11.「やけに親切じゃん。ロリコンにでも目覚めた?」
無事ソランを倒し反逆を成功させた、俺たちローレンス一行。今は出発の準備をそれぞれが行っていた。
そんなことをしていると遠くから俺たちに声をかけるものが現れた。
「お?なんだ、残党か?」
「いや、あれは……じいさん!無事だったのか!」
コロシアムの影から同室であったウィリアム爺がボロボロの剣を片手に、心配そうに駆け寄ってきた。
「無事だったのかじゃない!ワシがどれだけ心配したと思っとるんだ!コロシアムの中はもうメチャクチャだぞ」
「あ、あぁ、うん、ごめん。心配かけちゃった」
ウィリアムは俺に近付くと背中を抱き締め、バンバンと叩いて喜びを噛みしめた。
え、え~と……。
こんなにも心配をされたことなんて今までの人生で一回もない。
困惑して助けを求めようとローレンスの方に顔を向けた。
だが、当のローレンスの野郎は変な気を使いやがって、ふいと顔をそらし荷物を仕分けしているエディックの元に歩いて行ってしまった。
違ぇぇぇぇぇぇ!そうじゃない。助けろ!変な気を使うな!お前はそういうキャラじゃないだろ!知らんけどっ!
なおもウィリアムは俺の小さい体を心配そうに抱きしめていた。
「良かった、本当に良かった……」
「あぁ、うん、もう大丈夫。たぶん……うん……大丈夫、無事生きてるから」
困惑しながらも俺なりに精一杯、ウィリアムの抱擁に応えた。
と、そこにローレンスが戻ってきて出発の準備が整ったことを告げてきた。
「おう、いつまでもそうしてるのはいいが準備は出来たぜ」
「う、うん、今行く」
そこでローレンスは言葉を区切りウィリアムに話をふった。
「ところでだ、ウィリアム……であってるよな?」
「う、うむ」
「なに、お前さんとは話したことはなかったが、お前さんの話は聞きおよんでいる。昔はここの武器防具整備の者だったそうだな。前の責任者の親父さんから仕事が丁寧だと聞いている。ま、それでなんだが、俺達は今日ここを出ていく。だからウィリアム、ここのコロシアムの責任者をやってくれないか。昔からここの本来のやり方を知ってる奴に任せられるなら、それが一番安心なんだがな………どうだ、引き受けてくれないか」
唐突にコロシアムのトップになってくれと頼まれたウィリアムは最初はポカーンとしていたが、次第に首をブンブンとふり慌て始めた。
「いや、待ってくれ、確かに出来ないことはないが………いや、だがしかし……今のコロシアムを元に戻すとなると……」
「今までけが人をずっと一人で面倒みてきたあんただ。反対するものはソラン一派以外いないさ」
「ああ、うん……そうか……わかった、引き受けよう」
渋々といったていでウィリアムは納得した。コロシアムのトップ?大出世やん。
ローレンスは馬にまたがりながらだが、ウィリアムにしっかりと感謝を告げた。
「そうか、感謝する。ならもうここにいる必要はなくなったな。とっとと厄介者は消えちまうとするか」
「ていうか、コロシアムの後片づけがめんどくさいだけだろ」
後方からは未だ獣たちの咆哮や男たちの怒声が響き渡っていた。
「ふっ、そんな細かいこと気にしてたら負けだ。この先やってけねえぞ」
「カスだな」
俺たちのやり取りを聞いてウィリアムがしゃがみ込んで目を覗き込んできた。
「お嬢ちゃんも彼らの旅についていくのかい?それは何でまた」
心配してくれているのは分かるが、こればかりはどうしようもない。てきとうに言葉を濁しながら安心させるように答えた。
「ん~?強くなる……ため?」
「それは………普通には生きてみる気はないのか?例えばここなら獣人でもあまり気にしない気のいい奴が大勢いるから平和には暮らせると思うのだが………」
「そうじゃないんだよな、俺が求めてるのは。ま、どうしてもぶっ殺したい奴がいるんだよ。今諸事情で数が増えてるけど。一人と一匹程」
「…………そうか」
俺の言葉に何も言わずにウィリアムは背中を叩いてくれた。
難しい顔をしている。否定することも肯定することも、この世界ではどちらが正しいのか理解らないんだろう。俺もわからん!
