北部王国への道3 「南部王国軍参謀本部作戦部長」
南部王国軍参謀本部作戦部長として魔王との戦いが始まる前は、主に砂漠での盗賊対策や、北部王国軍との演習計画の作成などを担当してきた。
作戦部長職を任じられてから1年ほどしか経っておらず、その前は共和国駐在武官を務めていた。在共和国大使館の職員とは、魔王軍の攻勢以降連絡がとれていないので、駐在武官のままだったら生きて帰ってこれなかったのかもしれないと考えると薄ら寒いものを感じる。
魔王軍との戦争が始まって以降は、砂漠での遅滞戦術や首都防衛戦、北部王国軍との共同作戦の立案、検討などを毎日やってきた。
首都防衛戦は最初から絶望的な戦闘であり、何か活路を見出すような戦いではなく、ただひたすらその日を生き延びるためだけの戦いであった。
南部王国軍の兵士一人一人は国と運命を共にする覚悟を最初からしており、北部王国軍との共同作戦はあくまで避難民の脱出ルート確保だけが目的だと考えていた。
そのため、女王自ら参謀本部会議で必要最低限の人員以外の北部王国への脱出と、爾後北部王国軍指揮下で戦うよう命じられたときは、不敬を覚悟のうえで抗議した。この流れは陛下も予想していたらしく、抗議は届かなかったが、陛下のお考えを拝聴することはでき、納得はできないが理解はした。
参謀本部上級職である私自身が積極的に動かなければ、陛下の意思を尊重することもできないと考え、以後、参謀本部内で北部王国への脱出計画を主導し強力に推進した。
当然、他の参謀本部員や前線の兵士、宮殿内のあらゆる人から敵視された。ここまで敵視されるのは長い軍務経験でも初めてのことだが、敵役がいなければこんな計画は実行できないと考えれば、納得もできる。参謀総長と副総長が陛下の意思を尊重していた、というよりは事前に相談を受けていたようで、この二人の強力なサポートもとても心強かった。
私自身の首都脱出は、作戦部長という職務の性格上ないと考えていたが、最終的に陛下とともに宮殿に残る人員の名簿に私の名前はなかった。自分の脱出時期も自分で決定しろという意味と判断し、ほかの参謀本部員や親衛連隊、近衛連隊とともに脱出することとした。脱出日はもちろん首都防衛の要だった城門が破壊され、首都に魔物が流れ込んできたタイミングである。
自分というか参謀本部も脱出しなければならないということが決定していたため、参謀本部の大半を、ある時点で宮殿から西門近くに動かした。我々が最後の脱出部隊という前提で動いていたため、竜騎兵部隊とは脱出経路等について綿密に打ち合わせた。
脱出後は予想通り魔王軍の猛攻撃を受けた。これが結果として市民の脱出を支援していたと後から聞かされた。竜騎兵部隊や、北部王国軍の強力な支援もあり、思ったよりも被害は小さかった。もちろん綿密な作戦計画あっての話だということはわかってはいるが、これほど多くの者と一緒に生き残るとは思わなかった。
首都脱出から起算して7日後に北部王国軍に収容されたが、実は自分たちが最後ではないということをこのとき知らされた。
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