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7.「大戦争じゃねぇか!!」

「おう、起きたか」

 

 固い床にそのまま転がされたのか背中がもうすでに痛い。


「知らない天井だ……」


「大健闘だったそうじゃねぇか。おぉ?誉めてやるよ」


 声のする方を向けば、楽しそうにこちらを見下ろしている『鉄血』ローレンス・バーリウッド。


 ただし、初めて会った時のように鎖には繋がれておらず自由の身。それどころか清潔な服も上下着ており、義手も義足もしっかりとつけていた。


「なに、次はおっさんが戦う番?」


 そう聞くと、ローレンスは何言ってんだと怪訝な顔を浮かべた。


「はあ?ちげーよ。そういうのじゃなくてだな、あぁ、説明すんのもめんどくせえ。とりあえず戦争をおっぱじめたからよ、お前も来い」


「はあ?」


 今度は俺が何言ってんだとトンチンカンな顔を浮かべてしまった。


「いいから、早く来い。おいてっちまうぞ」


「いや、だから、ちょ、待って。どういうこと?状況説明が欲しい」


「そういうのはこいつに聞け」


 そう言いながら、ローレンスは親指で後ろを指し示すと、部屋の外からひょっこりとメガネをかけた地味な青年が笑顔で出てきた。


「どうも、元気そうで良かったです。試合後、急にぶっ倒れたので死んだかと思いましたよ」


「なに、誰?」


「僕は団長の一の家来。エディックです。気軽にエディと呼んでください」


「家来じゃねえだろ。俺のパシリだ」


「パシリじゃありませんよっ!ホントに……僕がどれだけ苦労して団長を見つけたと……」


「うっせえな、グチグチと。そんなだからパシリに左遷させられるんだよ」


「え?これって本当にそう言うあれなんですか!」


「おい、パシリ。いいから早く説明してくれ」


「パシリじゃありません、エディックです!」


 俺までパシリ呼びしたらエディックが涙目になった。


 おもしれーな、コイツ。


 それにしても俺が気絶中に一体何が起きてんだ?わけが分からん。


 そんな中、エディックがコホンと一つ咳払いをすると今何をやっているか説明し始めた。


「えぇー、そうですね、簡単に言えば今は反逆中です」


「反逆?」


「はい、ソラン率いるコロシアムの運営連中に、我々剣闘士達が反乱を起こしている最中です。もうちょっと上に行けば戦闘音も聞こえてくるでしょう」


 グッと嬉しそうに親指をたてながら話してくれる。


 なんで胸を張って喜んでるんだ、コイツは。


 冷静に考えても何がどうやったらそんな面白い状況に半日でなるんだよ?


 嘆息しながら質問をしていった。


「またそりゃ面白い状況で。何でこのタイミングで起こしたんだよ?」


 何も自分がくたばりかけたその日じゃなくともいいのに。


 実際昨日、反乱を起こしてくれていれば、俺もウィリアムのじいさんもあんな死合いをせずにすんだと言うのに。


 だが、エディックは目をキラキラと輝かせ興奮しながら熱弁し始めた。


「そう、そこなんです。実は前々から団長が抜け出すために色々と工作をしていたんですけど、当の本人である団長がずっと渋っていたんです。自分はもう年老いただとか、もう疲れただとか言っては、ずーっとあの牢屋に居座っていたんです。もうそのまま住むんじゃないかと思うぐらいには。それが今日、急にヤル気を出されて!それも獣人さんが『獣』に試合で勝ったと聞いてから!いったいどういう心境の変化か分かりませんが、本当にありがとうございます!」


「お、おぉ、そう。それはどうも」


 すごい勢いで迫ってきた。


 本人にとっては嬉しいことなんだろうけど、こっちとしてはそんなテンションについていけない。


 それとも、そんなに引きこもりが外に出たら嬉しいもんなのか?