「うん、そうか……意思は堅いか。そうか、それならば仕方ない…………行ってくるがいい。元気での。もう会えるかは天運しだいだが、お互い達者でいよう」
そう微笑んで俺の肩を軽く叩いてくれた。友への祝福と別れを込めて。
「おう、行ってくる。多分元気にはしてるよ。そうじゃねえと復讐なんてやってられないからな」
「ハハハッ、そうだな。そうだとも。もう出発するんじゃろ。ならば、見送っていこう。ほれ、馬に乗っかれるかい」
ウィリアムは小さな俺の体を抱き抱えて馬の鞍の上に乗っけてくれた。
「悪いな、ウィリアム。急な別れにさせちまって。何があったかよく知らんが、このガキが殺されずに今まで上手く生きてこれたのはあんたのおかげだろう」
「いや、そうでもないさ。出会ってまだ一日しかたっておらんよ」
「うん?そうなのか。ま、いいか。これからのコロシアムは任せたぞ。勝手に反逆して勝手に立ち去っていって全部こっちの都合で悪かったな」
「いや、いいさ。この国の国民は皆、あんたに恩があるようなもんだ。それくらいのワガママ誰だって聞き入れとるよ」
「そう言ってもらえると助かる。よし、行くか。森を抜けるまでは一緒だ、行くぞっ!城之内!」
「誰ですかっ!城之内って!!」
ローレンスもエディックもそれぞれ馬を進ませ、いよいよ激動のコロシアムと別れを告げる時がきた。
後ろを振り返って手を振りながら別れを告げる。
「ありがとな、じいさん!なんだかんだ言って楽しかったよ。じゃ、いつかまた会えたらどこかで、バイバイ」
「あぁ、バイバイ…………その、最後にこんなこと言うのもなんだが……ご飯はお腹一杯ちゃんと食べるんだぞ。お腹も冷やして眠ったらいかんぞ」
「ははっ、最後まで心配ばっかり。うん、大丈夫。お互い元気で」
「ああ、お互い元気でな」
大声で別れの挨拶をするも徐々に声は聞きづらくなり、次第にお互いの姿は見えなくなっていった。
「…………泣いたっていいんだぞ」
「誰が泣くか。ガキじゃねえんだから」
さっきから自分の尻尾が元気なさそうにしょげてる気がするが、どういう原理か分からないから無視してやる。と言うか、何でお前は俺の意志関係なく動いたり、伸びたり、喜怒哀楽を勝手に表現するんだ。引っこ抜いちまうぞ。
ローレンスに体をもたれかからせると、この後のことを伝えてきた。
「森を抜けるまで半日はかかる。眠かったら体支えてやるから寝ててもいいぞ」
「やけに親切じゃん。ロリコンにでも目覚めた?」
「突き落とすぞ、クソガキ」
まどろみの中、体をローレンスに預けて静かに疲れた体を休めた。
馬の歩幅が少しゆっくりになった気がした。けれど、そのまま寝入ってしまった俺がそれを確かめることはできなかった。
パチッパチッと焚き火特有の音が静寂な夜に唯一聞こえる。満月が少し欠けた月明かりのもと、俺とローレンスは一つの鍋を囲っていた。
「おい、獣人ってのは動物の肉を食ってもいいのか?共食いだとかそんなこと言わないよな」
「知るか、そんなもん。例えそんな文化があったとしても俺は肉を食うね。今日、ちょうど腹一杯飯を食う約束をしちゃったところだしな。ほれ、早く、早く」
「チッ、急かすな。それよりなんでこのクソガキに肉の入った豪華なスープを食わせなきゃならんのか」
「肉が入ってるだけで豪華かー。今後の旅が早速期待と不安で一杯になってきた。特に不安が」
広大な森を抜けた後、約束通りエディックとは別れローレンスと俺は二人仲良く、広大な平原を馬で歩いていた。
「結局あんまり、この森から離れてないけど良かったのか?この先に街があるとは思えないけど」
「ああ、この先に街なんて一個もねえ。むしろ街を避けて移動している。ほれ、よそったぞ」
「ん?ありがと。でも、なんで?街に行けば目的地までの行商人がいるかもしれないじゃん。それに乗せてもらえれば、そっちの方がはるかに楽だろ」
「まぁな、だけどお互い悪目立ちしちまうだろ。片や獣人に、もう片方は行方不明だった元聖騎士団長なんだからな。ただでさえ最近、聖騎士の団長が新しくなったばかりなんだから出ていくわけにはいかねぇ。見つかった瞬間どんな誹りをうけるかわかったもんじゃねぇ」
「ようするに世間体が悪いってだけじゃねぇか」
「それの何が悪い。こちとら死神が死ぬまで、巣穴にずっと引きこもってたんだぞ」
「威張って言うことか。後、ついに引きこもってたと認めたな」
俺の言葉を無視してローレンスはスープをかきこんだ。
俺もすぐにおかわりのために器を空にしようと同じようにかきこんだ。そんな時に、ふいにローレンスが言葉を投げかけた。
「お前これからどうするんだ」
「?これからって普通に修行するんじゃないのかよ。どういう意味の質問だ、それ?」
「あ~、あれだ。修行がある程度すんだら、その後のことをどんな風に考えてるのかと思ってな」
「ん~……わからん。ある程度戦えるようになって自分の実力に納得がいくようになったらそのままカチコミかな?」
「カチコミ?どこに?」
「聖都」
「…………色々とぶっ飛んでるやつだな。一人で全部やるつもりか?」
「うん、その予定」
いったい何のための会話なのかローレンスはたわいない会話の中でそんなことを聞いてきた。
でも復讐なんて基本一人でやるもんだし、誰かを巻き込むつもりも誰かに手伝ってもらうつもりもない。それが分からないローレンスでもないだろうし、何の確認だ?
