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9.「〈絶剣〉」

 火花を散らしながら剣と剣が激しく交差する。


 ローレンスは器用にソランの攻撃を受け止めて見せる。ソランが歯を食いしばり力む中、余裕な態度で挑発する。


「どうした、若いの。遠慮せずにもっと力込めていいんだぞ」


「グッ……クッ……くそが、いかれジジィが!大人しく死にやがれ!」


「おお、怖い怖い。まったく威勢だけは良いんだから」


 終始おどけた態度でソランを愚弄するが、その動きにスキは一切ない。


「クソが……」


 それに引き換えソランの方は既に肩で息をし始めていた。


 二人の攻防は基本、打ち合い、その後つばぜり合いの押し問答となる場合が多い。


 だが、一見義手義足であるローレンスの方が圧倒的に不利に見えるが、結果は常にソランが押し負かされていた。


「チッ、腐っても元聖騎士長様って訳かよ」


「だれが腐ってるだ、誰が!腐っとらんわ。生涯現役に決まってんだろ、バカヤローが!」


「ハッ、嘘を付け。昨日まで、ずっと薄暗ぇジメジメした牢屋で鎖に繋がれてたのはどこのジジィだ、クソ野郎。そうだよ、テメェは元々こっち側の負け組だっただろうが!何をいったいはしゃいでいやがんだ、クソジジィ!ガキに当てられて、のぼせでもしたか!」


 ソランが吠える。初めてソランが心の内を叫んだように聞こえた。


 そして、言葉を真っ向からぶつけられたローレンスはというと、


「は?知るか。勝手に仲間意識持つんじゃねえよ。気色ワリィ」


「こ……の……!!」


 遂にソランが青筋を浮かべ、怒りのままにローレンスに斬りかかろうと剣を振り上げた。


 が、そこでローレンスは再び言葉を紡いだ。


「はぁ、まぁお前の言いたいことも分からんでもないがな」


 そうしてローレンスは構えをとき、大剣を地に突き立てて、とつとつと語り始めた。


「確かに、昨日までの俺は腐ってた。はっきり言って、この世界に絶望していたし、やりたいことも何もなく、テキトーに死ぬのを待っとった。お前さんみたいな。日々、自堕落な人生送ってた。わかるぜ、どうしようもねぇよな。『戦場の死神』なんてふざけた化け物はいるしよ。剣を振ることしか能のねぇ俺達にとっちゃ、とんでもなくはた迷惑な話だ。あんなのにどうやったって勝てっこねえしな。2回挑んで俺は腕と足を簡単に持ってかれちまったよ。ったく、何で生き残れたのか不思議なくらいだ」


 ソランの目を見ながら、なおも言葉を続ける。


「聖騎士としての役目も一切果たせないのに周りからはずっと期待され続けた。まったく、勘弁してほしかった、あん時は。その後、全部嫌になって逃げ出せば、時間がありあまりすぎて余計なこと考えちまってな。何であの化け物がずっと暴れ回ってるかその時、なんとなしに気づいちまったしな。ホントに、神にも世界にも絶望した。おまけにこないだ何て俺の後輩が『死神』倒したなんて聞かされて、余計やる気がなくなったな。あのままずっと、あの牢屋の中で腐って終わろうと思っとったわ」