 ちらりと、今話題の引きこもり団長の方を見てみた。


「こっち見んな」


 ギロリと睨み返された。いやん、怖い。


「いいか、そんな下らねぇことよりも、今から戦いに行くことの方に集中しろ。ほら、お前の分の剣だ。いいか?先に言っとくがこっちはテメェの身を守る気なんざさらさらねぇ。死にたくなかったら自分の身は自分でキッチリ守りやがれ」


「大丈夫です。こんなこと言ってますが団長、優しいですから。絶対守ってくれますよ。それに僕も少しは医療技術を持ってますから、何かあったらすぐに行ってくださいね」


「おう、エディック。まずは自分の頭、治療しとけ」


 二人の茶番を無視しながら剣の握り心地を確かめる。そして、


「任せろって!こちとら武術って奴をもうすでに理解したからな。あれだろ、『押してダメなら引いてみろ。引いてもダメなら押し倒せ』ってヤツだろ」


「はっ?なんだそれ?」


「え?」


「あ?」


「………」


「…………何言ってんだ、このガキは」


 気まずい空気が辺りを支配した。


 あまりにもいたたまれなく何故か涙目になってきたよ。


「……違うの?」


「全然違う。何だよ、押し倒せって。最近のガキはとんでもねぇな」


「………もういい、俺も引きこもってくる」


「ちょ、ちょ、何言ってるんですか、こんな時に。もう戦いの舞台はすぐそこですよ。嫌ですからね、これ以上、引きこもりの相手をするのは!」


「おい、さっきから俺を引きこもりのどうしようもない奴みたいに話してんじゃねえ」


 遂にローレンスがエディックに掴みかかりケンカし始めた。


 エディックの本音が老い先短い老人の心に刺さったのだろう。


 アホな二人をおいて俺は意気消沈のまま、地上へと続く階段を昇ていった。そうして程なくして見えてきた扉を押し開いたのだった。



 暴れる『獣』達。それを迎え撃つ筋骨隆々の戦士達。そして折り重なる、たくさんの動物達の死骸。


 そこかしこで上がる悲鳴と怒声。


「大戦争じゃねぇか!!」


「お?何だ。結構派手にやってんじゃねーか」


 エディックを小脇に抱えてローレンスも上がってきた。


「いやいや、もっとスムーズにできなかったの?すごく計画性が感じられない戦いが繰り広げられてる気がするんだけど!」


「当たり前だ。こっちも寄せ集めのバカばかりだからな。集団行動なんて一番苦手だろうさ。なら、勝手に暴れまわってもらって陽動として使う方が賢いやり方だ」


「その隙にソラン達主要メンバーを我々で叩く作戦です」


「ざるだな。いや、え?我々?」


「はい!三人しかいませんが頑張りましょう!」


 こいつはいったい何をそんな笑顔で言っているんだ。


 何とも言えない顔で二人を見上げる。


「安心しろ。お前の出る幕はねーよ」


「メディーック!ここの単純計算もできないボケ老人の頭をなんとかしてくれ」


「メディックじゃありません。エディックです」


「おい、ジジィ。こっちは三人。向こうは何人だ」


「おい、エリック。何人だ?」


「エリックじゃありません。エディックです。僕の事前の調べではソラン含め十八名です。きっとこの数字で変わりないでしょう」


「で、もう一回聞くけど十八人に対してこっちは三人で何ができると?」


「問題ねぇ。あいつら皆、雑魚だから」


「何を根拠に」


「根拠はない。が、基本世界中の奴と俺とを比べたらたいていが雑魚だから今回も大丈夫だ」


 やばい、何を言っているのか意味わからない。


「大丈夫ですよ。団長は右腕・左足、義体ですけどちゃんと戦えますから」


「そう言うこった。おら、ちんたらしてねぇでとっとと敵の本丸行くぞ」


「はい!」


「………不安しかねぇよ」


 そうして俺たちは最上階に向けて走り出した。


「いいか、まずコロシアムの城壁の回廊を目指す。そこからじゃないと奴らのいる最上塔には入れないからな。入口はそこしかねぇ。まぁつまり出口もそこしかねぇってことだ。あいつらが逃げ支度しちまう前に何とかしてたどり着くぞ」


