国王軍事顧問にとっての50日間
2年前に北部王国軍参謀総長職を退任し、田舎での隠居生活をしようとしていたところ、陛下に私的軍事顧問として残ってほしいと要請された。軍事顧問という公式ポストは存在せず、あくまでも私的な顧問としてとのことだった。
後任でもあり後輩でもあった参謀総長や、国防相とも相談し、参謀本部や国家安全保障会議等で発言しないことを条件に引き受けた。
それ以来、陛下というよりは皇太子に軍事について教える日々が続いた。
その生活が2年続き、参謀総長が交代するというタイミングが近づいていたので、同時に引退して今度こそ田舎生活に入ろうとしたタイミングで発生したのが、魔王軍による共和国侵攻だった。
当初は誰も事態を重大視していなかったが、国境近辺まで共和国軍が敗走しているという事実を前に、北部王国として何らかの軍事作戦が必要という認識が国家安全保障会議で決められた。
私は皇太子の教官職から、陛下の軍事顧問職に戻り、参謀総長が行う日々報告に同席する形で、様々な助言を陛下に対して行うようになった。王国にとってというより人類にとって前代未聞の事態であり、だれにとっても先が分からないという情勢は、絶望というところまではいかないにしても漠然とした不安が、軍上層部をも覆っていた。
私は疲弊していて機能不全に陥りつつあった参謀本部に代わり、国王陛下に対し軍事的な助言を行うという、参謀総長や国防相よりも重要な役割を担うようになっていた。共和国軍の取り扱い、南部王国との参謀本部会議、動員計画の調整など、本来参謀本部、国家安全保障会議が行うべき提案を様々におこなった。
誰かが咎めるべき行為なのは間違いないにもかかわらず、参謀本部が疲弊し国家安全保障会議も機能不全となったいま、国王陛下に軍事的助言を行う組織も人もいなくなってしまった。
戦況は日に日に悪化しており、もはや自身の引き際を考えている場合ですらなくなってしまった。
いつまでこのポジションで越権行為を続けるべきか日々自問自答しているが、しばらくは続けることになるだろう。
モデルにした人物はウィリアム・リーヒアメリカ海軍元帥
合衆国陸海軍最高司令官(大統領)付参謀長(いまの統合参謀本部議長)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%92
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