ゆっくりとした時間が流れて再びローレンスは口を開いた。
「……そうか、悪かったな、変なこと聞いて。俺も別にお前みたいなひょろいガキがそんな生き方やめろみたいな説教なんざしてやる気ねえし。まぁ最終意思決定みたいなものを聞いておきたかっただけだ」
「なんだそりゃ?進路相談?お父さんか」
「誰がだ。たくっ、ほれ。まだ鍋の中にスープはたくさん残ってる。コロシアムの中じゃどうせまともなものなんか食えなかっただろ。今のうちにたくさん食っとけ」
そう言って俺の器が受け取られて肉がたくさんよそわれた。次にローレンスはなにやら自分のバックの中からゴソゴソと一つの瓶を取り出すと、その中身をスープの中にふりかけた。
「なにそれ?何入れたの?」
「とっておきの調味料だ。騙されたとおもって食ってみろ」
「はあ?なんか怪しい」
そう言ってスプーンで一口よそって口に運んでみた。だが、よくわからん。
「う〜ん、なんかそんなに変わったか?あんまり違いがわからないけど」
「まだまだお前の味覚がガキのままだってことだな。とりあえずよそわれた分は早く全部食っちまいな」
「へいへい」
そう言われて自分の分の器を全て空にした。
ふと上を見上げると満天の星空がその目に映る。
「なんだ、星か?そうだな、今日はキレイだな。流れ星でも見えたか」
「いや、うん、おう………」
あれ?なんだか急に眠くなってきたな……
うつらうつらと体がゆりかごをだんだんと漕ぎ始めてきた。
「ちょっと……なんか、ねむく……なって…きた……」
「そうか、なら今は眠っちまいな。俺が起こしてやるからよ」
ローレンスのその言葉を最後に深い眠りへとついた。
満天の星空の祝福の下、邪神によって蘇った俺は血塗られた運命とは裏腹に、静かな安らいだ寝息をたてながら反逆のはじまりの日を終えた。
一人のちっぽけな少女の寝顔をみつめながらローレンスはぼそりと、
「じゃあな」
と漏らした。
焚き火の影に揺られながらローレンスがそう別れを告げて、闇の中へと消えていくのを見た気がした。よく分からないが、その後ろ姿は復讐鬼というにはあまりにも寂しげでとても不器用な優しさを感じる背中であった。
朝日として一日のはじまりを教え、昼頃には天高く昇った太陽が今は姿を消そうと夕日となり平原を照らす。いつもと何ら変わらぬ光景。
そんな中、一匹の猫が木陰からのそりと起き上がり、その体をグーっと伸ばす。そうしてキョロキョロと辺りを見回して己の状況を確かめ始めた。
「はれっ?」
辺りには人っ子一人いない。自分の姿もずっと着続けているボロ布一枚と、いつのまにかかけられていたタオル一枚というどうしようもない状況。
「えっ?」
ついそんな言葉がもれても仕方がない状態だった。
食料がない、馬もない、土地勘もない、街道も見あたらなければ人の気配もない。こうなった犯人を見つけようにも気付いたら夕方であり、丸一日寝ていたことになる。この状況で犯人を見つけられる可能性は絶望的でしかない。
プルプルと肩を揺らし、叫んだ。
「やりやがったなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
邪神ちゃんの日常
「………あの、お嬢……また《スキル》認証するの忘れとる………」
「………………これオートにできないかしら」