 走り出しながら説明をされる。もう既に作戦はしっかりと出来ているようだ。


 そんな俺たち三人の前に、のそりと遠くから目が血走った大型の虎が姿を表した。


「あ!団長!右奥から新手の獣がっ!」


「ちっ、問題ねえよ。こういう時のためにお前が色々そろえてくれてたんだろうが」


 そう言って、エディックが抱え込んでいたリュックにローレンスが勝手に腕を突っ込むと何かしらの小瓶を引っ張り出した。


「おら、麻痺毒の煙だ。これで大人しくなるるるるるるるるっ」


「テメェも喰らってんじゃねぇかかかかかかかかか」


「あの……お二人とも……ふざけてる場合はないんですけど………」


 エディックの腕は確かだった。……はい、反省しています。


 虎にとどめを刺しながら、急いで上階へと続く階段を駆けあがっていく。


 ありがたいことに『獣』たちは一階部分にしかおらず、上っている最中は何の障害もなく上がって行けた。


 そうしてしばらくするとコロシアムの屋上部分、つまりコロシアムをグルっと囲んでいる外壁の一番上にたどり着いた。


 風が強く吹きすさぶ。もうすでに満月が西側にだいぶ傾より始め、空が白んできていた。


「おし、後はあそこの最上塔まで行って一暴れするだけだ。早くしねぇーと朝になっちまう。行くぞ!」


「はい」


「へい」


 ローレンスの掛け声と共にまた駆け出した。ただし、俺のペースに合わせて。


 悔しいことに義足であるローレンスよりもボロボロである俺の方が足は遅かった。階段を駆け上がっている時も何も言わずに、俺に無理のないスピードに調整されていた。


 そのことがひどく悩ませる。


 ……こんな時でも足を引っ張るのかよ。


 そんな憤りを感じながらひた走る。


 だが、どことなく違和感を感じていた。急いでいるとはいえ、今の自分のペースに合わせて走ってきたのだ。ここまでソランたちが静かなままだろうか。


 下では獣たちと剣闘士たちの大戦争である。騒ぎの声はここまでしっかりと聞こえてくる。それだというのに、ここは余りにも静かすぎる。


 そうして回廊の半分を走りきった所ぐらいだっただろうか。


 不意に砲撃音が聞こえた。


 そして、次の瞬間、自分の立っている真後ろから炸裂音が鳴り響いた。


 ――――――っ!!


