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2.「BGM!よろしくっ!!」

 悲鳴と雄叫びの喧騒の中、木剣を片手に山賊に向かって駆け出した。


 まずは一番近くで略奪行為を行っている奴の頭に一発入れてやった。


「あ、ってぇぇ!何しやがる!このガキ!」


「悪いがこういった悪事は見過ごせないんでね。俺の正義の心がざわついてしかたがないんだ!」


「………いや、別にいいんだけどよ。なんで嘘ついてるような目つきになってんだ?」


 ぶたれた頭を抑えながら山賊は刀を乱雑に振り回してくる。


「怪我したくねぇんならとっととお家帰んな。あん?それともその変な耳と尻尾のせいで追い出された可愛そうなやつか?なるほどスラムのガキか。うちで面倒見てやらんこともないぞ。あきたら見世物小屋に売り払うけどなぁ」


「断る!変態が!」


「そうか、ならくたばりな!」


 そう言って山賊は己の剣を大きく振り上げて斬りかかってきた。


 しかし、技術力もない《スキル》も使われていない、そんなつたない剣筋は簡単に避け安く、そのまま出来た大きな隙を見逃す俺ではない。


 エクスカリ棒を両手で握りしめて気持ちよく振りぬいた。


「オッレッ!」


「ぐはっ」


 今度こそ顔面をフルスイングでぶっ叩かれた山賊は膝から崩れ落ち昏倒した。


 そんな時である。


「キャーーー!」


 という悲鳴が俺の立っている反対側の道から聞こえてきた。


 そっちの方に振り返ると母親が子供を庇う形で山賊の一人に襲われている。


 山賊が今まさに凶刃を振り下ろそうと態勢に入っていた。


「死ねえええええ!」


 ――――ッ間に合うか?


 急いで駆け出し親子と山賊の間に割って入る。


「させるかッ!」


 山賊の刃を木剣で受け止めようと構える。


 

 それをスパンッと、


「エクスカリ棒ッーーーーーーーー!!!」


 斬られた。


「邪魔だ!どけ!ガキが。それともテメーごと叩ききってやろうか!」


「ヤバいヤバいヤバい!いきなりの大ピンチ。どうしよ?俺!」


 山賊は俺が慌てている間にももう一度剣を振り上げる。俺も後ろにいる親子のために避けることもできず正真正銘のピンチに陥っていた。


「おとなしく死んどきな。クソガキ!」


 山賊がもう一度、今度は俺めがけて命を絶たんと振り下ろす。


 あ、やばっ。死ぬ!


 最後に残された短い木の棒でどうにかしようとあがく時、遙か上空から突如大きな声が轟いた。




「ちょっっっとっ待っっったぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」


 ソプラノ声の甲高い叫びは徐々にこちらに近づいてくる。そうして最後はドスンっと声の主が激しい土煙をあげながら地面に降り立った。


 着地した衝撃で彼女を中心に大きなクレーターが出来上がっている。しかし空から落ちてきた少女は何事もなかったかのようにゆっくりと立ち上がった。


 ………すげえ、ヒーロー着地だ……


 その着地を見届けた群衆はその衝撃に言葉を失って、ただその少女のことをポカーンと眺めることしかできなかった。だが、少女本人はそのような空気を全く気にせずに堂々と山賊たちと相対している。


 薄紫色のワンピースに、ポニーテールに結ばれたきれいな白髪がよく映える。俺からは後ろ姿しか見えないが、その堂々とした立ち姿につい目を奪われてしまった。


 だが、それは俺だけでなく山賊や街の人たち全員を含めて言えることだった。


 未だ辺りは突然の出来事にシーンと静まり返っている。誰も一言もしゃべれず、空からカッコよく着地を決めた少女に視線だけを向けて状況の推移を見守ることしかできなかった。


 山賊の頭が少女に問いかける。


「テメー、何もんだ。いきなり空から降ってくるなんて非常識キメやがって。今がどんな状況かわかってんのか?」


 問いかけられた少女の方は静かに、それでいて相手を小馬鹿にするように口を開いた。


「ええ、分かってるわよ、それくらい。悪党が善良な市民をいじめているんでしょ。まったくこんなご時世に何やってるんだか。それと何?私が何者かって?そうね、空から降ってくる系のヒロインってとこかしら?」


「嘘付け!何がヒロインだ!主人公顔負けのバリバリカッコよく着地キメたやつが何言ってやがる。そもそもこっちはそんなことが聞きてぇんじゃねぇ!テメーはオレ達の敵かどうか聞いてるんだよ!」


