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宮守新羅

 転校初日は、収穫の多い一日となった。


 東京民は歩くのは早いし、取っつきにくい感じがしていたけれど、話してみると、みんないい奴だった。


 隣の席の松本さんは、僕が落とした消しゴムを拾ってくれたし、前の席のヒロシは、ラジオの話を聞いてくれた。


『今度、時間があったらラジオ聞いてみるよ』とまで言ったヒロシは、絶対、いい奴だろう。


 まあ、社交辞令という奴かもしれないけれど、ラジオのことがなくてもいい奴だ。

 昼休みは購買部に案内してくれたし、美術の授業のときは、美術室まで連れて行ってくれた。

 いい奴の周りには、いい奴が集まってくる。


 僕とヒロシが話していると、他の男子も集まってきて、昼休みは愛子先生には彼氏がいるか、否か。生徒は恋愛対象にしてもらえるか、否か、とバカみたいな話で盛り上がってしまった。


 そんなわけで、僕の学生生活はとても良いスタートを切ったと思う。

 ただ一つの、けれど、とても見過ごせない点をのぞけば。


 斜め後ろの席のラジオ少女は、『青峰ことは』さんというお名前だった。

 朝のホームルームとき、優子先生は僕がクラスメートの名前を覚えられるよう、フルネームで出席を取ってくれたのだ。本当に、いい先生である。


 だから、僕はすぐに『彼女』の名前を知ることができた。

 そして同時に、彼女がこのクラスで特異な存在だということにも気づかされた。


 喋らないのだ。

 僕が話しかけたときだけではなかった。


 出席で名前を呼ばれたときも返事をしない。授業で問題を答えるように指名されても、声を出さない。その場で答えれば良い状況でも、わざわざ黒板に出てきて答えを書きにゆく。

 彼女の徹底とした喋らないっぷりは、先生ですら怯ませているようで、いっそ気持ちがいいほどだった。


 僕は、だからこそ思ってしまった。


 なんかこの子、面白いっ。こうなったら、どうあっても喋らせたくなるじゃないか!


 ラジオ的深夜テンションのスイッチが入った僕は、彼女に三度突撃し、三度惨敗した。

 たとえば


『その鞄についた、ハートのキーホルダー可愛いね。どこで買ったの?』


 と聞けば、澄んだ瞳を、ふいっと窓の外のお空へ向けられる。


『朝ご飯は、パン派? ご飯派?』


 と聞けば、細い人差し指で、くるっと宙に円を描かれる。


『ずばり僕、ラジオ友達がほしいんだけど、青峰さんはラジオに興味あるかな?』


 と聞いたら、彼女は疲れたように目をつぶり、机に突っ伏した。


 僕は三度無視されてもめげなかったのだけれど、四度目は決行しなかった。見かねた松本さんがノートの切れ端を寄越してきたからである。

 それにはこう記されていた。


『青峰さんに話しかけても無駄だから。放っておきなよ』


 僕は困惑しながらも、いやだと首を振ってみせれば、松本さんは気の強そうな目を怒らせた。

 僕のところに、さらに紙片を投げてくる。

 殴り書きに近い文字。

 松本さんが苛立っていることは読みとれたけれど、書いてあることは理解不能だった。


『あの子は、なにを言っても喋らないの! 口笛少女なのっ』


 ……なに口笛少女って? 東京ガールのあいだで流行ってるゲームかなにかですか?

 そう聞いてみたかったけれど、授業中だったのでできなかった。


「松本さん、僕に、何が言いたかったんだろう?」


 僕には今日、家に帰ってやるべきことがある。それが達成できなければ、明日は悲しい気持ちで登校することになる。

 だから、僕は早々に帰ろうと教室を出たのだけれど、松本さんの言葉が気になって気になって戻ってきてしまった。

 しかし、教室には松本さんはいなかった。代わりに目があったのは、朝、僕が天敵認定したイケメンである。


「転校生、忘れ物か?」


 気安く声をかけてきやがったが、こいつは天敵。ラジオを笑いやがって、マジ許さん!


