃ闇の中ならどこにでも通じてるんだろうけども。それで『神の間』にまで来たってどういうこと?可能なの?意味不明以前になんか恐ろしいだけど。なんでそんなことしたんだよ、怖っ。


 驚愕した顔を浮かべていると何を勘違いしたのかリリィが笑顔で話しかけてきた。


「この剣シーちゃんにあげるわね」


「え!」


「私が持ってても仕方ないもの。私魔法しか使わないし、剣技なんてほとんど習得していないもの。私が持っててもお守り代わりしかならないし。それにね、なんだかその剣はシーちゃんに持っててほしいのよ」


「お、おう……」


 出ました。この魔王、俺の正体に気づいてるんじゃないか発言、セカンド。


 こっちの気も知らずにリリィはあるべき物があるべき所に戻ったと嬉しそうに笑っていた。


 というか、もう刀手に入っちゃった。


「これ明天国に行く必要もうなくなったな」


「じゃあ、これからどうするの?」


「んー、特にどこかに用事があるわけでもないし、このままリリィと一緒でもいいかもな」


 強くなるための修行なんてどこでもできるし。それに行く当ても金もねえし、このままもう少しリリィのお世話になるのも悪くないかもなあ。


 そう思っていたらガタッとリリィが突然立ち上がった。


「……ちょっとゼグジィ買ってくるわ」


「必要ない必要ない」


 慌てて止めるも未だリリィの瞳孔はかっぴらいて鼻血を出しながらハアハア言っていた。


「………もうお前は本当にダメかもしれないな」


「大丈夫。深呼吸して少し落ち着いたから」


「正気には戻ってくれないんだな」


 話し合いはまだまだ長くなりそうだった。


魔王の徒然なる日記

「将来の夢は素敵なお嫁さんになることです!」

(……なんか言ってる、この魔王)


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