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10.「シンプルにクズ。まぁ、気持ちはわからんでもないけど」

「終わった……のか?」


「おう、勝利も勝利、大勝利だ。ちゃんと見てたか?俺様の絶技」


 地に倒れ伏すソランを足蹴にしながら、こちらに「どうだ」と言う顔で見下ろしてくる。


 年のいったおっさんが、一人ではしゃいでいるのを見るとイラッとくるのはなぜだ?


 苦虫を噛み潰したような顔で言ってやった。


「何がすごいのか全然わからん」


 意地悪くそう返すとローレンスは分かりやすく、俺を馬鹿にしてきやがった。


「馬っ鹿、お前、カァーこれだから素人は!見る目がねぇなあ」


 あ?


「頭をぽんぽんすんじゃねえ!」


 デカくてごつい手を邪魔だとはたき落とす。


 ホントに段々とムカついてきたな、このおっさん。


 ………よし、一発蹴り飛ばすか。


 勢いよく足を上げて、蹴りの姿勢に入った時、ローレンスが急にいま行ってみせた技の内容を説明し始めた。


「いいか?今のはな、本気の本気、体中の全神経全細胞、持てる力全て、まあ、つまり死ぬ気の全力で剣をふったんだよ。ここまではいいか?これを理解できてるか?って、なにしてんだ面白れぇ恰好で」


「え!あ、うん。いや、問題ない。ていうか………それよりも説明がなんかアホっぽい」


「あー?いんだよ!お前みたいなアホガキにも分かりやすいように説明してやってんだから」


「はいはい、凄かった凄かった」


「テメエ、本当に弟子入りする気があんのか、おぉ?」


 ああ?なんだ、俺が理不尽にむくれてるって言いてえのか。全くのその通りだよ、バカヤロー。


 理由は単純。


 ローレンスの先程の技術が相当な技量であると理解できたから。


 それと同時に、今の自分では決してマネすることが出来ないということも強く痛感したから。


 〈絶剣〉を放ったローレンス本人は簡単そうに言ってるが、実際はとんでもないことを行っている。


 まず、第一に魔力を普通斬ることはできない。魔力が魔法の形であれ《スキル》として全くの別の形になっていようと、ただの鉄の塊である剣に切り裂くことは不可能である。確かに聖剣や魔剣といった代物、剣そのものに魔力を通すなど方法が無いわけではないが。


 だが、今回このクソジジィは普通の剣で魔力を通すなどのそういったことは一切せずに、ソランが放った《上級スキル》を真っ二つに切断して見せた。ついでに術者であるソラン本人もぶった斬るおまけ付きで。


 きっと見るものが見れば、神業と称する程の〈武術〉の真髄なのだろう。


 と言うか、ソラン相手に長期戦は不利と分かっていたから、早めに決着をつけようとしたんだろうが、普通こんなにキレイに決まるか?


 余程、人を煽る才能にたけてるんだろうな。絶対に俺はこんな人間にならないようにしよう。まったく、とんでもねえジジィだぜ。


「だからな、コツとしてはな、こう巧く体の回転をそのまま剣にのせてだな……」


「要するにゴリ押しの力業だろ」


「お?わかったのか?」


「やってる事だけは。力一杯全力で大剣ぶん回して《スキル》だろうがなんだろうが、関係なく全部ぶった斬った……いや、こじ開けたんだろ」


「へえ、なるほどな。お前、ちゃんと俺の剣筋が見えてたな」


「何となくしか見えなかったけど。バカみてえに横一直線に、全力で振り抜いたようにしか見えなかった」


 俺のその答えにローレンスがはさらにドヤ顔を浮かべ、指を振って補足説明をしてきた。


「チッチッチッ、甘いな、50点だ。横一直線なんかじゃない。びた一文ずらすことなく真横に振り抜いたんだ。分かるか?少しでも向こうに押し負けでもしたら、その瞬間こっちが負ける。何がなんでもこっちが押し勝つ。押し勝ってこその〈絶剣〉。それがこの技の正体だ」