 頭の怒声に少女が嬉しそうに答える。


「あら!そうなの。それは失礼したわね。なら、答えは簡単。敵に決まってるじゃない」    


 少女が笑顔でそう宣言した瞬間、頭はニヤリと笑い部下たち全員に命令した。


「この頭のおかしいのをぶっ殺しちまえー!!」


「「「おおおぅぅぅぅーーー!!!」」」


 少女めがけて山賊たちが一斉に駆け出した。


 俺に刀を振り下ろそうとしていた山賊も場の空気に飲まれてその集団の中に加わっていた。


 山賊が自分目掛けて突撃してくる中、その状況よりも気になることがあるのか少女は機嫌を悪くして呟いた。


「はっ?ちょっと待ちなさいよ。誰の頭おかしいよ?なめてるの?」


「テメーのことだよ!バカが!」


「誰がバカよ」


「!」


 少女はなんのことなしに山賊が振り下ろした剣を、右手の人差し指と中指で軽く受け止めた。


 山賊たちの方が口をパクパクと驚愕し、驚きを隠そうともしていない。


 そうして少女は不機嫌そうに目の前で困惑している山賊をそのまま勢いよく蹴り上げた。


 抵抗することもできなかった山賊は軽く5,6メートル後方にふっとばされていった。


「「「!!!っっっ」」」


 自分たちの顔の横を勢いよく通り向けていった仲間を心配しながら、山賊たちは萎縮して誰もその場から一歩先に進もうとしなかった。


「まったく、あなたたち揃いも揃って鬱陶しいのよ」    


 少女はあいも変わらず不機嫌そうに自分の髪の毛をくるくると手で遊びながら吐き捨てた。


 だが、山賊たちはここでようやく目の前にいるこの少女が、どれほどの規格外であるかを認識した。


 ある者はおびえたように後ろに下がり、またある者は隣のやつに先にいけと順番を押し付け合う。そんな状況の中で山賊の頭は怒声を張り上げた。


「そんな女一人に情けなくビビってんじゃねぇ!一人が無理なら全員でかかりゃいいだろが!このダボ共が!」


 そう言われた山賊たちはここでようやく全ての仲間が少女の前に集結し陣形を形成した。


 そうして再び一斉に突撃を始める。今度はバラバラではなく一団となって。


 だが、それでも山賊たちのその様子に少女は一つため息をついて、右手を勢いよく横にふった。


 その瞬間、山賊たちめがけて爆風が吹きさいた。


「「「うわぁぁぁぁ!!!」」」


 ゴロゴロと面白いように転がっていく。


 山賊の中で立っていられたものは一人もおらず全員仲良く無様に地面を転げ回っていた。


 そこでようやく吹っ切れたのか少女が声を弾ませ拳を握りこんだ。


「じゃ、テンションあげて街の奉仕活動に励みましょうか」


 そう言うと少女は懐から金貨を取り出す。そしてそれをそのまま楽器を持って座っていたホームレスの空き缶めがけて、親指でピンッと上手に投げ入れた。


「BGM!よろしくっ!!」


 その瞬間アップテンポな音楽をホームレスの男が奏で始める。それが合図かのように少女も白髪をなびかせて山賊たちに向かって走り出した。


 ―――!その手があったか!


 だが感心したのは俺だけだったらしい。


 山賊たちが怒鳴り声をあげながら少女を迎え撃とう立ち上がる。


「シャバイことやってんじゃねぇぞ!」

「もう一度全員で囲っちまえ!そうすりゃ袋叩きだ!」

「おう!俺らのヤバさ教えてやるぞ!魔法なんかに負けんな!」


 山賊たちも互いを鼓舞しながら迎撃体制を整える。


 だが、少女は武器を構える山賊たちを相手取らずに、その間を軽快にすり抜けてゆく。


 氷結の足跡を残して。


 そうして次の瞬間には決着がついていた。


 馬に乗っていない歩兵役だった山賊たちは全員苦悶の表情をうかべながら氷の彫像となっている。彼らは全員、少女が駆け抜けた地面から突如生えてきた巨大な氷柱の中になすすべなく閉じ込めらた。


 そのあまりにも一瞬の出来事に残りの山賊たちだけでなく、衛兵や見ていた全ての人が唖然としていた。


 山賊の頭がワナワナと震えながら激昂する。 


「な、なにを……テメー今何しやがった!いや、そうじゃねぇ!さっきから風魔法だの氷魔法だのポンポンポンポン気安く使いやがって!いったい何もんなんだ、テメーは!国か?国お抱えの魔導士かなんか、テメーは!さっきからぶっ飛んだことしやがって、いい加減にしろ!」


