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第三話

 アイリーンは孤児院で暮らしはじめた。

 そして働かざるもの食うべからず、ということで色々な仕事をさせられた。

 幼年組みの面倒を見たり、食事の用意を手伝ったりした。しかしアイリーンはその生活に馴染むことはなく、まるで人に馴れない野良猫のようだった。

 決してなつくことなく、警戒心を抱いて周りと距離を置く。他の子どもたちもそれを察してかあまり近づいてこない。


 そんなアイリーンに近づいてくるのは目下三人だけ。

 感情があるのか、ないのかわからない先視の少女ミアと、つねに微笑を絶やさず慈愛をもって接するマリア。

 そしてウザイことこの上ない、クリス。


 ぽつりとこぼすように呟いたのは、食事の片づけをマリアとともにおこなっているときだった。


「わたしは信じない」


「え?」


 どうしたのというように微笑をうかべてマリアがこちらをむいた。


 だがアイリーンは視線を手元の皿に固定したままそちらを見ずに言った。


「あいつは、堕技を祝福だと言うけれど私は信じない」


 死を見通すだけで、誰一人助けることすらできない。ただ人の死だけを強制的に見せ続ける絶望をどうして天恵だと思えるのだ。


「あらあら」


 アリアは適度に相槌をうちながら聞いてくれる。


「そもそもこの呪われたちからを祝福だと言える神経が信じられない」


 知っているはずなのに。同じ悪魔として堕技という呪いに等しい業を。


「なにより、笑みを絶やさずに腹の中ではなにを考えてるのかわからないところも不快だ」と付け加える。


 まあ、とマリアは苦笑を浮かべる。


「クリスもあのちからを妄信的に天恵だと信じてるわけではないのよ」


「え?」


 はじめてアイリーンは顔をあげてマリアを見た。


「彼は子どもたちのために、あのちからを天恵と言っているの」


「はあ?」


 意味がわからない。


 いつだったか、話してくれたことがあるの、前置きをして彼女は語りはじめた。


「ちからが堕技と呼ばれ、子どもたちが悪魔と呼ばれるのは、そのちからを悪いことに使うからだって」


 悪いことに使えば、周りから忌避される。

 人々に忌避された子どもたちは生きるために、ちからを悪用することを覚える。さらにそんな子どもたちを利用する者が現れる悪循環。これが今の現状だ。


 それを断つにはこのちからが良いものだと、天からの祝福なのだと子どもたちに教える必要がある。そうして大きくなった子どもたちはこのちからを悪いことに使わなくなり、あとは利用されないように教養を身につければいい。そうした輪が広がれば、時間はかかるけど周りの人たちも理解してくれるようになるだろう。そうなれば誰もこのちからを堕技とは呼ばなくなり、子どもたちを悪魔と呼ぶものもいなくなる。


 だからこのちからを祝福だと、天からの恵みである――天恵だと教え、子どもたちのことを天使と呼ぶんだって――


「そう言ってたわ。クリスはこの孤児院からその和を広げるつもりなのよ」


 マリアはやさしい笑みを浮かべていた。


「素敵な話だと思わない?」


 アイリーンは絶句し、続いて呻くように口をひらいた。


「ばっ――」


「ん?」


 マリアは首を傾げてアイリーンの言葉の続きを待った。


「ばっかじゃないの? そんなことできるわけないじゃない! これは呪いなのよ! こんなちからがあるからわたしは……お父さんとお母さんに捨てられたし! あんなキチガイに利用されて毎日毎日人の死を視ることを強要されたのよ……っ。こんなちからが周りから受け入れられるようになるなんて、そんな日がくるわけないじゃない!」


 その声は半ば悲鳴となり、


「あなただって、そうでしょう! こんなちからがあったから弟は死んだって――ッ」


 そこまで言って声をつまらせた。

 マリアが哀しげに目を伏せたからだ。


「あ……」


 言いすぎた。とっさに謝ろうとしたが、その前にマリアはいつもの微笑を取り戻していた。


「そうね。こんなちからがあるから両親はエド――弟を殺そうとした。私は助けたかったけどなんのちからもなくて結局エドを助けることはできなかった。あなたの言うとおりかもしれない」


 でもね、だからこそとマリアは続けた。


「こんな哀しいことは終わらせなければいけないの。その負の連鎖を断とうとするクリスの試みは素晴らしいものだと思うし、私はそれに協力するわ」


 慈愛の微笑みをうかべアイリーンの手を握る。


「私は、あなたたちは愛されるということを教えたいの」


 周りの人たちに拒絶されることに慣れてしまったあなたたちに。


 焦がすような衝動が胸をついた。

 あのときはじめてマリアを見たとき同様に、身を任せてしまいそうになった。


 だが、アイリーンはその手を振り払った。

 皿の片づけも途中なのに彼女に背をむけて逃げだす。


 自分のように愛情を拒絶する子どもがいると、クリスが言っていた理由がわかった。


 もし、この愛情を受け入れて、その幸せに一度でも浸ってしまえば――


 それを失ってしまったとき、わたしは耐えられない。


 知らなければ、生きていける。わたしには関係のない、縁のないものだと割り切ってしまえば今まで通りに生きられる。


 だから――逃げだす。


 どこでもよかった。マリアの視線が届かないところだったらどこでも。

 隠れるところだったらこの広い屋敷にはたくさんある。


 適当に誰も使わない物置になっている部屋に入り込み、膝を抱えてアイリーンは声を殺して泣いた。

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