 つまり以上の説明を要約してまとめると、


「要するに怪力ゴリラと」


 そう結論が出ました。


 やったね、〈武術〉の真髄は脳筋だったってことだよ。それでいいのか〈武術〉。


 俺の結論を聞きながらローレンスがワー、キャーと異議を申し立てる。


「バッ、だから違えよ!そんなホントに力業だけだったら今頃誰だってできてるわ!この技は回転が重要であってだな、基礎を突き詰めた究極奥義であって」


「はいはい、凄い凄い。で?筋肉ゴリラは俺にもその技を習得して見せろって?無理言うなよ。こちとらゴリラじゃなくて猫だぞ。まず、種族が違えじゃねぇか」


「お?自慢のゴリラパワーでテメーの脳汁、鼻から絞り出してやろうか?」


 デカい指が顔に迫ってきて、そのまま体ごとヒョイと持ち上げられた。


「あだだだだっ、出る!出る!ほんとに何か脳みそ的な何かが飛び出る!」


「おお、耳が上についてるお陰でアイアンクローしやすいな。このまま持ち運んでやるよ」


「ああああああああっ!!」


 俺の絶叫を聞きながら、ローレンスは未だ戦いの音が響き渡るコロシアムにソランを討ち取った成果を伝えに歩いた。


「おい!動物虐待で訴えるぞ!だから、痛い、痛い!死ぬ!出る!なんか飛び出ちゃう!」


「おう、そうか。墓立てるとしたら、セミの墓の横でいいか?どっかの空き地の」


 殺すぞ、クソジジィ!


 そんな時、俺の呪いが届いたのかローレンスが4歩目を踏み出した瞬間、地が爆ぜた。


「!?よっしゃ!………あ、違う。なんでっ!?」


 もうもうと煙が上がる中、ローレンスは力尽きたと言わんばかりにガクッと地に倒れ伏した。


「おい!何で今爆発するんだよ!え?俺のせい?違うよね。ていうか、死ぬの?このタイミングで!ねぇ、ちょっと、師匠キャラが死ぬにはまだ早すぎるだろうがよー!誰かー来てくれー!メディーック!」