 少女の方はおかしそうにクスリとほほ笑んで優雅に答える。


「あら、もう一度自己紹介してほしいの?ただの街のゴミ掃除に精をだすボランティア精神旺盛なかわいい女の子よ!分かったら人に迷惑かけずにくたばりなさい!」


「とりあえずこのクソ女の動きを止めろー!」


 頭の再びの号令で馬に跨っている山賊の幹部たち生き残りが少女を中心に円形に囲い、一斉に槍を突き出した。


 そんな行動は読めていると少女は地を蹴って空高く舞い踊り、半円を描きながら美しく槍をかわした。


 そして天地逆さまになった視界に山賊たち全員を捉え、魔法を静かに唱えた。


「《ライジングショット》」


 バシッと空中で一瞬光った後、少女を取り囲んでいた山賊たち全員の胸にひどい焦げあとを残しながら、雷そのものが彼らを撃ち抜いていた。


 彼らが跨っていた馬も余波で痺れてしまったらしく少し痙攣してしまっている。


「ごめんね、君らには害が無いように調節したつもりだったんだけど少し強かったみたい。でも暴れられるよりはいいからもう少しこのままでいてね」


 怯える馬の鼻先を優しくなでながら少女は最後の山賊の生き残りに向き直り話しかけた。


「で?お仲間は全員倒しちゃったけどあなたはどうするの?大将さん。最後まで後ろでずっと怒鳴っていただけだけれど良いのよ、降伏するなら受け入れてあげる。私こう見えて意外と優しいんだから」


「ぬ、くっ、クソッ!」


 山賊の頭は顔を引つらせながら目の前の少女を睨みつける。


 だが、決してその場を動くことも逃げ出すこともできず、怒りだけをつのらせている。


 まあ、それもそうだろう。


 40人近くいた自分の部下がたった3分程で全員無力化されているんだから。それに見ろ。演奏を始めたホームレスが今、気持ちよく音楽をフィニッシュさせている。あ、でも次の曲にそのまま入った。ま、いっか。


 本当にその程度の時間で全て起きた出来事だ。普通ではない。


 目の前の小柄な少女がどうしょうもないほどの化け物に見えて仕方がないんだろう。これだけのことを簡単に行うなど果たして聖騎士でもできるかわからない。


 少女が最終勧告だと声をかける。


「どうするの?これ以上ここで変に目立つのも私嫌なんだけれど」


 だが、答えを待たずに少女は右手を上げ攻撃を放とうとした。ついでにホームレスの男も最後の音楽のタイミングを合わせようと弦をかまえる。




 そんな瞬間、


「お頭ーーー!逃げてくだせー!」


 その声の次の瞬間には少女と山賊の頭との間に五、六個の煙玉が弾けた。


「ロ厶レスッ!」


「な、何?え?誰!てかっ臭ッ!」


「今のうちに!逃げましょう、頭!」


「おう、お前も乗れ!」


「あっ!ちょっと!待ちなさいっ!」


 だが時すでに遅く、少女が声をあげた時には山賊の頭は逃げたあとだった。


「何よあれ。馬鹿みたいに逃げ足だけ早くて。情けない」


少女は悪態をつきながら山賊のトップを逃してしまった失敗を悔いた。カシカシと頭を掻きながら少女は自分が守った街や住人たちの安否を確かめようと振り返った。


 そこで初めて少女と俺は目があった。



 ――――――!!



 世界が静止した。きっと本当に時が止まったわけではないんだろう。だがそれでも全ての音や動きが置き去りにされて、二人だけの空白の時間が俺たちを飲み込んだ。


二人だけの世界で息を呑む。


 ―――ま、魔王。


 そして少女もまた目にほんの少し涙を浮かべ、


(―――さん)


 キュッと唇を噛んだ。


 そうして少しづつあたりの喧騒が自分たちの耳に戻ってきた。


「あっ、えっと、その……」


 俺がどうしていいのか分からずしどろもどろになっていると少女が俺の手をいきなり掴んできてグッと引っ張った。


「こっち!」


 そうして少女は俺の手を掴んだまま大通りを離れ、路地裏の狭い道の方へと、この喧騒から逃げるように駆け出した。


「あっ、ちょっと君!山賊を倒してくれた女の子!ちょっと待って!こっちも色々と事情聴取を!」


 後ろから衛兵たちの声がするが俺たちはそんなこと関係なく駆けていった。


 ていうか、あいつ朝門番していた衛兵だ。マズイッ!俺の正体がばれる前に逃げろ!


 二人は全力で駆け出して行った。


 逃げるんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!!  

邪神ちゃんの日常

「はぁ~、今日はなんか変わったことは起きてないでしょうね?」

「たった今、あの娘死にそうだったで」

「はぁ!?」

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