 苦笑いを浮かべながら、うんうんとローレンスは頷いている。


 だが、要領の得ない独白にソランは頭をかきむしりながら質問をする。


「で?結局何が言いてえんだ、テメェはよぉ。さっきからごちゃごちゃと時間稼ぎか?ったく、今の話とこの状況がどう繋がるってんだよ」


「ん?あぁ、何、そうこうしてふて腐れてたらおもしれぇモン拾ってよ」


「面白い物?」


「おぉ、猫耳くっつけたちんまくて小汚ねぇガキだよ。知らねぇか?」


 そう言ってヘラヘラとこっちの方を指差してきた。


 とりあえず「コッチ見んな」と、中指をたてかえしといた。


 だが、ソランはそんなやり取りを一瞥して無視し、今の話に顔をしかめた。


「結局はテメェもそのガキにご執心ってことじゃねぇかよ。何がそんなにこのガキがいいんだ。あぁ?」


 ソランが剣を振り上げ、再び剣と剣の激しい応酬が始まった。


「何がっ!そんなにっ!このガキがいいんだ!」


「おっ?その様子だとお前も気づいてんだろ。このガキが俺達の大っ嫌いな奴と同じ目つきだって。ハハッ、ほんとムカつくぐらいそっくりだよな」


「だから、それがっ、何だってんだぁ!」


 ソランは幾度も剣をローレンスに叩き込むが、その一切を受け流されるか叩き返されていた。


「クソッ……クソッ……クソがっ!」


 呼吸を乱し、肩で息をするソランがローレンスから距離をとり、悔しそうに地面を蹴りつける。


「クソがっ……はぁ……はぁ……。もうこの後のことなんざ、どうでもいい。全部知ったこっちゃねぇ。今ここで全部終わらせてやる!」


 そう言うと先程、俺との戦いのときに見せたように、剣を低く横に構えた。まるで、剣を相手に見せないようにするような不思議な構えだ。


 だが、実際に攻撃する瞬間に見えないなにかが飛んできているのは確かなのだ。


 それが何なのかさっぱり分からない。


「これで全部終わりにしてやる」


 ソランはそう宣言した。


 それを聞いたローレンスは鼻で笑い飛ばす。


「ハッ、やってみろ」


「なぁ、大丈夫なのかよ」


 先程、正体不明の技を食らった側としては、まだ種明かしすらできておらず、ローレンスのその余裕そうな態度に不安を覚えた。


「死にな」


 そうこうしている内にソランは前方の空間を俺の時と同じように剣で薙ぎ、攻撃を放った。


「ったく、まぁ見とけって。こんなもん避けるのなんざ余裕だからよ」


 そう言うとローレンスは体を大きく左へと斜めに傾けさせた。


 そして次の瞬間、ローレンスの少し後方にある大木にカンッと音が鳴り、斬り倒れた。


 その切断面は明らかにキレイであり、


「ほらな、余裕だろ」


 ローレンスがソランの攻撃を完璧に避けたことを示唆していた。


「な……嘘だろ……」


 ソランにとっては、今のは初見殺しの隠し玉だったのだろう。当たり前のように避けられたことに驚きを隠せずにいた。


「どう言うことだ!何で避けれた。まさか、見えたってのか、俺の斬撃を!」


「あ~?んな訳ねぇだろ。ただテメェの下らねえ小細工は全部お見通しってことだよ」


 そう言ってニンマリとソランを見下ろす。


「イヤ、俺もわかんなかったんだけど……」


 頭に?マークを浮かべながら質問をした。だって何が起きたかよくわからねえんだもん。だからそんな顔でこっち見んな。


 ローレンスは悲しそうに肩を落として俺を見ていた。


「なんで、お前まで理解ってねぇんだ。こんな簡単なこと。お前だって知ってるだろ、《ストライクレイト》。あれをただたんに見えなくしただけじゃねぇか」


「―――!?チッ!」


 見事言い当てられたからなのかソランが苦い顔をして舌打ちした。


「見切ったつもりか何か知らねえがこれならどうだ!」


 四回、五回とソランは不可視の斬撃を放つ。それを、


「ホイ、ホイッと」


 簡単にローレンスは避け続けた。


 右足が義足であり、大きく避けることが出来ないローレンスは、最小限の動きだけで避けきったのだった。


 まだまだ底の見えないローレンスの実力にソランは今日初めて慄いた。


 自分と目の前に立っている元聖騎士団団長との実力差に。かつて『鉄血』と呼ばれ、数多の戦場で民を守り、国を守り、勝利を勝ち取ってきた男を。


 人類最高峰の強さを誇る聖騎士の中で最強と称され、トップを務め上げていた男の強さを、ソランは今初めて知るのだった。 


「……クソがクソがクソがあああぁぁぁぁぁぁ!!」


 絶叫とともに再びソランがスキルを放つ。


「何でだ!俺の《インビジブルハイド》が破られたことは一回もねぇ。見えるわけがねぇんだ。それなのに何で避けることが出来る!何で知覚することが出来る!いったいどういうことなんだ、おい!」