「そうそう。そんな感じ」


 でも、大人な僕は平和的に流しながら、松本さんの席を確認する。念のため。荷物があれば戻ってくるかなぁと思ったが、綺麗に何もなかった。


「どうしたんだ? なにか困ってる感じか?」


 イケメン、馴れ馴れしいなぁ、おい! 僕の肩に腕を回してくるなっ。ていうか……同じ男なのに、いい匂いがするな、こいつっ。

 男なんて汗くさいのが普通なのに、ミントみたいな爽やかな匂いだった。 


「……別になにも困ってない。それより離せ。暑い」

「なあ? お前、俺の名前、知らないだろう? 自己紹介してやるよ」

「いやいい、いらない。朝、優子先生が出席したとき、名前聞いたから」

「え、それだけで覚えたのか? 本当かぁ!? なら、俺の名前を言ってみろよ?」

「……宮守新羅」

「あったり~ すっげぇ! 覚えてくれたんだ」


 切れ長の焦げ茶の瞳が、嬉しそうに細められる。

 すっと通った鼻筋。少しだけ厚みがある唇は、十七歳の男とは思えぬ色香がある。

 身長は僕より二十センチ近く高く、おそらく百八十センチ台。それも、ただ背が高いだけでなく、細マッチョという恵まれたボディ。


 ハッキリ言おう。


 これだけ間近にキラキラしいイケメンの笑顔があったら、落ちてる。僕が女ならば。

 しかし、僕は女ではない。

 女子にモテたい健全な男子なので、教室に残っている女子たちの視線のほうが気になってきていた。


『なにあの転校生。シンシンとイチャついて』

『シンシン、普段、あんなふうに笑ったりしないのに』

『やぁぁぁだぁぁぁ、これってカップリング成立? リアルBLなんて、ご飯三杯いけちゃう~』 


「っ。おっまえ、離れろおおおお!」


 恐ろしい女子の言葉を拾ってしまい、僕は全力で抵抗した。


「なに恥ずかしがってるんだ? 男同士なんだから、なんにも問題ないだろう」

「その台詞自体、問題大ありだっ。いや! 僕、すっごい困ってることあった。早く家帰って、それをどうにかしないといけないんだ!! 手を離せっ。今すぐ離せ! 帰らせろぉぉぉ!!!」


 大絶叫に、イケメンは体は離してくれた。ただし、腕を捕まれる。


「篠塚、なにを困ってるんだ? 言え」


 一体、どうしたというのだろうか。

 イケメンの目はマジだった。

 朝、僕を笑った失礼な奴なはずだが、心配そうな顔をしているように見える。だから、正直に話した。


「僕はラジオが好きなんだ」

「朝聞いたよ」

「でも引っ越した家の電波状況が悪くて、僕は昨日からラジオが聞けていない。僕は薔薇色のラジオライフを送るために、安定して電波が入る場所を探さなくてはいけないんだ」


 それが僕の使命。

 電波を見つけられなければ、僕の体に流れるラジオパワーが枯渇して、僕は死んでしまう。


 僕は、死にたくなかった……


「なんだそんなこと」


 しかし宮守は僕の窮状を理解せず、否定してきた。それどころか、フンと鼻で笑ってきた。


「お前は、やっぱり阿呆だなぁ。電波を探すってマジかよ……」


 僕は宮守の腕を振り払った。


「っ、真剣に相手をした僕がバカだった! おっまえ、最低!」


 そう叫ぶと、僕は教室を飛び出る。


 好きなものをバカにされる、この悔しさ!


 涙が溢れてくるほどだった。


 くそっ! なんで、なんで、ラジオはバカにされるんだろう。あんなにも面白いのに!

 ああ、でももういいっ!

 僕がその面白さを理解できていればいいんだっ。家に早く帰って電波を探す! これが最重要課題だっ。


「って、なんなんだよ!」


 しかし、僕は追いかけてきた宮守に羽交い絞めにされた。


「大声だすな。いいからちょっとつき合え」

「は! 気色悪いっ。BLだったらよそでやれっ」

「あ、阿呆! 俺は男になんざ興味ないっ。お前、どういう思考回路してるわけ!?」


 宮守は虫けらを見るような目を向けてくるが


「じゃあ、なんで僕にかまうんだよ!」

「お前が、阿呆すぎるからだ……いいから! 来いっ」


 宮守の力は強かった。

 僕の抵抗は悲しいまでに無意味で、階段を上らされ、四階フロアの端にある社会科準備室につれていかれる。

 そこは埃っぽい無人の空間だった。


 ヤバっ、こんなところじゃ、助けも呼べないじゃないか!


