笑われようと、ラジオが好き!
二重の大きな瞳をすがめて、表情を険しくしている。朝見たときのような悲しそうな顔ではないけれど、僕はどうしていいかわからない。
「篠塚くん、自分の名前を黒板に書いてもらえるかな?」
優子先生の声に救われた気持ちで、少女に背中を向ける。
どうしよう、どうしよう、なんて言えばいいんだろう。
自分の名前をゆっくり書くが、そんなもの大した時間稼ぎにならない。背中にたくさんの視線を感じた。
「……ぼ、僕の名は!」
生徒たちのほうを振り返って、声を張り上げた。
「篠塚浩太ですっ。17歳です!」
くすくす、と。
前の席に座っているショートカットの女の子が笑っていた。
その隣では、テレビに出てきそうな茶髪のイケメンが頬杖をついて、あくびをしている。
僕はラジオ少女のほうを見るのが、恐かった。彼女はどんな顔をしているのだろう。
「はい、みんな、仲良くしてくださいね~ 篠塚くん、みんなと早く仲良くなれるように、趣味とか好きなものを、一つ言ってくれるかなぁ?」
優子先生に背を押される。
趣味? 好きなもの? そんなものは決まっているっ。
カッと腹の底が熱くなって、僕は叫んだ。
「っ……大好きなものは、ラジオですっ! 僕はラジオ友達を100人作るのが、夢ですっ」
言った瞬間、みんなの顔色が変わった。
あきれ顔、戸惑い顔。
前方のイケメンなんて、頬杖の手から自分の顎を滑り落とすと、僕を見あげて半笑いで評した。
「阿呆だ、こいつ」
イケメンらしい、張りのあるバリトンは、クラス中に響きわたった。
ショートカットの女の子は、くすくすから、けらけら笑いに変化させて、後ろに座るクラスメートに話しかけている。
「なにそれ、ラジオって。まあちゃーん、言ってる意味わかるぅぅ?」
「男子の間で流行ってるんじゃない?」
「でもぉ、シンシンは、あほだってバッサリだし。ウケるんですけど!」
そんな会話が聞こえてきて、僕は頬が熱くなるのを感じながら、イケメンを睨みつける。
シンシンだか、トントンだか知んないけど、お前、敵決定! くそぉぉぉ、イケメンだからってラジオをバカにしやがって……!
「はーい、みんなぁ。静かに! ホームルームをちゃっちゃと始めますよ! 篠塚くんは、あそこの空いてる席に座ってね!!」
優子先生は両手を叩くと、『あそこ』とやらを指した人差し指をくるくる回した。
桜色の爪が綺麗だなぁと思いながら、僕は視線をあげる。
「え!! あ、あそこですか!?」
「はい、そうですよ~ 早く座ってねぇ」
なんと、優子先生が指さした席は、ラジオ少女の席の斜め前だった。
マジかっ、マジかマジかぁぁぁ!!!
僕は拳をぐっと握って、指定された席へと近づく。
今の僕、めちゃくちゃ、ダサい奴に見えてるだろうけどっ。穴があったら飛び込んで埋めてもらいたいくらい恥ずかしいけど!
彼女の近くに座れるのが、うれしかった。
「よ、よろしくね!」
僕が思い切って彼女に声をかけると、目をそらされる。
でも、あのとき口笛を吹いていた唇は、かすかに動いていた。
その声はとてもとても小さくて、耳をすましてもやっぱり聞こえなかった。
それがひどく残念だった。
彼女は、どんな声をしているのだろう? どんな声で、ラジオのことを語るのだろう?
机に座って、まっすぐ黒板を見つめる。
東京ガールとコミュニケーションをとるのは、難しそうだ。でも、絶対、友達になってやる!
僕はついつい緩んでしまう頬を、ばちばち叩いて、優子先生の声に耳を傾ける。