 立っていた地面が崩壊していく。


 すぐさま、俺の後ろを走っていたエディックの悲鳴が聞こえた。


 ローレンスが叫ぶ。


「ピーーーターーー!!」


「エディッックですーーー!!」


 涙交じりの声が下へと落ちていった。


「まぁ、アイツは大丈夫そうだな」


「こんな時までふざけてやるなよ。いや、それよりも俺たちの居場所ばれてんじゃねぇか、どうすんだよ」


 突然の砲撃に驚くも、ローレンスは慌てた様子なく周りを見回した。


「まったく、あいつら迫撃砲なんぞ持ち出して来やがって。それよか思ったよりも行動が早えな。これ、あれだな。こっちの動きは多分全部ばれてるな」


「どうすんだ、それ。いきなりピンチじゃねえか」


「うるせぇ、ちっと静かにしてろ!」


 こうして話している間にも迫撃砲からの攻撃は次々に行われていく。


「ええい、あいつらもポンポンポンポン面白おかしく打ちやがって。静かにしやがれってんだ。おい、ガキ!今から本物の武術の技ってもんを見せてやる。ようく見とけよ!」


 そう言うと、ローレンスは己が背負っていた大剣を、豪快に振り回し構えた。


 平均的なロングソード程の長さ。しかしこの剣はそのどれよりも刃幅が広い。


 剣というよりは鈍器。


 明らかに人を切るために設計はされていなさそうだった。


「本当にそれ使うんだ」


 明らかに義手、義足の人間が扱うようなものじゃない。


 だがそれでもローレンスと言う男はニカッと笑って答えた。


「たりめぇだ!特注で作らせた俺の新しい刀。戦車も一撃で粉砕して見せるぜ」


 実際、戦車ぐらいなら楽々と叩き潰せる重量をしてるんだろう。


 俺が聞きたかったことは本当にそんな物を義手義足であるローレンスが振り回せるかどうかが聞きたかったのだが。


 その疑問に答えるようにローレンスは軽々と己の肩に乗っけて見せる。


「いいか、まずはあいつらの時代遅れの迫撃砲を打ち返すぞ」


「はっ?」


「そら来た!」


 ローレンスの掛け声とともに本当に砲弾が自分たちの元へ放物線を描いて降ってきた。


「―――ふんっ!!」


 気合と共にローレンスは砲弾を剣の腹で受け止める。


「!?」


 そうして流れるように砲弾を剣の上で上手に転がし、最後には敵に向かって打ち返していた。


 はあ?


 反対側の回廊から爆発音が聞こえる。


「ハハッ、どうだスゲーだろ」


 ローレンスはやり切った顔で大剣を床に突き立て、こちらにどや顔を向ける。


 いや、なにいまの?


 俺は開いた口が塞がらないといった感じで呆然としていた。


 そして、やっとのことで口を開く。


「え?キモッ………」


「はあ?」


 ローレンスの引きつった顔が近づいてくる。


「今の芸当を見て、キモイだあ?その耳引きちぎってやろうか、ああ?」


 だってやってることが変態すぎる。


 弾を衝撃で爆発させないようにしながら、軌道を変えるとか聞いたことがない。それもあんなバカみたいに重そうな大剣で。


 まだ今のが《スキル》による芸当だと言われた方がまだ納得できる。


 ローレンスは見せる前、本物の武術を見せてやると言った。つまりは今のぶっ飛んだ動きがそう言いうことなのだろう。


 ここで邪神が言っていた言葉を思い出し、妙に納得した。


「なるほど。これが弱者の戦い方ってやつか」


「お?なんだ?そんなにケンカ売りてぇのか、おっ?いいぜ、今すぐ買ってやるよ」


「そんなことよりも早く移動しようぜ」


「あ?そんなこと?そんなことって言っちゃうか、クソガキ?」


 ローレンスがキレかかる。


 しかし状況は悠長には待ってくれなかった。すぐにまた迫撃砲の攻撃が二人目掛けて再開し始めた。


「チッ、いったんここは引くか。そこの穴から下に降りるぞ」


「おう」


 エディックが落ちていった穴に飛び込み、一番下までは行かずに、一つ下の階で着地した。


 しかし、突如廊下の向こう側から武装した人間がこちらの動きを察知してか、数人押し寄せて来た。


「クソッ、読まれてたか。おい、クソガキ。戦えそうか?」


「あ~と……多分無理。鎧着てる相手には勝てなそう」


「そうか、だったら足手まといだ。そこの窓突き破って退路の確保。そのまま樹に飛び移れそうだったら飛びついて下に降りてろ」


「オッケイ」


 そうして窓を突き破ろうと、窓にむかって勢いよくタックルした。


 ビタンッと。


「ニ゛ャ゛ァ゛ッ!」


 そのままズルズルと下に崩れ落ちた。


「………ゥ」


「いや、何してんだ!こんな時にふざけてんじゃねえ!」


「窓めっちゃカタい………」


「ああー、もうー」


 そうしてローレンスが複数のソランの部下を相手取りながら窓を蹴破ってくれた。


 「流石は『鉄血』のローレンス師匠。感謝の極み」


「うっせぇ!いいから早よ、行け」


「は~い」


 目の前に手頃な樹を見つけ、そのまま下までスルスルと滑り降りていった。


 そうして、下で俺を待ち受けていたのは、


「!耳付き……」


 ソランであった。


 どうやら逃走準備中のようで部下一人を従わせて馬の用意をしていた。


「…………あれ?……もしかしなくてもこれって………ピンチ?」


 ソランの鋭い眼光が目の前の少女へと走った。



邪神ちゃんの日常

「ちょっ!お嬢!毒っ!あの娘、麻痺毒くらっとる」

「え?ああ。これいちいち手動で操作するのめんどくさいわね」

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