ラジオタ必須アプリ?
「ラジオタを全力で楽しむのならば、必須アイテムとなる携帯アプリは、二つある」
翌日の昼休み。
授業が終わるなり、宮守に社会科室へと拉致られた僕は、スタイリッシュなラジオタ講義を聞いている。
教室を宮守と出るとき、ヒロシ達に不思議そうな顔をされたり、女子生徒にBLカップル!?ときらきらした目で見送られたりしたのは、心苦しい。
が、僕が僕である以上、同志であるラジオタの誘いを断るなどありえなかった。
「まず一つ。昨日教えた『radiina』今まで我々は、電波という不安定なものに振り回されていた。深夜ラジオを生で聴くことができず、予約録音をして楽しみに後で聴いたら、ノイズが入ってがっかりした経験はないだろうか?」
母さんの手作り弁当を頬張っていた僕は、その問いかけにカッと目を見開く。
「あります! 先生!!」
今は伝説と化している『宝条るる』というアイドルがいた。
アイドルグループ『メリーゴーランド』の初期メンバーであり、地下アイドル時代からグループを支えていた。グループは次第に大きくなり、それとともに人気も鰻上り、テレビで見ない日はないというグループ絶頂期に、彼女は突然、グループからの卒業を発表した。
アイドルのグループ卒業はいくつかのパターンがある。
卒業後はタレントや女優、声優と芸能界で活躍し続けるケース。アイドルとしての人気が落ちてそのまま消えるケース。
そしてもう一つ。
アイドルとしての人気もあり、芸能界で生き残れる実力も備えながらも、芸能界を引退するケース。
宝条るるは、最後のケースだった。
アイドルグループ卒業&芸能界引退の彼女の最後の仕事は、彼女が四年間メインパーソナリティを務めたラジオ番組だった。
彼女はグループメンバーと地下アイドル時代からトップアイドルに上り詰めていった当時の思い出を、楽しそうに語ってくれた。
アイドル時代の宝条るるは、ファンに頑張る姿を見せて、周りに元気を与えるような存在だった。
だから、ファンたちを動揺させた二大事件、『メリーゴーランド』のリーダーが別アイドルグループへ移籍したときや、グループ内ファン人気NO1メンバーの熱愛報道のさいも、批判するようなことを口にせず、前向きにグループを支え続けた。
その彼女が引退という日に、それらをどう感じていたか、ファンのためにどう行動すれば良いか悩んだか、結果、どのようにしたかを、誠実な彼女らしい口調ではじめて伝えてくれた。
ラジオはその人の人となりを、どんな媒体よりも聴衆に伝えてくれる。
僕はラジオから聴こえてくる彼女の熱い言葉を聞き漏らさないよう、全集中で受け止めていた。
それがファンとしての、彼女から元気をもらっていた人間としての務めだった。
番組があと十分というところで、彼女は応援してくれたファンへ、最後のエールを送った。その言葉は感謝で溢れるようで、僕はラジオを聴きながら泣いた。
そこに、悲劇は訪れたのだ。
まさに番組の最後の最後。
彼女が芸能界引退後の目標、やりたいことを語っていたところで、あの憎いノイズが入った。
その瞬間、僕は悲鳴をあげた。思わずラジオをもって電波を探したが、それは録音した音源だからまったくの無意味で。
ノイズ音は4分34秒にもおよんで続き、僕は生放送で聴かなかった己を責め、ノイズの切れ目からかすかに聴こえる音から、内容を想像する努力をしたが、全ては無駄だった。
その後、ネットで『宝条るる、伝説の一夜回』と評されるのを見るたびに、僕の瞳にはうっすら涙が浮かぶ。
そんなつらい記憶をなぐさめるように、宮守は大きくうなずいた。
「都市化による高層建築物の増加で、ラジオの受信環境は悪化している。そこに登場したのが、『radiina』だ。『radiina』の魅力は語りつくせないが、まず、ノイズという邪魔なものは一切入らない。過去一週間以内に放送された番組を後から聴けるタイムフリー機能。オススメ音源を友達に教えられるシェア機能。有料会員になれば、全国のラジオ番組が聴き放題となるエリアフリー機能まである」
「すばらしい!! ラジオタは、時間とノイズの枷から解放された!!」
僕は箸をもった右手を振り回して、喝采をあげる。
ああ、なんてすばらしい。
ラジオ友達ができた幸運を改めて感じとり、僕は泣きそうになりながら宮守の話に耳を傾ける。
そんな僕に向かって、宮守はピースサインをする。
いや、ピースではなかった。
「篠塚、よく聞け。二つ目のアプリを紹介する。これも、ラジオタ生活を謳歌するなら欠かせない」
「なんですか、それは!?」
宮守はにんまりと笑って言う。
「Twitterだ」