いざ大都会東京へ!
僕の地元には高いビルがない。いや、そもそも建物が少ない。
ついでに言うと、人もいない。自宅から一番近い家でも五キロ先にあるので、学校と家以外でそうそう人と会わない。
『動物とお友達になればいいじゃない~』
ちょっと天然な母さんの言うとおり、動物はいる。たくさん。
朝、住み慣れた家を離れるとき物音がしたと思ったら、猪の子供が全速力で逃げていった。
交友を深めるの、わりと無理です。
そんな友達作りの難しい場所から、家族三人、三時間かけて羽田空港に到着した。
ちなみに、僕には祖父母がいるが、本人の強い希望で地元に残った。
生まれ育った地を離れたくない。というか、親戚のトウモロコシ農家が人手不足なのに行けるか! とけんもほろろに、東京行きを蹴飛ばしてくれた。
……東京にはトウモロコシより価値があるものが、きっといっぱいあるのに。
だって、空港に降り立った時点で、僕の目の前には別世界が広がっていたのだから。
「人がいる。いっぱい、いっぱい、いるっ!」
数えても数えても、数え切れない人の数。気をつけないと、人にぶつかってしまうような空間なんて、今まで想像もできなかった。
「浩ちゃん、すごいわねぇ」
母さんは真ん丸な目をさらに真ん丸にして、吹き抜けの天井を見上げている。
まったくその通りだ。
羽田空港はテレビで見たことがあるが、実際に立ってみると、なにこれSFアニメの世界ですか!? と叫びたくなるくらい建物が格好良い。
「さすが東京。テンションあがるわー」
母さんを真似て、ガラスと金属の天蓋を見上げ歩く。父に頭を叩かれた。
「お前たち、前を向いて歩きなさい」
「「はーい」」
僕や母と違って、父はいつも通りだった。
東京の本社には何度も行っているので慣れているらしい。我が父ながら頼もしい。
いやっ、僕もしっかりしなければ!
今日から東京で暮らすのだ。田舎もの丸出して、きょろきょろしていたら笑われてしまう。
しかしついつい、あちこちに視線を走らせていたら、ため息が聞こえてきた。
見れば、父の眉間には深い皺が刻まれている。
「お前たち、こっちだ。会社で取ってくれたマンションは、下北沢にある。ここから電車で一時間か……二人とも、がんばれ」
ん? 頑張れって、なにがですか?
父の言葉に首を傾げた僕は、すぐにその意味を理解した。
東京モノレール、JR山手線。どちらも北海道の電車の車両の何倍もの長さで、十倍の本数だ。
それなのになぜだ。なぜこんなにも……
「人が、多い」
人、人、人。
……なんかムッとして、空気がよどんでる? き、気持ち悪い。人に酔った、かも。酔い止めが、ほしいです。
しかし、人酔いに頭がくらくらする僕とは対照的に、乗客たちは平然と携帯をいじったり、友達と話したり、本を読んだりしている。
っ。信じられない。これが東京人か!
「浩太、今はさほど混んでいない。朝の通勤は、寿司詰めだ。比喩ではない。四角い箱の中に、ギュウギュウと押し詰められるんだ」
新しい高校は、電車で通うはずだった。
「………………またまた~ 脅かさないでよ」
「俺は冗談は好かん」
僕の額に、汗が吹き出る。
父はそういう人だった。