「あぁ?別にテメェの斬撃が見えてるわけではねぇよ。見えてんのは斬撃放ってるお前自身だよ」


「ハァ?」


 やれやれといった動きでローレンスは種明かしをした。


「お前の動き、目線、呼吸のタイミングやリズム、後は軸足の向きだとかまぁそんな所だな。そういう敵の情報から相手が次にどんな手を打ってくるのか分かんだよ」


 俺もソランもよく理解できないと首をかしげたが、ソランの方は一応の納得をしてみせた。


「つまりはそれのおかげで俺の斬撃のタイミングも軌道も分かったってか。ハッ、なるほどな。それがテメェの《固有スキル》ってことか」


「ん?ちげーぞ。何を勘違いしてるんだ、お前は」


「なっ、そんなわけあるか。《スキル》じゃなきゃなんだってんだ!ありえねーだろ」


「ん~、そうだな。そこのチビガキ風に言うなら、これが武術の真髄を極めた、達人の見切りってとこだな。おい、お前も早くこんぐらいできるようになりやがれ」


「意味不明すぎてできるきしないわ」


 事もなしげにケラケラと笑ってみせるが、ソランにはいまだ信じられないのか、肩をふるわせて怒鳴り散らす。


「そんなことが信じられるか!スキルでもねぇ、何でもねぇ、そんなことがありえるか!こっちをからかうのもいい加減にしやがれ。クソジジィがっ!わけわかんねぇことほざきながら、とっととくたばりやがれ!」


「う〜ん、ホントの事なんだがな。例えばほれ、ここに罠仕掛けてるだろ」


 そう言うとローレンスは自分の右前方に勢いよく剣を、何もない地面に突き立てた。


「なっ……!」


「ほれ、後こっちもか?」


 そして今度は二歩歩いた先の地面にも剣を突き立てる。


「ま、こんなものか」


「……嘘だ……嘘だ、分かるわけがねぇ。こんなの何かの間違いだ……」


 ソランは今のローレンスの不可解な行動に対して顔を青ざめさせた。


「あ……ごめん。今なにしたの?」


 もはや、蚊帳の外となっていた俺が恐る恐る手を挙げて質問をする。


「あ?おお、あいつの罠をぶっ壊した。おおかた《アトミックマイン》とかの地雷系爆発魔法だろうだな。他にも後、二、三箇所しかけてるだろうがそっちの方は特に問題はねえな」


「マジで?いつの間にそんなの仕掛けてたんだよ」


「そんなもん俺とアイツが楽しくお喋りしてた時だろ。悲しいねぇ、こっちの話聞かずにせっせと罠しかけてたんだから」


「……最初っから全部お見通しってことかよ。くだらねぇ」


「おん?」


 ぼそりとソランが呟いた。


「結局テメェもそっち側の人間だったってことじゃねぇか。何も不自由せずに全てを手に入れる。力ある奴はいいよなぁ。俺みたいなのと違って全部上手くいくんだからよう。羨ましいぜ、クソが。こっちはコロシアム乗っ取るのでさえ苦労して、運営するのだって苦労して。いつも国の騎士団に見つかるんじゃないか、剣闘士たちが今日にでも俺と同じように反乱を起こすんじゃないかってビクビクしながらくらしてよう。これで大丈夫か、これで間違ってないかってずっとかんがえてよう。お前らには分かんないだろうな」