「はいはい、そのネタ2回目、じゃなくてエディックです」


 コロシアムの入口からひょっこりとエディックが顔をのぞかせていた。


「はっ、生きてたのか。エディ公!」


「生きてましたよ。死んだと思われてたんですか。いや、それよりもまさか存在そのものを忘れてた何て事はないですよね?」


「そんなことよりジジィの容態を診てくれ!多分頭とかがもうすでにイカれてると思うんだ!手遅れでもいいから頭だけどうにかしてやってくれ。このままじゃうかばれねえよ」


「そんなこと……まぁ、いいです。とりあえず爆発の瞬間も見てましたが、そんな大したことない、足止め程度の威力だったので問題ないかと。水でもぶっかけましょうか?」


「そんなことせんでいいわ………たくっ」


「お、目が覚めましたか」


「チッ、しぶといな」


 目を開けたローレンスが体を擦りながらゆっくりと上体を起こした。


「クソッ、見えねえ罠の取りこぼしがあったか。運悪く踏んじまったのか。もう昔のようにはいかんな」


 ローレンスが顔についた泥を拭っていると声がした。


「衰えた状態でも俺には余裕で勝てるってことかよ」


 そうして突如、三人がいる後方から恨みがましい声でこっちを非難する声が聞こえだした。


 俺たちもそちらに顔を向けながら、ローレンスが声をかけた。


「お、そっちも丁度目覚めたか」


「はっ、最後に少しは痛い目見てくれたようじゃねぇか。それにホントに俺の《スキル》が見えてた訳じゃねえんだな。ザマー見やがれ」


 ソランは未だ地に倒れた状態で、顔だけ俺たちに向けてキッと睨み付けてくる。その目にはまだ戦意は失っておらず、次への再戦を考えている目であった。


「見てやがれ、すぐにお前らのことなんざ叩き潰してやるよ。そうしてまた、この俺様がコロシアムを支配してやる。覚悟しとくんだな」


 必死に睨みながら、決して敗者の遠吠えにならぬよう威勢を張り上げながら叫ぶ。


 だが、当のローレンスはキョトンとした顔をしながら、


「ああ、俺達はすぐにこのコロシアムから出ていくから、別に好きにしていいぞ」


 その話に俺もギョッとした。


「え?そうなの。じゃあ俺の修行はどこでやんの?」


「あーと、そうだな、お前の修行は目的地の道すがらテキトーに教えてやるよ」


 ここでようやくソランが吠えかかってきた。


「お、おい!ちょっと待て!どういうことだ。勝手に二人で話し込んでんじゃねぇ!うちのコロシアムを乗っ取るのが目的じゃねぇのかよ。何考えてやがる」


「はあ?コロシアム襲撃したのは何故かって?う~ん、まぁそうだな…………一言で言ったら、むかついたからか?だってオメーらうざかったんだもん」


 あっけらかんと言い放った。


 ソランの方は開いた口が塞がらないと言った感じなので、俺の方でツッコんでおいた。


「シンプルにクズ。まぁ、気持ちはわからんでもないけど」


 そうして俺とローレンスは二人してガハハと、真の敗者となったソランの前で高笑いをあげた。


 なにこれ、すげえスッキリする。


「ま、ようするにだ。これから世界に向かって反逆だの、解放だの、仕掛けようとしてるやつの前であんな圧政しいてりゃ、そりゃ潰されるわな。そういうこった、運がなかったと思って諦めてくれや。あ、一応、体制は変えさせてもらうぜ。元の運営………まぁ、何人生き残ってるかは知らねえけどよ。ただのケンカしたいだけのアホな連中がバカ騒ぎするだけの、あの頃みてえに戻させてもらうぜ。嫌とは言わせねぇから、いいよな?」


 ローレンスが有無を言わせない表情で倒れているソランに笑いかけた。


「クソッ、勝手にしやがれ。もう………どうとでもしやがれ……」


 そうしてソランはうなだれたまま一言も発することなく、そのまま地に伏し続けた。


 余談だが、その後ソランの姿をこのコロシアムで見たものは一人もいないらしい。




 ローレンスが空を見上げながら今後のことを話始めた。


「よし、反逆は無事成功ということで一件落着だな。もうめんどくせぇし、このまま早いとこ森を抜けちまうか。今出発しちまえば日が暮れる前に、このうっそうとした森もぬけられんだろ」


「あの〜、そのことなんですけど、逃走用に連れてきた馬は二頭しかいなくて、どうしましょうか?」


「ああ?こんなチビガキ一人くらい俺の前に乗っけりゃ…………」


 ここでふと、ローレンスが言い淀んだ。


「ん?どうされましたか、団長。やはりいきなりの無理しすぎで、どこか体を壊されましたか?」


「違う、体はまだ大丈夫だ。なめるなよ。それよりも耳かせ。伝えておきたいことができた。すぐに準備をしてくれ」


 そう言ってローレンスはコショコショと何事かをエディックに耳打ちし始めた。


「おい、あれはあるか?お前が考えたプラン1で使おうと思ってたやつ。今持ってたりしないか?」


「あれ?プラン1で使おうと思ってたやつですか?もうすでに準備はできてるのであると言えばありますけど……何に使うつもりですか?」


 その後も二人の怪しい会話は俺にだけ聞こえないように続けられた。


 ………いったい何の話してんだ?


 途中、エディックが驚いて声をおもわず上げたが、それきり二人は最終確認だけをして、すぐに俺のもとに帰ってきた。


「いったい何を内緒話してたんだ?俺には秘密のことか?師匠様よ」


 ジト目で非難するとローレンスが答えた。


「いんや、そのことだ。俺とお前だけは少し遠回りして目的地を目指そうと思ってな。俺にもお前にも色々と準備が必要だと思ってな。だからここでエディックとはお別れだ」


「遠回り?そんな悠長なことしてていいのかよ」


「少しだけだ。少しだけ。そんな何日もかからん。それに修行は道中みてやるって言ってんだ。修行期間が少し延びたと思って喜びやがれ」


「何で道中だけなんだよ。そんなすぐ極められるほど〈武術〉の世界ってのは簡単なのかよ」


「〈武〉をなめてんじゃねぇ、お前が一生かかっても極められるか。そうじゃなくて向こうに着いたら、俺が何かと忙しくてかまってやれんかもしれねえってことだ」


「向こう?そもそもどこに俺達は向かおうとしてんだよ?」


 俺の質問にローレンスはもったいぶって教えてくれなかった。


「おーん………ふっ、それはまだ秘密だ。ついてからのお楽しみってやつだな」


 口角を上げてニヤリとするローレンスにさらにジト目を向けた。



 だがその時、ボソッとローレンスが小さく何かを呟いた気がした。


「お前がたどり着けるかは知らんがな……」と。


 んー?まあ気のせいだろ。そんなことよりも………。


 これからの旅路に思いをはせる。


 とりあえずは邪神が言ってた通りにはできてるかな?


 遥か高い空を見上げながら、俺はグーッと伸びをした。


邪神ちゃんの日常

「見てて思ったんだけど、こいつちょっとサイコパスすぎない?」

「そら、死神なんて呼ばれとるけど、別にただの殺人鬼やし……」


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