気持ちとは姿勢に現れる
まず一つ。気持ちとは姿勢に現れる。
相手の前に跪き、両手は床に。頭も深く深く、床につけろ!
「な、なんだ。浩太っ。どういうつもりだ?」
「お父様、お願いがございます!!」
晩御飯を終えて父が機嫌良くしているのを見ると、僕は土下座タイムをはじめた。
ああ、実に。
実に、二年四か月ぶりの土下座だ。
前回は、僕の部屋を母さんと分けてもらいたくて土下座をした。あのときは父に無視をされたが、半年後、母さんの気まぐれの鶴の一声で部屋は分けられた。
しかし今回の願望は、半年先まで決して待てぬっ。待っていたら、僕は干上がってしまうのだ!
「僕に、携帯電話を持たせてください! なんでもしますっ。勉強も、母さんの手伝いもっ。いっそ僕は、奴隷になってもいい!! どうしても、どうしても、携帯が必要なんです! お願いしますっ」
頭を床にこすりつけ、本気の土下座!
絶対、我が願望叶える。そのためなら、父さんの足でも舐めよう。
それだけの覚悟だった。
そんな僕に、父はため息とともに吐き捨てた。
「なぜ、そこまで携帯がほしい。学生のお前には必要ないものだろう?」
「あるんです。僕の命と言っても良いラジオが、携帯だととてもクリアな音で聴けるんです。この家はラジオの電波状況が良くないから、携帯がなかったら、僕は死んでしまうんです」
「くだらん……」
「父さんっ!」
「学生の本分は、勉強だ。お前がラジオに夢中になっているのは知っているが、深夜遅くまで聴いているのを、俺は良くないと思っている」
「そんなことはっ……し、し、しません。夜23時以降は聴かないようにしますっ、から!」
「お前は、何かにハマると周りが見えなくなるところがある。信用できん」
「そんな!」
「第一、携帯だと毎月、使用料がかかるだろう? そんな余裕は、我が家にはない」
ぐうの音も出ない。
しかしここで引いちゃダメだ。
僕は土下座のまま、父さんの目を強く見返す。
「バ、バイトをします……!」
「バイトをして、勉強がおろそかになったら本末転倒だ。そんなことは許さん」
「勉強は、バイトをしても今まで以上に頑張りますからっ」
「それならば、勉強で結果を出してから、また言いなさい。まずは、本気の姿勢を見せる。話はそれからだ」
さすが我が父、一切の隙のないど正論。
僕は両手を地につけたまま、ガクリと頭を落とした。そのときだった。
「あら~ ねえ、お父さん。調べたら、この学割プラン、意外と安いわよぉぉ?」
緊迫した空気を一掃したのは、母さんだった。父さんはむっと顔を顰めている。
「い、いかん。携帯は害悪なサイトも見れてしまう」
「大丈夫! ちゃんと、そういうサイトを見られなくする、ふぃるたー機能もあるみたい。それに、可愛い子には旅をさせないとね。今、本当にやりたいことをやらせられないのは、親として悲しいわ」
「む……しかしだ」
「お父さんが東京転勤になって、お手当てもでているし、ちょうどよかったわー! 私も、浩ちゃんがおうちのことを前より手伝ってくれると、助かっちゃうっ。ねえ、お父さん~」
「…………」
笑顔の母さん、苦虫を嚙み潰したような顔の父さん。
そして、土下座姿勢で事の成り行きを見守る僕。
「浩ちゃん?」
「っ……は、は、は、はい!」
母さんの優しいまなざしは、優しいだけでなく、ほんの少しの厳しい色もあった。
「ラジオに夢中になってもあまり夜更かしはしないこと。あと、もちろん、勉強も頑張りなさいね?」
「は、はい! 頑張らせてもらいますっ。……それで……あのぉ、携帯買ってもいいのでしょうか?」
「いいわよぉ。た・だ・し! あとでお父さんと我が家での携帯利用のルールを決めます。それにちゃんと従うって約束できるなら、ね?」
「はい、了解いたしました!!」
僕はぐっと両手を握りしめて、母さんに最敬礼をしたのだった。