 悲しそうな表情で疲れ切った顔で俺たちを見つめる。同意も否定も求めていないその苦悩に、ローレンスは応える。


「妙に俺たちの反乱への手際が良かったのはお前さんが事前にずっと準備してきたからか。大したもんだったぞ。おかげで予定が大幅に狂いやがった。けどな、甘えるんじゃねぇぞ」


 キッとソランを睨んだ。


 この戦いが始まって初めてローレンスが真面目な顔になった。いや、戦士の面構えになったと言う方が正しいかもしれない。


「テメェだけじゃねぇんだ。皆、この狂った世界で一生懸命生きてんだよ。そりゃ、昨日までの俺みたいに確かに諦めた奴だっているがな。それでもな、皆何かに悩みながら生きてんだよ。お前だけじゃねぇんだ。だから、お前のそれは甘えだ、目ぇ覚ましな。お目覚めの時間だぜ」


「うるせぇ、テメーの説教なんざ聞きたくねぇんだよ。いい加減俺の前から消え去りやがれ!目障りなんだよ、何もかもが!」


 ソランは雄叫びと共にローレンスへと突っ込んでいった。己の剣に全魔力を集めながら。


「終わらせてやる!消えろ!《ストライクブレイブバスター》ぁぁぁぁぁぁ!」


 だが、ソランが振り上げる剣は柄の部分しかなかった。


 否、ソランの固有スキルである《インビジブルハイド》をもうすでに発動させており、己の剣のタイミングや有効射程距離を少しでも分からないようにしたいソランの思惑だった。


 しかし、ソラン自身ももうこの策が通じないと感じていた。


 現にローレンスは己の馬鹿デカい大剣を真っ直ぐ真横に構えていた。


 そして、


「おい、チンチクリン。武術をどんなのか知りたいって言ってたな。いまから見せるのが技として名がついている本物だ。小手先の技術じゃねぇ、本物ってモノを見せてやるよ」


 自分に真っ直ぐ向かってくるソランを見据えながら戦いを見守っているバカ弟子オレに対してそう宣言した。


 その姿は余裕さなどを匂わせる、ふざけた態度ではない。


 真剣で洗練された美しい構えであった。


 実力に裏打ちされた自信が伝わってくる。どっしり構えたその姿に信頼感を感じる。


 本気なのだと、俺にも理解することが出来た。


 ただそれでも、自分は見ていることしか出来ないこの状況に歯噛みし、拳を強く握りしめた。


 だが、悔しい気持ちを押さえつける。そして二人のぶつかり合う瞬間を必死に目に焼き付けようとする。


 これが最後の打ち合いになる。誰もがそう確信していた。


 だからこそ今は見て学ぶことしか出来ない自分の弱さを理解して、この瞬間を目に焼き付けようと様々な感情をグッと押さえつけて見守った。


 ―――そしてその瞬間がやってくる。


「おおおおおお、死にやがれええええええ!」


 絶叫と共に振り下ろされる破壊の暴威。


 一切の知覚を許さない不可視の衝撃に、ローレンスはジッと自分にソランが近づいてくるのを待っている。


 そして衝撃と二人が交差する瞬間、


「――――――〈絶剣〉」


 横一閃。


 不可視の暴威もソランも全てを真横にぶった切った。


 パキンと金属の破壊音のみが静寂の中響く。目で見ることはできないが、ソランが持っていた剣が折れたのだろう。


「あ……が……」


 そうして次にソランが膝をついて地面に倒れ伏す。


 終わり方はあっけないほど静かで一瞬であった。


 終始ローレンスが優勢なことに変わりなかったが、ここまでの実力差があるものなのかと驚きが残された。


 だが、こうしてローレンス達の反逆は勝利と言う形で幕が閉じた。


 そのことに安堵したのかフーッと、長いため息を上に向かってローレンスは吐き出した。


「ひとまずは……勝利ってことだな」


 大剣を肩に背負い直し、ローレンスは朝日の方に目を向けた。


 もう既に朝焼けは森を照らし、新しい一日を知らせているのだった。


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