19 炎の匂いと爆弾使い
【迷宮神話】との対決から五日後。
その間にも着々とレベルを上げ、更なる強敵に対抗できるような実力をつけていった。
「ハアッ!」
オークの腹を黒剣で切り裂く。
一回の攻撃力では倒れないので、連続で剣を入れる。
とくに反撃を喰らうこともなく、オークは魔石を残して消失してしまう。
「さすがです、竜司さん。屈強なオークをあんなやすやすと」
「いやいや。八ツ橋がいるからこそ、思い切った動きが取れるんだ。自分だけの実力じゃあないさ」
じっさい、俺は何度かモンスターに腹を裂かれちまった。
その度に八ツ橋の治療を受け、立ち直れている。
回復術師がいるに越したことはない。戦いやすさが段違いだ。
とはいうものの、こんなハイペースで進んで平気なのかと不安な節もある。
「そういえば、この辺りって何か匂いませんか?」
「匂う?」
「鼻につくような、焦げ臭いがするんです」
あたりの匂いを、意識して嗅いでみる。
モンスターの獣臭さと血生臭さに混じって、かすかに焦げた匂いがしている。
「本当だ」
「わかりましたか? この階層に来てからというものの、ずっと気になってたんですよ。共感をもらえて何よりです」
「それなら早くいってくれればよかったのに」
「いったところで解決しないじゃないですか。いまは……匂いに耐えきれなくなっただけです」
モンスターの仕業だろうか。
この階層に火を吐くモンスターがいたっておかしくない。
「どこから匂ってきてるんだろうか」
「かなり近いと思います。ふだんよりツンと鼻にくるので。探ってみますか」
「わかった、いってみよう」
モンスターの奇襲に備えて、【神竜融合】を発動しておいた。
炎を使う相手なんて、厄介なものだからな。
原因を探るべく、八ツ橋主導でダンジョン内をうろつく。
「かなり近いですね……」
短い間隔で、爆発音が何度も聞こえる。
爆風がこちらまで来ているらしく、髪がふわりと揺れる。
「それなのに、まるでどこにいるかわからないなんて。どうなっているんだ」
姿が見えない敵ほど怖いものはない。いつ殺されるかわからないからだ。
「引き下がるか?」
「撤退はしません。本当に敵だとしたら、ここですぐに殺されていると思うので。そして何より、人間の気配が近いんです」
八ツ橋は回復術師。
人に生命力を流し込むのだ。生命力の流れが感じ取れたっておかしくない。
「……わかった、先に進もう」
匂いの原因に、さらに近づく。
暑い……。
ただでさえ熱気がすごいというのに、竜の鱗を纏っているんだ。
不快な感覚だ。意識が朦朧とする。
枝分かれした道をいくつか越えると、俺たちは開けた場所に出た。
天井がこれまでよりも高い。
「やけに静かですね……」
モンスターや冒険者はいないらしい。
とはいえ、俺は警戒を緩めたわけじゃあなかった。
古海淳二のことが脳裏によぎったからだ。
彼は、ダンジョンの開けた場所で、俺の目の前で死んだ。
死ぬかもしれない、というわけではない。
ここには、強力な「何か」が潜んでいるような気がしてならない、ということだ。
目に見えないだけで、近くに必ずいる。
俺の直観が、そう叫んでいる。
そもそも、八つ橋の見立てでは、ここに何かしらの生物がいるはずなのだ。
「匂いも、音も、気配も。じょじょに薄れているように思います」
「このあたりにいるはずなんだがな……もう少しこのあたりを散策してよう。俺が先にいく。気配が近づけていたら合図を頼む」
「もちろん。ふたりでひとつのチームですから」
暑さは収まりつつある。
相手の行動は、中断されたと考えていいはずだ。
敵の気が緩んでいる隙に、勝負を決めてやる。
「化け物でもなんでも出てくればいい。この黒剣で、切り刻むだけだ……」
鞘から黒剣を引き抜いた。
八ツ橋の方まで、三百六十度、意識を飛ばしておく。
死角を作ったら負けだからな。
「……人の言葉を話せる魔物が存在するとは、初耳だよ」
八ツ橋ではない、別の声。中性的な声だった。
どこから聞こえた?
ぐるりと周囲を見渡すも、やはり答えは変わらない。
「それにふつうの探索師もいる。魔物と人間が交流するなんて、これもまた初耳だ。知らないことばかりだよ」
モンスターではない。この声は、人間のものだ。
「それではさっそく、腕試しといこうか……!!」
剣を構え直し、攻撃に備える。
姿を見せるのはいつかと、唾を飲んで待つ。
待っていたはずだった。
小さな爆発が、連続して起こっていた。
俺と八ツ橋を、大きく囲む円状に。
爆発は続く。同心円状に、じわじわと爆発が迫り来る。
……まずい。
一刻も早くここから抜け出す必要がある。
爆発した場所は火の海だ。そこを突っ切るにも、距離が長すぎて、八ツ橋に身の危険が迫る。
背に腹は変えられない。
人竜融合を解除し、八ツ橋を乗せて爆炎の上部を通過する。
爆心地から離れると、ようやく声の主は姿を見せた。
天井の方から、ふわりと降りてきた。てっきり地面の上だと思っていた。思い込みは危険なものだ。
あいつの格好は、ゴスロリと表現するのがしっくりとくる。
赤を基調とした、ワンピースのような感じだった。
「魔物でありながら利口なんだね。飼い主のお姉さん、手懐けるのが上手かったのかな?」
どうも、あのゴスロリは俺をモンスターか何かと勘違いしているらしい。
……厄介だな。
「て、手懐けるって……? 彼はただの仲間です。魔物なんかじゃありません。手懐けた覚えもありません」
八橋が反論する。それに続き、俺も
「おい、あんた。俺は人間だ。きちんと竜司という名があって……」
「へぇ。ドラゴン、つまり竜だからリュージ。なかなか安直なんだ。黒い犬にクロとつけるのとさほど変らないみたいだね。ますます人間を装う魔物にしか見えなくなってきたよ」
ダメだ、逆効果だったらしい。
「そうだね、やっぱりボクは君と戦うことになりそうだ。ノーとは、いわせないよ?」
口でわからないというなら、戦ってわかりあうしかなさそうだ。
「その勝負、受けて立つ」
「いい返事だ。こんなに威勢がいいのは初めてだよ」
そういうと、あいつは腕を広げた。
両手には、いくつもの爆弾が握られていた。
「名乗っていなかったね。ボクは有栖。さあ、戦おう!」




