ははご、どん?
好きな女の子に、大好きなものを否定された僕は、世界一不幸だ。
っ……泣いてやる!
男だって泣きたいときは泣いていいって、ラジオの神ハガキ職人、青い口笛さんも言っていた!
そう、たしか。
涙というのは、ストレス物質が含まれていて。泣けば、体に溜まったストレスが排出されるらしい。
結婚をするための活動を『婚活』というように、東京のOLさんの間では、『泣活』というのが流行っているらしい。
……本当かな? 東京の人たちの考えることはよくわからない。
いや、でも、ラジオで言っていたんだから本当だ。泣けばきっとスッキリするはず。
だから、泣く!
泣いてやる! 大声を上げて、ぼろぼろ泣いてやるっ。
……ま、まあ。
明日、目が腫れない程度で。さすがにカッコ悪いしね。
僕が泣くことを心に決めて家に帰ると、玄関前では母さんが待ち構えていた。
「浩ちゃん、やっと帰ってきた!」
「か、母さん。浩ちゃんってカッコ悪いから、やめてっていつも言ってるだろ!」
「もうっ、大変なのよ大変なのよ大変なのよ~」
聞いていない。
その場でパタパタ飛び跳ねる母は、立派なアラフォー。見た目もしっかりアラフォーだけれど、寡黙な父と比べると、まったく落ち着きがない。
「母さん、落ち着きなよ。なにが大変なんだよ」
「お父さんのねっ、転勤が決まったの! 東京に引っ越しになったから!」
その一言で、僕の中の時が止まった。
「………………トウキョウ。え、今、トウキョウっておっしゃいました? お、お母様」
「そうっ。東京タワーのある東京よ」
「東京タワー……ラジオの電波を発信していた、あの? マ、マジでせうか? は、母御殿」
「ははご、どん? なあにそれ、おいしそう。親子丼のご親戚? あ、今日のお夕飯、親子丼にしましょう! 冷蔵庫にいたみかかった鶏肉が」
「ごめん僕が悪かったから脱線やめて。母さん、マジで東京に行くの?」
親子丼から頭を切り替えるように、母はぱちぱちと目をしばたかせた。
「そう、マジよぉ。来月には行かないといけなくなっちゃったの。どうしましょうね。浩ちゃんだってイヤでしょう? お友達と離れることになるし……あら、浩ちゃん?」
見下ろせば、僕の両手は震えていた。
いや、手だけではない、全身が震えている。おそらくは、歓喜で。
「……東京に、僕が行く」
東京である。
それも遠い将来ではない、来月にも、だ。全国放送のラジオ局がある、あの東京に行くのだ!
きっとそこには、ラジオが大好きな人がいっぱいいるだろう。頑張れば、ラジオ友達100人作ることも夢ではない、はず!
僕は思わず両手を天に突き上げていた。
「いよっしゃあああああ!」