day49(教会自警団の取り扱い)
北部王国軍参謀本部内で厄介者という扱いが定着しつつある教会自警団。
教会自警団という組織は、そもそもは教会というある種の行政組織を守るための組織だった。領土を持っているわけでもなく、信者はいても守るべき国民がいたわけでもない。教会という組織そのものを守るために存在していた。
国でいうところの軍隊の立ち位置にはいたが、王国や共和国のように豊富な財源があるわけではなかったし、教会の信者は多数いたが、教会を守るというある種狂信的とも呼べる考え方に立つ自警団を志す者はそれほど多くいなかった。
平時はそれでも問題なかった。
魔王軍の侵攻が発生し、最初に教会本部が標的とされたとき、自警団はなすすべなく壊走した。教会本部が消滅したため指揮命令系統のようなものもなくなり、教会自警団という組織体はこの時点ですでにその体をなしていなかったと言っても過言ではなかった。教会自警団の目的自体が教会の防衛であり、その役目を失ってしまったのも組織としての崩壊が想定以上に進んだ背景といえる。
実質的に共和国軍に守られるように撤退を重ねていき、北部王国軍と合流する頃には、組織としては完全に機能していなかった。組織が崩壊していなかったのはもはや奇跡ともいえた。
共和国最後の戦いだったDE街防衛戦から50日。
共和国軍は北部王国軍の全面支援の下、形を取り戻しつつあったが、教会自警団は組織再編がほとんどできていなかった。この厄介者をどのように扱うか北部王国軍参謀本部内で本格的な検討がされたことはない。日々の業務に忙殺されていたためという言い訳はもちろんあるのだが、教会という上部組織が消滅しており、教会自警団の存在意義が消滅していたこと、組織をまとめあげる人物も組織もなくなっていたこともあり、北部王国がいわば勝手に再建や再編成をしてしまってよいものなのか判断できないという政治的要素も少なくなかった。
北部王国国内の教会自警団はほぼそのままの形で残ってはいたが、組織化して魔王軍に対向させられるような規模ではなく、さりとて共和国から来た自警団とはそもそも組織が違うため、一元運用もできない。
北部王国軍参謀本部内でもどこがこの厄介者を扱うかという面倒な議論がされていた。
誰も触りたくなかったのである。
それでも参謀本部人事部を中心に再編計画がいくつか検討されていた。
1つ目は完全な解体。そのうえで志願兵は北部王国軍指揮下に入れてしまう。教会自警団は足手まといにしかならないというのが前線司令部の共通見解だったため、個人単位に分割してしまおうという発想である。人事部はこのプランを提案している。
2つ目は街の自警団への編入。これは政治的判断を伴うため参謀本部だけでは実行できない選択肢だったが、街の自警団の戦力増強を図れるという選択だった。問題はうまく融合して任務を遂行できるのかという点だが、そんなところまで参謀本部が関知する必要はないため、参謀本部にとってもっともやりたい選択肢だった。
3つ目は逆に1個師団を組織し、独立した戦闘部隊として扱う。師団司令部、高級幕僚は北部王国軍から出さざるを得ないが、戦力にはなる。高級幕僚の数がいないという北部王国軍の問題点を完全に無視しているし、1個師団を組織化できるのかや、養成にどの程度時間がかかるかわからないなど、参謀本部としてもっとも取りたくない選択肢であった。
4つ目は解体して終わりというもの。流れに任せるというものである。解体する権限を北部王国が持っているのかという基本的なところでつまずく案である。
どのプランにしても参謀本部の一存だけでは決められないということだけははっきりしていたため、この厄介者こと教会自警団の扱いは流浪を続けることになる。
筆者もこの組織をどう扱おうか決めかねてますが、現実にもこうした厄介な味方は実在します。
第二次世界大戦中のフランスのパルチザンが典型例かなと。
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