 いささか本格的に危機感を覚えた僕だったが、それは杞憂だった。宮守はただ僕の眼前に、携帯を出してきただけだった。


「俺の用事はこれだ。見ろ!」


 右から、左から、下からそれを凝視する。

 いたって普通の携帯に見える。僕は持っていないので羨ましい。


「その携帯がどうしたっていうんだよ!?」

「そっちじゃない。今、起動しているアプリを見ろと言っている……!」

「………………あぷりって、なあに?」

「そ、そこからかよ!?」


 どうやら僕はとんだ常識外れなことを口にしたようだ。

 でも仕方ないじゃないか。

 我が家の方針で、携帯は自分でお金を稼げるようになるまで持たない。持たせない。興味も持つな。あれは使い方を間違えると非常に厄介な代物だと、父さんに言われているのだから。


 家長の言いつけは絶対である。


 しかし、宮守の苛立った様子に、僕は恐る恐る、問いかけた。


「宮守、お前、なにをそんなに怒ってるんだよ? そんなに大事なことなのか、それ?」

「っ、この無知蒙昧! ラジオタだと宣言しておきながら、もっとアンテナを広げておけっ。恥を知れ、恥を!!」


 ……ラジオタって、ラジオオタクのことだろうか?

 それなら僕のことだ! うーん、ラジオタって言い方、ちょっと格好良いな。って、恥を知れって何がだ~~~!!


 僕は文句を言おうとしたが、宮守が喋るほうが早かった。


「アプリというのは、正式名称はアプリケーション。スマートフォンなどに入れて使うソフトウェアのことだ。そして! ラジオタが必ずいれるべきアプリが二つ! 一つは、この! 『radiina』 様だっ。いいか! 耳かっぽじって、よぉぉぉく、聴けよ!」


 そう言うなり、宮守はスマホをタッチする。

 その途端、流れでる音たちに、僕は刮目した!


「こ、これは!! 昨日、僕が聴き損ねたラジオだとぉぉぉぉ」


 僕は目の前のことがあまりに信じられなくて、宮守のスマホを奪い取っていた。

 本当に、聴こえるっ。それもなんてクリアな音だろう。雑音がまったく入らず、テレビの音のように滑らかだ。


 ああっ! 

 もう二度と聴けないと思っていた、周波数AM1243、木曜22時の『スターナイトミュージック』の昨日回が聴けるなんて!


 僕はあまりの嬉しさに涙ぐみながら耽溺する。


 昨日の回は、控えめに言って神だった。

 僕が大好きなバンドグループは、ラジオに出演しただけに飽き足らず、前作アルバム創作秘話をみんなで楽しそうに話し出し、そしてそして、まさかの新曲解禁があったのだ。


 ラジオにはときどき、こういうことが起こる。

 予告なしに、どこよりも早く新曲を流してくれるのだ。


 これはファンからすれば、涙と涎が同時に溢れるくらいに尊い!


「うおおお、すげぇ! 新曲、すげぇ、いい!!」


 僕は動悸息切れを起こすほどの興奮状態となっていた。だから、そばにいる宮守の存在など、すっかり忘れ去っていた。

 彼の呆れたような視線に気づいたのは、三十分のラジオ番組が終わって一息ついてからである。


「落ち着いたか?」

「あ、ああ……ありがとう宮守。昨日ラジオが聴けなくて死んだ僕を、生き返してくれて」

「……それはよかった。わかったから、俺のスマホ返せ?」

「あ、ああ! ごめん!!」


 スマホは涙で濡れていた。


「ご、ごめ! 興奮してっ」


 僕が慌てて自分の服で宮守のスマホを拭いていると、宮守はいやいい、と首を振った。


「妹も、そうなることがある」

「え?」

「いややっぱり良くないっ。野郎の体液は不快だ」


 宮守は自分のポケットからハンカチを取り出して、その上にスマホを乗せさせた。

 僕はそんな彼を、ドキドキとした気持ちで見上げていた。頬がゆるゆるになって、笑みをこらえることができなかった。


 もしかしたら、彼は彼は!


「あの、さ? 宮守、お前は……いえっ、あなた様は、ラジオオタクなんですか?」

「ちげぇぇぇよ!」


 期待に満ち満ちた問いかけは、不愉快そうに斬って捨てられた。

 しかし、呆然とする僕の前で、宮守はにやりと笑ってみせたのだ。


「だっさい言い方するなよ。俺はラジオオタクじゃなくて、ラジオタだ!」


 イケメンラジオタ、宮守新羅の笑みは、シニカルで超クールだった。


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